2013年8月27日作成

碧巌録:その4: 76〜100則

   
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ここでは大森曹玄著、「碧巌録」と岩波本「碧巌録」を参考にし、

合理的科学的立場から「碧巌録」の公案76〜100則を分かり易く解説したい。



76soku

 第76則 丹霞喫飯了 



垂示:

細なることは米末の如く、冷なることは氷霜に似たり。乾坤に逼塞(ひっそく)して明を離れ暗を絶す。

低低の処もこれを観るに余りあり。高々の処も之を平ぐるに足らず。

把住と放行総て這の裏許(うち)に在り。還(は)た出身の処ありやまたなしや。

試みに挙す看よ。


注:

米末:米の粉のような細かいもの。

把住と放行:否定と肯定。修行者を練磨する手段。

出身の処:解脱の境地


垂示の現代語訳


細かいことは米の粉末のように小さく、冷たいことは氷霜のようである。

天地に逼塞(ひっそく)してどこにもありあふれ、明暗を超えている。

低い処にもあり余るほどあり、高い処といってもこれを平にするには足らないほど高い。

活かすも殺すも、否定や肯定の働きもすべてここに在る。

ここから出て自由自在に働く解脱の境地とはどういうものだろうか。

試みに例を挙げるから参究しなさい。

本則:

丹霞、僧に問う、「いずれの処よりか来る?」。

僧云く、「山下より来る」。

 霞云く、「喫飯し了るや、また未だしや?」

僧云く、「喫飯し了る」。

霞云く、「飯をもち来たって汝に与えて喫せしむる底の人、還って眼を具するや?」

僧、無語。

長慶、保福に問う、「飯をもって人に与えて喫せしむ

恩を報ずるに分あり。なんとしてか眼を具せざる?」

福云く、「施者、受者、二人ともに瞎漢」。

長慶云く、「その機を尽くし来るは、還って瞎と成さんや否や?」。

福云く、「我は瞎すと道(い)いて得(よろ)しきや」。


注:

丹霞:丹霞天然(738〜824)禅師。石頭希遷(700〜790)の法嗣。

法系:六祖慧能→青原行思→石頭希遷→丹霞天然

寒い冬のある日、丹霞天然は薪を燃やして暖を取っていた。しかし、遂に薪が無くなってしまった。

そこで彼は仏像を持って来て燃やしてしまった。

それを見咎めた院主に対し彼は仏舎利を取るためだと答えたと伝えられる。

また僧堂の中央に安置されていた仏像の頸部に跨って坐るという奇行によっても知られる。


法系:六祖慧能→青原行思→石頭希遷→丹霞天然


長慶:長慶慧稜(854〜932)。

保福:保福従展(?〜928)。

長慶と保福は雪峰義存門下の兄弟弟子である。長慶が保福の兄弟子に当たる。

瞎(かつ):片目。独眼。盲目。



本則:

ある日、丹霞天然の処にやって来た僧に丹霞は聞いた、「何処から来たのか?」。

僧は云った、「山のふもとから来ました」。

丹霞は云った、「飯は食べたかな、あるいはまだかな?」

僧は云った、「飯は食べおわりました」。

丹霞は云った、「なにもう済んだと。本当はお前さんは何も分かっていないではないか

お前さんに飯を食わせてくれた人には一体眼があるのかな?」

僧は黙り込んだ。

それから百年ばかり後になって長慶慧稜はこの話をして、弟弟子の保福に聞いた、

食事を人に供養するのは仏に対する報恩の行為である

それなのにどうして丹霞は眼が無い(無眼子)と言ったのか?」

保福は云った、「飯を布施し施した者もその供養を受けた者二人とも無眼子だ」」。

長慶は云った、「力のかぎりを尽くし修行しても、かえって片目と成るものかな?」。

保福は云った、「では、貴公は私を片目だというのか」。


機を尽くせば瞎とならず

牛頭を按(おさ)えて草を喫せしむ

四七二三の諸祖師

宝器を持ち来って過咎をなす

過咎深し

尋ねるにところなし

天上人間 同じく陸沈す


注:


注:

四七二三の諸祖師:4x7=28人の西天の祖師と2x3=6人の唐土の禅の祖師達。

インドと中国の禅の祖師達。

過咎(かきゅう):とが、罪。

宝器を持ち来って過咎をなす:仏法を伝えるという余計なことをしてくれた。

天上人間:生きとし生けるもの全て。

天上人間 同じく陸沈す:生きとし生けるもの達があたら地中に深く埋められている。



懸命に修行してその機を尽くせば片目(瞎)とならない

丹霞は僧を、長慶は保福を、互いに仏飯を食わせようと(悟らせようと)懸命に努力した。

それは丁度牛の頭を按(おさ)えて草を食べさせるようとしているようなものだ。

放っていても機縁が来れば自然に悟る。しかし、時と場合によって、それは余計な親切になる。

実を言えばインドと中国の禅の祖師達は親切すぎた。

彼等は老婆心の押し売りで丁度牛の頭を按(おさ)えて草を食べさせるようなことをした。

そのような親切心はかえってアダ(過咎)になっている。

その過咎は実に深い。

その親切が仇になって、生きとし生けるもの全てが陸中深く埋められたようなものだ。


解釈とコメント


「垂示」では悟りの本体としての「本来の面目」(下層脳を主とした脳)

の性質を文学的に表現している。

本来の面目」(下層脳を主とした脳)の性質は文学的に表現するとしたら、

このように比喩的に表現をするしか仕方がないのかもしれない。


ある日、丹霞天然禅師の処に僧がやって来た。

丹霞は僧に聞いた、「何処から来たのか?」。

この質問は借事問であり、禅の根本問題である本来の面目とは何かということを聞いている。

しかし、この僧はそのことに気付かない。

借事問については「無門関」第15則を参照 )。

僧は「山のふもとから来ました」と的外れの返答をした。

丹霞は「飯は食べたかな、あるいはまだかな?」と聞いた。

これは「本来の面目という悟りのご飯を食べたかな、あるいはまだかな?」

と「悟り」をご飯になぞらえて質問しているのである。

しかし、僧はそれに気付かず「ご飯は食べおわりました」と答えた。

この答を聞いた丹霞は言った、「なにもう済んだと

本当はお前さんは何も分かっていないではないか

お前さんに飯を食わせてくれた人には一体眼があるのかな?」。

丹霞は「お前さんは禅修行の目的という基本も分かっていないではないか

これではお前さんに飯を食わせてくれた師家には一体眼があるのかどうか疑わしいな

と言っているのである。

普通の禅僧ならばこれだけ言われたら何か言ったり

禅機で今までの修行の成果を表現するはずだ。

しかし、僧は黙って言葉が無かった。

ここまでの会話でこの僧は無眼子で相手にする価値もない修行者だと分かる。

本則の本質的部分はここで終わっていると見てよい。

この後は長慶慧稜と弟弟子の保福の会話が付いている。

この会話から百年ばかり経った後、長慶慧稜はこの話をして、弟弟子の保福に聞いた、

食事を人に供養するのは仏に対する報恩の行為である

それなのにどうして丹霞は眼が無い(無眼子)と言ったのか?」。

保福は言った、「飯を布施し施した者もその供養を受けた者二人とも瞎漢(無眼子)だ」。

この保福の評価は正しい。

次に長慶は言った、「力のかぎりを尽くし修行しても、かえって片目と成るものかな」。

この言葉は保福のことを言っているのではない。

しかし、保福は、「では、貴公は私を片目だというのか」と言って自分がまだ「片目だ

と言われたものと受け取って反発する。

長慶は「力のかぎりを尽くし必至で修行するだけでは駄目である

正しい修行目的(or 問題意識)と見解を持つようにしないと

かえって片目と成ることもある」と保福を励ましていると見たほうが良いだろう。


77soku

 第77則   雲門餬餅 



垂示:

:向上に転じ去(ゆ)かば以って天下の人の鼻孔を穿つべし。鶻の鳩を捉うるが似(ごと)し。

向下に転じ去(ゆ)かば自己の鼻孔は別人の手の裏(うち)に在り。

亀の殻(こうら)に蔵(かく)るるが如し。

箇中(ここ)に、忽し箇(ひとり)の出て来たって「本来向上向下なし、転ずることを用(も)って何かせん

と道(い)うものあらば、

只彼に向かって言わん、「我もまた知る、汝が鬼窟裏に向って活計をなす」ことを。

しばらく言え、そもさんか箇(ひとり)の緇素(しそ)を弁ぜん。

良久して云く、「条あれば条に攀(よ)り、条なければ例に攀(よ)る」と。

試みに挙す看よ。


注:

向上:この上ない絶対平等の立場。一切を否定し尽くした第一義の境地。

下層脳重視の立場と言える。

向下:向上の反対。相対差別の世界で、一切を肯定する第二義の境地。

上層脳(理知脳)重視の立場と言える。

鶻(みさご):隼。みさご。

条:判例。

例:

鬼窟裏(きくつり):迷いの世界。

緇素(しそ)を弁ぜん:白黒の決着をつけよう。


垂示の現代語訳


絶対平等の第一義の境地に立って働けば、全世界の人の鼻づらを穿って

引きずり廻すこともできるだろう。

それは隼が鳩を捉えるように簡単なことである。

その反対に相対差別の第二義に下れば、自分の鼻づらは他人の手によって

思うがまゝに引きずり廻され自由を失うだろう。

それは亀が甲羅の中に丸くなって隠れるようなものである。

こう言うと、「大体向上とか向下は本来はない。そのように分けて考えることは間違いだ

禅のギリギリの処にはそんな区別はない」と言う者が出て来るかも知れない。

そう言う者に向かって、私は言おう、

向上とか向下は本来ないと言うお前さんは未だ迷いの世界(鬼窟裏)に生きているのだ」と。

それでは、どちらが本物でどちらが偽物なのか黒白をつけ判別しようではないか。

(雪竇は)こう言ってしばらく沈黙(良久)して言う、

禅に法律の条文のような決まりがあればそれによって判定しよう

そのような条文がないならば実例によって判別しようではないか」と。 

試みに例を挙げるので参究せよ。


本則:

僧、雲門に問う、

如何なるかこれ超仏越祖の談?」

 門云く、

餬餅(こびょう)」。


注:

雲門:雲門文偃禅師(864〜949)。雲門宗の開祖。

法系:六祖慧能→青原行思→石頭希遷→天皇道悟→龍潭崇信→徳山宣鑑 →

雪峯義存→ 雲門文偃。

超仏越祖の談:仏祖を超えた次元の消息。

餬餅(こびょう): いなか餅。ごま餅。



本則:

雲門の処に僧がやって来て聞いた、

仏や祖師を超えたところはどのようなものでしょうか?」

雲門は言った、

餬餅」。



超談の禅客問うことひとえに多し

縫(ほう)カ披離(ひり)たるを見るや

餬餅詰め込みてなお住(や)めず

今に至って天下 ゴウ訛あり


注:

縫(ほう)コ:ひび割れ、破綻。

披離(ひり):ちりぢりばらばらのさま。

縫(ほう)コ披離(ひり)たるを見るや:禅客の「超仏越祖の談義」はちりぢりばらばらの

隙間だらけなのが見えるか。

ゴウ訛:難しい問題。



超仏越祖のような大きな話が好きでそれを試みる禅客は昔も今も多い。

彼等は大口を叩いてはいるがその超仏越祖の話はほころび、

ボロを出して破綻していることに気付いていない。

雲門禅師はその醜態を見かねて餬餅を詰め込んだのだが

この僧はそれさえ気付かず大口を叩き続けている。

そのせいで今でも天下の禅者はこの難問に苦しんでいるのだ。 


解釈とコメント


この僧は自分こそは仏や祖師を超えた(向上も向下もない)絶対の世界にいるんだと

自信満々だったと思われる。

それで雲門に「仏や祖師を超えたところ(超仏越祖の談)」を聞いたと考えられる。

それに対し雲門はただ「餬餅(いなか餅)だ」とサラッと答えた。

「餬餅」という言葉は思慮分別を超えたものを喩えたのだと思われる。

「評唱」に於いて、圜悟克勤はこの問答は「麻三斤」(12則)や「解打鼓」(44則)

の公案と同じだとコメントしている。

12則を参照 )。

44則を参照 )。

「麻三斤」(12則)や「解打鼓」(44則)の公案と同じということは

思慮分別を超えた公案だ」という意味だと思われる。

餬餅(こびょう)という言葉は現代では珍しい。

しかし、雲門文偃(864〜949)はこの言葉が好きで良く用いたようである。

曹洞宗が尊重する公案集「従容録(しょうようろく)」の第78則には

「雲門餬餅」という碧巌録と同名の公案が収録されている。

「従容録」第78則を参照 )。

また「従容録(しょうようろく)」の第82則「雲門声色」には次のように餬餅が出てくる。

「雲門、衆に示して云く、「聞声悟道、見色明心は、観世音菩薩、銭を将ち来って餬餅を買うなり

手を放下すれば却ってこれ饅頭」。

ここに餬餅という言葉が出ている。

「従容録」第82則を参照 )。

この公案は「雲門広録」から採用されたもので、「雲門広録」の原文は次のようである。

雲門、衆に示して云く、聞声悟道、見色明心と。そもさんかこれ聞声悟道、見色明心

手を挙して云く、観世音菩薩、銭を将ち来って餬餅を買う。放下すれば元来却ってこれ饅頭」。

このように雲門は餬餅という言葉を愛用していたことが分かる。


78soku

 第78則   開士悟水因  



本則:

古え16の開士あり。浴槽の時において例に随って浴に入る。

忽ち水因を悟る。諸禅徳、そもさんか会せん。

他(かれら)の「妙触宣明、成仏子住」と道(い)えるを会する。

また須らく七穿八穴にして始めて得べし。


注:

開士:菩薩。

16の開士:バッタバラ菩薩以下16人の菩薩のこと。

本則は首楞厳経に出ている話に基づいている。

浴槽の時:修行者への供養として入浴させてもらった時。

水因:水の本性。

妙触宣明:接触の不思議さによって一心を明らかに悟った。

成仏子住:仏の子としての境地に落ち着いた。

七穿八穴にして:穴だらけになるまで徹底的に突き破って。



本則:

昔、16人の菩薩が居た。

彼等は入浴の作法に随って入浴し、体を洗っていた。水を使って体を洗っていた時、

水に触れた感覚から悟りの本質がはっきり分かった。

諸禅徳! 彼等が言う「お湯に触れた感覚から仏の子としての境地を悟り落ち着くことができた

という言葉をどのように理解すれば良いのだろうか?

穴だらけになるまで徹底的に究明して始めてこのことが分かるだろう。


事の衲僧 一箇(ひとり)を消(もち)う

長連床上 脚を展べて臥す

夢中 曽て説く円通を悟ると

香水もて洗い来たらば驀面(まっこう)に唾(つばき)せん


注:

了事の衲僧 一箇(ひとり)を消(もち)う:なすべきことをなしとげた坊主は1人でよい。

長連床: 僧堂内で禅僧達が起臥し坐禅する所。

円通:悟りの智慧があまねくいきわたっていること。

香水もて洗い来たらば驀面(まっこう)に唾(つばき)せん:芳香を加えた水で沐浴する

(悟りくささをつける)ならばまっこうから唾でも吐きかけてやろう。



真実の自己を究明し悟るのは一人の個人であり、

首楞厳経に出ている16人もゾロゾロと隊を組んで悟るようなことはない。

一旦一大事を了畢したならば、

盤珪禅師が「あら楽し虚空を家と住みなせば、須弥を枕に独り寝の床

と詠んでいるように、僧堂の長連床上に脚を展べて臥すことができるだろう。

しかし、本則に出てくる16人の開士が水因によって悟ったというような話は

夢の中でのタワ言のようなものだ。

芳香を加えたお湯で沐浴し、悟りくささをつけるならばまっこうから唾でも吐きかけてやろう。


解釈とコメント


この78則には垂示がない。本則は首楞厳経に出ている話に基づいて雪竇が創作した

公案と考えられる。

多くの人の悟りの機縁は六感六識に基づいている。ブッダは暁の明星を見て悟った(視覚)。

香厳は攻撃竹の声を聞いた時、宋の蘇東披は谷川の水音を聞いた時、

白隠は鐘の声を聞いた時に悟っている。

これらは聴覚が悟りの機縁になっている。

盤珪は梅の香りを嗅いだ時、宋代の政治家で詩人の黄山谷は木犀の香りを嗅いだ時に悟った。

これらは嗅覚が悟りの機縁になっている。

また、荼陵(とりょう)の郁山主(いくさんしゅ)は乗っていた驢馬から放り落とされた時の痛み、

雲門文偃は骨折の痛みを機縁にして悟った。

玄沙師備は脚の指を石にぶっつけた時の痛みに耐えかねた時に悟った。

これらは痛覚が悟りの機縁になっている。

痛覚を通した悟りは首楞厳経の「妙触宣明」に近いと言えるだろう。

しかし、この78則のように入浴時に水に触れた感覚から悟ったと言う例は聞かない。

触覚を機縁にして悟った例は非常に珍しい。

悟りの体験と分析2を参照)。

その観点からもこの公案は興味深い。


79soku

 第79則  投子一切声仏声  



垂示:

大用現前して、軌則を存せず。活捉生檎(かっそくせいきん)して、余力を労せず。

さて、いかなる人か曽ていんもにし来たる。

試みに挙す看よ。


注:

大用:大きな働き。

軌則:決まったパターン。

活捉生檎(かっそくせいきん):活機に応じて掴み取る。


垂示の現代語訳


大きなハタラキが現前するときには決まったパターンは無い。

大機大用を得ている人ならば、力を労せず活機に応じて自由に掴み取ることができる。

それでは、そのような働きができた人が曽て居ただろうか?

次に例を挙げるから看なさい。



本則:

僧、投子(とうす)に問う、「一切声はこれ仏声と、是なりや否や?」。

 投子云く、「是なり」。

僧云く、「和尚 トク沸碗鳴声すること莫れ」。

投子すなわち打つ。

又問う、「粗言および細語、みな第一義に帰すると、是なりや否や?」。

 投子云く、「是なり」。

僧云く、「和尚を喚んで一頭の驢(ろば)となして得(よろ)しきや?」。

投子すなわち打つ。


注:

投子(とうす):投子大同禅師(819〜914)。質朴篤実なで雄弁な禅師として知られる。

丹霞天然の孫弟子である。

法系:六祖慧能→青原行思→石頭希遷→丹霞天然→翠微無学→投子大同

トク沸碗鳴声(とくふつわんみょうしょう):ブツブツと湯気をふき出す碗の音、無意味な発言の喩え。

粗言:粗雑な発言。

細語:丁寧な言葉。


本則:

投子大同禅師のところへある僧がやって来て、投子(とうす)に聞いた、

この世界の一切の音声は皆これ仏の声と言われます。これは本当でしょうか?」。

 投子は言った、「その通りじゃ」。

僧は言った、「和尚さん、それではブツブツと湯気をふき出す碗の音も仏の声だというのですか

 そんなことはないでしょう」。

投子は僧をピシリと打った。

僧は又聞いた、

粗雑な発言や丁寧な言葉も皆同じように、第一義の真理に合致すると言われます

これは本当でしょうか?」。

 投子は言った、「その通りじゃ」。

僧は言った、「和尚さん、それでは和尚さんのことをオイ驢(ろば)と呼んで良いですね」。

投子は僧をピシリと打った。


投子投子

機輪阻(はば)むもの無し

一を放って二を得たり

彼(かしこ)に同じく此(ここ)に同じ

憐れむべし限りなき潮を弄する人

畢竟還(ま)た潮の中に落ちて死す

忽然として活せば百川倒(ささかしま)に流れて閙カツカツたらん


注:

一を放って二を得たり: 一石二鳥。2度同じく「是なり」と答えたこと。

限りなき潮を弄する人: 銭塘湖の潮津波に波乗りを挑む命知らずの人。

性懲りもなく投子に立ち向かった僧のこと。

畢竟還(ま)た潮の中に落ちて死す: 最後には禅の荒海に溺れて死ぬしかないだろう。

忽然として活せば百川倒(ささかしま)に流れて閙カツカツたらん: もし活きかえるならば

百川の川に水がごうごうと音を立ててさかさまに流れるだろう。



このやりとりを見ると投子投子と投子の大機大用に感嘆するばかりだ。

投子の機輪を阻(はば)むものは何も無い。

投子は「是」という同じ言葉(一)を放って餌とし二度も僧のこだわりを粉砕し成功を収めた。 

しかし、これは昔話ではない。世間では投子に打たれた僧に似た禅修行者は多い。

投子に性懲りもなく立ち向かった僧は荒れた潮津波に向かって波乗りを挑む

命知らずの人のようで憐れむべきだ。

最後には禅の荒海に溺れて死ぬしかないだろう。

もし活きかえるならば百川の川に水がごうごうと逆流し誰もこれに当たることはできないだろう。


解釈とコメント


この公案を解釈するには僧の質問と投子の返答をまとめると分かり易くなる。

僧の質問と投子の返答をまとめると次のようになる。


僧の質問@:「この世界の一切の音声は皆これ仏の声と言われます。これは本当でしょうか?」

投子の返答:「是なり」。

僧の質問A:「和尚さん、それではブツブツと湯気をふき出す碗の音も

仏の声だというのですか? そんなことはないでしょう?」

投子の返答:投子すなわち打つ。

僧の質問B:「粗雑な発言や丁寧な言葉も皆同じように、第一義の真理に合致すると言われます

これは本当でしょうか?」

投子の返答:「是なり」。

僧の質問C:「和尚さん、それでは和尚さんのことをオイ驢(ろば)と呼んで良いですね?」

投子の返答:投子すなわち打つ。


これを見れば分かるように、僧の質問@とBに対して、「是なり」と言って肯定しているが

質問AとCに対しては、僧を打って否定している。

僧の質問@とBは悪意のない純粋な質問である。

これに対し、僧の質問AとCを見ると、投子が「是なり」と肯定した発言を良いことに

それに自分勝手で悪平等な屁理屈を付けて揚げ足取りの発言をしている。

質問AとCは純粋な質問ではない。

例えば、僧の質問Aを見ると、「この世界の一切の音声は皆これ仏の声である」ということを投子が

是なり」と肯定したことを利用して

和尚さん、それではブツブツと湯気をふき出す碗の音も仏の声だというのですか

 そんなことはないでしょう」と言って、

もし世界の一切の音声は皆これ仏の声であるならば

ブツブツと湯気をふき出す碗の音も仏の声ではないですか

と悪平等な屁理屈を付け加えている。

僧の質問Cを見ると、「粗雑な発言や丁寧な言葉も皆同じように、第一義だ

ということを投子が「是なり」と肯定したことを利用して、

和尚さん、粗雑な発言も丁寧な言葉と同じように、第一義の真理に合致するならば

和尚さんのことをオイ驢(ろば)と呼んで良いですね

と投子の肯定を良いことに悪平等な屁理屈を付け加えている。

このような揚げ足取りとも言える態度と屁理屈発言に対し投子は僧を打ったことが分かる。

この公案には投子の大機大用と自由自在のハタラキが現れている。


80soku

 第80則   趙州初生孩子    



本則:

僧、趙州に問う、「初生の孩子、還って六識を具すや、またなしや?」。

趙州云く、「急水上に毬子を打す」。

僧復投子に問う、「急水上に毬子を打すと、意旨如何?」。

子云く、「念念不停流」。


注:

趙州:趙州従シン禅師(778〜897)。趙州城内の観音院に住した。

 南泉普願禅師に嗣法した。趙州の禅は唇から後光がさすようだとされ、

「趙州の口唇皮禅(くしんぴぜん)」と呼ばれる。

法系:六祖慧能→南嶽懐譲→馬祖道一 →南泉普願 →趙州従シン


投子(とうす):投子大同禅師(819〜914、79則を参照)。

質朴篤実なで雄弁な禅師として知られる。丹霞天然の孫弟子である。

初生の孩子(がいし):生まれたての赤子。

急水上に毬子を打す:急流上で毬を打つ。

六識:眼識、耳識、鼻識、舌識、身識、意識。六種の認識作用。

念念不停流:一念一念の流れがとどまることがない。


本則:

ある僧が趙州に聞いた、

生まれたばかりの赤ん坊にも六識の作用があるのでしょうか?」。

趙州は言った、

急流の水の上で毬をつくようなものだよ」。

僧は投子大同禅師の処に行って聞いた、

趙州禅師に赤ん坊の六識の有無について尋ねたところ

急水上に毬子を打すと答えられました。その真意はどういうところにあるのでしょうか?」。

投子は言った、

一念一念がすこしも停らずに流れているという意味だよ」。



六識無功 一問を伸ぶ

作家曽って共に来端を弁ず

茫茫たる急水に毬子を打す

落処停まらず誰か看ることを解せん


注:

無功: 無功用の用。無為無心のハタラキ。

来端:質問のポイント。



六識は本来無為無心のハタラキをしている。それを踏まえて僧は一問を発した。

禅の手だれ(作家)である趙州や投子は僧の質問の核心を掴んで応対した。

赤ん坊の六識の作用は茫茫と果てもなく広い急水に毬をつくようなもので

流動変化して一時も止まることがない。

それが我々の六識の真の姿であり誰も看ることができない達道の人の境地であるのだ。


解釈とコメント


本則には趙州禅師(778〜897)と投子大同禅師(819〜914、79則を参照)が登場している。

本則は「趙州録」243段に出ている。

この公案は変わっている。生まれたばかりの赤ん坊の六識の作用についてのやりとりである。

これは本来禅の問題ではなく脳神経科学の問題であろう。

中国やインドでは伝統的に心の座は心臓にあると考えられて来た。

趙州や投子の生きた唐代(古代)には脳や神経科学の知識は皆無と言って良い。

脳神経回路のことやその発達成長についても分かっていない。

そのような時代に生まれたばかりの赤ん坊の六識について的確な解答が出来る筈も無い。

趙州や投子の答えも漠然としたものである。

趙州の「急水上に毬子を打す」という言葉も

急流の水の上で毬を打つようにコントロールできない

そのように未だ未熟でおぼつかないところがある。」とも解釈できるだろう。

この公案は赤ん坊の六識についての公案ではなく、

我々大人の六識についての公案と考えた方が良いだろう。


81soku

 第81則    薬山麈中麈  



垂示:

旗をとり太鼓を奪うは千聖も窮むることなし。ゴウ訛を坐断して万機も到らず。

これ神通妙用にあらず、亦た本体如然にあらず。

さて、箇のなにによってか、いんもに奇特なるを得たる。


注:

旗をとり太鼓を奪うは:敵の軍旗と軍鼓を奪い取り動きがとれなくすることは。

ゴウ訛を坐断して:入り組んだ難問をずばりと解決して。

万機も到らず:あらゆる作用を寄せつけない。

本体如然:もともとありのままの真実にある。


垂示の現代語訳


力ある禅者の活きた働きを戦いに譬えると、敵の陣地を占拠して敵旗を奪い取り、

太鼓を奪って徹底的に粉砕してしまうようなものだ。

その働きはたとえ千人の仏祖が出て来ても明らかにすることはできない。

難問が出て来てもの根源をも根こそぎ断ち切ってしまって、

どんな機略で迫って来ようと寄せ付けない。

これはなにも摩訶不思議な妙用(神通妙用)ではなく、また生まれつきの働きでもない。

では、どうしたらそういうすばらしい働きができるのだろうか?


本則:

僧、薬山に問う、「平田浅草、麈鹿群をなす。如何が麈中(しゅちゅう)の麈を射得せん?」。

 山云く、「箭を看よ」。

僧身を放って便ち倒る。

山云く、「侍者、この死漢をひきずり出せ」。

僧便ち走(にげだ)す。

山云く、「泥団を弄する漢、なんの限りかあらん」。

雪竇 拈じて云く、「三歩には活すと雖も、五歩には須らく死すべし」。


注:

薬山:薬山惟儼禅師(751?〜834?)。曹洞禅の源流を作った禅師。

法系:六祖慧能→青原行思→石頭希遷 →薬山惟儼

平田:広々とした草地。

泥団を弄する漢:泥の固まりをいじくる男。

麈(しゅ):大鹿、鹿の王。


本則:

ある僧が、薬山惟儼禅師に聞いた、

広い野原に、多くの鹿と大鹿(麈)がいます

私はその群れの中の大鹿(麈)だと言えます

どうしたら大鹿の中の大鹿(麈)のような私を射止めることができましょうか?」

薬山はキリリと弓を引き絞る様子をして言った、

さあ、射止めたぞ。箭を看よ」。

それを見ると僧は身を投げ出して、倒れた。

薬山は言った、「侍者よ、この死んだような奴(死漢)をひきずり出しなさい」。

僧はそれを聞いた途端走って逃げ出した。

薬山は言った、

泥の固まりをいじくるような男だ。こんな男を相手にしていたら切りがないわい」。

後に、雪竇はこの公案についてコメントして言った、

この僧は三歩くらいは歩いて活きたフリをしていても、五歩も歩けば死んでしまうような男だ」。



麈中の麈

君 看取せよ

一箭を下す

走ること三歩

五歩もし活せば

群を成して虎を趁(お)わん

正眼従来 猟人に付す

雪竇 高声に云く 箭を看よ 


注:

君 看取せよ: じっくりと見てとれ。

正眼従来 猟人に付す:仏法を正しく見る眼は始めから修行者としての狩人に与えられている。



大鹿の中の大鹿とも言える「自己本来の面目」は各自が懸命の坐禅修行によって射止め、

看届けねばならない。

一箭を射て三歩しか走ることができなければこの僧のように死んだような奴(死漢)だ。 

五歩以上走ってもし大活現成できれば、

鹿の群を率いる麈となって虎のようなものでも追う力を持つことができるだろう。

正しく仏法を見る眼は元々猟人としての修行者のものだ。

雪竇はここで 思わず大声で「箭を看よ」と言った。


解釈とコメント


ある僧が、薬山惟儼禅師に聞いた、

錯広々とした野原に、多くの鹿と大鹿(麈)が群をなしています

私はその群れの中の大鹿(麈)だと言えます

どうしたら大鹿の中の大鹿(麈)のような私を射止めることができましょうか?」

この僧は「自分は鹿の群れの中の大鹿(麈)のようなの悟りを得ました

と大言壮語して薬山惟儼に禅問答を挑んだのである。

薬山はキリリと弓を引き絞り矢を射る様子をして、

さあ、射止めたぞ。箭を看よ」と言う。

それを見るなり僧は身を投げ出して、倒れた。薬山が弓を引き絞り矢を射たので、

自分はその矢に当たったというところを見せたのかも知れない。

この僧の対応は田舎芝居で、禅機がまったく感じられない。

自己本来の面目」の悟りを得ていないことは明らかである。

それを見破った薬山は、

侍者よ、この死んだような奴(死漢)をひきずり出しなさい」と言った。

それを聞いた途端僧は走って逃げ出した。

この対応もまったく悪い。

この僧は禅をまったくわかっていないことをさらけだしている。

この無様な僧を見て薬山は言った、

泥の固まりをいじくるような男だ。こんな男を相手にしていたら切りがないわい」。

垂示に言うような、薬山の電光石火の活きた指導ぶりが見事である。


82soku

 第82則  大龍堅固法身  



垂示:

竿頭(さおさき)の絲線(いと)は具眼にして方(はじ)めて知る。

格外の機は作家にして方(はじ)めて弁ず。

さて、そもさんかこれ竿頭の絲線、格外の機。

試みに挙す看よ。


注:

竿頭:釣竿の先。

絲線:糸。

竿頭の絲線:釣竿の先から垂れた釣り糸。相手がドレ程の人物か相手のハラを探り、

釣り上げるため釣竿の先に付けた釣り糸。

格外の機:常識を超えた活機。  

垂示の現代語訳


相手がドレ程の人物か探り知るために、釣り針にエサを付けて釣り糸を垂らして相手のハラを探る。

この時相手が具眼の士であれば容易に釣り針に引っかかるようなことない。

相手が常識を超えた活機を示す時にはこちらが優れた見識を持ったやり手であって

始めて相手の手の内を見抜くことができる。

それでは、相手のハラを探るために垂らす釣り糸(竿頭の絲線)、

常識を超えた活機(格外の機)とはどのようなものだろうか?

試みに例を挙げるので参究しなさい。


本則:

僧、大竜に問う、「色身は敗壊す。いかなるかこれ堅固法身?」

竜云く、「山花開いて錦に似たり。澗水湛えて藍の如し。」


注:

法身:真理の身体、真理そのもの。

澗水:谷川の水。

大竜:宋代に湖南省常徳府の大竜山に住した大竜智洪禅師。

白兆志円の法嗣。徳山宣鑑禅師(780〜865)の法系。

法系:六祖慧能→青原行思→石頭希遷 →天皇道悟→

龍潭崇信→徳山宣鑑 →感潭資国 → 白兆志円→大竜智洪 


本則:


ある僧が大竜智洪禅師に聞いた、

肉体は死ねば腐敗し崩壊します

それでは肉体とは違う永遠不変なる法身はどうなるのでしょうか?」

大竜は言った、

山では花が開花して錦のように咲き誇っている

谷川の水は青く澄み、まるで藍を溶かしたようだ。」



問うことを 曽って知らず 答還た会せず

月冷ややかに風高し

古巌に寒桧あり

笑うに堪えたり路に達道の人に逢うて語黙をもって対せざることを

手に白玉の鞭をとってリ珠ことごとく撃砕す

撃砕せずんば瑕ライを増さん

国に憲章あり

三千条の罪


注:

問うことを曽って知らず、答還た会せず:そもそも「堅固法身」

とは問うすべもなく答えることもできない。

月冷ややかに風高し:人情を寄せ付けない冷厳孤高の風光だ。

路に達道の人に逢うて語黙をもって対せざることを:達道の人に会ったら

言葉によっても沈黙によっても対応しないことを。

リ珠:リ龍の顎の下にあるという宝珠。「堅固法身」を喩えたもの。

瑕ライ:きず。



僧は大竜智洪禅師に「肉体(色身)は滅するが法身は不滅だ

だとして仏教の基本に対する無知を暴露した。

これに対し「山花開いて錦に似たり。澗水湛えて藍の如し。」と大竜は

法身の風光を見事に表現し答えた。

しかし、僧はこれを理解する事はできなかっただろう。 

大竜智洪禅師の悟りの境地は「月冷ややかに風高し古巌に寒桧あり

とでもいうような人情を寄せつけない冷厳孤高の風光を示している。

かって、香厳智閑禅師は「笑うに堪えたり路に達道の人に逢うて語黙をもって対せざれ]

と言われた。

「無門関」第36則を参照 )。

この僧は「肉体は滅するが法身は不滅だ」として

不生不滅の法身という考えを宝珠のように大事に抱えていた。

大竜はその妄想を「山花開いて錦に似たり。澗水湛えて藍の如し。」

という白玉の鞭で一撃の下に撃砕してしまった。

大竜が彼の妄想を撃砕しなければ彼は一生迷いの世界に苦しんでいただろう。

国に法律があるように禅にも真理の法律があり、その法に従わなければ、

三千条の罪を背負い地獄に落ちることになるだろう。


解釈とコメント


大竜智洪禅師に質問した僧は肉体は滅びるが心(法身)は不変だという

精神・肉体の二元論的立場に立っているようである。

しかも、心の本質は永遠不変の法身(真理の身体)だと考えている。

大乗仏教の「三身仏の思想」を参照 )。

道元禅師は「正法眼蔵・弁道話」の中で不生不滅の霊魂を否定し

「心常相滅」は外道の考えであり、仏教は「心身一如」の原理に立っているとしている。

仏教の開祖ゴータマ・ブッダも「無霊魂論」を展開している。

「ブッダの霊魂否定論」を参照 )。

大竜智洪の返答はただありのままの自然を詠ったようであるが

仏教の「心身一如」の見地を表現していると考えられる。

山花開いて錦に似たり」では花は開くが間もなく散って行く。

澗水湛えて藍の如し。」

では谷川の水は青く澄み、まるで藍を溶かしたように見えるがやがて流れ去る。

どちらも「諸行無常」を言っていると考えられる。

大竜智洪は肉体が死ねば心の本体である法身

真理の身体=脳)も崩壊すると言っていると言えるだろう。



法身とは何か? 


大珠慧海は著書「諸方門人参問語録」において

識性から万法が生じる。この性質を法性と言う。またこれを法身とも名付ける」と言っている。

識性を分別意識だと仮定すれば

脳(特に上層脳=理知脳)から万法が生じる

この性質を法性と言う。またこれを法身とも名付ける

と言っていることが分かる。

禅問答において「何如なるか是れ法身仏?」と言う問答がよく見られる。

法身仏を万法が生じる本源だと考えればこの問いは「万法の本源は何処か?」、

即ち「万法は何処から生じるか?」という質問になる。

この質問に対する解答は「脳(特に上層脳=理知脳)」で良い。

このように考えると、「何如なるか是れ法身仏?」

と言う質問は万法の本源としての脳に関する質問であることが分かる。 

 これに対し、「何如なるか是れ仏?」や「何如なるか是れ仏性?」と言う質問は

仏や仏の智慧の本源とは何か?」という質問と考えることができる。

この場合は主として脳(特に下層脳を中心とする脳)に関する質問であると考えることができる。

仏や仏の悟りの本源は「無分別智」である。

無分別智」の本体は下層脳を中心とする脳だと考えることができるからである。

仏と「無分別智」を参照 )。

83soku

 第83則  雲門第幾機  



本則:

雲門、衆に示して云く、「古仏と露柱と相交わる。これ第幾機ぞ」。

自ら代わって云く、「南山に雲を起こし、北山に雨を下す」。


注:

雲門:雲門文偃禅師(864〜949)。雲門宗の開祖。

法系:青原行思→石頭希遷 →天皇道悟→龍潭崇信→徳山宣鑑 →雪峯義存→ 雲門文偃

古仏:真の自己の心の働き、主観。

露柱:万法の代表。客体。

これ第幾機ぞ:その交わりはどういう次元での仏の働きか?


   

本則:

ある時、雲門文偃禅師は、門下の修行僧達に言った、

私達の心の働きにおいて主観と客観は相交わる

その交わりはどういう次元での心の働きか?」。

誰も答える者がいなかったので、雲門自らが代わって言った、

南山に雲が出たと思ったら、北の山に雨が降り出した」。




南山の雲

北山の雨

四七二三 まのあたり相みる

新羅国裏 曽って上堂

大唐国裏 未だ鼓を打たず

苦中の楽

楽中の苦

誰かいう黄金 糞土の如しと


注:

四七二三:4x7=28人の西天の祖師と2x3=6人の唐土の祖師。インドと中国の禅の祖師達。

黄金糞土の如し:昔秦末に張耳と陳余という人がいた。二人は最初きわめて仲の良い親友で、

その間柄は黄金も糞土のように見えると噂されるような美しい友情で結ばれていた。

しかし、後に2人は権力をめぐって仲違いし糞土よりも汚い間柄になった。この故事を踏まえている。

黄金のような素晴らしい友情も仲違いすれば糞土のような汚い間柄になるということ。



南山に雲は無心に湧き、北山に雨が降る。

インドと中国の禅の祖師達の祖師達は無心に雲を雲と見、雨を見る禅の心を伝えて来た。

大唐では未だ太鼓を打たないのに、新羅ではもう上堂して説法が始まっている。

唐と新羅は距離が遠く離れているのでこういうことは起こりうる。

苦に徹して苦と一体になれば苦中にも楽があるように、楽中にも苦がある。

黄金のようであった親友関係も糞土のように汚い間柄になったという故事がある。 

しかし、「古仏と露柱」、「南山の雲と北山の雨」は互いに無我無心で、

そのような凡情を超えて全真である。 


解釈とコメント


本則には垂示が付いていない。

本則は雲門が門下の修行僧達に質問し、回答するものが誰も居なかったので、

自分が回答すると言う公案になっている。

雲門の質問は「古仏は露柱と相交わる。これ第幾機ぞ?」というものである。

直訳すると、「古仏は露柱と相交わる。これはどいうはたらきか?」というものである。

これでは何を質問しているかよく分からない。誰も回答するものが居なかったので、

しかたなく、雲門自身が

南山に雲が出たと思ったら、北の山に雨が降り出した

と回答するのである。

大森曹玄老師の解説を参考にすると、次のように考えることができるだろう。

雲は、オレは南の山に出てやろうと意識して出てこない。

雨はまた北の山に雨を降らせてやろうと思って降ることもない。

単なる地球物理的現象である。

雲は無心、雨も無心である。

だからこそ心境一如、主客一体になれる。

「宋学と万物一体の思想」を参照 )。

雲門はこの公案において悟りの境地である「無我・無心」や「心境一如」の境地を

説いていると考えることができるだろう。


84soku

 第84則  維摩不二の門 



垂示:

是というも是の是とすべきなく、非というも非の非とすべきなし。

是非すでに去って、得失ふたつながら忘るれば、浄裸裸、赤灑灑(じょうらら、せきしゃしゃ)。

さて、 面前背後、これ箇のなんぞ。

或いは箇(ひとり)の衲僧あって出で来っていわん。

「面前はこれ仏殿、三門。背後はこれ寝堂、方丈」と。

さて、この人、かえって眼を具すや。またいなや。

もしこの人を弁得せば、汝に許(みと)む親しく古人に見(まみ)え来たれりと。


注:

浄裸裸(じょうらら)赤灑灑(せきしゃしゃ):きれいさっぱり、すっぱだか。

寝堂:住持が公的に応接するための部屋。

方丈:住持の居室。

弁得:正体を見破る。


垂示の現代語訳


我々は善悪、是非など二元相対の考えをし、そのどちらを取るかで迷い苦しむ。

「その是というのも何が本質的に是なのか、非といっても何が本質的に非であるのか」

断定できない。

仏教では全ての存在は原因と条件(縁)によって生じ、条件によって変化する空的存在だと考える。

これは是、これは非と、客観に対して固定的に考えるのは妄想に他ならない。

そういう固定した概念をもって万物を見れば真相を誤ると考える。

そこで、そのような 是非得失といった二元相対の分別を忘れるならば、きれいさっぱりとしてしまう。

しかし、是非得失の分別を忘れ、平等の世界に入ったとしても、依然面前は面前であり、

背後は背後だという差別はある。前が後になり、後が前になることはない。

いま一人の禅僧が出で来て、

私の目の前には仏殿、三門があり、背後には寝堂、方丈がある

と言ったとしよう。

さて、この人は、法の眼を持っていると言えるだろうか、あるいはそうではないだろうか。

そこがはっきり分かったならば、今ここに紹介する古人の境涯もよく分かるだろう。



本則:

維摩詰、文殊師利に問う、「何等(いかなる)かこれ菩薩入不二の法門?」

文殊曰く、「我が意の如くんば、一切の法に於て無言無説、無示無識、諸の問答を離れる

是を入不二の法門となす」。

是に於て文殊師利、維摩詰に問う、「我等各自に説き已わる

仁者当に説くべし、何等(いかなる)かこれ菩薩の入不二法門?」

雪竇云く、「維摩なんとかいいし?」復云く、「勘破了也」。


注:

維摩詰:維摩経の主人公で学識すぐれた在家の大乗仏教信者。

インドの古代都市ヴァイシャーリーに住んだと伝えられる

リッチャヴィー族の富豪ビマラキールティのこと。

不二の法門:相対的差別を超えた絶対平等の教え。

仁者:あなた。

 

本則:

 

維摩詰が文殊師利に聞いた、

菩薩入不二の法門とは何ですか?」

文殊は言った、

すべての存在は説明することもできなければ、示すことも知ることもできない

人に聞くことも、答えることができない。これが入不二の法門です」。

ここで、文殊師利は維摩詰に聞いた、

私達菩薩は各自説き終わりました

今度は貴方が説いて下さい。菩薩入不二法門とは何ですか?」

雪竇は言う、

維摩は何と言ったかな?」。

雪竇はまた言う、

維摩の心中は見破ったぞ」。



咄! この維摩老 

生を悲しんで空しく懊悩す

疾にビリヤに臥す

全身はなはだ枯稿す

七仏の祖師来たる

一室且(まず)は頻りに払う

不二門を請問せられ

当時(そのとき) すなわち靠倒(よりたお)される

靠倒されず

金毛の獅子、たずぬるに処なし


注:

生:衆生。

ビリヤ:インドの古代都市ヴァイシャーリー。維摩が住んでいたと伝えられる。

枯稿:やつれる。

靠倒:より倒す。

寒山子:

来時の道を忘却す:



やい! この老いぼれ維摩!

衆生病むが故に自分も病んだ」と言うがそんな同情心は空しくおせっかいだ。

維摩はヴァイシャーリーでやつれて病床に臥したとされているが、それは菩薩の大慈悲だろうか。

あるいは病む時には病に成り切って病床に臥すのが「菩薩の不二法門」なのだろうか。

全身やつれて病床に臥していた時、過去七仏の祖師と言われる文殊菩薩が見舞いに来た。

維摩は恐縮して頻りに部屋を掃除し綺麗に片付けた。

維摩は見舞いに来た菩薩達に「不二法門」について質問したが、逆に質問されるはめになった。

その時文殊の質問に寄り倒されそうになったが、維摩の一黙で何とか窮地を脱した。

維摩のこの力量はたいしたものだ。

この老いぼれ維摩の一黙には金毛の獅子に乗ったさすがの文殊菩薩も全くお手上げだ。

不二の本体、黙の真の姿(下層脳)はさすがの文殊菩薩にも見えないようだ。


解釈とコメント


この公案は維摩経「入不二法門品」の故事に基づいて創作されている。

ある時ブッダはヴァイシャーリーのアームラパーリーの園林で説法をしていた。

その時、ブッダはヴァイシャーリーに住むリッチャヴィー族の

維摩詰(ビマラキールティ)が病気であることを知った。

そこで、ブッダは維摩の病気見舞いに、文殊師利菩薩を主とする

8000人の菩薩と500人の仏弟子達をつかわした。

この見舞いの時、法自在菩薩や吉祥密菩薩など30名の菩薩達が

菩薩の不二法門について説いた。

その後、維摩詰(ビマラキールティ)は文殊師利菩薩に向って「不二法門」について質問する。

その場面がこの公案のテーマになっている。

文殊は「すべての存在(一切の法)は説明することもできなければ(無言無説)、

示すことも知ることもできない(無示無識)、

人に聞くことも、答えることができない(諸の問答を離れる)。

これが入不二の法門です」言う。

ここで、文殊師利は、

「私達菩薩は各自説き終わりました。今度は貴方が説いて下さい。

菩薩入不二法門とは何ですか?」と逆に維摩詰に向って聞くのである。

維摩経では、「時に維摩詰、黙然として言無し」と書いてある。

しかし、この公案ではそれがない。

雪竇云く、「維摩なんとかいいし(維摩は何と言ったかな)」とあるだけである。

雪竇の表現力は冴えている。

維摩経の通りに、この時維摩は「黙然として言なし」

と書くと不二法門のキーポイントが平板になるからである。

雪竇は(維摩は何と言ったかな)

と書くことで読者の注意を引き付け問題点を浮き出そうとしているのである。

「時に維摩詰、黙然として言無し」の黙然を

古来禅門では「一黙、雷の如し」と形容するほど有名である。

維摩の「黙然として言無し」の黙然をそのまま認めると、

不二法門とは黙っていることか、と早呑込みするかも知れない。

「黙然」という点に注目すると下層脳(無意識脳)を強調していると考えることもできる。

不二法門とは言葉では表現できないが、同時に、黙っていることでもない。

語黙動静を超絶しながらも、同時に語黙動静を肯定する

(下層脳を中心とする脳を直示する)ところにあると言えるだろう。



体用思想と「不二法門」 


馬祖道一の法嗣大珠慧海は著書「諸法門人参問語録」において「維摩経」の「不二法門」

を迹用思想(体用思想)によって解釈している。

体=浄で、用=名だとするのである。

本体から迹用が発動し、迹用から本体に回帰する。

体と用は不二であり、本と迹も異なるものではないと考える。

体用思想でこの公案を解釈すると次ぎのようになる。

維摩の「黙然として言無し」の黙然を本体である「」の用(作用、働き)であると考える。

そう考えれば維摩の「黙然」は本体である脳の用(作用、働き)の一つである。

「本体」を「」だと考え、

維摩の「黙然として言無し」の黙然を脳の用(作用、働き)だと考えると

不二法門」とは

体(脳)と用(黙然)は不二だと考える馬祖禅の<作用即性>の思想と一致する。

馬祖禅の<作用即性>の思想を参照 )。

作用即性>の思想は、この公案の本質を合理的に易しく説明できる。

図21に「不二法門」の体用思想による解釈を図示する。

 
図21

図21 「不二法門」の体用思想による解釈

 

この図を見れば分かるように、

不二法門」とは「語黙動静」は本体(脳)の働きと不二(同じ)である

と考える思想だと言えるだろう。

 
   

本則は従容録」第48則と殆ど同じである。

「従容録」第48則を参照 )。


85soku

 第85則   桐峰大虫  



垂示:

世界を把定して繊豪(せんごう)も漏らさず。

尽大地の人鋒(ほこさき)を亡(うしな)い舌を結ぶ。

これ衲僧の正令。頂門に光を放ち四天下を照破す。

これ衲僧金剛の眼晴。

鉄を点じて金となし、金を点じて鉄となす。

忽ちに擒(とら)え、忽ちに縦(はな)つ、これ衲僧のシュ杖子(つえ)なり。

天下の人の舌頭を坐断して、ついに気を出だす処なきことを得て、倒退三千里ならしむ。

これ衲僧の気宇なり。

さて、総(すべ)てさようならざるとき、畢竟、これ箇のなん人ぞ。

試みに挙す看よ。


注:

大虫:虎。

世界を把定して繊(せん)豪(ごう)も漏らさず:世界をしっかりと掌握して毛筋ほどのぬかりもない。

「放行と把定」については31則を参照 )。

鋒(ほこさき)を亡(うしな)い舌を結ぶ:気勢を殺がれてものが言えなくなる。

正令:正しい法令。

頂門に光を放ち:第三の眼を開いて。

金剛の眼晴:ダイヤモンドの眼。本智の譬え。

鉄を点じて金となし、金を点じて鉄となす。:気合1つで鉄を変えて金とし、

金を変えて鉄とするような働きをする。修行者を導く練達した指導法の譬え。

倒退三千里ならしむ。:地の果てまで退却させる。


垂示の現代語訳


世界を一と握りにして天井天下唯我独尊とばかり、

他の存在は毛筋一本も許さないので他の人々は気勢を殺がれてものが言えなくなる。

そのような凄まじい働きこそ禅僧の正令と言われるものである。

そうかと思うと悟りの眼を開いて世界を見る。これが禅僧の「金剛眼」というものだ。

凡夫(鉄)を一言の下に悟らせたり、悟りに有頂天になっている者からはその悟りを奪ってしまう。

擒(とら)えようと、縦(はな)とうと自由自在の働きをするのこそ禅僧の腕前である。

天下の人の舌頭を坐断して、グーの音も出させず、

見ただけで負け犬が逃げ去ってしまうような威力を持っているのが衲僧の気宇である。

さて、以上のようでないような人とはどんな人だろうか。

次に実例を示すから参究せよ。


本則:

僧、桐峰庵主のところに到って、すなわち問う、「這裏にもし大虫に逢わんとき、また、いかん?」。

庵主、すなわち虎声を作(はっ)す。

僧、すなわち怕(おそ)るる勢(しぐさ)を作す。

庵主呵々大笑す。

僧云く、「この老賊」。

庵主云く、「老僧をいかんせん」。

僧、休し去る。

雪竇云く、「是なることは則ち是なるも

両箇の悪賊、ただ耳を掩(おお)って鈴を盗むを解(よ)くするのみ」。


注:

桐峰(とうほう)庵主:臨済の法嗣の1人。

法系:六祖慧能→南嶽懐譲→馬祖道一→

百丈懐海→黄檗希運→臨済義玄→桐峰庵主  


本則:

ある僧が山深い所に住んでいた桐峰庵主のところを訪ねて行って、聞いた、

もしここに虎が出てきたらどうしますか?」。

庵主は

ウオッー」と虎になりきったように声を発した。

そうすると僧はぶるぶる震えて怖がって見せた。

それを見た庵主は呵々大笑した。

僧は云った、

この大ぬっとめ!」。

庵主は云った、

わしをぬっとだと言ったが、それ以上わしを何とかできるかな(できんだろう)」。

僧は黙ってしまった。

雪竇はこれにコメントして云った、

2人ともなかなかで賊機もある

しかし、両人ともただ耳を手で覆って鈴を盗むようなところがある

(まだ消極的な田舎芝居に終って抜けたところがある)」。




之を見て取らざれば之を思うこと千里ならん。

好箇の斑々(けなみ)なるも爪牙いまだ備わらず。

君見ずや大雄山下に忽ち相逢い落々たる声光 皆地に振うを。

大丈夫 見るやまた無しや虎尾を収め 虎鬚をなず。


注:

之を見て取らざれば之を思うこと千里ならん:これを見た時に掴まなければ、

ずっと後にまで悔いを残すだろう。

大雄山:百丈禅師がいた百丈山。 

落々:独脱して世俗の拘束を受けないさま。磊落、おおらか。

声光:百丈と黄檗の声。 

斑々(けなみ):虎の斑紋。



状況を良く見てチャンスだと見た時に掴まなければ、ずっと後にまで悔いを残すだろう。

僧が恐れる様子を示した時には、桐峰は一気に僧を取り押さえてしまうべきだった。

また僧は桐峰が「わしを何とかできるかな?」と言った時、

黙ってしまわず反撃すべきだった。互いにチャンスを逃した)。

二人は見かけは堂々とした立派な虎だが、肝心の爪牙がいまだ備わっていない。

昔、百丈禅師は大雄山で黄檗という虎に逢ったことがある。

その時、爪牙が備わった黄檗の落々たる声光は地に振った。

いやしくも大丈夫であるならば黄檗のような虎であるべきだ。

黄檗が虎鬚(百丈)をなでたのに対し、

百丈は黄檗を一撃することなく丸く虎尾を収めたのは偉いものだ。


解釈とコメント


昔、黄檗希運が大雄山で百丈懐海禅師の下に修行していた時、以下のような話が伝わっている。

黄檗が外出から帰ってくると師の百丈が「どこに行って来たのかね」と尋ねた。

黄檗が「松茸を取りに山に行って来ました」と答えると百丈は

山には虎はいなかったかな?」と言った。

すると、黄檗は「ウオッー」とここに虎がいるぞとばかり虎になりきって声を発した。

その時、百丈は手にしていた斧を振り上げて黄檗を打とうとした。

黄檗は間、髪を入れず百丈を捉まえてピシリと一掌を与えた。

百丈は呵々大笑して方丈へ引き上げた。

その夜、百丈は弟子達に向って

この大雄山には一匹の大虎がいるから皆もよく気をつけるがよいぞ

わしは今日ガブリとやられたわい。」と、黄檗の禅機を褒めた。

頌はこの話を引用している。

本則で出てきた僧と桐峰庵主のやりとりは、この百丈と黄檗のやりとりに比べると、

雪竇が言うように、まだ消極的な田舎芝居に終って抜けたところがある。

この少し間の抜けた田舎芝居をやった2人が垂示の最後で言う

さて、以上のようでないような人(少し間の抜けた人)」の例となっていると考えられる。


86soku

 第86則   雲門光明     




垂示:

世界を把定して繊豪(せんごう)も漏らさず。

衆流を裁断して涓滴を存せず。

口を開けばすなわち錯り、擬議すればすなはち差う。

しばらく言え、「作麼生かこれ透関底の眼?」。試みに言え看ん。


注:

世界を把定して繊(せん)豪(ごう)も漏らさず:世界をしっかりと掌握して毛筋ほどのぬかりもない。

「放行と把定」については31則を参照 )。

衆流を裁断して涓滴を存せず:煩悩と迷いの流れを断ち切って少しもとどめない。

透関底の眼:難関を透過した自由な悟りの眼。


垂示の現代語訳


客観界を一握りに握りつぶして(全て否定して)、少しもその存在を認めない。

主観的にもあらゆる迷いと煩悩の流れを断ち切って一滴の念慮も残さない。

このように主客ともに絶対に否定した当体は“心行所滅、言語道断”であり、

少しでも口を開けば本質を錯り、わずかでも疑えばとんでもない方向違いになる。

それでは「難関を透過した自由な悟りの境地(透関底の眼)とは一体どんなものだろうか?」。

まあ一つ言いなさい。拝聴しましょう。



本則:


雲門垂語して云く、「人人尽く光明のある在り、看るとき、見えず、暗昏々。そもさんかこれ諸人の光明?」

自ら代わって云く、「厨庫三門」。

又云く、「好事も無きには如かず」。


注:

雲門:雲門文偃禅師(864〜949)。雲門宗の開祖。

法系:六祖慧能→青原行思→石頭希遷 →天皇道悟→龍潭崇信→

徳山宣鑑 →雪峯義存→ 雲門文偃

厨庫三門:厨庫は台所。三門は禅寺の正門。

好事も無きには如かず:うまい話は無いほうがましだ。


本則:

 ある時、雲門が門下の人々に言った、

我々全ての人は尽(ことごと)く本来の面目という一大光明を持っている

それは世界を把定した当体ともいうべきものである

それは、看ようと意識するトタンに見えなくなって真っ暗闇になってしまう

それでは一体諸人の光明とは一体何だろうか?」

誰も答えないので雲門は自ら代わって答えた、

「それは台所や山門だよ。」。

 又言った、

どんな好い事も何も求めることが無いのには及ばない」。



自照 孤明を列す

君がために一線を通ず

花謝して樹に影なし

看る時 誰か見ざらん

見不見

倒まに牛に騎って仏殿に入る


注:

孤明:独自に輝くもの。本智。

倒まに牛に騎って仏殿に入る:達人の自由自在ぶりの譬え。  



全ての人が持つ自己の光明(脳と脳の働き)は自己に孤在し自分で働き照らしている。

雲門禅師はそれを君のために一線を通すように明らかにした。

見事に咲いた花は既に散って跡形もなく樹は静かに立っている。

自己の光明や本体(脳とその働き)は看ようとしても 誰も見ることはできない。

そのように明暗ともに絶して、見る・見ないに拘ることがなければ、

明暗を超越して自由になるだろう。

そのような自由自在の境地はあたかも逆様に牛に騎って仏殿に入るようなものである。

それこそ全ての人が持つ自己の光明(脳とその働き)の本来の姿である。


解釈とコメント


この公案では全ての人々が持つ、一大光明を発する本来の面目(透関底の眼)

とは何かが問題になっている。

それは主観的にはあらゆる煩悩の流れを断ち切って一滴の念慮も残さない。

主客ともに絶対に否定した当体は“心行所滅、言語道断”とでも言えるもので、

少しでも口を開けば本質を錯り、わずかでも疑えば(擬議すれば)とんでもない方向違いになる。

この問題に対し誰も答えないので雲門は自ら代わって答えた、

それは厨庫(台所)や三門(山門)だよ。」

これは文学的には難問である。しかし、科学的(脳科学的)には簡単である。

一大光明を持つ本来の面目(透関底の眼)とは

下層脳(脳幹や大脳辺縁系)を中心とする脳

と考えることができる。

この脳は生命を支える根幹脳である。雲門はそれを厨庫(台所)と表現している。

それは、看ようと意識するとトタンに見えなくなって真っ暗闇(暗昏昏)になってしまう

心行所滅、言語道断”の無意識脳(脳幹と大脳辺縁系)である。

また光明という観点から言うと諸感覚(視覚、音、味、匂い)の入口となっているである。

手足や口は運動や言葉の出口ともなっている。

雲門はその刺激の入口と運動や言葉の出口を三門(山門)と表現していると考えることができる。

雲門は第62則でも運動や言葉の出口を三門(山門)と表現している。

しかし、どんな良いことでもそれに捉われたり執着してはいけない。

それを「どんな好い事も何も求めることが無い境地には及ばない。」

(好事も無きには如かず)と言っていると考えることができる。

我々は本来仏である。その祖仏の境地が「無心の境地」である。

我々がその祖仏と本来同じ境地である「何も求めることの無い無心」の中で生きる

ことができればそれ(無心)に勝ることはないではないかと言っている。

第86則「雲門光明」の話の原典は雲門録や圜悟頌古60則のようだ。

そこではこの公案(話)は次のようになっている。

雲門上堂示衆に云く、

人人尽く光明のある在り、看るとき見えず、暗昏昏。作麼生か、これ諸人の光明在。」

衆対(こた)えること無し。自ら代わって云く、「僧堂、仏殿、厨庫、三門。」

雲門のこの答えは本則「雲門光明」の答えと少し違う。

本則「雲門光明」の答えより少し詳しい。

雲門のこの答えでは、「僧堂、仏殿、厨庫、三門。」と四つの建物になっている。

それらの寺院建築を脳に喩えていると考えることができる。

三門を五感の出入り口、「僧堂、仏殿」をそれらの内部に存在する脳と考えれば

本則「雲門光明」の答えははっきりしてくる。

五感の出入り口とその内部に存在する脳(全脳)が光明の正体だ

と考えることができるだろう。

この公案は第62則「雲門一宝」によく似ている。

第62則「雲門一宝」を参照 )。



87soku

 第87則  雲門薬病相治   



垂示:

明眼の漢、カ臼(かきゅう)なし。ある時は孤峰頂上に草漫々。ある時は閙市(とうし)裏頭に赤洒々。

もし忿怒の那叱とならば、三頭六臂を現わし、もし日面月面とならば、普摂の慈光を放ち、

一塵において一切身を現わし、随類の人となって、和泥合水す。

もし向上(うえ)の竅(あな)を撥着すれば、仏眼もまたみることを着(え)ず。

たとい千聖出頭し来るとも、また須らく倒退三千里すべし。

還って同得同証の者ありや。

試みに挙す看よ。


注:

明眼の漢:真実の自己を見て、悟りの眼を開いた人。頓悟禅の悟りを開いた人。

カ臼:固定した生き方。

閙市(とうし)裏頭:賑やかな市場。

那叱(なた):阿修羅の一種で三つの頭と六本の腕を持つ鬼神。

日面月面: 日面仏月面仏(第3則を参照 )。

随類の人:さまざまな人それぞれに適切に対応できる人。

髑髏前に鬼を見ること無数なるを:

撥着する:開く。

向上(うえ)の竅(あな):第三の眼。全てを超越した仏の天眼。


垂示の現代語訳


明眼の人はきまり切った固定した生き方にはまり込むことない。

彼は自由碍礙で捉われない。

ある時は向上の無一物の境地にいても妄想の雑草が生い茂っていることもあるだろう。

しかし、無一物の境地を外れることはない。

これと逆に、賑やかな雑沓に居ても素っ裸でさっぱりしている。

そうかと思うと那叱神になったかのように、三頭六臂を現わして忿怒することもある。

彼はいつも柔和な宗教家ではなく、不動明王のように非に向っては立ち向かう。

それと反対に、日面仏や月面仏のように、普く慈悲の光を放ち、一塵において一切身を現わし、

泥に和し水に合わせるようにそれぞれの状況に適切に対応できる人でもある。

もし彼に第三の眼が開けば、仏眼も見ることができないし、千人の聖人が出て来ても、

退却するしかないだろう。

さてそのような境地を同得同証した人はいるだろうか。

次に実例を示すから参究せよ。

本則:

雲門、衆に示して云く、「薬病相(あい)治(ち)す。尽大地これ薬。那箇かこれ自己?」。


注:

雲門:雲門文偃禅師(864〜949)。雲門宗の開祖。

法系:六祖慧能→青原行思→石頭希遷 →天皇道悟→龍潭崇信→

徳山宣鑑 →雪峯義存→ 雲門文偃

薬病相(あい)治(ち)す:薬は病のためのものであり、病は薬を必要とする。

ここでは、仏法(あるいは悟り)を薬に、

煩悩や迷いを病(心の病)に譬えている。

仏法(あるいは悟り)という薬は、煩悩や迷いの病(心病)を治すために必要であり、

心の病が治れば「悟り」という薬必要がなくなる。これを薬病相治(あいち)すと言っている。


本則:


ある日雲門禅師は弟子達に向って言った、

薬(悟り)とは病(心の病)を治すために飲むものだ

大地は薬であふれている。自己は一体どこにあるのだろうか?」。




尽大地これ薬

古今何ぞはなはだ錯る

門を閉じて車を造らず

途に通ずれば自ら寥廓

錯々

鼻孔遼天 また穿却す


注:

寥廓:ひろびろとしている。

遼天:高い。



心境一如の悟り(純粋意識)の境地に至れば、「尽大地は薬」、

「山川草木悉皆成仏」と言うことが分かる。

昔からこう言う人は多いが、この言葉をう飲みにしてそれに縛られている人も多い。

これは大いに錯っている。

車を造る時、一々道路の寸法をきちんと測って造らない。

しかし、道路に出たら、ちゃんと道巾に収まって通ることができる。

心境一如の悟り(純粋意識)の境地に至れば、

「尽大地は薬」であり自ら心は妙浄でひろびろとしている。

この時任運自在で順行も逆行も自由自在だ。

飢えては食べ、渇しては飲むばかりだ。

しかし、これくらいで満足して、俺こそ最高の悟りを得たなどと、

うっかり気を許して得意になったりすると錯るぞ。

鼻が天まで届くようだと天狗になって自慢したりすれば、

鼻に孔を穿たれ綱が通されるようなことになる。


解釈とコメント


ある日雲門禅師は弟子達に向って言った、

一体、仏法の薬(悟り)は病(心の病)を治すために飲むものだ」。

ブッダの45年の説法教化は病に応じて薬を与える「応病与薬」の生涯であったと言える。

しかし、薬は一旦、病(心の病)が治ったら飲む必要がなくなるはずのものだ。

それなのに、病(心の病)が治った後も薬(悟り)を手放さないのはどうしたものだろうか。

病が治った後も薬を飲み続けているようなもので、これでは「悟り病」というほかないのではないか。

迷悟ともに掃絶してこそ「薬病相治」と言えるのだ。

雲門は更に云った、「大地は薬であふれている(尽大地これ薬)」。

悟りの境地は心境一如の境地と言って良い。

万物一体の思想を参照)。

この状態では全脳(=上層脳+下層脳)は健康となり、

大地は薬であふれている(尽大地これ薬)」

ことを実感することができる。

尽大地これ薬」とは心境一如の境地を表わしていると解釈すれば、この公案は分かり易い。

雲門は更に「自己はどこにあるのか(那箇かこれ自己)?」と問う。

この質問は<心境一如の悟りの境地>に到った時、

一体、自己はどこにあるのか?」と言う質問と考えることができる。

心境一如の境地>に到った時、

自己とは妙浄明心(=健康な脳)と言うしかないだろう。 


イ山霊祐と仰山慧寂の問答 


イ山霊祐と仰山慧寂にはの次ぎのような会話がある。

イ山仰山に問う、「妙浄明心、汝作麼生(そもさん)か会する?」。仰 曰く、「山河大地、日月星辰」。

この会話を現代語に直すと次ぎのようになる。

イ山霊祐が仰山慧寂に質問した、「お前さんは妙浄明心をどのように理解しているのかね?」

仰山慧寂は云った、「山河大地、日月星辰です」。 

この会話から仰山は「妙浄明心は山河大地、日月星辰である。」と言っていることが分かる。

仰山は「妄想分別を徹底的に奪い尽くすことで得られる妙浄明心(純粋意識)で見ると

自己は山河大地、日月星辰と一体である。」と心境一如の境地を言っていると言える。

これは次のことを意味している。

坐禅によって妄想分別を徹底的に奪い尽くすことで

妙浄明心(純粋意識)とも言える「心境一如の境地」に到達できる。

この「心境一如の境地」では分別意識のフィルターが取れているので

心(妙浄明心)は山河大地、日月星辰である。」と自覚することができる。

雲門はこの境地から「尽大地これ薬」と言っていることが分かる。

「心とは山河大地、日月星辰なり」を参照)。



88soku

 第88則  玄沙三種病    



垂示:

門庭の施設、しばらくいんもに二を破して三となす。

入理の深談、また須らくこれ七穿八穴なるべし。

当機敲点、金鎖の玄関を撃碎す。

令によって行ず。直に得たり蹤を掃い跡を滅することを。

しばらくいえ、ゴウ訛いずれのところにか在る。

頂門の眼を具する者、請う試みに挙す看よ。


注:

門庭の施設:禅門の指導。初心者向けの手立て。方便。

二を破して三となす。:きまった型を打ちくだく。

入理の深談:本質にかかわる深遠な談義。

当機敲点:相手の核心をついて指摘する。

金鎖の玄関:黄金の錠前と奥深いところにあるかんぬき。


垂示の現代語訳


禅門の指導では二を破砕して三とするように分かり易くだいて指導する。

道理の奥深いところは綿密に点検し七縦八横の自由自在さで説得する力量が必要である。

相手の機根に応じて、仏に逢うては仏を殺し、祖に逢うては祖を殺す。

このような指導によって、千仏万祖を乗り越え、悟りの捉われを撃碎して

自由の世界へ導かねばならない。

それでは禅門の指導で一番難しい問題点はどこに在るのだろうか?

我こそは悟りの眼を持っていると自信のある者は例を挙げるからよく看るがよい。

本則:

玄沙、衆に示して云く、「諸方の老宿、尽くいう接物利生(せつもつりしょう)と。忽ち三種の病人の来るに遇わば、そもさんか接せん

患盲の者、拈鎚堅払、他また見ず。患聾の者、語言三昧、他また聞かず。患唖の者、かれをして説かしむるにまた説き得ず

しばらくそもさんか接せん。もし此人を接するを得ずんば仏法霊験なからん」。

僧、雲門に請益す。

雲門云く、「汝礼拝著せよ」。

僧礼拝して起つ。

雲門、シュ杖を以ってつく。僧退後す。

門曰く、「汝是れ患盲にあらず」。

また近前来と喚ぶ。僧近前す。

門曰く、「汝是れ患聾にあらず」。

門乃ち云く、「還って会すや?」。

僧云く、「不会」。

門云く、「汝是れ患唖にあらず」。

僧ここにおいて省あり。


注:

玄沙:玄沙師備禅師(835〜908)。雲門文偃の兄弟弟子。

法系:六祖慧能→青原行思→石頭希遷 →天皇道悟→龍潭崇信→

徳山宣鑑 →雪峯義存→ 玄沙師備

接物利生:衆生済度、待機説法。

三種の病人:ここで問題となっている三種の病人とは次の三つの病を持つ人のことである。

1.

患盲の者。眼が見えない人。

2.

患聾の者。耳が聞こえない人。

3.

患唖の者。言葉が出ない人。

玄沙は上の三種の病人に対してどのように対処したら良いか聞いたが、

誰も玄沙の問いに答えることができなかった。

この問いに疑問を持ったある僧が雲門文偃禅師(玄沙の兄弟弟子)の所に行って教えを請うた。

その時の僧と雲門の問答がこの公案の内容である。


本則:

玄沙が衆に示して云った、

諸方の老師達は皆、衆生済度を言う

しかし、三種の病人が来た場合に、どのように対処したらよいだろうか

患盲の者は鎚を持ち出し払子を立てて(拈鎚堅払)も見えない

患聾の者は言葉(語言)を聞くことができない

患唖の者は説くことができない

そのような場合どうすればよいだろうか

もしこのような三種の病人を救うことが出来ないならば

仏法には霊験がないと言われても仕方がないだろう。」

ある僧がこの玄沙の説法について雲門に教えを請うた。

雲門は言った、

お前さん、それが知りたいなら礼拝しなさい」。

僧は礼拝した後起き上がった。

雲門はシュ杖を持ってつついた。僧は後ずさった。

雲門は言った、

お前さん眼は見えるな」。

雲門は言った、

近くに来なさい。」

僧はその言葉を聞いて雲門の前に近づいた。

雲門は言った、

お前さん耳が聞こえるな」。

雲門は言った、

どうだ。分かったか?」。

僧は言った、

分かりません」。

雲門は言った、

お前さんはちゃんと喋れるじゃないか」。

僧はこれを聞いて悟った。



盲聾(もうろう)イン唖(いんあ)

杳として機宜を絶す。

天上天下笑うに堪えたり悲しむに堪えたり。

離婁正色を弁ぜず師昿 あに玄絲を織らんや

いかでか如かん虚窓の下に独坐せんには

葉落ち花開く自ずから時あり

また云く 還って会すやまた無しや

無孔の鉄鎚。


注:

盲聾イン唖:眼も見えない、耳も聞こえない、口もきけない人。

機宜を絶す:対応する手立てが断たれている。

離婁(りろう):視力の優れた伝説上の人。

正色:事物の真の姿。

師昿(しこう):聴力の優れた古代の宮廷音楽家。彼は盲人であった。

玄絲:本来の音、真実のしらべ。

虚窓の下:音も色も形もない世界。

無孔の鉄鎚:孔の無い手の付けられない金槌。本来の面目(脳)の譬え。



眼も見えない、耳も聞こえない、口もきけない人(盲聾(もうろう)イン唖(いんあ))とは

眼、耳、口の機能の本体である「本来の面目」(=脳)を指している。

眼、耳、口の機能の本体である「本来の面目」(脳)は杳(よう)として

対応する手立てが断たれているからである。

本来の面目」(脳)はいつも見ているのだが隠れていて見えない。

「本来の面目」(脳)はいつも聞いているのだが隠れていて聞こえない。

「本来の面目」(脳)はいつも喋っているのだが隠れていて喋っているようには見えない。

我々の「本来の面目」(脳)はこのような性質を持ち思慮分別の外にある。

「盲聾(もうろう)イン唖(いんあ)」と表現するしかない。

世界中(天上天下)の全ての人は誰でもそのような「本来の面目」(脳)を持っている

にも拘わらずそれを知らないのはまことに笑うべく悲しむべきことだ。

超人的な視力を持つという離婁でも「本来の面目」(=脳)を見ることはできない

聴力に優れたと伝えられる師昿が、いくら耳が良くても、

「本来の面目」(=脳)が出している真如の妙音(玄絲)を聞くことができない。

真盲になれないない者が強いて肉眼で見ようとしたり、真聾でない者が

聞き耳を立てるより誰一人訪れる者がなく、

世間の雑音が聞こえて来ない本来無一物の「虚窓(人気の無い部屋の窓)」の下に

独坐し無事の世界を楽しむのに勝ることがあろうか。

秋に葉は落ちても春になると花は自然に開く。

このような「本来の面目」(=脳)を君は理解できるだろうか。

それは「無孔の鉄鎚」とでも言うしか表現することができない世界だ。


解釈とコメント


雲門は僧との問答で「お前さん眼は見えるな(汝是れ患盲にあらず)」、

 「お前さん耳が聞こえるな(汝是れ患聾にあらず)」、

お前さんはちゃんと喋れるじゃないか(汝是れ患唖にあらず)

と見る、聞く、喋るということに注意を促している。

見る、聞く、喋るという三種の働きと機能は脳から発している。

科学的には「本来の面目(=真の自己)」は脳である。

悟りの体験と分析2を参照)。

雲門は悟りの主体となる「本来の面目」はこれらの働きの本体となる

脳であることを示唆しているのである。

僧は「本来の面目」としてのとその働き(機能)に気付き悟ったのである。

この公案は三種の病気に罹って人が来た時、どうしどうしたらよいか?

という問題になっている。

しかし、この公案に出て来る僧は見る、聞く、喋ることができたので悟らせることができた。

この公案に登場する僧は三種の病気に罹っていなかったので悟らせることができたのである。

しかし、実際問題として三種の病気に罹っている人が参禅した場合、

その指導は大変だと思われる。



89soku

 第89則   雲巌手眼   



垂示:

通身これ眼あれど、見倒らず。通身これ耳なれど、聞き及ばず。

通身これ口なれど、説き着(おお)せず。通身これ心なれど、鑑(かんが)み出(つく)せず。

通身は即ちしばらくおき、もし眼なくんば、そもさんか見ん。

耳なくんば、そもさんか聞かん。口なくんば、そもさんか説かん。

心なくんば、そもさんか鑑(かんが)みん。

もし箇裏(ここ)において一線道を撥転し得ば、すなはち古仏と同参なり。

参はすなはちしばらくおく。しばらく言え、箇の何人にか参ぜん。


注:

一線道を撥転し得ば:一すじの道を開くことができれば。

古仏と同参:涅槃に住せず、仏界にも居ないで、俗世間で灰頭土面して衆生を救済する者。


垂示の現代語訳


身体全部が眼であるけれど全てを見る事はできない。

身体全部が耳であるが全てを聞く事はできない。

身体全部が口であるが全てを説く事はできない。

身体全部が心であるがあらゆることを考えることはできない。

身体全部(通身)のことはこれくらいにしておく。

ここで、もし、眼がなければどうして見ることができようか。

もし耳がなければどうして聞く事ができようか。

もし口がなければどうして説く事ができようか。

もし心がなければどうして考えることができようか。

もし、このような処から脱け出て一すじの道を切り開き俗世に立ち戻ることができれば、

俗世間で灰頭土面して衆生を救済する古仏と同参の者と言うことができるだろう。

「古仏と同参」はさておき、そのような境涯に到るにはどのような人の参じたら良いのだろうか。

その模範を示そう。


本則:

雲巌、道吾に問う、「大悲菩薩、許多の手眼を用いてなにかせん?」。

吾云く、「人の夜半に背手して枕子を模るが如し」。

巌云く、「我会せり」。

吾云く、「汝そもさんか会す?」。

巌云く、「ヘン身これ手眼」。

吾云く、「言うことは即ちはなはだ言う。ただ八成を言い得たり」。

巌云く、「汝そもさん?」。

吾云く、「通身これ手眼」。


注:

雲巌:雲巌曇晟禅師(782〜835)。雲巌曇晟は始め百丈懐海に

20年も師事したが悟ることができず、百丈懐海の遷化後薬山惟儼の下に移った。

薬山惟儼の下で大悟しその法を嗣いだ。次に示す法系を見れば分かるように、

法嗣に洞山良价がいる。曹洞禅に属する禅師と言える。

法系:六祖慧能→青原行思→石頭希遷 →

薬山惟儼→雲巌曇晟→洞山良价 →曹山本寂 

道吾:道吾円智禅師(769〜835)。

雲巌曇晟禅師と道吾円智禅師は共に薬山惟儼の弟子。

道吾円智の方が 雲巌曇晟の先輩に当たる。

大悲菩薩:千手観音(千手千眼観音、大悲観音)。

ここは千手観音にも比せられる「自己本来の面目(脳)」の働きを指している。



本則:

雲巌が道吾に聞いた、

千手観音は非常に多くの手や眼を用いて何をするのだろうか?」。

道吾は言った、

夜中寝ていた人が枕を外した時、背中に手を廻して手さぐりで枕を探るようなものだ」。

雲巌は言った、

よく分かりました」。

道吾は言った、

お前さん、どう分かったのか?」。

雲巌は言った、

体中に手や眼があるということです」。

道吾は言った、

なかなかうまく言っているがまだ80%くらいしか言い当てていないな」。

雲巌云く、

ではあなたはどうだと言うのですか?」。

道吾は言った、

体そのものが手や眼だ」。




ヘン身是

通身是

拈じ来たれば猶お十万里に較(へだ)つ。

翅(はね)を展(ひろ)げて鵬騰(ほうとう)す六合の雲

風を摶(う)って鼓蕩(ことう)す四溟(しめい)の水

これ何の塵埃(ちり)ぞ忽ちに生ず

那箇(なん)の毫釐(ほこり)ぞ 未だ止まざる。

君 見ずや

網珠 範をたれて影重々

棒頭の手眼 何れよりか起る


注:

六合:天地と四方。

翅(はね)を展(ひろ)げて鵬騰(ほうとう)す六合の雲:羽を広げて天地と四方の雲を舞い上げる。

鼓蕩:わきたたせる。

四溟の水:四方の大海の水。

網珠:帝釈天の宮殿にある網の目に連なった無数の宝珠。「帝網明珠」。



ヘン身これ手眼という雲巌の主張が正しいか、

通身これ手眼という道吾の主張のどちらが正しいかという

問題に拘っていたら禅の本質から十万里も遠く離れることになるだろう。

雲巌が「ヘン身これ手眼」と言ったり、道吾が「通身これ手眼」と言ったのは

あたかも大空の雲を掻き分け羽ばたいた大鵬が

海面を羽で叩いて四方の水をわきたたせるような働きを示している

しかし、それも禅の第一義から見れば、塵埃が舞い上がったようなものだ。

君は知っているでしょう、帝釈天のいるトウ利天の善法堂には

ダイヤモンドの無数の宝珠から成る簾(帝網明珠)がかかっていることを。

その無数の宝珠は互いに映り合い、1つの宝珠には全部が映っている。

我々の本来の面目もそのような大きな働きを持っている。

そのような千手観音にも喩えられる「本来の面目(脳)」の手眼はどこから起っているのだろうか?

それを見極めなければならない。


解釈とコメント


この公案では自己本来の面目の働き(脳の働き)を千手観音に喩えて、議論している。

」の最後のところで雪竇は

そのような千手観音にも喩えられる

本来の面目(=脳)」の手眼はどこから起っているのだろうか?

それを見極めなければならない」と言っているが、

それは19〜20世紀の脳科学によって見極められたと言って良いだろう。

この公案は文学的観点より脳科学の観点から見た方が分かり易い。


90soku

 第90則   智門般若の体   



垂示:

声前の一句、千聖不伝、面前の一絲、長時無間。

浄裸々、赤灑灑、頭はホウソウ、耳は卓朔。

しばらく言え、そもさん。

試みに挙す看よ。


注:

声前の一句:言葉になる前の消息。

千聖不伝:多くの仏や祖師も伝授することができない。

面前の一絲:目の前の一本の糸。羅山和尚の元の言葉では「面前の一思」であるとのこと。

この方が分かり易い。

長時無間:永遠に連なっている。

浄裸々:一糸まとわぬ素っ裸。本体そのままの露呈。

頭はホウソウ:頭はボウボウ。

耳は卓朔:耳はピンと突っ立っている。


垂示の現代語訳


言葉になる前の消息とも言える「本来の面目」は千聖が出てきても伝える事はできない。

面前に途切れることなく続いている思考(一絲)の本体である「本来の面目」は

浄裸々(じょうらら)、赤灑灑(しゃしゃ)である。 

その姿形を言うと、頭はボウボウ、耳はピンと突っ立った動物のようで活き活きしている。

どうだろうか。次にその例を挙げるからよく看るがよい。


本則:

僧、智門に問う、「如何なるか、これ般若の体?」

門云く、「蚌名月を含む」。

僧云く、「如何なるか、これ般若の用?」

門云く、「兎子懐胎」。


注:

智門:智門光祚(こうそ)禅師。雪竇重顕の師。

法系:雲門文偃→香林澄遠→智門光祚→雪竇重顕  

般若:智恵。特に悟りの智慧である「無分別智」。

蚌(ぼう):烏貝(カラスガイ)。古代中国では烏貝は中秋の名月の光

を浴びると真珠を孕むと信じられた。

名月を含む:中秋の名月の光を浴びる。

般若の智恵の光を体得することを中秋の名月の光に喩えている。

兎子懐胎:中国では兎は中秋の名月の光を浴びると懐妊すると考えられた。

ここでは般若の智恵の働きを月の光に喩えている。

本則:

智門禅師にある僧が聞いた、

智恵の本体とはどのようなものですか?」

智門は言った、

烏貝(蚌)は中秋の名月の光を浴びて光輝いている」。

僧は聞いた、

それでは、智恵の働き(般若の用)とはどのようなものですか?」

智門は言った、

兎が月の光を浴びて光で一杯だ」。




一片の虚凝、謂情を絶す

人天これより空生を見る

蚌玄兎を含む深々の意

曽て禅家に与えて戦争せしむ


注:

虚凝(きょぎょう):無の固まったもの。

一片の虚凝:絶対無の本体。下層無意識脳。

謂情(いじょう):言語や分別。

人天(にんでん):人間界と天上界。人々と神々。

空生:ブッダの十大弟子の一人、須菩提(スブーティ)のこと。

解空第一とされた。ここでは空の世界を指している。

戦争:法戦。



智恵の本体(般若の体、下層無意識脳を中心とする脳)は無の固まりで、

言語や分別を超えている。

人々と神々はここに空の世界(空生)を見る。

烏貝(蚌)は月の光を呑んで真珠を生むとされ、兎は月の光で懐妊すると伝えられる。

丁度そのように、智恵の本体は智恵の光を呑んで輝く妙用不可思議なものだ。

昔から禅の修行者達はこの問題と取り組み、苦闘して来た。


解釈とコメント


本則 の垂示は面白い。

その姿形を言うと、頭はボウボウ、耳はピンと突っ立った動物のようで活き活きしている

と述べている。

垂示を書いた雪竇は坐禅中に先祖(動物)の姿を「旧哺乳類脳」に見たのだろうか。

脳の三層構造と進化の歴史を参照)。

法系を見れば分かるように、本則で登場している智門光祚は碧巌録の著者雪竇重顕の師である。

雪竇重顕は智門光祚に師事し、参禅修行している。

その時の問答をもとに自分を質問僧として登場させ、

智門光祚との問答として公案に採用している可能性も考えられる。

「頌」では、智門は智恵の本体(般若の体)について、

烏貝(蚌)が中秋の名月の光を浴びて光輝いているように輝いている

と言っている。

また智恵の働き(般若の用)について、

兎が月の光を浴びて光で一杯になっている

と言っている。

これは坐禅修行で健康になった脳の比喩的表現と考えることができる。

仏とは何かを参照)。

本則の評唱(圜悟克勤による)に次ぎのようなことが述べられている。

古人道(いわ)く、

汝等諸人、六根の門頭に昼夜大光明を放って、山河大地を照破(てら)す

ただ眼根より光を放つのみならず、鼻舌身意も亦皆な光を放つ」と。

この言葉は福州大安禅師(793〜883)の言葉らしい。

彼の「六根の門頭に昼夜大光明を放って、山河大地を照破(てら)す。」

という言葉は

脳の世界は光明の世界だ」という考えの文学的表現だと考えられる。

これは文学的表現だから問題ないと考えられる。

しかし、彼が言っていることには科学的な誤りが含まれている。

眼が光を放ったり、鼻舌身意が光を放つといっているが、

そのようなことは科学的実験をすれば簡単に否定されるからである。

眼が光を放ったり、鼻舌身意が光を放つ」ことはありえない。

それは単なる実感であり科学的には間違いである。

伝灯録9巻には福州大安禅師(793〜883)の言葉として、

汝諸人各自有無価大宝。従眼門放光。照山河大地。・・・六門昼夜常放光明。」

が引用されているとのこと。



91soku

 第91則  塩官犀牛   



垂示:

情を超え足を離れ、縛を去り粘を解く。

向上の宗乗を提起し、正法眼蔵を扶堅することはまた須らく十方ひとしく応じ、

八面 玲瓏として直にいんもの田地に到るべし。

しばらくいえ、かえって同得同証、同死同生底ありや。

試みに挙す看よ。


注:

情を超え足を離れ:分別をこえて。

縛を去り粘を解く:執着を捨てる。

向上の宗乗:究極の禅の核心。

正法眼蔵:仏法の眼目。

十方ひとしく応じ:あらゆることに自由自在に対応し。

八面玲瓏:心身すべてがからりと澄み切る。


垂示の現代語訳


分別意識をこえ執着を捨て、究極の禅の核心を示し、仏法の眼目を押し立てるためには、

あらゆることに自由自在に対応し心身すべてがからりと澄み切った境地に達しなければならない。

それではそのような境地に達した三世の諸仏と同じレベルの悟境に達し、同死同生、

共通の立場に立つことができるような人はいるだろうか。

試みに例を挙げるので参究せよ。


本則:

塩官、一日、侍者をよぶ。「我がために犀牛の扇子をもち来たれ」。

侍者云く、「扇子破れぬ」。

官云く、「扇子すでに破れなば、我に犀牛児を還えし来たれ」。

侍者対なし。

投子云く、「もち出さんことを辞せず、恐らくは頭角全からざらんことを」。

雪竇拈じて云く、「我は全からざる底の頭角を要す」。

石霜云く、「もし和尚にかえさば、即ちなからん」。

雪竇拈じて云く、「犀牛児なおあり」。

資福一円相を画し、中において一の牛の字を書す。

雪竇拈じて云く、「適来なんとしてかもち出さざる」。

保福云く、「和尚年尊、別に人を請せば好し」。

雪竇拈じて云く、「惜しむべし、労して功なきことを」。


注:

塩官:塩官斉安(?〜842)。馬祖道一の法嗣。

法系:六祖慧能→南嶽懐譲→馬祖道一 →塩官斉安   

投子:投子大同禅師(819〜914)。翠微無学禅師の法嗣。

石霜:石霜慶諸(807〜888)。  

資福:資福如宝。イ仰宗の仰山慧寂の孫弟子。

保福:保福従展。雪峰義存の法嗣。

本則には多彩な禅師達が登場する。図22に91則に登場する禅師達の法系図を示す。


図22

図20 第91則に登場する禅師達の法系図


本則:

ある日塩官斉安禅師が侍者を呼んで言った、

犀牛の扇子を持って来なさい」。

侍者は云った、

あの扇子はとっくに破れてしまいました」。

塩官は云った、

扇子が破れているなら骨が残っているだろう。それを持って来い。」。

侍者は返事ができず無言だった。

後にこの話を聞いた翠微無学禅師の法嗣投子大同(819〜914)は侍者に代わって云った、

お望みならば出しましょう。しかし、そうすればもう姿相が変形してしまいますぞ」。

雪竇は批評して云った、

その変形した面目を出して貰いたいものだ」。

石霜慶諸も侍者に代わって云った、

お返ししたいが、あいにくわしの手許には一物もないよ」。

雪竇は批評して云った、「何、無いじゃと。そこにおるじゃないか」。

資福如宝は一円相を描いて、その中に一の牛の字を書いた。

雪竇は批評して云った、

そんな立派な牛がいるならどうして早くださなかったのだ」。

保福従展は云った、

和尚は年を取られて、どうやら認知症のご様子だ。私には侍者がつとまりかねます

他の人を侍者にして犀牛の扇子を探して貰ってください」。

雪竇は批評して云った、

本来の面目は人々分上に豊かに具わっている。修行によって始めて生じるものではない

苦労して功を積まなければそれを悟ることはできない」。



犀牛の扇子 用いること多時(ひさし)

問著(といつめ)れば元来(なんと) 総(み)な知らず

限りなき清風と頭角と

尽(ことごと)く雲雨と同(とも)に去って追い難し

雪竇また云く、「もし清風再び復し、頭角重ねて生ぜんことを要(ほっ)せば、

請う禅客、各一転語を下せ」。


注:

犀牛の扇子 用いること多時(ひさし):「本来の面目」(犀牛の扇子)は昔から用いている。

問著(といつめ)れば元来(なんと) 総(み)な知らず:

「本来の面目」はどんな色形をしているかをいつも用いている本人に聞いても誰も知らない。

限りなき清風と頭角と:石霜禅師や投子禅師は扇子なら清風を起こすし、

犀牛なら頭角をもっているはずではないかと力をつくしてコメントしてくれた。

尽(ことごと)く雲雨と同(とも)に去って追い難し:

夕立が止むとともに雲雨が跡形もなく消え去ってしまう

ようなのでそれを追求するのは難しい。

もし清風再び復し、頭角重ねて生ぜんことを要(ほっ)せば、請う禅客、各一転語を下せ:

四人の禅師達(石霜、投子、資福如宝、保福従展)は清風を起こし、犀牛の頭角を現そうとしたが、

禅客の各々方よ、あなたがたも彼等に倣ってコメントをしてはどうだろうか。



我々は朝から晩までいつも「本来の面目」(「犀牛の扇子」)を使って生きている。

しかし、それがどんな色形をしているかを問いつめれば何と誰も知らない。

分かってみれば扇子のように清風を起こすし、犀牛の角のように力強い。

しかし、追い求めれば雲が雨を降らすと消え去るように消えるので追求し難い。 

雪竇はコメントをして云った、

もし、四人の禅師達(石霜、投子、資福如宝、保福従展)のように、清風を起こし

犀牛の頭角を現したいならば、禅客の皆さん方よ

あなたがたも彼等にならってコメントをしてみてははどうだろうか」。


解釈とコメント


本則の問答は複雑な構造を持っている。

塩官の問い「扇子が破れているなら骨が残っているだろう。それを持って来い。」

に侍者は返事ができなかった。

塩官斉安禅師と侍者の問答はここで終っている。

古人はこの問答に対し「青竜に駕与すれど知らず。」と言って、

各人は「本来の面目」という名馬に乗っているのに

一向に気付かない」と批評しているとのこと。

侍者はこの問答において塩官斉安が言った

犀牛の扇子」が「本来の面目(=真の自己)」を意味しているのに気付かない。

そのため、返答できずにすぐ行き詰まってしまったのである。

複雑なのはこの後、侍者に代わって、

投子大同、石霜慶諸、資福如宝、 保福従展の4禅師 が

この問答にそれぞれのコメントをするのである。

そのコメントに対し雪竇が批評する。それがこの公案の主題になっている。

問答の主人公である塩官斉安禅師とこの四禅師の関係ははっきりしない。

図22に示した法系図を見ると、

四禅師は塩官禅師の後の時代の人で臨済禅師に近い時代に生きた人達である。

「本来の面目」や仏性を「犀牛の扇子」で象徴的に表現したこの問答が

当時は清新でよほど広く流布し注目されていたと考えられる。

92soku

 第92則    世尊陞座  



垂示:

弦を動(はじ)くや曲を別(ききわ)く。千載にも逢いがたし。

兎を見て鷹を放つ。一時に俊を取る。

一切の語言を総(す)べて一句となし、大千沙界を摂して一塵となす。

同死同生、七穿八穴、還って証拠するものありや。

試みに挙す看よ。


注:

弦を動(はじ)くや曲を別(ききわ)く:弾き手が弦を動かしたとたんに曲の内容がわかる。

兎を見て鷹を放つ:機会をぴたりと捉えた対応をする。

大千沙界:ありとあらゆる世界。全宇宙。

七穿八穴:七通八達。

証拠する:確認する。


垂示の現代語訳


 弦楽器の弦をちょっとでも動かせば、何の曲かが分かる。

そのようなことが分かっている俊敏な知音に逢うのは大変難しい。

しかし、そのような友人が欲しいものだ。

。また上手な狩人は兎を一寸でも見ると鷹を放って、たちまちのうちに兎を取る。

それと同様に、偉い師家ならばどんな俊敏な相手が現れてもたちまち手の内に押さえ込んでしまう。

ブッダ一代の説法も短い一句にまとめ、全世界を一つの塵の中に収めてしまう。

そのような境涯の人と同死同生し、七通八達の自由を得たと立証できる人はいるだろうか?

試みに例を挙げるので参究せよ。


本則:

世尊、一日陞座す。

文殊白槌して云く、「諦観法王法、法王法如是」。

 世尊、便ち下座。


注:

陞座(しょうざ):座に昇る。

白槌する:列席者の注意を喚起するため槌を叩いて合図する。

諦観法王法、法王法如是」:ブッダの説法が終わった時に唱える文句。

「明らかに法王(ブッダ)の説いた法を観じなさい。

法王の法は目前に見た通りのものです」という意味の言葉である。


本則:

ブッダ(世尊)がある日、説法の座に登った。

すると文殊が槌を叩いて言った、

明らかに法王(ブッダ)の説いた法を観じなさい

法王の法は目前に見た通りのものです」。

 ブッダはさっさと下座した。




列聖叢中 作者(てだれ)知る

法王の法令は かくの如くならず

会中もし仙陀の客あらば

何ぞ必ずしも文殊 一槌を下さん


注:

列聖叢中:世尊(ブッダ)の説法を聞くために集まった高弟達。

仙陀の客:賢い人。



ブッダの説法を聞こうと集まった列聖の群れの中に 作者(てだれ)の名に価するやり手がいたならば

ブッダや文殊の心中を見抜いて「法王の法」がどんなものか良く分かるだろう。

この雪竇の眼から見れば「法王法如是」なんてかったるい。

そんなもはいらない。

もしこの会中に怜悧の人が居ればわざわざ文殊が白槌を下す必要があっただろうか。


解釈とコメント


ブッダ(世尊)は説法の座に登って一言も言わないうちに文殊が槌を叩いて

これで説法は終わります(諦観法王法、法王法如是)」

と言ったのでブッダは一言も発せずにさっさと下座してしまったという不思議な公案である。

この公案は何を言いたいのだろうか?

それは「仏法の究極のところ(法の本質)は言葉で表現することはできない

ブッダ(世尊)は説法の座に登るが、文殊の槌の合図を聞くと無言でさっさと下座した

その行為に仏法の究極のところが端的に丸だしになっている

ことを言いたいのである。

ブッダの「自己本来の面目」はブッダ(世尊)が説法の座に登り下りした姿に

ありのままに丸だしになっている。

これを馬祖禅では<作用即性>と言う。

禅の根本原理を参照)。

この公案は<作用即性>の禅思想でよく解釈できる。

脳科学の観点に立って表すと図21のようになる。

 
仏性

図21 <作用即性>の思想

 

ブッダ(世尊)が説法の座に一言も発せず、登り下りした姿は仏性(真の自己=脳)の作用であり、

その中に悟りの本質(「自己本来の面目」)がありのままに現れている。

このように考えれば

自己本来の面目(=脳)」の働きは仏法の究極のところ(本質)である

と言えるだろう


この公案は禅の不立文字の世界を示し、「従容録」の第一則に採用されている。

「従容録」の第一則を参照)。


93soku

 第93則  大光作舞 



本則:

僧あり、大光(たいこう)に問う、「長慶云く、『斎によって慶讃す』と。意旨いかん」。

大光は舞をなす。僧、礼拝す。

光云く、「箇の何を見てかすなわち礼拝す?」。

僧、舞を作す。

光云く、「この野狐精」。


注:

大光:大光居誨(こかい)(837〜903)。石霜慶諸の法嗣。

法系:六祖慧能→青原行思→石頭希遷→

薬山惟儼→道吾円智→石霜慶諸 →大光居誨

長慶:長慶慧稜(854〜932)。雪峰義存の法嗣。

法系:六祖慧能→青原行思→石頭希遷 →天皇道悟→

龍潭崇信→徳山宣鑑 →雪峯義存→長慶慧稜  

野狐精:いかさま野郎。


本則:

ある僧が大光和尚に聞いた、

金牛和尚のことを聞いたら、長慶和尚は、『斎によって慶讃す』と答えられたそうです

その意味はどういうことでしょうか?」。

すると大光和尚は舞った。それを見た僧は大光和尚を礼拝した。

大光和尚は云った、

お前さん、何でわしを礼拝するんだ?」。

僧は舞った。

大光和尚は云った、

このいかさま野郎!」。



前箭は猶お軽く 後箭は深し

誰か言う黄葉 これ黄金と

曹渓の波浪もし相似たらば

限りなき平人も陸沈せられん


注:

平人:普通の人、罪もない人。

陸沈:生きながら滅びる。



僧の質問に対し大光和尚は舞った。大光和尚のこの前箭は軽い。

しかし、大光が言った「この野狐精」という後箭は僧の胸に深く突き刺さった。

大光和尚のその舞は木の葉のようなものに過ぎないのに僧は黄金だと勘違いし真似して舞った。

もし曹渓山に源を発する六祖慧能禅師の禅がこのような

真似事に堕し独自のものを失ってしまったなら、

罪もない多くの禅修行者達も生きながら滅びるようなことになるだろう。


解釈とコメント


ある僧が大光(たいこう)和尚に聞いた、

金牛和尚が毎日食事時になると飯樋を抱えて僧堂前に現れ踊りながら

菩薩子、ご飯の時だよ!来て召し上がれ!」と言ったと言われます

この話について1人の僧が「金牛和尚はどういう気持ちでやったのでしょうか?」

と聞いたら、長慶和尚は、『斎によって慶讃す』と答えられたそうです

その意味はどういうことでしょうか?」。

すると大光和尚は舞った。

それを見た僧は大光和尚を礼拝した。

大光和尚は僧に聞いた、「お前さん、何でわしを礼拝するんだ?」。

すると僧は舞った。

大光は「このいかさま野郎!」と叱った。

本則は74則の「金牛飯樋」に基づいた公案である。

74則が分かれば僧が丸呑みして礼拝したことに対し、

大光和尚が「このいかさま野郎!」と叱った理由が分かる

74則「金牛飯樋」を参照)。


94soku

 第94則  楞厳不見時 



垂示:

声前の一句。千聖不伝。面前の一絲、長時無間。浄裸々、赤灑々。

露地の白牛、眼は卓朔、耳は卓朔。金毛の獅子は即ちしばらくおく。

さて、いかなるかこれ露地の白牛。


注:

声前の一句:言葉になる前の消息。

千聖不伝:多くの仏や祖師も伝授することができない。

面前の一絲:目の前の一本の糸。羅山和尚の元の言葉では「面前の一思」であるとのこと。

この方が分かり易い。

長時無間:永遠に連なっている。

浄裸々:一糸まとわぬ素っ裸。本体そのままの露呈。

頭はホウソウ:頭はボウボウ。

耳は卓朔:耳はピンと突っ立っている。

露地の白牛:「自己本来の面目」。

眼は卓朔:眼はシャキッと見開いている。

この垂示は90則の垂示と文章が酷似している。

90則と94則どちらも「本来の面目」をテーマにしているからだろうか?

90則の垂示を参照)。


垂示の現代語訳


言葉になる前の消息とも言える「本来の面目(脳宇宙)」は千聖が出てきても

伝える事はできない(自分で“ウン”と納得する以外に手がないのだ)。

糸のような思考の一筋の流れにも無限に長い歴史(脳の進化の歴史)が含まれている。

洗い流したような何一つない世界(浄裸々、赤儷々)に 露地の白牛(本来の面目)がいる。

そのものの眼はシャキッと見開き(眼卓朔)、耳はピンとそば立ち(耳卓朔)、

颯爽稟然として活気に充ちた姿をしている。

それが一旦動き始めれば金毛の獅子のように縦横無尽に活動する。

がそれは一応別に置くとして、それでは一体露地の白牛とは何だろうか?

本則:

楞厳経に云く、「吾が不見の時、何ぞ吾が不見の処を見ざる

もし不見を見ば、自然に彼の不見の相に非ず

もし吾が不見の処を見ずんば、自然に物に非ず。いかんが汝にあらざらん」。


注:

本則に引用された経文は首楞厳経卷二に見える。

首楞厳経卷二ではブッダが阿難(アーナンダ)に語ったとされる。  


本則:

首楞厳経では次のように言っている。 

もし見るということが客観的な存在物であるならば

私が見ないということ(不見)もあなたは客観的な物として見るだろう

同じように私が見る時には見ることは物として存在する

それを私を見ると名づけることができるだろう

しかし、私が見ない時(不見)には、それは見えない

何故私が見ないこと(不見)を見ないのだろうか? 

もし、見ない(不見)という物を見ることがあれば、それは不見の相とは言えないことになる

このように不見の処は見ることはないのだから、不見は客観的存在ではない(働きである)

その物でない(働きである)ところがどうしてお前さんの本性でないことがあろうか

(いかんが汝にあらざらん)

それがお前さんの本性(「本来の面目」)なのだ」。



全象全牛 エイ(えい)は殊とせず

従来作者ともに名模す

如今黄頭老を見んと要すや

刹々塵々半途にあり


注:

黄頭老:ブッダのこと。

全象全牛 エイ(えい)は殊とせず:象や牛の全体を見たと言っても眼病のせいで

ありもしない物が見えたに過ぎない。

エイ(えい):目がかすむ眼病。

刹々塵々半途にあり:無数の国土を一つ一つ尋ねても中途半端に終わるだろう。



象や牛(本来の面目)の姿を全部見たといっても目が翳む病気(エイ)のようなもので

群盲象評の喩え話しにあるように全体を完全に見ることはできない

(たとえ見てたとしても目が翳んで見えたと言うようなものだ)。

インドや中国の祖師達がそのように名前を付けたにすぎない。 

君達は今すぐにブッダ(黄頭老、仏性)の姿を見たいと思うか? 

仏は無量無数の世界にいるが、それを一つ一つ尋ねて行っても中途半端に終わるだろう。

(釈迦も達磨も修行中というではないか)。

そんなことより、今踏んでいる自分の脚元を忘れるな。


解釈とコメント


   

この公案は経文を引用して作られ、禅の祖師は誰も登場しない。

禅問答もない珍しい公案である

本則の元になった経典は首楞厳経である。首楞厳経ではブッダと阿難の対話になっている。

しかし、引用された首楞厳経の文章の一部が省略され、不完全な文である。

首楞厳経第二巻の正しい経文は次ぎのようになる。

もし見これ物ならば、即ち汝吾が不見を見るべし。もし同じく見るをば、名づけて吾を見るとせん

吾が不見の時、何ぞ吾が不見の処を見ざる。もし不見を見ば、自然に彼の不見の相に非ず

もし吾が不見の処を見ずんば、自然に物に非ず。いかんが汝にあらざらん。」

第94則で言いたい事は

1.

見る(見)や見ない(不見)ということは物ではない。

我々の本性(本来の面目)の働きや作用である。

本則を読み解くには、鈴木大拙博士の「見が性で性が見だ

という言葉が参考になると思われる。

「悟りの経験と分析2」を参照)。

2.

我々の本性(本来の面目=脳)を「垂示」では露地の白牛として象徴的に示している。

3.

金毛の獅子とは露地の白牛(本来の面目=脳)の自由自在の働きだと考えられる。

しかし、94則ではそこまで言及されていない。

(垂示で述べているように、この問題についてはしばらくおく)。

実際のところ、「本来の面目(=脳)」であるに露地の白牛の自由自在の働きについて

言及しようと考えても、

その本質についての知見(脳の科学的知見)はこの時代(宋代、12世紀)には無かったので

言及のしようが無かったと思われる。


95soku

 第95則  長慶三毒  



垂示:

有仏の処、住することを得ざれ。住着すれば頭角生ず。

無仏の処、急に走過せよ。走過せざれば草深きこと一丈。

 たとえ浄裸々、赤洒々として事外に機なく、機外に事なきも、未だ免れず株を守って兎を待つ。

しばらくいえ、総にさようならざれば、そもさんか行履せん。

試みに挙す看よ。


注:

住着:執着。

頭角生ず:動物とおなじような角が生えて凡夫の世界に生きる。

草深きこと一丈:自分を埋め尽くすほどの煩悩妄想に埋もれるだろう。

事:現象。

機:心の働き。

株を守って兎を待つ:同じ処に止まり、自らを転換できない。 


垂示の現代語訳


これが仏だ、これが悟りだと、仏や悟りに尻をすえて、停滞してはいけない。

そんな処に住着すれば頭に角が生じ、動物に近い凡夫の世界に堕落してしまうだろう。

それでは何も無い無仏の処が良いのだろうか。

無仏の処も急いで走過しなければならない。

何も無い無仏の処に住着していれば身を埋め尽くすほどの

煩悩・妄想の草に埋没してしまうからだ。 

それでは浄裸々、赤洒々ときれいさっぱりと洗い流した超絶の境地や、

「事外に機なく、機外に事なき」と言った万物一体、心境一如の境地が良いのだろうか。

そのような境地も、「株を守って兎を待つ」ような愚かさに近い。

ではそのように、何もかもだめだと言うならば、どのように振舞えば良いのだろうか。

実例を挙げるからよく看るがよい。


本則:

長慶ある時云く、「むしろ阿羅漢に三毒ありとは説くとも、如来に二種の語ありと説かじ。如来に語なしとはいわず、ただこれ二種の語なし」。 

保福云く、「そもさんかこれ如来の語?」。 

慶云く、「聾人いかでか聞くことを得ん?」。 

保福云く、「まことに知んぬ、汝が第二頭に向って言うことを」。 

慶云く、「そもさんかこれ如来の語?」。 

保福云く、「喫茶去」。 


注:

長慶:長慶慧稜禅師(854〜932)。

法系:六祖慧能→青原行思→石頭希遷 →天皇道悟→龍潭崇信→  

徳山宣鑑 →雪峯義存→長慶慧稜  

保福:保福従展禅師(?〜928)。長慶慧稜とともに雪峰義存門下の兄弟弟子で法嗣である。

長慶(兄弟子)と保福(弟弟子)はお互いによく議論(法戦)をしていたようである。  

本公案はその問答を用いている。

二種の語:方便と真実という二種の言葉。


本則:

長慶はある時言った、

阿羅漢には貧瞋痴の三毒が残っていることがあるかも知れない

しかし、如来には二種類(真実と方便という)の言葉はない

如来は語言三昧の一枚舌であり、二枚舌はない」。 

保福は聞いた、

じゃあ、如来の言葉(語)とは一体どんなものだ?」。 

長慶は云った、

お前のような聾人に言っても無駄だよ?」。 

保福は云った、

それ、お前さんは第二義に落ちたじゃないか

(本当は如来の言葉(語)とはどんなものか知らんのだろう)」。 

長慶は云った、

では貴公は如来の語は一体何だと言うのか?」。 

保福は云った、

まあ、そうあせらず、お茶でも召し上がれ」。 



頭たり第一第二

臥竜は止水に鑑さず

無処には月ありて波澄む

有処には風なきに浪起る

稜禅客稜禅客

三月禹門点額に逢う


注:

頭たり第一第二:第一頭、第二頭と。

臥竜は止水に鑑(うつ)さず:潜竜は静まり返った水面(無処=下層無意識脳)には姿を現さない。

無処:絶対無の処(下層無意識脳を中心とする脳)。

有処:妙用の処(全脳=上層脳と下層脳がバランスよく機能する脳)。

稜禅客:長慶慧稜。

三月禹門点額に逢う:三月に禹門(竜門)を突破した鯉は竜になれるが、

そこで額を打ちつけたら引き下がるしかない。



古来保福が第一頭で長慶が第二頭だとかいう見方があるが

そのような順位付けでは“如来の語”にはお目にかかれない。

如来の語”は一字不説で第一も第二もない絶対の語だからだ。

そもそも長慶が「二種の語」などと言うから第一や第二と言い出すのだ。

そんな紋切り型の収まり返った処(止水)には生きた臥竜(如来)の語はない。

絶対無の処(無処、下層無意識脳)には静まり返って月影がさやかに映っているだろう。

しかし、そのような静まり返った処(無処)に波乱万丈の活動は期待できない。 

妙用の処(有処=全脳)にこそ風がないのに驚天動地の働きが期待される。

稜禅客(長慶)は弟分の保福にそこを悟らせようとしたが、

泥棒(保福)を呼び込んで家財道具を持って行かれたようなものだ。 

それは三月に禹門(竜門)を登って竜になりそこねた鯉が岩に頭をぶっつけたようなものである。


解釈とコメント


   

本則での二人の問答を見ると保福の方が長慶より余裕があるように見える。

特に最後の保福の「まあ、そうあせらず、お茶でも召し上がれ!」

は保福の心の余裕を示す答えである。

第23則「保福長慶遊山」では長慶の方が保福より余裕があったが、

本則では逆に保福の方が長慶より余裕があるように見える。

23則「保福長慶遊山」を参照)。


96soku

 第96則  趙州三転語   



頌1.

泥仏水を渡らず

 神光天地を照らす

 雪に立ってもし未だ休せずんば

 何人か雕偽(ちょうぎ)せざらん


注:

神光:達磨に嗣法した二祖慧可のことである。

二祖慧可が雪の中に立って達磨に禅法を求めた故事に基づいている。

雕偽(ちょうぎ):巧みをこらして取りつくろう。 


頌1の現代語訳


泥で作った仏像は水に入れば溶けてしまい川を渡ることができない。、

神光(二祖慧可が悟った自己の真仏から発する智慧の光)は天地を照らしている。

神光(二祖慧可)は雪の中に立って禅を求めた。

もし彼が達磨の禅によって安心立命しなかったならば誰もが物まね禅を本物だと取繕っただろう。

そのことで本物の禅を知ることはできなかったし、行われなかっただろう。

(しかし、神光(二祖慧可)が雪の中に立って禅を求めたため、達磨禅が今日まで伝わったのだ。)



zyu2

頌2.

金仏炉を渡らず

人来って紫胡(しこ)を問う 

牌中数個の字

清風いずれの処にかなからん


注:

紫胡(しこ):紫胡利ショウ禅師。南泉普願の法嗣。紫胡利ショウ禅師は猛犬を飼っていた。

門に「猛犬注意! 油断すると噛み殺されます」と書いた札を下げていたという故事に基づく。

牌中数個の字:紫胡利ショウ禅師が門に

猛犬注意!油断すると噛み殺されます」と書いた札の文字。 


頌2の現代語訳


金で作った仏像は溶鉱炉の中に入れると溶けてしまう。

人が来て紫胡(しこ)利ショウ禅師を問うた時には、

紫胡(しこ)の猛犬(=無字の猛犬)に噛み付かれるだろう。

禅の修行でも紫胡(しこ)の飼い犬(無字という猛犬)に噛み付かれ

一度死ななければ(大死一番し下層脳を体験しなければ)自己の真仏にお目にかかれないだろう。

無字の関門を透過して自己の真仏にお目にかかった時、脚下に清風が颯々と吹き渡るだろう。



頌3.

木仏火を渡らず

常に思う破竈堕(はそうだ)

杖子忽ちに撃着す

方(まさ)に知んぬ我に辜負(こぶ)することを


注:

木仏火を渡らず:木仏は火に触れると焼かれて燃えてしまう。

破竈堕(はそうだ):破竈堕和尚:嵩山の慧安国師の法嗣。

破竈堕和尚は竈を打ち砕きカマド神を救ったという次のような有名な伝説が伝えられている。

昔、破竈堕和尚が住んでいた寺の近くにカマドの神を祀った霊廟があった。

祭礼になると沢山の生贄を供えるので竈は非常な殺生をすることになる。

それを気の毒に思った破竈堕和尚はその霊廟に入り主神であるカマドを杖で三べん打って

やい!、このカマド神!お前は単に泥と瓦を泥で塗りこんで作られたものに過ぎないではないか

お前の霊はどこから来て、聖は何によって起こり、何故ものの命を煮て殺すのか?」

と一喝した。

すると衣冠束帯の気品ある人が現れて和尚を礼拝して、

私はカマド神です

永い間、悪業の報いでこの中に閉じ込められていましたが

今日、和尚の説法によってここを脱して天に生まれ変わることができました

厚くお礼を申し上げます。」

と竈から出してくれた恩を感謝した。

和尚は「これがお前の本性なのだ。私はお前を叱っているのではないのだ。」

と言った。

この事があってから世の人は和尚を破竈堕和尚と呼んだ。

この頌はこの伝説に基づいて作られている。

和尚がカマドを一撃したことでカマド神の煩悩妄想を根こそぎ粉砕し

カマド神が長い間真の自己に背いていたことに気付かせることができた。

真の自己に背いているは何もカマド神だけではない。

圜悟克勤は「お前達も真の自己を見失って、真仏に背いているのではないか

自分達が持って生まれた真仏を取り戻して縦横無尽に使わなければならぬ。」

と着語して我々に自覚を促している。


頌3の現代語訳


木仏は火に触れると焼かれて燃えてしまう。

木仏が火で燃えてしまうのを考えると、常に破竈堕(はそうだ)和尚のことを思い出す。

破竈堕和尚は霊廟に入り主神であるカマドを杖で三べん打って打ち毀してしまった。

その一撃でカマド神の煩悩妄想を根こそぎ粉砕し、

カマド神が長い間真の自己に背いていたことに気付かせることができた。

真の自己に背いているのは何もカマド神だけではない。

我々の多くも真の自己を見失って、真仏に背いているのではないだろうか

我々もせっかく持って生まれた真仏を自覚して縦横無尽に使わないといけない。」


解釈とコメント


   

この96則は今までの公案とは違って全く型破りの公案で垂示は付いていない。

96則は「趙州録」の法語

金仏炉を渡らず、木仏火を渡らず、泥仏水を渡らず、真仏内裏に坐す、菩提涅槃、真如仏性

尽くこれ体に貼するの衣服、また煩悩と名付く。実際理地、いずれのところにか着せん

一心生ぜざれば、万物咎なし。汝ただ理を究め坐して看ること三二十年せよ

もし会せずんば老僧の頭を截り取れ。」

の最初の三句を用いた公案になっている。

「趙州録」の法語の最初の三句「金仏炉を渡らず、木仏火を渡らず、泥仏水を渡らず、」

は次の句「真仏内裏に坐す(真の仏は自分の中に在る)」の前置的な句である。

この法語で趙州は

「金や木や泥で作られた仏は、真の仏ではない。真の仏は自分の中にいる」。

と言いたいのである。

その自己の真仏を坐禅修行によって究明せよと言っていることがわかる。

96則では最初の三句から三つの頌を作って「趙州の三転語」としているのである。


97soku

 第97則  金剛経軽賤   



垂示:

拈一、放一は未だこれ作家にあらず、挙一明三なお宗旨にそむく。

直に天地にわかに変じ、四方に絶唱し雷奔り雷馳せ、雲行き雨にわかに、湫を傾け嶽を倒し、

甕をそそぎ盆を傾くることを得るも、また未だ一半を提得せざるあり。

かえって天関を転ずることを解し、能く地軸を移す底ありや。

試みに挙す看よ。


注:

拈一、放一:手当たり次第につかんでは手放す。

四方に絶唱:四方誰も唱和できないこと。

湫(いけ)を傾け嶽を倒し:池(湫)を傾け高い山(嶽)を倒し、 


垂示の現代語訳


自由自在につまみあげたり放したりすることができたとしても、

未だ手腕を持った禅者とは言えない。

明敏な頭脳を持っていてもそれだけでは禅が分かったとは言えない。

天地を一挙に覆すほどの力を持ち、四方に絶唱し雷を奔らせ、

雨を降らせるような素晴らしい禅機を持っていても、

未だ禅の半分を提示することはできない。 

天関をブチ破り、地軸を移動させるほどの力量のある禅者はいないだろうか?

今例を挙げるからよく看るがよい。


本則:

 金剛経に云く、「もし人のために軽賤せられんに、この人先世の罪業ありて

まさに悪道に堕つべきに、今世の人に軽賤せらるるを以っての故に

先世の罪業、則ち為めに消滅す」。


本則の現代語訳

 金剛般若経には次のような経文がある、

金剛経を信じ実践している人でも世間の人々によって

軽賤されたりする(はずかしめられる)ことがあるだろう

それはその人の前世の罪業のためである

本来はその悪業によって、地獄に堕ちるはずであった。それにも拘わらず

金剛般若経の功徳によって人に軽賤せられる(はずかしめられる)くらいで済んでいる

それは金剛経の無我と空の教えの功徳によって、過去世の罪業が消滅しているためなのだ

と説かれている。


そのように世間の人々に軽賤されたりすることがあっても前向きに解釈して生きて行けば

悪業もうたかたの夢や幻のように消え失せる。



明珠掌にあり

功あるものは賞す

胡漢来らず

全く伎倆なし

伎倆すでに無し

波旬途を失す

瞿曇(ぐどん) 瞿曇(ぐどん)

我を識るや またいなや

また云く 勘破了也


注:

波旬:天魔、魔王。

 瞿曇(ぐどん):ゴータマ。ゴータマ・ブッダ(釈迦牟尼)。

胡漢:菩提達磨。



金剛経の説く智慧の明珠は手許(脳)にある。

修行の功によってこれを経験し明らかにした者には分かる。

菩提達磨が中国に来なかったならば智慧の明珠の働きをはっきりさせることはできなかっただろう。

悟りの本体である下層脳は黒いこと漆のようで何も写らない(伎倆はない)。

黒いこと漆のような下層無意識脳を手に入れた伎倆無しの人には

魔王波旬も手の出しようがないだろう。

ゴータマよ、ゴータマよ

これを識っている私が誰かわかりますか。 

分かりましたよ 見抜きましたとも。 


解釈とコメント


この公案は「金剛般若経」の経文を元に作られているが、

その内容は菩提達磨の二入四行論の思想(特に報冤行)に近い。

達磨禅に先祖帰りしたような公案になっている(「達磨禅の成立」を参照)。

「金剛般若経」の経文には前世、過去世、金剛般若経の功徳、罪業

など現代人には信じがたい言葉が出て来るので抵抗感を感じる人もいるかも知れない。

古代の人々はこのような思想を持っていたのだ。

これは思想の考古学だと思って読むしかないだろう。

本則に採用された金剛般若経の文は

中村元、紀野一義訳注、岩波文庫、般若心経・金剛般若経のp.88〜89に見える。

本則では金剛般若経の一部が採用され前後が省略されている

前後を省略しないで段落の全文を書くと次のようになる。

また次に、須菩提よ、善男子善女人、この経を受持し、読誦して

もし、人のために軽賤せらるるときは

是の人先世の罪業ありて応に悪道に堕すべかりしを、今世の人に軽賤せらるる故を以って

先世の罪業即ち消滅せられ、まさに阿耨多羅三藐三菩提を得べし」。

本則の文はこの文において前文の

また次に、須菩提よ、善男子善女人、この経を受持し、読誦して、」

と後文の「まさに阿耨多羅三藐三菩提を得べし

が省略されている。

阿耨多羅 三藐三菩提(あのくたらさんみゃくさんぼだい、原語:Anuttara samyaksambodhi)」とは

無上正等正覚(むじょうしょうとうしょうがく)」と訳され、

仏教において<これ以上に会得する ことのできない、究極の完全な悟り>を意味している。

金剛般若経ではこの経を受持し、読誦して、辱められるようなことがあっても、

それによって罪業が消滅し無上正等正覚を得るだろうと言っているのである。

ところが本則では焦点が罪業の消滅になっている。

前後を省略しない金剛般若経の段落の全文を読む限り、金剛般若経の受持、読誦によって、

罪業が消滅し無上 正等正覚を得るだろうと書いてあるのである。

ところが本則では、金剛経の実践によって、無上 正等正覚を得る方よりも

罪業が消滅する方に力点が置かれている。

碧巌録の本則の著者である雪竇重顕が経典の都合の良い部分だけを切り取っているため

このような違いが出ていると言えるのではないだろうか?



98soku

 第98則  西院両錯   



垂示:

一夏ロウロウと葛藤(かっとう)を打(もてあそ)び、幾(ほと)んど五湖の僧を絆倒す。

金剛の宝剣、当頭に截る。始めて覚(きず)く、従来百不能なることを。 

さて、作麼生(そもさん)かこれ金剛の宝剣。

眉毛をソウ上(そうじょう)して試みに請う鋒ボウ(ほうぼう)を露す。

看よ。


注:

五湖の僧:国中の僧。五湖とは中国全土のこと。

絆倒す:つまづかせる。

当頭に截る:即座に斬る。

百不能:サッパリ役に立たない。


垂示の現代語訳


夏安居(4月15日〜7月15日までの修行期間)の間ペチャクチャとしゃべって

文字や言語を弄んで天下の修行者を躓かせてきた。

いま金剛の宝剣を引き抜いて即座に截(き)ると

夏安居の間のおしゃべりが何の役にも立たなかったことがはじめて分かる。 

では金剛の宝剣とは一体何だろうか。

宝剣の切っ先を出すから眼を見開いてよく見るがよい。


本則:

天平和尚、行脚の時、西院に参ず。常に云く、

いうことなかれ仏法を会すと、この挙話の人を求むるにまたなし。」と。

一日、西院遥かに見て、召して云く、「ジュウイ」。

平頭を挙ぐ。

西院云く、「」。

平、行くこと三両歩す。

西院又云く、「」。

西院云く、「適来のこの両錯、これ西院が錯か、これ上座が錯か?」。

平云く、「ジュウイが錯

西院云く、「」。

平休し去る。

西院云く、「しばらく這裏に在って夏をすごし、上座とともにこの両錯を商量せんを待て」。

平、当時すなわち行く。

後に住院して衆に謂って云く、「我、そのかみ行脚の時、業風に吹かれて思明長老の処に到って、両錯を連下せらる

さらに我を留めて夏を過ごして待(まさ)に我とともに商量せんとせらる

我その時は錯と道(い)わざりしも、我南方に発足し去りし時には

早(つと)に錯なることを知り了(おわ)れり。」と。


注:

天平和尚:天平ジュウイ

西院:西院思明禅師。臨済の孫弟子に当たる。

法系:六祖慧能→南嶽懐譲→馬祖道一→

百丈懐海→黄檗希運→臨済義玄→・→西院思明  

挙話(こわ)の人:仏法について話合える人。

錯:ダメだ。叱る時の言葉。


本則:


天平ジュウイ和尚は諸国行脚の時、西院思明禅師に参じた。

天平ジュウイ和尚は常に、

この世界に禅を体得した者は自分以外にはいない

自分の話し相手になれる実力のある奴など一人もおらんわい。」

と言って自惚れていた。

ある日、西院(思明禅師)は天平和尚がむこうの方から来るのを見て、

ジュウイ」と呼びかけた。

しかし天平はヒョイと頭を挙げただけで西院の呼びかけを無視した。そこで

西院は云った、

錯(だめだ。いかん)」。

しかし、天平はその言葉も無視して、二三歩、歩いて去って行こうとした。

西院はまた云った、

錯(だめだ。いかん)」。

これを聞いて天平はようやく近よって来た。

西院は云った、

さきほどからの両錯はこの西院の錯か、あるいはお前さんの錯か?」。

天平は云った、

このジュウイの錯です」。

西院は云った、

錯(いかん)」。

天平は何も分からないままつまってしまった。

西院は云った、

しばらくここに滞在し夏をすごせ。わしと一緒にこの両錯を検討してみようではないか」。

天平は、その当時西院の親切が分からず出て行ってしまった。

後に天平は天平山の住持となった時、門下の雲水達に云った、

わしは昔諸国を行脚した時、風のまにまに思明長老の処に行った

そこで長老に二回も「錯(いかん)」とやられた

長老はわしがそれを分からんとでも思ったのか

さらに夏を一緒に過ごして検討しようとわしを引き留めようとした

しかし、わしはその時に始めて錯を知ったのではない

行脚する前には、既に知っておったのだ。」と。



禅家の流

軽薄を愛す

満肚参じ来って用不着

悲しむに堪え笑うに堪えたり天平老

却ていうそのかみ悔らくは行脚せしことを

錯々

西院の清風 頓に銷鑠(しょうしゃく)す

また云く忽ち箇の衲僧あって出でて錯と云わば

雪竇の錯は天平の錯にいずれぞ


注:

軽薄:軽々しく行動する。

錯々:おっと間違った、間違った。

頓に銷鑠(しょうしゃく)す:たちまち消え失せた。



禅家の流れには軽薄を愛する者も出てくる。

そのような男は肚一杯に溜め込んだ自慢の禅も十分に用いることはできない。

天平和尚なぞはその典型のような人物で悲しみと笑いに堪えない。

大ボラを吹いて言う、

わしは天成の禅者だから修行のための行脚なんかしなくてもよかったのだ」と

そんなことでは錯(いかん)錯(いかんぞ)。

折角天平の眼を開かせてやろうとした西院の慈悲心も天平のような男には通じなかった。

雪竇は云う、

手だれの禅僧が出てきて「錯」と云う時雪竇の錯と天平の錯とを比べた時どちらがましだろうか


解釈とコメント


   

この公案では天平ジュウイの二つの錯(両錯)が主題になっている。

天平ジュウイの両錯とは次のようなものである。

第一の錯:

ある日、西院が遥かに見て「ジュウイ」と呼んだ。

この呼びかけに対し天平は頭を挙げただけだった。

ハイ!」と返事をすべきなのに天平は頭を挙げただけだった。

この対応に対し西院は「」と言った。

第二の錯:

西院が「」と言った(第一の錯)に答えないで天平は

そのまま二三歩いて歩いて去って行こうとした。

これに対し西院は「」と言った。


天平ジュウイの二つの錯の分析

第一の錯:

西院が天平を遥かに見て「ジュウイ」と呼んだのは

ハイ!」と返事をする天平の「本来の面目(真の自己)」に気付かせる手段だったと考えることができる。

西院は自惚れ者の天平ジュウイは未だ「本来の面目」を悟っていないと見ていたのである。

第一の錯は本来の面目」を悟っていないのに悟っていると自惚れる錯と言えるだろう。

第二の錯:

西院の「ジュウイ」と呼んだ呼びかけに答えないで天平は二三歩いて行った。

これは天平が「我こそは天下の禅僧だと傲慢になって西院を無視したためと考えられる。

西院の呼びかけを無視し通り過ぎようとしたことに西院は「」と言った。

第二の錯は傲慢さの錯と言えるだろう。


99soku

 第99則  粛宗十身調御     




垂示:

 竜吟ずれば 霧起こり、乕嘯けば風生ず。

出世の宗猷、金玉相振い、通方の作略箭鋒相 ささう。

ヘン界蔵さず、遠近ひとしく彰われ、古今明らかに弁ず。

しばらく言え、これなん人の境界ぞ。試みに挙す、看よ。


注:

出世の宗猷:説法の玄旨。

金玉相振う:見事に調和している。 

通方の作略箭鋒相ささう:見事な互角の名人芸。弓の名人どうしが相対して射合った2本の矢が

空中で正面衝突したという故事による。

ヘン界蔵さず:世界中あまねく隠し立てしない。 


垂示の現代語訳


竜が一声唸れば 霧が巻き起こり、乕(虎)が吼えると風が生じる。

そのように、道風が高い大宗師が一人現れれば、それに惹かれて多くの優れた修行者が集まる。

真の自己の活機は世界中どこでも、遠近どこでも丸出しに顕われている。

今も昔もハッキリと分別できる。

さて、そのような境地は一体どのような人が持っているのだろうか。

例を挙げるので参究しなさい。


本則:

粛宗帝、忠国師に問う、「いかなるかこれ十身調御(ちょうご)?」。

国師云く、「檀越、毘廬頂上を踏んで行け」。

帝云く、「寡人不会」。

国師云く、「自己清浄法身を認むることなかれ」。


注:

粛宗帝:唐の第7代皇帝粛宗(在位:756〜762)。玄宗の第3王子。

忠国師:南陽慧忠(645〜775)。

第18則「忠国師無縫塔」を参照)。

法系:六祖慧能→南陽慧忠     

十身調御(ちょうご):十身は華厳経に説く十種の仏身。

調御は仏の十号の一つ、調御丈夫(ちょうごじょうぶ)。

仏の十号を参照)。

檀越(だんおつ):布施をする在家仏教信者。ここでは粛宗を指す。

毘廬(びる):毘盧遮那仏。大日如来。

寡人:王侯が自分をさしてつかう謙譲語。

自己清浄法身を認むることなかれ:自分を聖人天子だと見てはいけない。


本則:

粛宗がある日、忠国師にたずねた、

十身調御(ちょうご)の仏とは何ですか?」。

国師は云った、

檀越、ビルシャナ仏(大日如来)を超越して行きなさい」。

帝は云った、

私には分かりません」。

国師は云った、

自分を聖人天子だと思うのは妄想ですぞ」。



一国の師もまた強いて名付く

南陽独り許す嘉声を振るうことを

大唐扶け得たり真の天子

曽て毘廬頂上を踏んで行かしむ

鉄鎚 撃砕す黄金の骨

天地の間 さらに何者ぞ

三千刹海 夜沈々

知らず誰か蒼竜の窟に入る


注:

一国の師もまた強いて名付く:一国の師とは何とも強引な呼び方だ。

南陽慧忠が国師と称されたことを言っている。

大唐扶け得たり真の天子:南陽慧忠は南陽の白崖山に庵を結び、

40余年隠れ住みその名声は天子をも動かした。

三千刹海 夜沈々:全世界は沈々たる夜に閉ざされた。

蒼竜の窟:国師が立てこもっている下層脳の世界。

それは爬虫類脳をなぞらえている。



慧忠国師は独り党子谷(南陽の白崖山)に隠れ住んでいたのを

強いて引き出されて心ならずも国師(粛宗の師)となった。

国師と言えば南陽慧忠のことだと言われるようになったが「至人、名なし」

と言うように国師という名も不必要だ。

忠国師は唐の皇帝の師として粛宗を名君子に育てたのは「大唐扶け得たり真天子」

と讃嘆するほかない。

それは曽て毘廬頂上を踏んで行かしめたからでもある。

粛宗は密かに自分自身を十身調御(ちょうご)の仏身だと思い、

「黄金」にも比する悟りを後生大事に抱いていた。

しかし、忠国師はその一枚悟りを「自己清浄法身を認めるなかれ」

と真っ向から一撃して骨の髄から打ち砕いてしまった。

そのように黄金の骨(皇帝の骨)を打ち砕かれてみると、天地の間、

さらに何者も無い「本来無一物の世界」に躍り出てしまった。

それは「三千刹海 夜沈々」とでも表現するほかない黒漫々の世界だ。

そのような蒼竜の窟に一体誰が毘廬頂上を踏み超えて入るのであろうか。


解釈とコメント


   

本則は慧忠国師と粛宗の会話になっている。

粛宗が「十身調御(ちょうご)の仏とは何ですか?」とたずねたのに対し

国師は「檀越、ビルシャナ仏(大日如来)を超越して行きなさい」と答える。

ビルシャナ仏(大日如来)は宇宙の根本仏である。

それを乗り越えて、さらなる高い境地を目指しなさいと教えたのである。

その教えのためか、粛宗は自分自身を十身調御(ちょうご)の仏身、聖人天子だと密かに思い、

「黄金」にも比する悟りを後生大事に抱いていたようである。

しかし、慧忠国師はその一枚悟りを

清浄法身を認めるなかれ(自分を聖人天子だと見てはいけない)」

と真っ向から一撃して打ち砕いてしまった。

本来の面目はビルシャナ仏(大日如来)にも比する価値ある存在であるが

それにとらわれて妄想慢心してはならない。

この公案は

妄想や慢心することなく、常に自分を反省して謙虚でなければならない

と教えている。 


100soku

 第100則  巴陵吹毛剣     




垂示:

因を収め果を結び、始めを尽くし終わりを尽くす。

対面私なく、元と曽て説かず。

忽ちこの出で来って、「一夏請益するに、なんとしてか曽て説かざる?」

というものあらば、汝の悟り来るを待って汝に向かっていわん。

さて、はたこれ当面してはばかるか、はた別に長処あるか。

試みに挙す看よ。


注:

因を収め果を結び:原因があれば結果がある。

対面私なく、元と曽て説かず:対面して述べてきたが、

私情無く禅を説こうとしたのみで本来説明できないものを

説こうとしているので説いていないも同然である。

長処:良い点。


垂示の現代語訳


原因から結果が生じるように、

(碧巌録の)最初から始めて最後の終結(第100則)に至って

いよいよ円成するまで来た。

これまで私情に亘ることなく対面し、説いて説かずといった説法をして来た。

こう言うと一人のキカン坊が出で来て、

一夏九十日の間皆の要請を受けて百則も説いておきながら、いまさら「曽て説かず

と言うとは何事だ。

図々しいにもほどがある」と言うかもしれない。

それに対しては、わしは

君達がしっかり修行して“説いて説かず”

ということが分かるようになったら教えてやろう

と答えるしかない。

さあ、諸君言ってみるがよい。

一字不説

というのは、説くことが禅の禁忌することなのか、どうかな。

試みに実例を挙げるので参究しなさい。


本則:

僧、巴陵に問う、「如何なるかこれ吹毛の剣?」

陵云く、「珊瑚枝枝月をささう」。


注:

巴陵:巴陵コウ鑑。雲門文偃の法嗣。

13則を参照)。

法系:六祖慧能→青原行思→石頭希遷→天皇道悟→龍潭崇信→

徳山宣鑑→ 雪峯義存→ 雲門文偃→ 巴陵コウ鑑    

吹毛の剣:吹きかけた毛が切れたという伝説の名剣。

本来の面目の本体である脳の問題解決力を名剣になぞらえている。

珊瑚枝枝月をささう:珊瑚の枝の1つ1つが月光を受けて美しく輝いている。


本則:

ある僧が巴陵に問うた、

人人具足の般若の智剣とはどんなものですか?」

巴陵は云った、

それは珊瑚がその枝枝に月の光を映しているようなものだ」。


不平を平らげんことを要す

大巧は拙なる如し

あるいは指あるいは掌

天によって雪を照らす

大治も磨ろうし下さず

良工も払拭して未だやまず

別々

珊瑚枝枝月をささう。


注:

不平を平らげんことを要す:般若の智慧の剣は心の不平をなくすために必要だ。

大巧は拙なる如し:「老子」45章の句。至芸は素人目には下手に見える。

天によって雪を照らす:声も立てず顔にも現さずに。

大治も磨ろうし下さず:大治は鉄工の名匠。どんな名工でも鍛え作れないような見事さ。

別々:格別だ。


般若の智剣は心の中の不平を平らげるために出すのだ。

巴陵の答えは余りに見事で質問した人の心の不満をずばりと解決できる。

しかし、その表現はあまりにも巧みであるため、

それが分からない人にとっては老子の言うように、

大巧は拙なる如し。大弁は訥なるが如し」であろう。  

吹毛剣(般若の智剣)の働きは自由自在である。

指で握ってみようと、あるいは掌に握って振ろうと、こうでなければならないということはない。

相手次第で、自由に使っても良い。

その様子は寒い光が天によって雪を照らすようなものである。

この智剣はどんな刀鍛冶の名人でも鍛えることができないし

どんな研ぎの大家でも研ぐことができない。

人人具足のものだから夫々が工夫して自分一人で研ぎ出すしかない。

とりわけ巴陵の智剣はその中でも切れ味抜群の利剣だ。

それはあたかも珊瑚の枝枝が露を帯び、その露が月の光を映して輝いているようである。


解釈とコメント


   

本則は僧の質問「人人具足の般若の智剣とはどんなものですか?」

に対する巴陵の返答「それは珊瑚がその枝枝に月の光を映しているようなものだ

が主題になっている。

吹毛剣(般若の智剣=脳)の働きは自由自在である。

指で握ってみようと、握って振ろうと、こうでなければならないということはない。

相手次第で、自由自在にに使うことができる。

その様子は寒い光が天によって雪を照らすようなものである。

この智剣はどんな刀鍛冶の名人でも鍛えることができないし、

それを取り出して研ぐことができない。

人人具足のものだから夫々が工夫して自分一人で研ぎ出すしかない。

とりわけ巴陵がいう吹毛剣(般若の智剣=脳)は切れ味抜群の智慧の剣だ。

巴陵禅師は

それはあたかも珊瑚の枝枝が露を帯び、その露が月の光を映して輝いているようである

と詠っている。

巴陵コウ鑑禅師は「碧巌録」13則では

銀椀裏に雪を盛る

という有名な言葉を残している。

「碧巌録」13則を参照)。

本則では、(般若の智剣=脳)について

珊瑚枝枝月をささう

と幻想的に美しく詠っている。

これらの言葉から巴陵禅師は誌的表現に優れた禅師であったように思われる。    






「碧巌録」の参考文献


   

1.大森曹玄著、、橘出版 タチバナ教養文庫「碧巌録」上、下 1994年

2.入矢義高、溝口雄三、末木文美士、伊藤文生訳注、岩波文庫、「碧巌録」上、中、下、1994年

   

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