2009年2月〜3月作成

第10章 大乗仏教: その2


   

10.22 大乗経典の説法の舞台と舞台装置



阿含経などブッダの説法を伝承する原始仏教の経典の書き出しは極めて簡潔素朴である。

例えば「マハー・パリニッバーナ経」の場合、「わたしはこのように聞いた。ある時尊師は王舎城の<鷲の峰>におられた。」と言う導入文の後すぐ本文に入っている。

「スッタ・ニパータ-経集-」の場合、「かの尊き師、尊き人、覚った人に礼したてまつる。」の文の後にすぐ本文に入っている。

「テーリーガータ(尼僧の告白)」の場合、「かの尊き師、尊敬さるべき人、正しく覚れる人に敬礼したてまつる。」という前置きの後にすぐ本文に入っている。

このように阿含経など原始仏教経典の書き出しは極めて簡潔素朴である。

しかし多くの大乗経典では、説法の場所、説法を聞きに集まった者達について長々と説明している。経典の書き出しから仰々しいくらいの荘厳さを装っているのが共通する特徴と言える。幾つかの代表的な大乗経典説法の舞台についてそれを見よう。



例1.無量寿経


表10.10 無量寿経の説法場所と登場する人々

説法する人説法の場所 説法の相手 説法を聞きに集まった者 人数 /名
ブッダ霊鷲山(りょうじゅせん)アーナンダ 大比丘衆(ブッダの直弟子12、000
菩薩無数(数えること不可能)

例2.観無量寿経


表10.11 観無量寿経の説法場所と登場する人々

説法する人説法の場所 説法の相手 説法を聞きに集まった者 人数 /名
ブッダ 王舎城内  ヴァイデーヒーとアーナンダ大比丘衆(ブッダの直弟子) 1、250
菩薩 32,000
インドラ神、梵天、四天王 不明

ヴァイデーヒー:ビンビサーラ王の后。


例3.阿弥陀経 



表10.12 阿弥陀経の説法の場所と登場する人々

説法する人説法の場所 説法の相手 説法を聞きに集まった者 人数 /名
ブッダ 祇園精舎 シャーリプトラ修行僧(ブッダの直弟子) 1、250
菩薩、インドラ神、ブラフマン、神々の子など 多数

浄土三部経(無量寿経、観無量寿経、阿弥陀経)では説法の舞台構成は比較的簡単で、原始経典に近いところがある。

しかし、多数の菩薩やインドラ神、梵天、四天王などバラモン教の神々が説法の場に集まり、大乗経典の特徴が既に出ている。



例4.金剛般若経 



表10.13 金剛般若経の説法の場所と登場する人々

説法する人説法の場所 説法の相手 説法を聞きに集まった者 人数 /名
ブッダ 祇園精舎 スブーティ修行僧(ブッダの直弟子) 1、250
菩薩  多数

この経典の書き出しは原始仏典のように簡単であり、舞台を壮麗に飾りたてるところはない。

ブッダが菩薩の道はどのようなものであるかを説いたということになっている。菩薩の数は多数とだけで不明である。

修行僧(ブッダの直弟子)の人数も1、250名と正しい。


例5.宝積経 


表10.14 宝積経の説法の場所と登場する人々

説法する人説法の場所 説法の相手 説法を聞きに集まった者 人数 /名
ブッダ 霊鷲山(りょうじゅせん) マハーカーシュパ修行僧(ブッダの直弟子) 8、000
菩薩  16,000

修行僧(ブッダの直弟子)は1,250名が正しい人数であるが、この経典では8,000名と多くなっている。菩薩の数も16,000名と修行僧(ブッダの直弟子)の倍もいる。

宝積経の説法の場で

1) 修行僧(ブッダの直弟子)の占める割合 =33.3%

2) 菩薩の占める割合   =66.7%

である。

菩薩の占める割合は全出席者の50%を超えているのが注目される。空を説いたこの経典は初期の般若系大乗経典だと思われる。


例6.維摩経 


表10.15 維摩経の説法の場所と登場する人々

説法する人説法の場所 説法の相手 説法を聞きに集まった者 人数 /名
ブッダ アームラパーリーの園林 シャーリプトラ修行僧(ブッダの直弟子) 8,000
菩薩  32,000
シキン梵王とブラフマー神  10,000
インドラ神  12,000
天、竜、夜叉、阿修羅、ガンダルヴァ、キンナラマホーラガなどの天竜八部衆 
リッチャヴィー族の青年と宝蔵菩薩 500
比丘、比丘尼、在家信者

維摩経の説法の場で

1) 修行僧(ブッダの直弟子)の占める割合 =13%

2)ブラフマー神や竜、夜叉などの神霊の占める割合=35%

3) 菩薩の占める割合   =52% である。

修行僧(ブッダの直弟子)の占める割合は少ない。 説法の場にはブラフマー神や竜、夜叉などの神霊などバラモン教以来のインドの神々が大勢集まっている。菩薩の占める割合は全出席者の50%を超えているのが注目される。



例7.無量義経 


法華経の開経(法華経の前段に説かれた経典)とされる無量義経は次のようになる。


表10.16 無量義経の説法場所と登場する人々

説法する人説法の場所 説法の相手 説法を聞きに集まった者 人数 /名
ブッダ 霊鷲山(りょうじゅせん) アーナンダ大比丘衆(ブッダの直弟子) 12、000
菩薩 80、000
天、竜、阿修羅、カルラ、マホーラガなどの天竜八部衆 、比丘、比丘尼など 約10億人が四面に雲のように集まる

この表を基に計算すると無量義経の説法の場で

1) 修行僧(ブッダの直弟子)の占める割合 =0.001%

2) 菩薩の占める割合   =0.008%

3)天、竜、阿修羅、カルラなどの天竜八部衆などの占める割合=99.9%となる。

ブッダの説法の相手はアーナンダだということになっているが聴衆の99%以上は天、竜、阿修羅、カルラなどの天竜八部衆などの神霊鬼霊の類である。ブッダの直弟子である修行僧の占める割合は0.001% と無視できるほど小さい。




例8.法華経 



表10.17 法華経の説法の場所と登場する人々

説法する人説法の場所 説法の相手 説法を聞きに集まった者 人数 /名
ブッダ 霊鷲山(りょうじゅせん) シャーリプトラ大比丘衆(ブッダの直弟子) 12,000
菩薩  80,000
学、無学  2,000
比丘尼  6,000
神々の帝王帝釈天と従者の天子衆  20,000
四天王と従者の天子衆 30,000
娑婆世界の主梵天王とその眷属 12,000
八大竜王と従者の竜たち 数千兆
四キンナラ王とその眷属 数千兆
四ガンダルヴァカーイカ天子とその眷属 数10万
四阿修羅王とその眷属 数千兆
四ガルダ王と眷属 数千兆
アジャセ王と眷属 数10万
総合計 約京(万兆)

法華経の説法に集まっている者の総数は京(万兆)(10の16乗)という天文学的な数である。

表を見ると分かるようにその殆どは目に見えないヒンズー教やリグ・ヴェーダ時代以来の神霊や鬼霊の大群である。大比丘衆(ブッダの直弟子)の占める割合は無視できるくらい小さい。仏教徒である大比丘衆(ブッダの直弟子)+菩薩+学、無学+比丘尼の人々の総合計は89,200人である。これを神霊や鬼霊の大群に対し比べると0.00000001%くらいで無視できるくらい少ない。

原始仏典では説法をする人はゴータマ・ブッダでありそれを聞く人はブッダの弟子である出家修行者であった。しかし、法華経の説法の場に集まっている者の中心は仏弟子ではない。その99.9%以上は目に見えないヒンズー教やリグ・ヴェーダ時代以来の神霊や鬼霊の大群である。

説法の内容も物語や比喩を用い分かりやすい。普通法華経は菩薩や仏塔信仰を中心とした教えを説いた大乗経典の典型であると見なされてきた。しかし、説法の場に集まったリグ・ヴェーダ時代以来の神霊や鬼霊の大群を見る限り法華経はヒンズー教(インド伝統の土着神崇拝宗教)の影響を受けて成立したことを示唆している。



例9.十地経




表10.18 十地経の説法の場所と登場する人々

説法する人説法の場所 説法の相手 説法を聞きに集まった者 人数 /名
金剛蔵菩薩 他化自在天 シャーリプトラ大比丘衆(ブッダの直弟子) 1、200
菩薩  無数

十地経は初期の大乗経典だと言われている。華厳経の十地品と殆ど同じ内容である。十地経は華厳経に取り入れられて華厳経の一章(十地品)になったものと思われる。

十地経の説法の場で

1)修行僧(ブッダの直弟子)の占める割合 = 0%

2) 菩薩の占める割合   =100%

となる。


このことはこの経典が出家修行者のためではなく菩薩中心の典型的大乗経典であることを示している。

十地経には<加持>という密教的概念(ヒンズー教的概念?)が既に出ている。大乗化度100%の経典と言える。この経典を詳しく検討すれば大乗仏教の特徴がはっきりする。



 10.23  十地経のユニークさと大乗仏教の特徴



十地経は華厳経(A.D. 350年頃に完成)の中核をなす経典である。十地経の説法の場面は良く分からないことが多い。この経典ではブッダの開悟直後2週間後に説かれたとされている。

この設定は華厳経と同じである。説法の場所はブッダが悟りを開いた菩提樹のある場所である。普通、仏教経典ではブッダが説法する。

しかし、この経典ではブッダは禅定中で肉体は地上に置いたまま他化自在天(たけじざいてん)(欲界の最高天)の宮殿に行っている。そのブッダはビルシャナ仏と呼ばれ直接説法しないのである。金剛蔵菩薩が仏の神力を受けて説法する形式を取っている。 

ブッダは開悟してもその法を直後に説かなかったと伝えられている。ブッダは菩提樹(ピッパラ樹)の下で開悟した後1週間は解脱の楽しみを享けてそのまま座り続けたとされる。ブッダは開悟の後第2週目になって始めてアジャパーラ榕樹の下に移りまた1週間を過ごすのである。 

第3週目にはムチャリンダ樹の下に移りまた雨と寒風の吹く中で1週間を過ごしている。

第4週目にはラージャーヤタナ樹の下に移りまた1週間を過ごしている。

この時梵天が現れて説法をしてくれるようにブッダにお願いするという<梵天勧請(ぼんてんかんじょう)>という現象が起こり梵天という神がブッダに説法をお願い(勧請)する(梵天勧請説話を参照)。

このためやっと説法をする気になったと伝えられている。ブッダが始めて説法する(初転法輪)のは悟ってからなんと1か月も経った後だと伝えられている。

十地経と華厳経の設定はこのうち開悟第2週目のアジャパラー榕樹の下を仮想しているのかも知れないがはっきりしない。

ブッダは須弥山の上にある天上界に行く。天上界の他化自在天(欲界の最上天)が十地経の説法の場という設定である。そこの宮殿に居るという神秘的設定がされている。

密教経典である理趣経の序説分では、他化自在天の宮殿は全ての仏が行き交うにふさわしいところだと述べている。このことはブッダは他化自在天の宮殿に行くことで大毘廬遮那如来(大日如来=密教の根本仏)に変身(or合体?)したことを言っているのではないだろうか?

即ち、ブッダは他化自在天の宮殿では大毘廬遮那如来(大日如来)に変身して説法する。こう考えると、十地経や華厳経の毘廬遮那如来とはブッダの変身した姿であり、大日経のような密教経典につながる。

他化自在天の宮殿には宇宙の諸世界から無数の菩薩が雲のように集まっている。従ってこの菩薩は人間ではないと思われる。そこに行って説法するブッダも既に人間ではない。神のような存在(ビルシャナ仏)と考えられている。

雲集した菩薩団のリーダーは金剛蔵菩薩と呼ばれる菩薩である。そこには多数の諸仏もいる。 

金剛蔵菩薩は諸仏の不思議力を受けて「大智恵光明三昧」に入定する。金剛蔵菩薩が「大智恵光明三昧」に入定すると宇宙の十兆の仏国土から無数の諸如来が出現する。十兆の仏国土から出現した無数の諸如来の名前」は皆同じ「金剛蔵」という名前である。

この「金剛蔵」という名の無数の諸如来が「大智恵光明三昧」に入定している金剛蔵菩薩を不思議な力で加護(加持)している。この加持はビルシャナ仏の誓願に由来するという複雑で不思議な関係になっている。

諸如来が不思議な加持を金剛蔵菩薩に加えるのは不思議な「法」の光明を輝かせるためである。諸如来が金剛蔵菩薩を褒め不思議な神通力によって金剛蔵菩薩の頭頂をなでると金剛蔵菩薩は「大智恵光明三昧」を出て集合している無数の菩薩に向かって説法を始めるのである。

金剛蔵菩薩は「衆生を見守る純一な誓願によって菩薩は諸仏の知の境地に進むことができる」と説く。しかし、彼は菩薩の十地(歓喜地、離垢地、発光地、焔慧地、難勝地、現前地、遠行地、不動地、善慧地、法雲地)の名前だけをあげたのみで、後は沈黙してしまうのである。

そこで集まった菩薩達はどうしようもない焦慮にかられる。彼等の焦慮を察知した解脱月菩薩と言う菩薩が金剛蔵菩薩に質問し、十地についてもっと詳しい説法をお願いする。解脱月菩薩の要請を受けた金剛蔵菩薩は再び語り始める。しかし、十地の詳細を説くのではなく何故説法を躊躇したかの理由を言うのである。それが示唆に富んでいる。

金剛蔵菩薩は「衆生のうちで、このような知についてよく理解する者がいるはずがないではないか。一体誰がこの最上なる知について深く信じて疑わないであろうか?そう思えば思うほど私はとても説くことができないのである」と言う。

彼の言葉の中にこの経典の説く菩薩の思想が今までの仏教(ブッダの説いた言葉を集めた阿含経系経典)に全くない新しい思想であり、従来の仏教徒が誰も仏説だと信じて受け入れてくれないのではないかという自信のなさが感じられる。

金剛蔵菩薩のこの言葉は大乗仏教の菩薩道の思想が仏教徒の中に新しく誕生した思想であることを示唆している。

このような弱音を吐く金剛蔵菩薩を解脱月菩薩は慰め力づける。「ここに集まった菩薩達にはそのような不信や疑惑の念はない。皆求道心にあふれ清浄な心を持った菩薩達である。あなたの説法を聞いたらすぐその真理を覚る境地にある」と言って説法を続けるように要請する。

しかし、金剛蔵菩薩は「ここに集まっている菩薩達はすぐ理解できるかも知れないが、菩薩でない人もいる。そのような人が聞くと不信や疑惑をいだくかも知れない。」と言って再び躊躇し沈黙してしまうのである。

そこで解脱月菩薩は再び説法してくれるように金剛蔵菩薩に要請する。この時、その場にいる無数の菩薩達は声を一つにしてコーラスで詩頌を歌って嘆願する。この場面は梵天勧請説話を思い起こさせるものがある(梵天勧請説話を参照)。

その時、黙って座っていたゴータマ・ブッダの眉間にある白毫が突然光り輝き、「菩薩の不思議な知力の光明」という光明が出現するという奇跡が起こるのである。

この奇跡と同期して諸仏の眉間の白毫からも「菩薩の不思議な知力の光明」という光明が輝き出る。この光明は金剛蔵菩薩を照射する。

この光輝く釈迦牟尼仏の不思議な加護を受けて金剛蔵菩薩は菩薩の十地を説法し始めるのである。



 十地経 の特徴とまとめ


ブッダは肉体は地上に残し他化自在天という仮想的な場所(実在しない場所、天上界)にいる。

ブッダは説法しないで黙って座っているだけである。

ゴータマ・ブッダの眉間にある白毫が突然光り輝く「菩薩の不思議な知力の光明」というという奇跡が起こる。

説法するのは金剛蔵菩薩である。しかも彼は菩薩団の請願を受けてから説法を始める。彼の説法は自力では無く光輝く釈迦牟尼仏の不思議な加護を受けて起こる。即ち、ゴータマ・ブッダの本体が乗り移って(加持によって)金剛蔵菩薩の説法という奇跡が起こるのである。このことは、金剛蔵菩薩の説法は表面的なものであり、真の説法主はゴータマ・ブッダであることを暗示している。即ち、ゴータマ・ブッダは他化自在天でマハー・ビルシャナ仏(大日如来)に変身して菩薩に神力を加えて説法するのである。

華厳系経典ではゴータマ・ブッダは人間ではなく法身仏であるビルシャナ仏であると考えられている。十地経にはビルシャナ仏による<加持>という密教の概念が既に出ている。密教の本尊はマハー・ビルシャナ仏(大日如来)である。

このことは十地経と密教の密接な関係を示唆している。即ち、ゴータマ・ブッダは他化自在天でマハー・ビルシャナ仏(大日如来)に変身して菩薩に神力を加えて説法するのである。 大乗仏教から密教への道は初期大乗仏教(特に華厳系経典)の中に既に用意されていたと言えるだろう。実際「八千頌よりなる般若波羅蜜経」という初期大乗経典にも「如来の加持力・・・」と加持の思想が既に出ている。

この経典にはブッダの弟子達は一切登場しない。「仏弟子の修行道」という言葉は出てくるが登場するのはブッダ、ビルシャナ仏、諸仏、菩薩である。ブッダは開悟したばかりであるという設定になっているので弟子達は登場しないのは当然であろう。



10chi

 菩薩の十地とは? 


十地経では菩薩の十の境地(十地)が説かれる。 十地は菩薩とは何かを知る上で重要である。表にすると次のようになる。


表10.19 十地経と華厳経に説く菩薩の十地

十地 名前 内容
第1地 歓喜地 三毒(貧、瞋、痴)を断じ喜び(歓喜)にあふれる境地 
第2地 離垢地 浄らかな信心に満ち、垢れを離れた菩薩の境地
第3地  発光地菩薩行に勇猛に奮励努力し四禅定を始め多くの三昧を成就することによって得られた徳によって明るく輝く菩薩の境地
第4地  焔慧地 正しい思惟を実践し明らかな智恵を得る。欲望がなくなり、迷いの力が尽き光明に輝く菩薩の境地
第5地 難勝地  清浄な道心を体得し真理を悟る。仏道を倦むことなく追求向上するのでいかなる魔も打ち勝つことが難しい菩薩の境地 
第6地  現前地 根本真理にたいする無知が滅尽すればあらゆる苦悩がなくなる。仏の根本知が現前し、菩薩の善行による徳がきらきら輝く境地。
第7地  遠行地 巧みな方便と般若の智恵を働かせて、新たな菩薩道を実践することで、成就される「はるか遠くに至る」菩薩の境地。
第8地  不動地 大いなる般若の智恵を持った菩薩は無限に広がった諸世界において菩薩行を実践する。それによって得た不退転で「全く不動なる」菩薩の境地。
第9地  善恵地 仏法のエッセンスと三昧、最高の大乗の真理を体得した時に成就される不思議な知、慈悲、道心が備わった「いつどこでも正しい知恵のある」菩薩の境地。
第10地  法雲地 何百千という難行苦行を実践した菩薩は諸仏から近い将来正しい悟りを開いて仏になるだろうという潅頂を授けられる。この時現前する無量無辺の豊かな徳と深い知が備わった「かぎりない法の雲のような」菩薩の境地

この菩薩の十地は言葉に表すと分かりやすい。しかし、いざこれを実践しようとすると大変難しく高邁な理想だといえるだろう。

インド仏教において生存中に第一歓喜地に入った菩薩は弥勒菩薩と竜樹(八宗の祖、ナーガルジュナ)の2人だけであり、唯識論の大成者世親(ヴァスバンズ)は死後にやっと歓喜地(第1地)に入ったと伝えられている。 

こうなると菩薩の十地は達成不可能な境地であることがわかる。「大乗というが実際は達成不可能な道ではないか」と言われても反論できないだろう。

初期大乗経典の般若経系統の経典は原始仏教で説かれた「空」の考えを発展させ、それをブッダの悟りだとした。

「空」の考えは「無我」の悟りと禅定体験から生まれたと考えられる。その点まだ原始仏教との思想的つながりがある。

それらの大乗経典の説く内容は原始仏教から発展したものとして考えることもできよう。しかし、浄土教経典、法華経、華厳経などの大乗経典は原始仏教の直接の発展として捉えるより、信仰化・宗教化した仏教だと考えると分かりやすい。

そこには原始仏教の特徴である<自帰依>の教えはもはや無い。<自帰依>から<諸仏への帰依>という変化が起こっている。

そこではブッダの神格化が起こり、ブッダは人間・覚者から、神のような超越者に変身している。しかもブッダはただ1人ではない。歴史性の無い多くの諸仏が創作され誕生するのである。

既に論じたように紀元前後にヒンズー教で起こった<誠信(バクティ)への流れ>と宗教思想の誕生がそれに大きな影響を及ぼしていると考えられる。初期大乗経典の一つ観無量寿経でその変化の様子を見てみよう。


日本仏教に大きな影響を及ぼした浄土三部経の一つ観無量寿経では、ビンビサーラ王の后ヴァイデーヒはブッダを「太陽であるブッダ仏日>」と呼んでいる。


同経には極楽浄土の宝石の木をを観想することが説かれている。そこでは「珠宝の光は百ヨージャナ(〜800km)の遠くまで照らし、百億の太陽と月を合わせたようである」と述べられている。

この経典の作者は宝石の輝きや色は宝石そのものが発光しているためと考えたようである。勿論科学的にはは宝石そのものが発光することはない。宝石の輝きや色は宝石が外光を受けて輝くのであり、宝石自体が発光することはない。

発光は量子現象であり20世紀になってその本質が明らかになった。昔の人は実感想像したことは真実であると考えたようである。

浄土教経典ではブッダは「太陽であるブッダ仏日>」と呼ばれ太陽にたとえられる存在になる。

 ブッダを太陽にたとえる考えの起源は意外に古いようである。原始仏典である「スッタ・ニパータ」や「テーリー・ガーター」にはゴータマ・ブッダの血筋を「太陽の裔」と呼んでいる。光り輝く阿弥陀仏や白毫から光明を放出するビルシャナ仏 (大日如来)の起源と関係していると考えられる。

ヒンズー教のビシュヌ神は太陽神と考えられているのでこれと関係があるのかもしれない。ここにブッダを光り輝く阿弥陀仏や白毫から光明を放出するビルシャナ仏 (大日如来)へと神格化するプロセスが見てとれる。



 10.24  大乗仏典に対する疑問と注目点



1. 修行僧(ブッダの直弟子)の数について、


  大乗経典の特徴はブッダの説法を聞きにあつまった修行僧(ブッダの直弟子)の人数が誇張されている。ブッダの弟子の総数は1、250名であったことは分かっている。

原始仏典の場合でもブッダの弟子全員1、250名が1ヶ所に集まって説かれたような経典は、筆者の知る限り、ない。

しかし、無量寿経、無量義経の場合弟子の数は35、000名、12、000名、維摩経8、000名、とその10倍近く増加している。これは明らかに誇張した数である。集まった人数を水増しすることによって説法の場を荘厳にし、如何に重要な経典であるかをアッピールしようとする作意が感じられる。

上の例の中で興味深いのは観無量寿経と阿弥陀経である。観無量寿経の場合ブッダは1250名の修行僧と32、000名の菩薩と霊鷲山に滞在していたにもかかわらず彼等は説法の場に臨席していない。

ブッダは主としてヴァイデーヒー(マガダ国王夫人)に説法していることである。アーナンダは脇役的に聞いているだけである。観無量寿経と阿弥陀経も「かくのごとく我聞けり。」と書き出しが単純で原始仏典に近い形式である。

阿弥陀経ではブッダがシャーリプトラ1人に話している点が注目される。また修行僧(ブッダの直弟子)の数も両経とも1250名と正確で誇張が見られない。このことは両経典が大乗経典の中でも古い時代に(初期に)成立したことを物語っている。



2.説法の場所と収容人数の矛盾点


 法華経や般若経の説法の場所となった霊鷲山(りょうじゅせん)はマガダ国の首都である王舎城にある山である。ブッダも愛し、そこでよく説法した山と伝えられる。しかしその山頂付近にはせいぜい数百人しか集まる場所はないとのこと。

実際、写真で見てもそんなに広い場所はない。無量寿経では12,000名、宝積経では8,000名、無量義経と法華経では12,000名の大比丘衆が集まったとされている。そんな狭い場所に万に近い多数の人が集まれる筈はない。霊鷲山の山頂付近の広さについて何も知らない人が想像で書いたためではないだろうか?



3.ブッダの神通力と超人性


 古い仏典ではブッダは聡明で魅力的な人間として描かれることが多い。その説法は易しく合理的な教えで説得力があった。たまに不思議なことがあっても超人的な神通力が強調されることは殆どない。

しかし、大乗経典になるとブッダの身体的特徴や超自然的な神通力が強調されるようになる。

1番多いのはブッダの額の中心にあるとされる白毫(びゃくごう)(白い綿毛のようなもの)が神通力によって突然光を放ち宇宙全体を照らす現象が説法に付随して起こるようになることである。例えば法華経、涅槃経(大乗)、十地経、大般若経、華厳経などで説法が開始される時に見られる。ブッダは超自然的力を持つ神に等しい存在として描かれるようになっている。このようなことは原始仏典にはない。明らかな変化である。



10・25  ブッダは大乗経典の中でどのように呼ばれているか?



ブッダの呼称は経典によってかなり異なる。ブッダは経典の中でいろんな名前で呼ばれている。7章7.4で見たように、原始仏典テーラーガーター(長老比丘の詩)やテーリーガーター(長老比丘尼の詩)ではブッダは親しみを込めて多彩な名前で呼ばれていた(7章「仏とは何か?」7.4を参照)。

これが大乗経典である維摩経や金剛般若経になると次ぎの表のようになる。


表10.20 維摩経におけるブッダの呼称

ブッダの呼称 出て来くる回数
世尊 141
如来
シャーキャムニ世尊
シャーキャムニ如来
善逝

: 世尊:世間において最も尊貴な者(=bhagavat)
善逝 : よくゆける者、幸福に至れる者


表10.21 金剛般若経におけるブッダの呼称

ブッダの呼称 出て来くる回数
世尊 49
善逝

表10.20と10.21に見られるように、大乗経典になると殆どは世尊(: bhagavat )と言う統一された呼び名に変わっている。

これは時代が経つとともにブッダに直接会って説法を聞いた者が居なくなり、ブッダに対する生き生きした記憶が消失して行ったことを物語っている。人間的な親しみ深い呼び名もブッダを神格化する上でも都合が悪い。

このような事情により、ブッダに対する呼び名も世尊(: bhagavat )と言う呼び名に統一されて行ったのではないだろうか?

このことも大乗仏典がブッダ直説の経典ではないことを示している。ここで注目されるのは世尊(: bhagavat )と言う呼び名である。この呼び名はヒンズー教の聖典「バガヴァット・ギーター」におけるヴィシュヌ神の呼び名と同じである。ここにも大乗経典とヒンズー教の間の密接な関係が示されている。

ヒンズー教ではブッダはヴィシュヌ神の化身の1人とされる。世尊(: bhagavat )という呼び名を通じて繋がっているのだろうか?




10.26 大乗仏典に出てくるブッダの呼称とヒンズー教の神々について:


バーガヴァタ教と大乗仏教を結ぶ点と線



金光明最勝王経の大弁才天女品には「世界の中に於いて自在を得たる天女那羅延(ならえん)を敬礼す」と述べてある。

那羅延(ならえん)とはヒンズー教においてはナーラーヤナ神と呼ばれヴィシュヌ神と一体視される神である。

また同じ大弁才天女品の讃頌には婆蘇(ばそ)大天が出てくる。婆蘇大天はヴァースデーヴァのことである。ヴァースデーヴァはクリシュナの父の名であり、ヴィシュヌ神と同一視される神である。

大弁才天女品にはヴィシュヌ神が堂々と吠率怒天(ヴィシュヌ天)妙弁才の名で出ている。ヴィシュヌ神の后パールヴァティーはウマー(光)の別名を持つ。このウマーは大天烏摩(ウマ)妙弁才の名で大弁才天女品 に出てくる。しかも至心帰命の対象になっているのである。

このようなヒンズー教の神々は大乗仏教の護法神として大乗仏典(華厳経や般若経)のいたるところに出てくる。この事実はヒンズー教と大乗仏教との深い関係を示唆するものである。

このことを更に考えるためヒンズー教の聖典「バガヴァッド・ギーター」について考えよう。「バガヴァッド・ギーター」は紀元1世紀にはその原型が完成したと考えられる古いヒンズー教の聖典である。

「バガヴァッド・ギーター」にあらわれる最高神はクリシュナ神である。クリシュナ神はヴィシュヌ神の化身の1人とされている。

クリシュナ神はヴィシュヌ神に劣らず多面的・複合的な神である。歴史的には西インドのいくつかの部族の神々が合体して成立したと考えられている。

 クリシュナ神を構成する要素は.ヤーダヴァ族の英雄クリシュナ、.ヴィリジュニ族の一神教的なヴァースデーヴァの信仰、.アービ−ラ族の牧童(ゴーパーラ)の信仰、.ヴィシュヌ神の化身である。

ヤーダヴァ族の英雄クリシュナは「マハーバーラタ」(古代インドの叙事詩、ヒンズー教の聖典)に登場する人物である。彼は単に空想上の人物ではなく、B.C.7世紀に実在した歴史上の人物と考えられている。

彼はヤーダヴァ族の精神的指導者としてバガヴァット(神、至福者)に対する信仰を説いたが、死後すぐ神格化されヴェーダ神話に取り込まれた。

バガヴァット(神、至福者)に対する信仰を説くバーガヴァタ教はヒンズー教の1派であり紀元前2世紀には成立している。クリシュナは謂わばバーガヴァッタ教の教祖とも言える。

クリシュナは誠信(ヴァクティ)という神への愛にも似た熱烈な信仰を説いたとされる。ヴァクティは神に対する絶対帰依の教えでありヒンズー教において信仰の真髄とされる。ヴァクティを説いたクリシュナは死後バガヴァット(神、至福者)と同一視されたと考えられる。

クリシュナ信仰がインド民衆に広まった理由は ヴァクティ(誠信)と言う簡単な方法で解脱できることを強調したからである。

「マハーバーラタ」の一部として伝えられるヒンズー教の聖典「バガヴァッド・ギーター」は。元はクリシュナ=バガヴァットと考える信仰を説く聖典として成立した。 

クリシュナ=バガヴァットと考える信仰はさらにクリシュナ=バガヴァット=ヴィシュヌ神と見なす信仰に発展したと考えられている。

このシナリオは大乗仏教にもあてはまるのではないだろうか?バーガヴァタ教でクリシュナ=バガヴァットとされたように大乗仏教では歴史上の人物であるゴータマ・ブッダはバガヴァットとされる。

大乗仏典ではバガヴァットは世尊と漢訳されている。大乗仏典ではブッダはバガヴァット=世尊と統一的に呼ばれるようになったことは既に見た(10.25参照)。即ち、ブッダ=バガヴァット信仰である。等式で簡単に表すと

ゴータマ・ブッダ=バガヴァット   ・・・・ (1)

となる。

一方クリシュナより発達した信仰は 

クリシュナ=バガヴァット=ヴィシュヌ神 ・・・・  (2)

と表すことができる。

(1)式と(2)式はバガヴァットという概念を通して結びつき、次の式に統一することができる。

ゴータマ・ブッダ=バガヴァット=クリシュナ=ヴィシュヌ神 ・・・・ (3)

(3)式が大乗仏教の本質を表していると考えられるのではないだろうか?

以上の議論をまとめると次の表10.22のようになる。



表10.22 バーガヴァタ教と大乗仏教の比較 

宗教 歴史上の教祖 性格・業績 神とされた時の尊称 神の性格
バーガヴァタ教 クリシュナ ヤータヴァ族の英雄 バガヴァット(bhagavat) ヴィシュヌ神の化身
大乗仏教 ゴータマ・ブッダ 仏教の創始者 バガヴァット(bhagavat) 毘廬遮那仏の化身

この3式と表10.22は大乗仏教がヒンズー教の中でも特にバガヴァット(神、至福者)に対する信仰を説くバーガヴァタ教の影響を強く受け成立したことを示唆する。

しかし、事はそんなに単純ではない。原始仏典や多くの部派仏教の経典においてもブッダはバガヴァットと呼ばれることが多い。

この事実は仏教がブッダの死後500年後に大乗仏教に大きく変容する下地はブッダ死の直後の原始仏教に既にあったことを意味しているのではないだろうか?。

ブッダの直弟子の中にもブッダの真意を正しく理解できずブッダを信仰の対象として考える人達がいたのではないだろうか。

ブッダの真意を正しく理解できずブッダを信仰の対象として考える人達とはバラモン階層からの出身僧達ではないだろうか? 初期仏教教団においてもバラモン階層からの出身僧達が多数を占めていたからである(大乗仏教その1、図10.6を参照)。

インド社会の伝統宗教であるバラモン教やヒンズー教の影響の下、彼等がバクティ(誠信)という信仰(大乗仏教その1、10.16−1を参照)を仏教に持ち込んで仏教を宗教化させ大乗仏教への道筋を作ったと考えることができるだろう。

そのように考えれば原始仏教部派仏教大乗仏教密教(ヒンズー教の衣を着た仏教)への変容の歴史は分かりやすい。

英国の仏教学者エドワード・コンゼ(Edward.J.D.Conze,1904〜1979)は著書「仏教―その教理と展開―」のなかで「バクティの信仰は紀元前400年前以降インドに起こり、紀元の初め頃、非常な勢力を得た。インド民衆に見られるこのバクティ的傾向は、それ以前にも長い間仏教に影響を与えていたが、紀元前後非常な勢いで仏教に流れ込んだ」と述べている。コンゼの考えはブッダの死後仏教に起こった変化をよく説明している。

この考えでは、ブッダの死後仏教はバラモン教やヒンズー教の影響を常に受け、最終的にヒンズー教の衣を着た仏教である密教まで変化したということになる。

大乗仏教は密教(ヒンズー教の衣を着た仏教、後期大乗仏教)へ至る中間的形態と考えることができる。これを次の図10.7にまとめる。



図10.7


図10.7 ブッダの原始仏教は常にバラモン教やヒンズー教の影響下で大乗仏教や密教へと変容して行った。



以上の考えは大乗仏教が13世紀インドで滅んだ後ヒンズー教に吸収された歴史的事実をよく説明する。事実ヒンズー教の中ではブッダはヴィシュヌ神の9番目の化身だとされているのである。即ち、(3)式が成り立っているのである。


10.27   菩薩(ぼさつ)の思想 



大乗仏教は別名菩薩乗(ぼさつじょう)とも呼ばれる。菩薩中心の仏教である。既に見たように大乗仏教の経典が説かれる舞台に集まって来る聴衆は主として菩薩である。

大乗仏教の経典では菩薩が突然主役として躍り出て来る。これは仏教の歴史における大きな変化である。ブッダの時代から伝統仏教では出家修行者が中心であった。ブッダの開いた悟りを目指す人が俗世間の一切をすてて出家し、修行僧の集まり僧伽(僧伽:サンガ、仏教教団)に入り集団で修行に専念するのがブッダ以来500年近く続いた伝統であった。

修行僧は世俗の一切をすてて出家し、ブッダの<悟り>を求めて専念修行するわけであるからエリートの道と言える。しかし、大乗仏教ではこの道は声聞(しょうもん)道として軽視されるようになる。

法華経や維摩経ではブッダの弟子達は笑い者にされる場面さえある。大乗仏教ではブッダ以来の伝統をもつ部派仏教出家修行者は保守的な<小乗仏教>の信奉者とされて脇役に落されるのである。

言うまでもないだろうが<小乗>とは小さな乗り物、<大乗>とは大きな乗り物の意味である。<大乗>の方が大勢を救うことができるという意味である。菩薩中心の思想を主張するのが大乗仏教である。大乗仏教になって突然浮上する菩薩とは何だろうか。

菩薩(ボーディサットバ)とは菩提(さとり)を求める者、求道者という意味である。既に見たようにジャータカなどで偉大なるブッダの出現を説明し理解するため考えられたものである。

原始仏教や伝統仏教(部派仏教)では修行の結果最高の悟りを得たものを阿羅漢(あらかん)(アルハット、羅漢、らかん)と呼んだ。

原始仏教では、ゴータマ・ブッダも阿羅漢の1人だとされ、他の阿羅漢と平等と考えられていたのである。

しかし、ブッダの死後時が経つにつれ悟りの体験と伝統が失われていった。ブッダの悟りを体験することは普通の人間(出家修行者)にはとうてい不可能なことだと考えられるようになった。多数の輪廻転生を経た修行によっても達成できるかどうか分からない困難なことだとされるようになったのである。

それとともに慈悲に満ちたブッダの偉大さと天才ぶりは強調され神格化されるようになる。ブッダを神格化し賛嘆する<讃仏>運動も盛んになった。

インドには輪廻転生(りんねてんしょう)というウパニシャッド以来の伝統的考え方がある( 大乗仏教その1、10.11を参照)。人間は死ぬが新しい生命は子供として生まれる。しかも生まれた子供は死んだ者(親や祖父母)に良く似ている場合が多い。これは他の生物にもあてはまる。

当時は現代のような進歩した生物学はない。古代インドでは人間の生死を想像や推察によって説明するしかなかった。そこで生まれたのが輪廻転生の考え方だと思われる。

全ての生物には霊魂がある。その霊魂は不滅で生まれかわるという古来からの土俗的考えである。現在では生物の死と生殖による誕生のプロセスは生物学によって科学的に解明されている。

現在では生命現象は霊魂、輪廻転生という考え無しに、明快に説明されるようになった

しかし、2000年以上の昔には人間や生物が生死する生命現象・生殖現象の本質は分からなかった。そこで人間を含め生物には霊魂というものがあると考えた。霊魂は不滅で死んでも一巻の終わりにはならない。次ぎの世で転生し他の生物に生まれかわる。生物はこの繰り返しをするというのがインド伝統の輪廻転生の思想である。

このように考えれば生物の誕生と死のサイクルがうまく説明できるからである。しかし、現代の生物学的観点からからすれば輪廻転生の考え方は明らかに間違った考え方である。

しかし、古代インドではこの考え方を仮定すれば、全ての生命現象が説明できるように思われた。そこで正しいと考えられたと思われる。説明できれば検証なしでも正しいと考える。古代の考え方や宗教的考えにはこのような類が多いので騙されないように注意すべきである。

チベット仏教の活仏やダライ・ラマも輪廻転生思想に由来するものである。神の如きブッダの出現はこの輪廻転生思想に因果応報という考え方が結びついた。紀元前2世紀頃からブッダの出現をインド人の得意な寓話によって説明するようになる。

ブッダは昔鹿の王として生まれ崇高な行いをして徳を積んだ。ある時には象に生まれ自分の生命を犠牲にして人を救った。またある世に生まれた時は自分の肉体を犠牲にして飢える虎の命を救った。そのような前世における善行、修行と徳を無限に近い生まれ変わりの中で積み重ねた。その積善の功徳が原因となって現世で悟りを開くことが可能になったというような寓話である。

このようなブッダの前世を菩薩という。ブッダの前世における修行と善行の物語が根拠なしに想像だけで作られたのである。

全く他愛ないフィクションである。これをジャータカ(本生譚、ほんじょうたん)という。ジャータカ(本生譚)は分かり易い上に感動的な寓話が多い。紀元前2世紀頃から盛んに作られ部派仏教の経典の中に加えられた。

一旦三蔵の中に入ると寓話でもブッダが説いた経典とされ、権威を持ち1人歩きするようになる。これからも分かるように、菩薩という考えはもともとブッダの前世に対してジャータカ(本生譚)という寓話(イソップ物語のように動物が主人公となる物語)で用いられたものである。

これを本生(ホンジョウ)の菩薩と呼ぶ。従って、もともと菩薩は1人だと言ってもよい。しかも、フィクションで創作されたものである

この菩薩の思想が大乗仏教では拡大解釈されたと考えられる。作者の想像だけで自由に次々と生み出されていった。これを願生(ガンショウ)の菩薩という。誓願(苦海に沈む衆生を救いたいという願い)によって生まれた菩薩である。

しかし、そこに歴史的実体は何もない。単なる空想によって作られた菩薩だと言えるだろう。菩薩や諸仏を生んだ大乗仏教の宗教的思考が如何にいい加減であるかを示す典型例ではないだろうか?

名の知れた菩薩として観世音菩薩、法蔵菩薩(阿弥陀仏の前身)、文殊菩薩、普賢菩薩、勢至菩薩、地蔵菩薩、虚空蔵菩薩などが願生の菩薩として挙げられる。

このうち観世音菩薩は観音さまとして今でも親しまれる菩薩である。観世音菩薩は法華経(観世音菩薩普門品)や般若心経に出てくる。過去に実在した歴史上の人物ではない。想像によって創作された菩薩である。このような空想上の存在(非存在)を真剣に礼拝信仰するのが大乗仏教の一面であると言ったら言い過ぎだろうか?

菩薩は悟りを開こうと思えば開悟できるレベルまで高い境地に達しているが苦海に沈む衆生を救いたいという利他の大慈悲心から敢えて悟りを開くことを断念する。崇高な利他の救済行に心を砕くものを言う。このため大乗仏教では悟りを開くことは最終目的とはされない。

実際大乗仏教では禅宗を除き悟りを開いた人は殆ど聞かない即身成仏を説いた空海のような天才でも悟りを開き仏陀になったとは聞かないないのである。日本仏教の諸宗派の開祖である最澄、法然、親鸞、日蓮、一遍のような宗教的巨人のなかで誰も悟りを開き仏陀になったとはされていない。

日蓮宗では日蓮は「日蓮大聖人」や「日蓮大菩薩」と呼ばれることはあっても、日蓮が悟りを開いて仏陀になったとは聞かない。大乗仏教の不思議な一面ではないだろうか?



10.28 菩薩の実践徳目:六波羅蜜(ろくはらみつ) 



大乗仏教では、彼岸(覚り,涅槃)に到るためには、布施(慈善)、持戒、忍辱、精進、禅定、智恵という6種のパーラミター(六波羅密)を無限の時間(生まれ変わりの無限の生涯)にわたって実践し徳を積むことが要求される。

パーラミターとは完成とか完全を意味する。この六波羅密は倫理徳目である。大乗仏教では倫理的に良いことをすることが重要となり、悟りへの道(彼岸への道)とされるようになるのである。

普通の人間には、無限の時間(生まれ変わりの無限の生涯)にわたって六波羅蜜を実践し徳を積むことはできない。生きるためには食べなければならない。そのためには経済的生産活動(労働)をして生命を保護育成しなければならない。人間には自己の生命保護をふくむ抜き難い利己心がある。

六波羅蜜の実践のためには、そのような利己心を捨て、衆生(他人)のために自己を捧げ尽くすという、超人的な<自己犠牲>と<利他行>が要求されるのである。

自己中心的な傾向の強い現代人にとって、菩薩への道は殆ど不可能と言っても良いだろう。

ところが大乗仏教では、悟りを開いて成仏する(ブッダになる)には無限の時間をかけて六波羅密を実践しなければならないと考えられるようになる。自己のために生きることより、利他(衆生)のために生きることが要件となる。

この条件があるため、悟りを開いて、成仏する(ブッダになる)には殆ど不可能になったといえるだろう。

大乗仏教で強調される六波羅蜜を表10.23に示す。


表10.23 六波羅蜜

No  六波羅蜜 内容
布施(ふせ) 貪欲を抑えて、人に財や法を施すこと。
持戒 (じかい) 戒律を守ること。
忍辱 (にんにく) 苦難を耐え忍ぶこと。
精進 (しょうじん)不断の努力をすること。
禅定 (ぜんじょう) 心の散乱を冶めて、精神を統一し安定させること。
智慧 (ちえ)  真理に基づいた智慧をもつこと。


六波羅密は原始仏教の八聖道に対応するものと言えよう。八聖道と比較すると精進、禅定の2項目が一致している。その代わり正見、正思、正語が無くなり、布施、持戒、忍辱、のような他人(衆生)に捧げ尽くすという倫理徳目が置き換わっている。このような倫理徳目は原始仏教にはなかった項目と言える。

しかもこの六波羅密を完全に実践し悟り(菩提)を成就するためには殆ど無限大の時間がかかるのである。「無限大の時間がかかる」とはできないということである。

例えば完全な布施(慈善)とは、自分に余裕がある時に人にものを分け与えるということではない。あらゆる場合に、あらゆる命あるものたちのために、自らの身命をさえ犠牲にして悔いないことを意味している。虫けら1匹を救うために自分の命を捨てることもありうるのである。このような六波羅密は殆どの人にとって実行不可能な徳目であることは明らかである。

大乗仏教では多くの人々を救うことがブッダの本懐だとする。多くの人々を信仰によって救うことにエネルギーを集中することによって悟り成仏することを目指している

しかし、この六波羅密でも分かるよう不可能に近い完全無欠な理想(倫理的徳目)を追い求めるあまり悟ることを放棄したとも言える。倫理徳目を実践することは悟りとは無関係だからである

その点「直指人性、見性成仏」と直接悟りを目指す禅宗は大乗仏教の中では特異である。原始仏教に近いところがある。

実際、禅宗では悟りを開く人は少数のエリートであり多人数ではない。大乗仏教が説くように、大勢の修行僧(雲水や僧侶)が大乗経典を読んで信仰しても、彼等が大勢で一挙に悟りを開くようなことはないのである。

大乗とは大きな乗り物を意味する。大勢の大衆を救うという意味がある。分かり易い教えでなければ大衆に理解されないし大衆を救うことができない。

大乗とは大きな乗り物を意味する。大勢の大衆を救うという意味がある。分かり易い教えでなければ大衆に理解されないし大衆を救うことができない。

その観点から言えば「南無阿弥陀仏」という名号を一心に唱えれば救われるとした法然、親鸞、一遍上人の浄土系仏教は大乗仏教が行き着いた1つの終着点と言えるだろう。

しかし、もしブッダが生きていてこの教え(浄土教)を聞いたら、「自分はこんなこと言った覚えはない。私は天に生まれたいという欲望も苦の原因だとして捨てることを教えたはずではないか。これが何で自分の教えとされるんだ。」とビックリ仰天、目を回すことは間違いないだろう。

六波羅密を八聖道と比較すると正見、正思、正語が無くなっている。これは正しい智識や見解(正見)に基づく合理的・理性的姿勢が失われ倫理徳目に置き換わったことを意味しているのではないだろうか。

古代インドでは科学文明が未発達であったため何が正見、正思、正語かが分からなかったためであろう。その代わりに布施、持戒、忍辱、のような倫理徳目が置き換わった。

紀元前後にブッダの教えの本質が見失われたことは歴史的事実である。ゴータマ・ブッダが創始した論理的合理的な「己事究明(こじきゅうめい) 」型宗教(B型宗教)は死後500年を経て、超越者(諸仏、諸菩薩)を崇拝信仰する大乗仏教(A型宗教)に変容したといえるだろう(大乗仏教その1、「宗教の定義」を参照)。

原始仏教から大乗仏教への変化は「超越者(神仏)を崇拝信仰する宗教(A型)の起源は何か?」を考える時その1例として興味深いものがある。

仏教にはブッダ以来蓄積された膨大な量の経典・論書がある。その観点から見た時仏教研究はまさに思想の考古学とも言えるものがある。



10.29  菩薩は人間か? 



金光明最勝王経の序品には説法の場に出席した菩薩の数は百千万億(=100千兆=10万兆名)と書かれている。同経の十方菩薩讃歎品には無量百千万億の菩薩が霊鷲山の山頂に集まったと書かれている。

いかに途方も無い多数の菩薩が説法を聞くために集まったかが分かる。しかし、ブッダが愛したと伝えられる霊鷲山の山頂にはせいぜい百人くらいが集まる空間があるだけである。図10.8に霊鷲山の山頂部の様子を示す。



 図10.8


図10.8 ブッダが愛した霊鷲山の山頂部の様子と空間 



多くの大乗経典には菩薩が登場しブッダの説法の場に出席している。幾つかの大乗経典で説法の場所と登場する菩薩の数をまとめると次の表10.24のようになる。


表10.24 大乗経典の説法の場所と登場する菩薩の数のまとめ

経典名 説法の場所出席した菩薩の数/人
法華経霊鷲山 80,000
華厳経 寂滅道場 十仏世界微塵数(無数)
維摩経 アームラパーリの園林  32,000
宝積経霊鷲山16,000
大般若経霊鷲山 無量百千万億那由他
仁王経霊鷲山 900万億
金光明最勝王経 霊鷲山 百千万億=10万兆
大乗涅槃経羅双樹の下 1恆河沙


注:

寂滅道場:ブッダが開悟した菩提樹下の空間。

1恆河沙:ガンジス河の砂の数=無数

那由他(ナユタ): 数の単位。那由他がいくつを示すかは時代や地域により異なり、人により解釈が分かれる。一般的には1060を指すが、1072とする人もいる。



10万兆のような大人数は霊鷲山はおろか地球上にも収容できないのは明らかである。

ここで言われる菩薩とは人間ではないだろう。想像によって創作された霊的存在ではないだろうか?

菩薩は普通悟りを求めて修行する求道者と考えられている。菩薩はサンスクリットのbodhisattvaの漢訳である。Bodhiとは菩提(悟り)であり、 sattvaとは存在である。

この言葉から考える限り悟りを求めて修行する求道者は誰でも菩薩と考えてもよさそうである。しかし、大乗仏典を読む限り、単純に人間とは考えられない側面を持っている。

例えばその身長である。観無量寿経には観世音菩薩の身長は80万億ヨージャナ(由旬)と書いてある。1ヨージャナ(由旬)は約8kmである( 大乗仏教その1、由旬の考察を参照)。これから計算すると観世音菩薩の身長は640兆kmとなる。

これは天文学的な高さである。地球上に観世音菩薩が立つと太陽系の外に突き出てしまう。人間でないことは明らかである。法華経の妙音菩薩品に現れる妙音菩薩の身長は42,000ヨージャナ(由旬)と書いてある。これも33万6000kmに相当する。

この菩薩はナーラヤーナ神(ビシュヌ神)のようであると書かれている。従って、妙音菩薩は人間でなく神であることは明らかである。

ところが仏像の姿で表現されている菩薩の高さは等身大かそれより小さい。これは経典の記述に忠実ではないと言えよう。

もし、経典の記述に忠実に作ろうとすると観世音菩薩像の身長は640兆kmに製作しなければならない。数10mならまだしも宇宙スケールの観音像を地上に製作することは到底不可能である。

このように大乗経典に現れる菩薩は神にも等しい霊的存在と結論してもよいのではないだろうか。

日本でも徳一、行基、日蓮などが菩薩と呼ばれるくらいで、菩薩の数は極めて少ない。菩薩になるのさえ難しいので、その上の仏になるのは更に難しいことになる。

よく、大乗仏教はブッダの真精神を復興する目的で誕生した仏教復興運動だといわれることもある。

菩薩になるのが難しく、その上の仏になるのは更に難しいことでは大乗(大きな乗り物)とは言えない。これは大乗仏教が抱える大きな矛盾かも知れない。



10.30 菩薩の乗り物−ヒンズー教の神々の乗り物との関係 



ヒンズー教の神々は夫々乗り物や坐るものがある。大乗仏教の菩薩も乗物や坐るものを持っていることがある。それを次の表で比較する。



表10.25 ヒンズー教の神と大乗仏教の如来や菩薩の乗り物や坐るものの比較

ヒンズー教の神 神あるいは如来、菩薩 乗り物あるいは座物
インドラ神 白象アイラーヴァタc)
シヴァ神 牡牛ナンディーン
ブラフマー神a) 世界蓮b)
ビシュヌ神霊鳥ガルーダ、虎
大乗仏教の如来や菩薩大日如来 b)
普賢菩薩六牙の白象c)
阿弥陀如来 b)
文殊菩薩 獅子
毘廬遮那仏 b)

注:

a) ブラフマー神: 宇宙創造の神で、ヒンズー教の基礎となったバラモン教の最高神である。しかし、宇宙は既に創造されており、この神の役割は終わったと考えられるためか、その人気はシヴァ神やビシュヌ神に比べ低い。

b) 蓮:大日如来や阿弥陀如来などの仏、如来は蓮の上に坐ることが多い。 、ヒンズー教の基礎となったバラモン教の最高神であるラフマー神も蓮の上に坐っている。ラフマー神が坐る蓮が仏教に導入されて、仏、如来も蓮の上に坐るようになったのだろうか?

c) 6牙の白象:普賢菩薩の乗り物である6牙の白象 インドラ神が乗る白象アイラーヴァタと関係があるのかも知れない。また、ジャータカ「6牙の象王の無怨の行い」に出てくる6牙の象王と関係があるのかも知れない。この物語ではブッダは前世では500匹の象を率いる6牙の象王として生まれ牙を猟師に与える(布施する)と言う物語である。


仏像は須弥壇に座ることが多い。須弥壇は須弥山思想では世界(or宇宙)の中心にあると想定された巨大な山である須弥山に基づくものである。このような巨大な山の上に鎮座するものは人間ではなく神である。ここにも仏教思想の大きな変貌が見られる。



10・31 大乗仏典に登場するヒンズー教やインド土着の神々  



原始仏典ではブッダが比丘(出家修行者)に説法する。これが仏教経典の基本形である。

ところが大乗経典においてはそれまで表に出て来なかったヴェーダ以来のインド土着の神々やヒンズー教関係の神々が頻繁にに登場するようになる。天竜八部衆は大乗仏典によく登場する典型的な神々である。次の表10.26には天・竜八部衆とその性格を示す。



表10.26 天・竜八部衆とその性格

No  名前 インド名 内容
竜王 ナーガ 蛇(キング・コブラ)を神格化したもの。
デーヴァ超人的な力を持つ鬼人。
夜叉  ヤクシャ森の神として福神と鬼神の両面を持つ。低級な霊的存在で毘沙門天の部下。豊満な裸女で表される。
乾闥婆ガンダルヴァ 香(ガンダ)を食べて生きる音楽神。帝釈天(インドラ神)に仕える精霊群。
阿修羅 アスラ天に敵対する乱暴な神、非天と訳されることもある。
迦楼羅 ガルーダインド神話に出てくる架空の大鳥、ビシュヌ神が乗る霊鳥としても有名。
緊那羅 キンナラインド神話の歌舞神で、半人半鳥または半人半馬の姿で表される。
摩喉羅迦 マホーラガ大蛇を神格化したもの。楽神とされる。

天竜八部衆は、古代インドの邪神(天界に住む)で、後に釈迦に教化され、仏法の守護者になったとされる。具体的に大乗経典で見ると次のようになる。

1.法華経

序品には天竜八部衆とともにシヴァ神も眷属の3万の天子とともにブッダの説法の集会に集まって来ている。また八大竜王が幾千万億もの従者の竜達と共に説法の場に来ているのが注目される。


2.金光明最勝王経


説法の場である霊鷲山には天竜八部衆とともに山林河海一切の神仙が雲のように集まって来ている。


3.華厳経


華厳経の世間浄眼品にはブッダの悟りの座であるマガダ国寂滅道場には天竜八部衆、クバンダ、道場神、地神、樹神、薬草神、穀神、河神、海神、火神、風神、虚空神、など無量の神々や鬼霊群が集まったとされている。世間浄眼品にはこれらのヒンズー教関係の神々が延々10ページにわたって紹介されている。注目されるのは摩醯首羅天(シヴァ神)が無数の眷属とともに来ていることである。


4.維摩経


佛国品第一には1万2000名のインドラ神や大威力のブラフマー神とともに天竜八部衆が会座に集まったと述べられている。500名のリッチャビー族の青年達がブッダに宝傘蓋(500)を捧げると500の宝傘蓋はブッダの偉神力によって1つの巨大な宝傘蓋になって全宇宙(三千大千世界)包み込むと言う奇跡が起こる。巨大な宝傘蓋の中には、スメール山、雪山、海などとともに天竜八部衆が現れたと述べられている。維摩経の説法はこのようなブッダの不可思議な大神通力とともに始まるのである。


5.勝鬘経


 この大乗経典は.勝鬘夫人がブッダの前で自分の仏教理解を語り、ブッダがそれに同意するという特異な大乗経典である。終章には神々の王インドラ神が部下の神々を引き連れブッダの前に現れる。そして最後にインドラ神、天上界、アスラ、ガンダルヴァを含めた全世界の者達が歓喜してブッダの言葉を賛嘆したということで締め括っている。


6.八千頌般若波羅蜜経


この経典には加持力という密教の概念を表す言葉が出てくる。インドラ神や天竜八部衆についても頻繁に述べられる。諸天の守護と言う章には天竜八部衆という言葉が8回も言及されている。


7.阿弥陀経


説法の場である祇園精舎には神々の王であるシャクラ(インドラ神)、ブラフマン(梵天、バラモン教の最高神)、その他100万の神々の子たちも居る。


8.観無量寿経


韋提希(いだいけ)夫人(マガダ国王夫人)はブッダを強く思念して礼拝すると、ブッダは鷲の峰(霊鷲山)から韋提希夫人の前に姿を現す。ブッダは紫金色に輝き、数百の宝石からできた蓮華上に坐っていた。ブッダの左にマハーマウドガリヤーヤナが、右にはアーナンダが侍し、虚空にはシャクラ(インドラ神)、ブラフマン、護世の天人達が天花を降らしているのが見えた。ブッダを見た韋提(いだい)希(け)夫人(マガダ国王夫人)は身を投げ出し号泣し訴える。その時ブッダは眉間から金色の光を放つ。その時いろんな仏の仏国土がこの光の中に現れた。ある仏国土は七つの宝石からできていた。ある仏国土はマヘーシヴァラ(シヴァ神)の宮殿のようであったと述べられている。


9.大無量寿経


法蔵比丘(阿弥陀如来の前身)の重誓偈11の説明(上卷)の中に天竜八部衆が出ている。


10.大乗涅槃経


大乗涅槃経の序品のブッダ入滅の場には天竜八部衆や四天王、インドラ神シヴァ神が集まったと記述されている。

大比丘が80億6,000万人、比丘尼60億人がブッダの臨終の場(沙羅双樹)にいたと記述(誇大表現)されている。本当は侍者のアーナンダと少数の比丘しかいなかったのが歴史的な事実である。この経典には「如来の方便密教調伏・・・」といった後の密教的展開を示唆するような言葉が頻繁に見られる。


11.無量義経


無量義経の徳行品第一には、菩薩八万人とともに、天竜八部衆(天、竜、夜叉、乾闥婆、阿修羅、迦楼羅、緊那羅、摩喉羅迦)が説法の場である霊鷲山に集まったと記述されている。


12.如来蔵経


説法の場である霊鷲山の栴檀蔵重閣には1万人の比丘の大集団、無数の菩薩とともに、天竜八部衆(天、竜、夜叉、乾闥婆、阿修羅、迦楼羅、緊那羅、摩喉羅迦)が集まっている。


13.薬師経(薬師瑠璃光如来本願功徳経)


この経の説法の場は広厳城(こうごんじょう、ヴァイシャリー)の楽音樹の下だとされる。そこには修行僧8,000人、菩薩3万6,000人、バラモン達とともに、天竜天竜八部衆(天、竜、夜叉、乾闥婆、阿修羅、迦楼羅、緊那羅、摩喉羅迦)が集まっている。




10・32 大乗経典に登場するインド土着の神々の役割  



このように大乗経典において天竜八部衆(天、竜、夜叉、乾闥婆、阿修羅、迦楼羅、緊那羅、摩喉羅迦)やインドラ神シヴァ神がよく登場する。彼等は原始仏教経典には登場することはない。ブッダは彼等を礼拝したりすることを禁じていたからだと思われる。ところが大乗経典になると彼等が堰を切ったかのように登場する。彼等の役割として次の三つが考えられる。  


イ. 護法神としての役割:


大乗経典においてインド古来のバラモン教の神々は大乗仏教の守護神として登場し、大乗仏教の教えを守護すると言明する。 般若系経典では神々の王インドラ神(シャクラ)がその典型である。 金光明最勝王経ではインドラ神は仏教に帰依し、帝釈天として大乗仏教の護法神として取り込まれている。

注:

帝釈天

サンスクリット語では「シャクローデーヴァーナームインドラ」と言う。インドラ神という軍神でありヴェーダ以来のインドの伝統的神である。大乗仏典中では釈提桓因という名で出てくる。固有名をカウシカ(喬尸迦)と言う。般若経ではカウシカの名で出てくる。般若経で帝釈天が頻繁に出てくるのは般若経の作者が経典に権威を付与するため利用したのだと解釈される。

「インドラ」とは「帝」の意味で古くは神々の王の座にいた。しかし、時代とともにブラフマー、ヴィシュヌ、シヴァの3貴神に取って代わられる。 仏教に取り入れられたインドラは慈悲深く、柔和な性質を持った仏法の守護者・帝釈天として、姿を一変させる。

帝釈天は須弥山(スメール山)を居城とし、「トウ利天(とうりてん)」を支配している。その部下には四天王天がいる。仏像としての帝釈天は梵天とともに釈迦の脇侍を務めている。これも権威付けのためであろう。

インドラ神は般若系経典には頻繁に出てくる。しかし、神々の歴史的盛衰を反映するかのように華厳経や梵網経ではシヴァ神が登場するようになる。大乗経典を創作した仏教徒も神々の歴史的盛衰(流行?)に敏感であったようである。


ロ. 大乗仏教の宣教神としての役割:


大乗経典において大乗仏教に帰依し宣教神となって大乗仏教の教えを守護すると言明する。弁才天、吉祥天、四天王などである。

注:

弁才天

弁天、川の神サラスヴァティー。ブラフマー(梵天)の娘であるととともに妻でもある。その起源はゾロアスター教の水の神アナーヒターと同じルーツでないかと思われる。またギリシャ神話のアフロディーテ(ヴィーナス)とも関係があるかもしれない。インドでは古い神の1人である。芸能と財産の女神。一般庶民に人気があった。

吉祥天

インドの女神マハーシュリーでヒンズー教の3大主神の1人ヴィシュヌ神の后ラクシュミーの別名である。あるいはマハーデービーであってシヴァ神の后であるという説もある。幸福の神。富と豊饒の神。

四天王

須弥山の中腹にある四天王天(西方周羅城)に住み仏法を守護する天。帝釈天の命を奉じて四方の天を守る天である。

四天王とその働き・特徴を次の表20.7にまとめる。


表10.27 四天王とその働き・特徴

方位  名前 働きと特徴
持国天   東方を守る。インドラ神配下の盲目のガンダルヴァの王である。ガンダルヴァを部下にする。刀を主要武器としマニ宝珠を持つ。
西 広目天 西方を守る。龍族(ナーガ)を支配する龍王。須弥山の中腹から天眼をもって見守り悪人を罰して改心させる。三叉戟を持ち、シヴァ神の異名に通じることからシヴァ神と関係あると考えられる。
増長天 南方を守る。本来はヤクシャ。鬼神の長。クバンダを部下にするクバンダ王。
多聞天(毘沙門天)北方を守る。ヤクシャとラクシャーサ(ラセツ)を部下にする。もともとヒンズー教の財神クベーラ。福徳を授ける神としても信仰された。ヒンズー教の財神クベーラはシヴァ神の友人とされる。武神としても信仰される。


注:

三叉戟(トリシュール)

三つに分かれた矛。雷を表わすシヴァ神の武器。

クバンダ

人間の精気を喰う大きな睾丸を持つ鬼神。馬頭人身で風のように疾いとされる。

金毘羅

インドのクンビーラと言う神から来ている。クンビーラは元々鰐が転化したもので、インドの霊鷲山に住む鬼神で、魚のうろこと蛇型の尾に宝玉を持つと言われる神。航海の安全を守る神として船人から尊崇される。香川県の琴平町の金刀比羅宮の祭神はもともと金毘羅大権現(クンビーラ)であった。日本全国にある金毘羅神社の祭神はこの神と関係あると思われる。

那陀太子(ナタ太子):

北方毘沙門天の5人の子供の長男。三面八臂、大力を有する鬼神。「無門関」の黄竜三関にも出てくる。


弁才天、吉祥天、四天王は金光明最勝王経で大乗仏教に帰依すると宣言し、仏教を守護する神として登場している。


ハ.  大乗仏教の飾り的役割:


天竜八部衆などの鬼霊神の場合は大乗経典によく登場するがほとんど飾り的役割しか果たしていない。ヒンズー教に親しんだインドの一般民衆に親しみを持ってもらい大乗仏教に引き付けるための飾り的存在といってよいだろう。

いずれにせよこれらのインド伝統の土着神が大乗仏典に取り込まれたことは大乗仏教とは何であるかを端的に示している。

ブッダ以来の仏教は合理的かつ理知的であったため一部のエリートのための教えであった。ブッダの死後500年経つとブッダの悟りと理法とは何かはっきりとは分からなくなっていたと思われる。紀元前後ヒンズー教の勃興とともに仏教はこれに圧倒された。

悟りを得て阿羅漢になるのも非常に難しい。仏教徒側にはこのままでは仏教は衰退してしまうと言う危機感が生れていたと思われる。仏教徒になったと言っても以前親しんだバラモン教やヒンズー教の方が分かり易い。ヒンズー教の宗教思想に魅力を感じる仏教徒グループにはブッダは人間ではなく多数の一般大衆を救うためにこの世に出現した神であると考え説明した方が分かり易い。

しかし、原始仏教に近い部派仏教にはそのような教えはない。あの偉大なブッダがそのような教えを説かないはずはない。インドの一般大衆に対しても親しみやすい教えがないのは伝統仏教側の経典に問題がある。

宗教的な考えで経典を創作してもそれがブッダの教えを反映し、偉大で崇高な教えであるならば真理であり、仏説(ブッダの教え)と言っても許されるだろう。古代インドにはこのような考え方があったと言われている。

大乗仏教徒達はこのような宗教的信念(信仰)のもとにインド伝統の土着神達をブッダの教えに取り入れて大乗経典類を創作(=偽作)したのではないだろうか?



10.33

10・33 大乗経典は創作(偽作経典)か?  


本当にブッダの真意を説く経典だろうか?



これまで、筆者は大乗経典は「ゴータマ・ブッダの直説を述べたものでない。宗教化の歴史を経てブッダの合理的な教説(特に、<自帰依>・<法帰依>の教説)が変容し創作された偽経である。」と種々の観点から考察してきた。

駒澤大学の田上太秀教授も著書「仏陀のいいたかったこと」に於いて、「大乗経典は大乗仏教徒が創作した経典である。釈尊の説法を書き残したものではない。」と断言されている。この考え方は現在では学問的な定説となっていると言えるだろう。

大乗経典は創作(偽作経典)であるという「大乗非仏説論」論者からの批判に対し、「大乗仏説論」者からもさまざまな反論がされてきた。

ある有名な仏教学者は「大乗経典を書いた人達は深い瞑想体験の中でブッダに直接見えたのだ。そして仏陀からの語りかけを聞き自分が聴聞したままを文字に書きつけたのである。大乗経典が「如是我聞」(にょぜがもん、かくのごとくわれ聞けり)ではじまっている理由はそこにある。ほんとうに彼らは「かくのごとく聞いた」のである。聞いたまま書いたのだ。だから、それ(大乗経典)は彼等の創作ではない。仏陀が語られたとおりを、彼らが書き綴っただけである。」と述べておられる。

現代でも「自分は(or)である。自分は神の声を聞いた!」と言う狂信的宗教信者は多い。

しかし、彼等(大乗経典創作者達)が本当に仏陀に会ったりブッダの声を聞いたという証拠は何もない。それに類似した体験をして大乗経典を書いたとしても、それはむしろ、幻覚や妄想から来ていることが多いのではないだろうか?

幻覚や夢は昔は霊的な啓示や霊夢とされ、正しいと信じられてきた。しかし、現代の脳科学では、その正体がはっきりしている。それらの体験が信じるに足りないものだということもはっきりしている。

上のような説明は宗教的な説明にはなり得るかも知れないが客観的かつ学問的な説得力はないのではないだろうか?

しかし、大乗仏典は宗教的には理想的で高度な思想を説いているのは確かである。

華厳経や法華経は特にそうである。大乗仏教は優れた高級宗教であることに誰も異論はないだろう。

しかし、宗教的に高度であるかどうかと、それがブッダの真説かどうかとは別問題である。

ブッダの死後500年以上経って出現した大乗経典はもともとブッダ(ゴータマ・シッダールタ)の説いた仏教とは直接関係ない偽作経典であると言えるだろう。

原始仏教(ブッダの仏教)の変容によって部派仏教と大乗仏教は生まれたと言えるだろう。このプロセスを図10.9に示す。

fig.10.9
 図10.8

図10.9原始仏教(ブッダの仏教)の変容によって大乗仏教は生まれた

原始仏教(ブッダの仏教)は八正道や<自帰依法帰依>に基づき、神々への信仰を否定する自己究明型の合理的な宗教であった。無神論的宗教と言う人もいるほどである。ブッダの死後、すぐにブッダの神格化は部派仏教で始まったと考えられる。

仏滅後400〜500年頃、そこに諸仏・菩薩やバラモン教やヒンズー教の神を導入することで信仰への道を更に押し進め、主導したのが大乗仏教徒と言える。その信仰への道を正当化し理論づけるためブッダが説いたとされる大乗経典を創作(偽作)したと考えられる。この流れは後期大乗仏教である密教の成立期(13世紀)まで続いたと考えられる。

歴史的にも大乗仏教が勃興する紀元前後からインド伝統の土着の神々を信仰するヒンズー教が勃興し盛んになって行った。仏教は新興のヒンズー教によって徐々に圧倒されつつあった。 仏教はこれに対抗する必要にせまられていたのである。このような宗教的背景をに考えれば、仏教の変容と大乗仏教の誕生は理解し易いのではないだろうか?


10.34 仏教の歴史: ブッダへの裏切りと誤解の歴史 



仏教の歴史はある意味でブッダへの裏切りと誤解の歴史であったと言える。 ゴータマ・ブッダが創始した仏教は既に見たように合理的で論理性の高いものであった(9章 原始仏教その2、9.29ブッダの合理的思考態度を参照)。

ブッダへの裏切りと誤解はブッダの死とともに直ちに始まった。ブッダの死(涅槃)と最後の旅を記した「マハー・パリニッバーナ」経には次のようなことが書かれている。

 ブッダが死んだ時年老いて出家したスバッタという修行僧は嘆き悲しむ修行僧の仲間に「やめなさい、友よ。悲しむな。われらはかの偉大な修行者からうまく開放された。このことはしてもよい。このことはしてはならないといって、われわれは悩まされていたが、今これからは、われわれは何でもやりたいことをしよう。またやりたくないことをしないようにしよう。」と言ったと述べられている。これはブッダへの裏切りと教団の分裂をそそのかすような言葉である。驚くほかない。

侍者アーナンダが死に臨んだブッダに「ブッダの葬儀をどのようにしたらよいでしょうか?」と問うのに対し、ブッダは「アーナンダよ。お前たちは修行完成者(ブッダ)の遺骨の供養(崇拝)にかかずらうな。どうか、お前たちは、正しい目的のために努力せよ。正しい目的を実行せよ。正しい、目的に向かって怠らず勤め、専念しておれ。」と言う。ブッダは「葬式と遺骨崇拝にかかわらずに、修行に専念せよ!」と言っているのである。

この遺言はブッダの生前の思想と言行に首尾一貫して一致するものである。しかし、ブッダのこの遺言は弟子や信徒達によって裏切られる。

ブッダの遺体は死後7日して火葬に付される。しかも、その火葬は遺言と異なり、帝王に対する豪華な火葬であった。ブッダの遺体は何重も貴重な綿布に包まれた上、鉄製の油漕に入れられ、香料を振りかけた薪で焼かれたのである。

火葬後もその遺骨(仏舎利)は8分割されマガダ国王や近辺部族に分配された。それらの遺骨(仏舎利)はさらに細分され各地のストウーパ(仏塔)に安置される。しかもその遺骨は崇拝されるようになった。遺骨はブッダが禁止したにもかかわらず崇拝されたのである

仏舎利や仏塔に対する崇拝は法華経般若経などにも説かれている。大乗仏教においてブッダを神格化し信仰する教えは更に推進されたのである。

大乗仏教ではブッダを神格化するあまり、悟りを開きブッダになるには無限回の生まれ変わりと時間が掛かるようになった。

SN(スッタニパータ)728詩でブッダは「努め励んで、専心している修行僧は現世で<悟り>を得る。」と言っている。

ブッダは現世での開悟を明言しているだ。しかし、このような言葉は彼の死後すっかり忘れ去られてしまったのである。

大乗仏教はインド土着の鬼霊神や、ブッダが禁止した神呪(マントラ、陀羅尼)を積極的に取り込み宗教化の道を進んだのである。

最近、山崎勇夫氏は著書「仏教の源流」に於いて、最古の経典とされるSN(スッタ・ニパータ)にも既にこの変容が見られることを指摘されている。

そのような観点から原始仏典とされているものを改めて読み直すと、多くの変容が確認される。

筆者はこのような誤解と変容の歴史はブッダの死後すぐ始まったと考えている。

そう考えると古い経典(原始仏典)にも見られる多くの矛盾やおかしな点は良く理解されるのである。


このような誤解と変容は

仏教がもともと自由思想家であるゴータマ・ブッダの創始した宗教であり、異端や異なる考え方に寛容であったこと、

インドは森の思想圏であり神秘思想や宗教的思想が優勢である。ブッダの説く合理的な考え方が理解されにくい思想的風土であったこと、


などの理由から来ると思われる。

仏教は異端や異なる考え方に寛容であったためか、中国に於いても偽作経典は盛んに創作されたことが知られている。中国に於ける偽作経典として、

大梵天王問仏決疑経父母恩重経盂蘭盆経

地蔵菩薩発心因縁十王経清浄法行経円覚経、 

などがある。


これもブッダに対する裏切りと言えるのではないだろうか?



10.35 信を強調する大乗経典 



華厳経は大乗仏教の典型的な経典である。特に注目されるのは信(=信仰)を強調する点である。

賢首菩薩品には「深心の浄は・・・、深く諸仏及び正法を信じ・・・、菩薩の行ずる所の道をじ・・・、正心に仏の菩提に向かうことをず、もて道の元、功徳の母と為す、・・・」とという言葉が18回も出てくる。

同じ賢首菩薩品には「大乗を信じるのは甚だ困難であるので信じることができる者は非常に優れている。仮に三千大千世界を頭に頂いて1劫の間不動の状態でいることはさほど難しいことではない。しかし、この大乗の法を信じることは甚だ難しい。」と述べている。

梵行品に至り「 初発心(しょほっしん)の時に便(すなわ)ち正覚を成ず( 初発心時便成正覚(しょほっしんじべんじょうしょうがく) )」という有名な言葉が出てくる。この「 初発心時便成正覚(しょほっしんじべんじょうしょうがく) 」の思想は華厳経の重要な主張点である。

その意味は「菩薩が初発心することができれば正覚を達成することができる。」ということである。この初発心は信に裏付けられた発心である。大乗の教えを信じることは非常に難しい(それは非合理な教えだからである)。もしそれを信じて菩薩道に入ることさえできれば正覚(ブッダの悟り)を達成したのも同然であると言う意味である。

華厳経の最終章は入法界品である。入法界品の最終章は普賢菩薩の次の言葉で結ばれている。 「この法を聞きて歓喜し、心に信じて疑うこと無き者は、速やかに無上道を成じて、 諸の如来と等しからん。」。信じて疑わなければ速やかに無上道(悟り)を成就できると言っているのだ。

この言葉も華厳経の本質を端的に示している。

普賢菩薩のこの言葉は、「大乗仏教とは信仰の道だ」ということを端的に表わしている華厳経ではブッダはビルシャナ仏(ヴァイローチャナ、光り輝く仏)という名前になり、種々の奇跡を起こすようになる。。

法華経(寿量品)ではブッダは「私は永遠の生命を持つ仏であり、死んだのは方便である。私は常に霊鷲山に居るのだ。」と言う。

多くの大乗仏典ではブッダの白毫から無量の光明が放出される。無数の蓮華があらわれたり、その花弁にまた無数の化身仏がいたりする。もはやブッダは神に等しい存在であり、人間ではない。

華厳経などに説く菩薩道は宗教的には高い理想を打ち出してはいるが非合理と不思議に満ちた宗教的世界であり信じ難い。

非合理に満ちた宗教的世界を信じることさえできれば正覚を達成したに等しい。そこで信を強調するようになったと思われる。非合理なことでも真心で熱心に信じることはヒンズー教のバクティ(誠信)の思想に通じる。大乗仏教がヒンズー教のバクティ(誠信)の思想に影響された結果ではないだろうか?

原始仏教でも信じるという言葉はあるが基本的教理は道理に基づいているので理解した上で信じることができる。

その基本教理は「四聖諦八正道縁起諸行無常無我自帰依法帰依>」などからなる科学的ともいえる合理的教えである。

科学には信念はあっても信仰はない。物理学や化学を学ぶ大学生がその教科書を盲目的に信仰し拝むという話は聞かない。科学は合理的で実験によって再現・実証できる。理解さえできれば信仰する必要はないのである。

華厳経の「信じて疑わなければ正覚を達成できるという「初発心時便成正覚(しょほっしんじべんじょうしょうがく) 」の思想はゴータマ・ブッダの理法から見ればとんでもない考え方だと言っても過言ではないだろう。

華厳経は典型的な大乗経典である。大乗仏教とはブッダの死後500年経って、彼の教法が「信じることさえできれば初発心の時に正覚を達成する」という信仰中心のA型宗教に変容した証拠であろう。

大乗涅槃経の四依品ではブッダは次のように言ったとされる。 「無量の功徳を成就し身につけた人はこの大乗経典をよく信じ受持するだろう。もしこの経典を聞くことができれば過去に作った悪業は全て無くなる。もし、この経典を信じない者がいれば、その人は無量の病苦に悩害されるだろう。多くの人にあなどられ、軽蔑されるようになるだろう。死に方も良くないだろう。」。 ブッダがこのような人を脅迫するようなことを言う筈はない。

信仰を説くのは何も華厳経だけではない。法華経や阿弥陀経でも難信と信を説くのである。

法華経の化城喩品では、

如来の智慧は信じ難く解し難い」と述べている。

法華経の方便品では、

諸仏の智慧の門は難解難入である。」と述べている。

方便品では舎利弗(サーリプッタ)に対し、

ブッダは「お前達この妙法にはウドンパラ華が滅多に咲かないように滅多に会うことはできないが信じなさい。」と言ったとされる。

ここでウドンバラ華とは三千年に一度しか咲かないというインドの伝説の花のことである。そのように法華経には滅多に会えないから信じなさいと言っている。

法華経の比喩品では、

法華経は深智の為に説く。信を以って入ることを得たり」と述べている。

このように法華経でも信と難信を強調しているのである。同様に阿弥陀経でも信と難信を説いている。

阿弥陀経にも、

<一切の諸仏に護念せらると名づくる経>を信ずべし。」という同じ言葉が七度も繰り返し出て来てが説かれている。

さらに阿弥陀経の終わりの部分でも、

ブッダはサーリプッタに「我一切の世間のためにこの難信の法を説けり。これ、甚だ成し難きこととなす。」と言ったと書かれている。

このように、大乗仏典では難信の法や信を強調するのである。これは一体何故だろうか?

ゴータマ・ブッダの仏教では信や信仰を強調して来なかった。ブッダは道理に基づく理法を強調し、「信仰を捨てよ。」とまで言ったのである(スッタニパータ)。

信や信仰を説くのはバラモン教などインド伝統宗教の思想である。大乗仏教はそれまでの伝統仏教(部派仏教、小乗仏教)の思想と大きく異なり信仰の道を説くヒンズー教に近い。大乗経典の創作者達はこの変化をはっきり知っていたと思われる。

彼等はその違いを意識しながらも、ヒンズー教を信じる一般大衆を説得し、新しい大乗仏教に取り込むため、、(盲信?)を強調しているのではないだろうか?





10.35-1

10.35-1 大乗経典と苦行の肯定 




苦行(くぎょう)とは、身体を痛めつける事によって自らの精神を高めようとする宗教的行為である。

禁欲とも密接に関係し主立った宗教(仏教、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教、ヒンズー教、神道など)には共通して禁欲主義的な傾向が見られる。


仏教における苦行



仏教の開祖ゴータマ・ブッダ本人は出家した後、断食などを伴う激しい苦行を積んだが、苦行はいたずらに心身消耗するのみで求めていたものは得られぬと苦行を否定した。

原始仏教1、「中道」を参照)。

しかし、大乗仏教では、苦行を肯定する思想が蘇った。苦行肯定の思想は法華経、大乗涅槃経、勝鬘経(しょうまんきょう)、梵網経、などに見られる。


勝鬘経で説く『捨身行』



勝鬘経の摂受正法章には次のようなことが説いてある。

こにもし、施しによって果報を成熟するにふさわしい人々があれば

その人々に対して、真実の教えをしっかりと身に付けた者は、男であれ、女であれ

施しを行い、時には自己の肉体の一部ないし全身を投げ抛ってさえ、かれらを成熟させるものです

このように、施しを通して人を良い果報に導き、真実の教えに安住させること

これがその真実の教えを身につけた者の行う真実・究極的な布施行でございます」。


このように、勝鬘経では、

「施しを通して人を良い果報に導き、真実の教えに安住させるため、自己の肉体の一部ないし全身を投げ抛つことは

真実・究極的な布施行>だ」としているのである。


梵網経で説く『苦行』



梵網経では大乗経典の戒律を求める者に対し、

身を焼き、臂(ひじ)を焼き、指を焼くべきである

もし、身臂指を焼いて仏を諸仏に供養しないならば出家の菩薩ではない

あるいは飢えた虎狼獅子、一切の餓鬼に悉く身肉手足を捨てて、しかもこれを供養すべきである

その後に正法を説いて理解してもらうべきである。」

と苦行を説いている。


法華経で説く焼身供養



法華経の薬王菩薩本事品では、薬王菩薩は前世において香を服し、香油を身に塗って自ら身を燃やして仏(日月浄明徳仏)を供養した。

その光明は八十万億恒河沙の世界を照らしたので、

その中の諸仏は同時に「これ真の精進なりこれ真の法をもって如来を供養するものと名付く」と讃めた。

ゴータマ・ブッダ(釈迦牟尼仏)は「薬王菩薩はこのように身を捨てて布施すること無量劫に及んでいる

故に無上等正覚(無上の正しい悟り)を求める者は、手の指から足の指を燃やして仏塔に供養せよ

それは国城・妻子や諸々の珍宝をもって供養する者に勝るであろう。」と語られた。



このように法華経では、ゴータマ・ブッダ自身が苦行を賛美したと述べている。


雪山童子の説話



奈良の法隆寺の玉虫厨子に描かれる雪山童子の説話は、『大乗涅槃経』巻十四に説かれている。

昔、雪山(ヒマラヤ)で修行していた雪山(せっせん)童子は、

羅刹(鬼)が「諸行無常・是生滅法(しょぎょうむじょう・ぜしょうめっぽう)

と称えるのを聞き、この句の後半が必ずあるはずと、その羅刹に聞かせてくれるよう頼む。

すると、羅刹は「自分は腹が減っているから、汝を食わせろ。そうしたら教えてやろう。」と言う。

童子は承知し、後半の「生滅滅已・寂滅為楽(しょうめつめつい・じゃくめついらく)」を教えてもらうのである。

雪山童子は、その句の意味を深く味わい、岩にその句を書き込み、

約束どおり我が身を与えようと崖の上から身を投じた。そのとたん羅刹は帝釈天の姿となり、

空中で修行者(雪山童子)を抱きとめてくれた。

(この雪山童子こそ釈迦の前世の姿であるという話)



以上の例で分かるように、

ゴータマ・ブッダが否定した苦行は大乗仏教では、苦行肯定の思想として堂々と蘇えっている。

大乗仏教ではゴータマ・ブッダの苦行否定の思想は完全に忘れ去られたのだろうか?

これもヒンズー教の苦行主義の影響を受けた大乗仏教の一面である。



10.36

10.36  三身仏の思想



大乗仏教には、ブッダを生身の人間でなく抽象化・宗教的に見る見方として三身仏の思想がある。

大乗仏教において人間ブッダがどのようにして神をも越える存在に祭り上げられて行ったかを見る上でも興味深い考え方である。

ブッダの死後、時が経つとともに教祖ブッダに対する崇拝・思慕の念は益々強まり神格化(宗教化)への道を歩んだ。大乗仏教では歴史的(人間的)ブッダ像は薄まり理想像が仏身論として完成して行くのである。

その代表は三身仏の思想である。三身とは法身(ほっしん)、報身(ほうじん)、応身(おうじん)の三つを言う。

法身とは肉身のブッダは死んだが彼が残した法(仏法の真理)は永遠不滅であると考える。ブッダはこの抽象体である法(仏法の真理)と一体の存在である法身仏であると考える考え方である。

この考えによって、ブッダは歴史の中で実際に生きた人間ではなく法(仏法の真理)の抽象体である法身(法=真理を身体にする抽象的存在)になってしまう。歴史的人間が一挙に神になってしまう。

これによってブッダが人間としての不完全性や人間性が歴史とともに無くなってしまう。現代では考え難い思考法である。

 華厳経や十地経の盧舎那仏や密教の大日如来はこの法身仏だと考えられている。華厳経や十地経に出てくる盧舎那仏(Vairocana)は太陽のように光り輝く仏である。後期大乗仏教(密教)では大日如来(摩訶毘盧遮那如来)として宇宙の根本仏になる重要な仏である。

報身仏とは長い間の刻苦修行と無量の慈悲の誓願が実って仏陀となったとする考え方である。

報身仏は修行の結果悟りを開き仏陀となった存在である。しかし、これも霊的存在であって歴史的人間とは関係ない。阿弥陀仏は報身仏とされる。

阿弥陀仏は浄土系経典に始めて記述され、出現した仏であり、法蔵菩薩という架空の菩薩が長い間の仏道修行と慈悲の誓願を実らせた結果仏陀となったとされている。信仰対象として想像によって作り上げられた架空の存在である。

応身仏とはこの架空の報身仏が衆生済度のため人間としてこの世に生まれ教化活動をするとされ人間界に生まれ教化活動をした場合の仏をさす。歴史的存在であるゴータマ・ブッダはその典型とされる。

三身仏の思想から見るとゴータマ・ブッダは霊的存在としての報身仏が一切衆生を救おうと願う無量の慈悲と誓願によって天上界(兜率天)から人間界に下生出現したものと考えるのである。この考えの下ではゴータマ・ブッダは生物としての人間ではなく霊的存在(神?)となる。これは現代の我々にとって理解しがたい。

部派仏教では、仏舎利は人間として生まれ、80歳で入滅したゴータマ・ブッダの遺骨である。三身仏の思想から見るとゴータマ・ブッダは霊的存在としての報身仏のはずである。

霊的存在としての報身仏がどうして遺骨(仏舎利)を残すことができるだろうか?仏舎利は三身仏の思想ではどのように説明するのだろうか? 実際、金光明最勝王経では同じ疑問が出される。それに対し身骨は衆生を救うための方便だとして逃げている。

図10.10 に 三身仏の考え方を分かり易く図示する。


 図10.10

図10.10 三身仏の考え方 

 このような三身仏の思想は何故出てきたのであろうか?ブッダの死後時が経つにつれブッダの教法の真意が見失われた。それと共に仏教徒によってブッダの偉大さと天才ぶりが誇張され神格化された行ったと考えられる。

ブッダの出現はインド伝統の輪廻転生思想と結びつき単なる人間の出現(誕生)ではなく超越者としての仏の下生という宗教的な説明が考え出されたと考えられる。

三身仏の思想においてはブッダは突然出現したのではない。その本体はビルシャナ仏のような法身仏であり、衆生済度のため人間に化身・下生してこの世に生まれた。そして衆生済度の活動をして80才で死んだ。しかし、滅したのは肉体である。その本体は清浄な法を身とする法身仏であり、永遠不滅であると考えたのではないだろうか?

法華経や金光明最勝利王経ではゴータマ・ブッダは何故80歳の短い寿命で死んだのか?もし、ブッダが神にも等しい存在ならば、不死であるはずである。もっと長く生きても当然なのに、神にしては短い80歳の寿命で死んだのはどうしてなのかが問題とされている。

その結果、ブッダが死んだのは仮の姿で、衆生を導くための方便に過ぎないとする。

もし、ブッダが死ぬことなく永遠に生きていると衆生は「仏はいつまでも生きている」と思って、「仏はいつも居る。いつでも会える」と思い、仏を軽視するようになるだろう。仏を有り難く思ったり、会い難いとは思わなくなる。

仏は有り難い存在であって滅多に会えないということを示すために方便として涅槃を示した(死んだ)のである。

法華経の如来寿量品では、ブッダは本当は永遠の過去から悟りを開き、生き通している<久遠実成の本仏(くおんじつじょうのほんぶつ)>だとされている。<久遠実成の本仏>として(霊的存在として)久遠の昔から現在も生きているのだと主張され説明されるようになる。

しかし、そのような宗教的存在としてのブッダという考え方は原始仏教には全くない。大乗仏教が想像(空想or妄想?)によって創造した仏である。

最初はブッダの法を抽象した法身仏が考えられたのではないだろうか? ブッダの遺した教えの一つは<法帰依>の教えである。<法帰依>だけだと宗教的力強さに欠ける。それでブッダの法とブッダの偉大なイメージを合体した法身仏が考えられた。しかし、法身仏だけだとまだ抽象的で人間味に欠ける。そこでもう少し物語性(法蔵比丘→阿弥陀仏のような)と神話性を付けた報身仏が付け加えられ創作されたのではないだろうか?

この考え方に影響を与えたのはヒンズー教の<化身(けしん)、アヴァダーナ)>という考え方であると考えられる。

ヒンズー教の聖典バガヴァット・ギーターの主人公クリシュナはビシュヌ神の化身とされる。<化身(けしん)>(アヴァダーナ)の思想はヒンズー教特有の考え方であるがその起源ははっきりしていない。化身思想はヴェーダの中にはないからである。

イランのゾロアスター教の聖典「バフラーム・ヤシュト」の中にはウルスラグナ神の化身思想が見られることから、その起源は中央アジアにあると考えられている。

後世仏教はインドで滅亡しヒンズー教の中に吸収された。ヒンズー教ではブッダはビシュヌ神の化身の1つとされている。法身仏である毘廬遮那仏(大日如来)がビシュヌ神に置き換わっている。

化身(アヴァダーナ)>の思想はヒンズー教に特徴的な考え方だと思われている。

この考え方はキリスト教の受肉(インカーネーション)の思想と似た面がある。 キリスト教ではイエス・キリストは神が天から降臨し受肉した存在だとする。 まさに<化身>)の思想である。<化身>の思想は仏教だけでなくキリスト教にも影響を与えたのだろうか?

 普通、三身仏とは法身仏報身仏応身仏の三つのことである。 しかし、人によっては法身仏報身仏化身仏の三つを言う。

例えば「臨済録」の示衆に於いて、臨済は法身仏報身仏化身仏の三つを三身仏と言っている。従って、三身仏とは厳密な概念でないと考えられる。

図10.10を見ても分かるように、法身仏と報身仏は霊的世界(あの世、想像的世界)の存在と考えられ、かなり近い関係にある。

三身仏の考えによれば、応身仏であるゴータマ・ブッダは報身仏がこの世に出現したものである。法身仏と報身仏の存在する世界を脳内の思考世界と考えれば法身仏と報身仏はあの世を信じた古代インドの大乗仏教徒の想像上の仏であると言ってもよいだろう。

江戸時代初期の禅僧である白隠慧鶴(1685〜1768)や鈴木正三(1579〜1655)は<己心(こしん)の弥陀>と言う考えを強調している。

己心弥陀>とは阿弥陀仏はあの世(極楽浄土)に居るのではなく自己の心(己心)に居るという考え方である。この考え方は中国の南宗禅の祖である六祖慧能(638〜713)の思想として「六祖壇経」に出ている(3.12を参照)。この方が優れた考え方であると思われる。



IT用語に生きる化身の思想


IT用語にアバターという言葉がある。アバターとはチャットなどのコミュニケーションツールで、自分の分身として画面上に登場するキャラクターのことである。

この言葉はヒンズー教や仏教の<化身>(アヴァダーナ)に由来する。 <化身>の思想は仏教だけでなく、現代のIT用語にも影響を与えているのは興味深い。


10.37   三位一体と三身論



キリスト教では父なる神と子イエスと聖霊(神の霊、神とイエスを結ぶ神的愛の絆)は一体であると説く三位一体論(トリニティー)がある。この教義は神とイエス・キリストと聖霊の間の関係をどのように位置づけたらよいかと言う問題意識と論争から生まれた結論である。

キリスト教ではイエスは人間ではなく神であると考える。神はこの世の存在ではない。もし、イエスが人間ならば神から人間が何故生まれたかを説明しなければならない。もし、これが説明できなかったらイエスは神でなくなりイエスを神として崇めるキリスト教は成立しなくなる。

この思想的葛藤と論争は紀元2世紀後半から始まり、紀元5世紀には三位一体であると決められた。延々300年にわたる論争の結果である。三位一体論は人間でない神から何故人間であるイエスが生まれたかを説明するキリスト教(カトリック)の基本理論である。

キリスト教などの一神教と対照的に、ブッダの説いた仏教は自己究明型宗教である。崇拝の対象となる超越的存在としての神的存在はもともといない。人間であるゴータマ・シッダールタが修行の結果覚者(ブッダ)になっただけである。彼は覚者(ブッダ)としての自覚のもとに45年間の教化活動を行い80才で死んだ。ブッダはあくまでも人間である。この点が一神教と大きく異なる。

三身仏の思想はこの人間ブッダを超越者(神=非人間)に祭り上げ、宗教化するため大乗仏教徒がフィクションで創作した宗教的思想と言える。

インドは森の思想圏である。人間ブッダが超越者(神=非人間)に格上げされれば目的は達成されたも同然である。そのためか三身仏の思想はその後大乗仏教において教義や論争の中心テーマになっていない。

キリスト教徒が三位一体論を確立するため200年以上も真剣に論争を行い、キりスト教の理論的支柱としたのと比べると大きな違いである。砂漠の思想と森の思想の性格的違いによるものだろうか?

法身仏においては偉大なブッダは生物的存在(人間)のような矮小な存在ではない。永遠不滅の法身をもつ存在とされる。華厳経や密教の教主ビルシャナ仏(大日如来)が法身仏とされる。

この考えによって人間ブッダの偉大性は増した。しかし、永遠不滅の法身仏や西方極楽世界の阿弥陀仏、光り輝くビルシャナ仏(大日如来)、薬師如来のような多数の報身仏が殆ど無制限に創作された。

このため教祖であるブッダ(釈迦)の存在がかすみ、創作された諸仏(阿弥陀仏、ビルシャナ仏、薬師如来)の方が熱心に信仰されるという皮肉な結果がもたらされたのである。

そのようなことになったのはゴータマ・ブッダの残した教法(ダルマ)の核心が失われたためと言えよう。インドでは紀元前後から大乗経典の創作運動が盛んになり7〜8世紀の密教経典の創作まで続く。



10.38   大乗と小乗



大乗は「大きな乗り物」、小乗は「小さなな乗り物」または「劣った乗り物」を意味する。

小乗とは大乗仏教徒が伝統仏教(部派仏教)に対して投げつけた侮蔑の言葉である。従って、現在では小乗仏教のかわり、部派仏教という言葉が使われる。伝統仏教(部派仏教)徒が自らの仏教を小乗仏教だと称した訳ではない。

原始仏教に近い部派仏教は国王、藩候、長者などから政治的経済的援助を受けるとともに自らの荘園を持っていたので安定した社会的基盤を築き、僧院に定住しながら難解で煩鎖な教理研究に専念できた。部派仏教では精細をきわめる神学的仏教学が完成していった反面、専門的で難解な教理は一般在家信者から遊離したものとなった。

部派仏教(小乗仏教)は僧院内で修行に専念できる出家修行者のための仏教であり、苦しみ悩む多くの人間(衆生)のためではない。これに対し、大乗仏教運動の担い手は在家信者だと考えられている。

部派仏教(小乗仏教)は出家修行者の悟りを目指す自利の仏教であり開祖ブッダの精神から遠く離れたものであるという批判を受けるようになる。

このような保守的仏教から衆生救済をめざす仏教へ改革しようとする運動が大乗仏教の原点だと考えられている。



そのため大乗仏教では利他が強調され慈悲にあふれた理想的人間像としての菩薩が創作された。そして部派仏教は自己中心的な劣った教えだとして大乗仏教徒から軽蔑される。特に日本では中国経由で大乗仏教が伝えられ繁栄した。このためか、日本の大乗仏教徒はよく大乗相応の地だと自画自讃する。

それでは大乗仏教は本当に伝統仏教(部派仏教=小乗仏教)より優れた教えであろうか?そのような問題意識をもって両者を比較すると不思議なことに気づく。

六波羅蜜は菩薩の実践徳目であるから大乗仏教固有のものだと考えられているが、六波羅蜜は上座部の論書に既に出ている。六波羅蜜は部派仏教の修道論である戒、定、慧の三学に布施、忍辱、精進が加わったものである。

この内精進は八正道の一つである。布施と忍辱はジャータカ(ブッダの前世物語)の主題として繰り返し出てくる徳目である。

ジャータカは部派仏教の経典である。大乗仏教の中心思想とされる<空>思想の起源も原始仏教にさかのぼる。大乗仏教の支柱の1つである唯識思想の大成者世親ももとは部派仏教(上座部)の出家僧とされる。彼は部派仏教の教理書「阿毘達磨倶舎論」の著者でもある。そのためか唯識思想は部派仏教の思想とのつながりが深い。例えば、唯識思想を説いた大乗荘厳経論には悟りに到るヨーガの階梯が5つに分けて述べられている(五位)。

これは次の表10.28に示されるように「阿毘達磨倶舎論(あびだるまくしゃろん)」賢聖品に説かれた阿羅漢(小乗仏教で悟った最高位の聖者)の悟りに到る5階梯とピッタリ対応する。


表10.28 唯識思想の五位と阿毘達磨倶舎論で説く五階梯の対応

階梯  唯識思想の五位 阿毘達磨倶舎論で説く五階梯
資糧位   順解脱分
加行位 順解釈分
通達位  見道
修習位修道
究竟位  無学道


用いられている文字が違うので対応しているかどうか疑問を持つかも知れないが意味も左右殆ど同じである。部派仏教(小乗仏教)の理論書である「阿毘達磨倶舎論」や「大毘婆沙論(だいびばしゃろん)」に説かれるアビダルマの煩瑣哲学にたずさわったのはアビダルマ論師と呼ばれる人々である。

彼らとは別に瑜伽師彼らとは別に瑜伽師(ゆがし)と呼ばれる人々がいたことが分かっている。瑜伽師は座禅修行に専念する禅定修行者のグループである。

唯識思想を奉じる大乗仏教のグループは一名瑜伽行派(ゆがぎょうは)とも呼ばれる。この瑜伽師達が大乗仏教運動に参加して瑜伽行派を形成したと仮定すると大乗仏教の唯識思想はアビダルマ仏教(部派仏教)につながるのである。

このように大乗仏教の基礎となる考えかたは殆どすべて小乗仏教(アビダルマ仏教=部派仏教)にその起源をたどることができる。大乗仏教は小乗仏教を否定し革新したことによって新しく生まれたとよく言われるが、そうではないことが分かる。

大乗仏教は小乗仏教(部派仏教)の伝統と基礎の上に立ちこれを宗教的に変化させたものであると考えることができる。

大乗仏教は小乗仏教(部派仏教)の伝統と基礎の上に立ちこれを宗教的に変化させたものであると考えることができる。

甘柿の木を作るために、渋柿の樹を土台にして、甘柿の枝を接木(つぎき)するという方法がある。大乗仏教とは部派仏教(小乗仏教)を土台に宗教化という接木のような手法によって創られた仏教と言っても良いのではないだろうか?

この考え方を次の図10.11に示す。


 図10.11

図10.11 大乗仏教は小乗仏教(部派仏教)を台木に、接ぎ木のようにして創られた 

大乗仏教は原始仏教と基礎理論は多くの点で似ている。しかし、原始仏教の合理性<自帰依・法帰依>の教えの中で特に<自帰依>の教えがスッポリと抜け落ちている。<自帰依>の教えの代わりに<諸仏帰依>の教えを置き換えて、宗教化の方向に走ったと言えるのではないだろうか? 大乗仏教は、己事究明・自帰依のB型宗教であった仏教(ゴータマ・ブッダの教え)がブッダを神格化することによって、A型宗教(超越者ブッダおよび菩薩を崇拝する宗教)に変化したものと考えれば理解しやすい。

神に等しい存在となったブッダを至心に崇拝信仰すれば霊界にいるブッダと直結し救われるという教えはヒンズー教に似ている。この方がインドの大衆にとって分かり易い。

部派仏教の煩雑で難解な神学的議論はここでは不要である。無学な大衆にも近づき易い。その意味で確かに大乗(大きな乗り物)と言うことができる。

大乗仏教は宗教として見た時高邁な理想をもつ高等宗教であるのは法華経、華厳経、無量寿経などの大乗経典を読めばすぐに理解できる。気の遠くなるような壮大で美しい宗教的世界がこれでもかこれでもかと繰り返し描かれ説かれている。宗教が好きな人はこのような世界は目も眩むばかりに美しい。容易にのめりこむことができよう。

インドは伝統的に多神教の世界である。民衆はバラモン教やヒンズー教の神々を信仰する習慣が沁み込んでいる。仏教を圧倒する勢いにまで隆盛してきたヒンズー教に対抗するにはこの方向が一番有効だと考えられたと思われる。

大乗仏教の欠点の一つは原始仏教にはあったブッダの悟りがそこに見いだし難いことである。

大乗仏教では悟りを得るためには三劫という無限に近い長期の修行と積善、積徳が必要とされる。このためには無限に近い回数を生まれ変わり(輪廻転生)、六波羅蜜などの菩薩行を実践し続けなければならない。途中で気を抜いたり遊んだりすることは許されないのである。悟りは普通の人間には達成不可能な目標となってしまっている。

確かに大乗仏教では悟ったという人は余り聞かない。真言密教の開祖である天才空海は即身成仏(そくしんじょうぶつ)を説いたが自分は悟ってブッダになったとは言っていない。まだトシタ天で修行中とのことである。

観世音菩薩や普賢菩薩などの菩薩も将来悟りを開いて仏・如来になるはずであるがこれらの菩薩が何時悟りを開いてブッダになるかは全くといってよいくらい問題にされない。彼等が菩薩の十地のうちどのレベルいるかも分らない。これらの菩薩は仏・如来より大衆に人気がある。

観世音菩薩や普賢菩薩が将来悟りを開いて仏になることを目指しているとは思えない。菩薩のままで充分満足しているように見える。大乗仏教では菩薩は仏・如来に等しい存在で礼拝の対象になっている。

また、一般信者が菩薩になることは困難である。菩薩は仏・如来に近く、菩薩の境位に満足してしまっている。悟りが神秘化され見失われた結果、超人ゴータマ・シッダールタにしかできないことになってしまったのだろうか?

頓悟を主張する禅宗はブッダの悟りを追求する。大乗仏教とブッダの原始仏教の間に生じた空白を埋めるため興起したブッダの原点への回帰運動だと考えることができるかも知れない。

次の図10.12に大乗仏教と小乗仏教のエッセンスを分かりやすくまとめて図示する。


 図10.12

図10.12 大乗と小乗 

図10.12を見れば分かるようにもともとの仏教(b.小乗)ではブッダをめざす者が出家修行僧になって修行し、最終的に仏・阿羅漢の境地を得て心の平安を得ようとするものであった。

しかし、大乗仏教(a.大乗)ではブッダをめざす者が出家修行しても神のようなブッダになることは殆ど不可能である。衆生と仏(or菩薩)の間のギャップは無限に大きいものになる。

その代り、衆生は至心に帰依・礼拝することによって仏・菩薩から加護を得て心の平安を得ようとするA型宗教になっている。

小乗では衆生からブッダ・阿羅漢に至る向上の一本筋の道(困難であるが)が通っている。しかし、大乗では衆生と仏・菩薩の間に越え難い溝がある。このため、至心に帰依・信仰することによって仏・菩薩から加護を受け安心立命するしかない。

大乗仏教を基礎で支える理論的思想は2つある。中観(ちゅうがん)思想と唯識(ゆいしき)思想である。歴史的には中観思想の方が唯識思想より先に現れている。ここではその順序で考えることにしよう。



10.39

10.39 大乗仏教の2つの理論的支柱


 中観仏教

10.39―1    中観仏教



 大乗仏教思想の柱の一つは「空」思想である。空は初期大乗経典である般若経に説かれた考えである。空の教えは後にナーガールジュナ(龍樹、りゅうじゅ、活躍年代:A.D.150 〜250頃)によって理論化され大乗仏教の思想的基盤になる。

これを中観派仏教、あるいは中観(あるいは空観)仏教と呼ぶ。「」とは何かが分かれば大乗仏教の基本思想が分かると言っても過言ではない。龍樹は日本では八宗の祖として尊崇されている。


10.39―2 「空」 思想の起源



ゴータマ・ブッダの教えの主柱は「八聖道」である。八聖道の一つが定(禅定)である。定を実践修行することで仏教の智恵が得られるとされている。

定は精神集中法である禅定のことである。ゴータマ・ブッダ自身も出家直後に二人の仙人についてこの修行法を修得したことは原始仏典にも述べられている。この修行法はインドでは古くから行われ現在でもヨーガとして良く知られている。

ゴータマ・ブッダ自身も生涯にわたって禅定を重視し実践した。このことは多くの仏像が座禅の姿であることからも分かる。禅定において達せられる精神集中の状態を三昧(さんまい)という。

原始仏教で重要視された三昧は無想無願の3三昧であった。この3三昧が三昧に統一される中で<>思想が発達したものと思われる。

>と定について述べた原始仏典を以下に見る。

DP(「ダンマパダ」の略) 37詩

「心は遠くに行き、独り動き、形体なく、胸の奥の洞窟にひそんでいる。この心を制する人々は死の束縛からのがれるであろう。」

DP 46詩

「この身は泡沫の如しであると知り、かげろうのようなはかない本性のものであると、さとったならば、悪魔の花の矢を断ち切って、死王に見られないところへ行くであろう。」

DP 282詩

「実に心が統一されたならば、豊かな智恵が生じる。心が統一されないならば、豊かな智恵がほろびる。生じることとほろびることのこの二種の道を知って、豊かな智恵が生じるように自己をととのえよ。」

DP 170詩

「世の中は泡沫の如しと見よ。世の中はかげろうのごとしと見よ。世の中をこのように観ずる人は、死王もかれを見ることがない。」

DP 92詩

「財を蓄えることなく、食物についてその本性を知り、その人々の解脱の境地は空にして、無相であるならば、かれらの行く路(=足跡)は知り難い。-空飛ぶ鳥の跡の知りがたいように。」

DP 93詩

「その人の汚れは消え失せ、食物をむさぼらず、その人の解脱の境地は空にして、無相であるならば、かれらの行く路(=足跡)は知り難い。-空飛ぶ鳥の跡のしりがたいように。」

マハーパリニッバーナ経

「一切の相をこころにどどめることなく、一部の感受を滅ぼしたことによって、相の無い心の統一にとどまるとき、そのとき、かれの身体は健全(快適)なのである。」



DP 37詩は心の所在場所について原始仏教の考えを示している。古ウパニシャッド以来アートマンは胸の奥の洞窟に(心臓)にあると考えられていた。原始仏教もこの考えをそのまま受け継いでいたことを示している。



10.39-3 禅定と空



原始仏典にはいろんな禅定が説かれている。代表的なものは四禅定と四無色定である。

四禅定とは座禅において精神の集中状態が深まっていく。精神の集中状態は捨、念、慧、楽、一心という言葉で表現される。四禅定とは禅定を四つの段階に分けて説明したものである。

初禅:覚、観、喜、楽、一心の五支よりなる。

第二禅:内浄、喜、楽、一心の四支よりなる。

第三禅:捨、念、慧、楽、一心の五支よりなる。

第四禅:不苦不楽、捨、念、一心の四支よりなる。



この四禅定は色界の禅だとされ須弥山説の天の一部になっている。四無色定は色界を越えた無色界の禅定であり、次の四つの精神的境地として表されている。

空無辺処定(くうむへんしょじょう)

識無辺処定(しきむへんしょじょう)

無所有処定(むしょうしょじょう)

非想非非想処定(ひそうひひそうしょじょう)

この中で2、3の無色定はゴータマが修行時代にアーラーラ仙人の所で得た禅定である。3、4の無色定はウッダカ仙人の所で得た禅定であることが注目される。ブッダは彼らの達成した禅定を評価していた証拠である。

これらの四無色定は四空、四空処、四空天とも呼ばれ無色界の天と考えられている。

これらの無色定の上に想滅定を説く経典もある。四空処に生まれるための禅定を「四空定」と呼ぶことがある。このこれらの例はという概念が生まれたのは禅定の体験を通してであったことを示すものである。同時に天という仏教の概念と禅定体験の関係も示している。

禅定中の心の状態は江戸時代の禅僧鉄眼禅師(1630〜1682)の著書「鉄眼仮字法語」に次のように分かりやすく説明されている。

「このように善・悪・無記のうちを離れないあいだは、まだ座禅の熟さない、初心の人のありさまである。このようなもろもろの念がおこるのもかまわないで、いよいよこころざしをふかくして、退き屈する心なく、ひたと座禅するときは、座禅の心がほんの少し熟して、時には、善念もおこらず、悪念もまたおこらず、うかうかとした無記の心でもなくて、その心が澄みわたって、磨ぎすました鏡のような心が、少しのあいだ生じることがある。

三分の一ほど澄むこともあり澄みきった水のような心が、少しのあいだ生じることがある。 これは座禅の心もちが、ほんの少しではあるが、あらわれた兆候である。このようなことがあるときは、いよいよすすんで座禅すべきである。ひたと怠らず座禅するならば、はじめ少しのあいだ、澄んだ心になっていたのが、だんだんとその心が澄みわたるようになって、座禅しているあいだのうち三分の一ほど澄むこともあり、あるいは三分の二、澄むこともある。

あるいは終始澄みわたって善悪の念もおこらず、無記の心にもならず、晴れた空のように、磨ぎすました鏡を台に乗せたように、心が虚空にひとしく、法界が自分の胸のうちにあるように思われて、その胸のうちの涼しいことは、何にたとえようもないようにおもわれることがある。」


無記: 善でもなく、悪でもないもの。仏教では形而上学的な問題について判断を示さず沈黙を守ることである。無用な論争の弊害からのがれ、苦しみからの解放という本来の目的を見失わないためにとられた立場をいう。


金剛般若経とダンマパダ(法句経)


原始仏典ダンマパダ(DP)170詩は次ぎのように歌う。

DP 170詩

「世の中は泡沫の如しと見よ。世の中はかげろうのごとしと見よ。世の中をこのように観ずる人は、死王もかれを見ることがない。」

この詩は金剛般若経の有名な頌:

一切有為法 如夢幻泡影 如露亦如電応作如是観

一切の有為法は夢・幻・泡・影の如く露の如く、亦電の如し。まさにかくの如き観を作すべし」。」を思い起こさせる言葉である。

このように原始仏教の代表的経典の思想は初期大乗経典である金剛般若経に密接につながっている。このことは般若系の大乗仏教は仏教の変革運動であるにもかかわらず原始仏教や部派仏教の基礎と伝統を忠実に継承した上に成り立っていることを示している。図10.11に示したように、 大乗仏教は伝統仏教(部派仏教)を台木に、接ぎ木のようにして創られた。このことは華厳経や法華経についてもあてはまる。

もう一つ注目すべき点は「」という言葉は解脱の境地を表す言葉であることである。即ち精神的境地を表現する言葉であった。

しかし、般若系経典に代表される大乗仏教になると、これが「色即是空」の言葉に代表されるように、「物質的現象(色)も空である。」というように拡大解釈されて行くのである。



10.39-4

10.39-4    空とは何か?


「中論(ちゅうろん)」における空の定義 



 般若系の大乗経典の思想を<>という概念でまとめ大乗仏教の基本思想を確立したのは竜樹(ナーガールジュナ、A.D.150〜250頃)である。

そのため竜樹(ナーガールジュナ)は八宗の祖と言われる。「」とは何かが分かれば大乗仏教の基本思想が分かる。竜樹(ナーガールジュナ)の主著である「中論(ちゅうろん)」によって<空>とは何かを考えよう。

八宗の祖

八宗(はっしゅう)とは、八つの宗旨を表わすのではなく、全ての大乗仏教の宗旨・宗派のこと。大乗八宗の祖を龍樹菩薩と呼ぶ場合はこちらの意味である。平安時代までに日本に伝わった倶舎・成実・律・法相・三論・華厳の「南都六宗」に天台宗・真言宗を加えた仏教の八つの宗旨のこと。

竜樹(ナーガールジュナ)はその著「中論」で空を次のように定義している。

「衆の因縁生の法、我はこれを<空>なりと説く。何となれば、衆の縁が具足し和合して而して物は生ずるをもて、是の物は衆の因縁に属するが故に自性なく、自性なきが故に空なり。空も空なればなり。

但し、衆生を引導せんが為の故にのみ仮名(けみょう)を以て説く。有と無の2辺を離れるが故に名付けて中道となす。是の法には性無きが故に、有と言うことを得ず、亦空も無きが故に無と言うことをも得ず。若し法に性相あれば、即ち衆縁を待たずして、而も有ならんも、若し衆縁を待たずんば即ち法無し、この故に空ならざる法は有ること無きなり。」


1)仮名(けみょう):言葉による表現

2)自性なき」=無自性(むじしょう):固定した不変の性質を持っていないこと。条件に対し無条件に応答し変化する性質をいう。



「中論」の文章を読んでも訳文が古いため何を言っているかわからないと思われるので現代語にすると次のようになる。

「諸々の因縁から生成したもの(法)を私(ナーガルジュナ)は<空>であると説く。何故なら、諸々の因縁(条件)が具備・和合してはじめてもの(法)は生成する。このもの(法)は因縁によって生成したのであるから諸々の因縁から切り離すことはできない。因縁に属すると言ってもよい。因縁自身は一定した性質を持ってはいないので自性は無い(無自性である)。自性は無いので<空>である。但し、<空>という言葉(仮名)で表現するのは衆生を導くためである。諸々の因縁から生成したもの(法)は有と無の二辺を離れている。故にこれを中道と名付ける。もの(法)は一定した性質を持ってはいない(無自性)ので有と言うこともできない。また無であるとも言い切れない。もし、もの(法)に固定した性質があれば、因縁の助けなしに、生成するだろう。しかし、すべてのもの(法)は因縁によって生成する。従って<空>でないもの(法)は無いのである。」

ここには<空>の意味が説明してある。竜樹(ナーガールジュナ)が説く空とは

  諸々の因縁(条件)によって生じたもの。

   固定した性質を持たない、無自性なもの。

を言っていることが分かる。はよく 「因縁所生の法」と呼ばれる。

竜樹が説く空の概念は極めて論理的で明快である。竜樹が八宗の祖と崇められた理由が分かる。

 上の現代語訳で誤解を避けるために「もの(法)」という言葉を使った。これは原始仏教においてよく使われる言葉で現代語でぴったりとするものがなかったためである。

仏教学者は法を存在と訳している。しかし、この法は(受、想、行、識、苦)などの精神的なものが主である。色(物質的なもの)も法の中に入るが仏教では色(物質的なものも精神的なものあるいは精神がコントロールできるものと考えられていた。この点現代の考えと異なるので注意すべきである。

このように、法を精神的なものに限ることが仏教を理解するキーポイントである。

この条件のもとに中論を読めば<空>とは何かが良く分かる。即ち、仏教の説く諸法の殆どは脳内現象(精神的現象)であることが分かる。これが分かれば大乗仏教を理解するのは容易である。



10.39-5   竜樹(ナーガールジュナ)も間違った?



竜樹(ナーガールジュナ)の著とされているラトナーヴァリー(漢訳「宝行正王論」安楽解脱論第一)には次のようなことが述べてある。

53詩

「遠くにある人々によっては、この世界は実在するように見えるが、近くにある人々によってはそのように見られない。-この世界は無相である。陽炎のように。」

54詩

「たとえば陽炎は水のように見えるが、それは水でもなく、また実際に存在するのでもない。それと同様に五蘊は我のように見えるが、我でもなく、また実際に存在するのでもない。」

九十九詩

「色(=物質としての存在一般)の存在はただ名のみである。それ故に、虚空もまた名のみにすぎない。不生である色をどこに見ることがあろうか。それ故に色は名のみにすぎない。」

 これを読むと古代インド人の物質観が分かる。ラトナーヴァリーの著者の考えは物質も空的存在だとしている。

科学の進歩した現在の物質観から見ると完全な間違いである。物質は原子分子という眼に見えないものから成り立っている。虚空(空気)も眼に見えない無数の窒素分子や酸素分子で満たされている。虚空(空気)中に酸素分子がなければ人間は生きていけない。これは現在では小中学生でも知っている常識である。

古代インド人にはこれを検知・研究する手段がなかったため、実感的思考だけに頼り「色(=物質としての存在一般)の存在はただ名のみである。」という誤りを犯したのだ。

ラトナーヴァリーの著者は竜樹(ナーガールジュナ)だとされている。もし、それが本当なら八宗の祖とされる竜樹(ナーガールジュナ)も誤りを犯したことになる。実感的思考と推論だけに頼ることの危険性を示した例である。



10.39-6  「空」の現代的解釈−科学との比較



 上に見たように、「空」という概念は現代でも理解できるし、有力な概念である。

竜樹によって説かれた空の意味をまとめると、

.全てのものは縁起によって生じる。

.縁起は無自性(それ自体が固定した性質を持っていない)である。

.全てのものは縁起と不可分である。従って全てのものは空である。


ここで縁起について考えてみる。縁起という言葉は現代でも用いられている。しかし、殆どは誤用・誤解であるといってよい。茶柱が立つと縁起が良いと言う。

しかし、茶柱が立つと何故縁起が良いかは明らかでない。茶柱が立つという事象はめったに起こらないことである。従って何か良いことが起こる前兆であろう。無邪気に珍しい事象を喜んで言ったと思われる。しかし、そこでは茶柱が立つと何故縁起が良いかは明らかでない。

原始仏教(9章)の十二縁起の所で見たように、12の項目の間に原因結果の関係が論理的に説明してある。

縁起という言葉と意味はもともと合理的なものである。何故このようなことになったのだろうか。因果律の関係がはっきりわかるようになったのは比較的近年であることによる。

科学が進歩しそのアプローチと考えが受け入れられたのはこの200〜300年に過ぎない。17世紀以前(とくに古代インド)では科学が未発達であったため縁起(因果律)という考え方に対し真の理解が得られなかったためであろう。

ブッダ自身も仏典の中で縁起を仏教の根本的概念であるがそれを理解するのは難しいと述べている。しかし縁起は現代の科学的思考によって容易に理解できる。縁起とは「原因があれば縁(条件)によって生じる」という意味である。

これは科学の説く因果律と基本的に一致する

科学の説く因果律は「原因があれば相互作用によって結果が生じる。」と言うことである。

科学における因果律はニュートン力学の説く因果律と20世紀に生まれた量子力学の説く因果律とでは少し違う。

しかし、「原因があれば相互作用によって結果が生じる。」と言う根本の考えは同じである。科学とは諸々の現象を成り立たせる原因と条件、原因から結果を生じる相互作用を明らかにする学問である。まさに仏教の説く「ものが生じるときの縁起を研究し明らかにする学問」と言える。

また化学(Chemistry)は「物質が変化するときの縁起を研究し明らかにする学問」と言える。


1. 対象の違い 


自然科学は主として物質界(色界)を対象にする。実際この方面で科学は大きな進歩を成し遂げた。これに対し仏教や宗教の対象は個々人の心・精神である。仏教の目的も心のやすらぎによる苦からの解放(解脱)である。科学はそのようなことを目指していない。


2. 現象の根本に対する考え方の違い 


仏教では全てのものは縁起によって生ずると考える。これは科学と仏教で一致する考え方である。しかし、仏教では現象を生じる根本要素と縁起は無的であり、また無自性であると考える。無自性であると考えるのは無常であることを説明するためであると考えられる。

無自性であるからこそ自由に変化できる。それが諸行無常の原因になると考えたのではないだろうか?

そのため諸法(現象)は空であるという考え方が発達した。一方、西洋で発達した科学では物質的現象の根本に実体を考える。即ち物質的現象の根本に対して原子・分子や素粒子のような極微の粒子を考える。それらの原子・分子の間に働く相互作用によって現象を説明する。これは、西洋哲学が現象の奥に実体の存在を素直に信じ、重要視したことから来たものと考えられる。西洋とインドではものに対するこのような考え方の違いは古くからあった。


3. 方法論の違い


科学では理論が正しいかどうかを実験によって客観的に評価・検証する。実験によって理論が正しいかどうかを検証するのである。

定性的なレベルに止まらず定量的レベルでの厳密な検証実験が要求されることが多い。そのための多彩で精密な実験装置と方法を持っている。肉眼では見えない微小なものでも見たり検知できる(X線、光学顕微鏡、電子顕微鏡、トンネル電子顕微鏡、MRIなど)。

 実験結果を説明できない理論はどんな偉い人が提唱した理論でも否定され受け入れられない。その着実な積み重ねで科学は進歩する。

これを明かりの歴史を例にして検証しよう。19世紀まで人類の照明器具は蝋燭、行灯(菜種油)、松明や石油ランプである。主として油を燃焼させることによって得ていた。

ところが1879年(明治12年)アメリカのエジソンが白熱電球を発明してから飛躍的進歩が始まる。白熱電球は60W電球でもそれまで用いられてきた行灯の照明の13倍も明るいもので瞬く間に従来の照明器を駆逐し灯台にも用いられる。白熱電球も発光部分をタングステンの二重線にしたり、内部に窒素ガス、ハロゲンガスを入れることによって耐久性や効率は向上してきた。

1935年にはG.E.インマンが蛍光灯を発明する。蛍光灯は低圧水銀蒸気を放電によって励起し253.7nmの紫外線を放射させる。この紫外線がガラス管の内壁に塗布された蛍光物質を励起する。その結果蛍光物質は可視光を発光する。その可視光を照明に用いるのである。

この照明原理は白熱電球の発光原理と全く異なる。最初は蛍光灯の点灯には時間が掛かるという欠点があった。しかし、グロー球やトランジスターインバータなどの利用によりすぐ点灯し、エネルギー効率も向上している。

一方、仏教などの宗教では、このような着実な向上進歩が見られない。ブッダ、ナーガルジュナ、ヴァスバンドゥ(世親)、空海、最澄、達磨、臨済、親鸞、日蓮、道元、イエス、ムハンマド・・など偉人の言葉を正しいものとして疑わない。聖書やコーランのような天啓経典は盲目的に信じられる。それが本当に正しいかどうかを疑ってみることは悪いとされる。

彼等の言っていることを批判したり否定すると迫害を受けることさえある。これは仏教に限らない。宗教に共通の姿勢である。しかし、科学の世界では疑うことは良いとされる。疑いに疑い抜いて過去の理論は否定されより普遍的な理論が見出され提唱される。そして、これが実験で実証された場合始めて正しいとされ受け入れられる。

過去の理論は古典論になる。科学においては過去の考えをそのまま受け入れていては進歩がない。宗教において古典論に対応する理論はない。これも大きな違いであろう。


4. 理論と応用: 


 科学理論はしばしば技術に応用され人間生活の場で役立つ。例えば 電気や蛍光の理論は蛍光灯や白熱電灯で暗所を照明することに応用される。また通信(電話、電波)に使われている。電気洗濯機、クーラー、テレビ携帯電話には電気のみならず20世紀に発達した半導体の科学が応用されている。

また衣服に用いられる繊維は高分子化学が、その染色には有機化学が役立っている。半導体中の電子や磁性体の理論はコンピュータに用いられる。パソコンは情報機器や自動車、炊飯器に用いられとして今や実生活に欠かせない。

これに対し宗教は心のやすらぎと豊かさに寄与する。しかし時に迷信や狂信を含む宗教を信じた場合は生活に災いをもたらすことすらある。科学も悪用されると災いをもたらす点では狂信的宗教と同じところがある(原子爆弾、地下鉄サリン事件など)。

しかし、宗教が実生活に応用されテレビや自動車のような実生活に役立つものを産んだと言う話は古来聞かない。宗教は精神生活(生活の内面)で人を元気付けるのに役立っているとしか言いようがないだろう。



10.39-7  空をどのように解釈すべきか?


 - 特に-<無自性(むじしょう)>-を中心に 


 現代科学の到達した地点から見ると竜樹によって説かれたの空の考えは訂正を要する。特にの「縁起は無自性(それ自体が固定した性質を持っていない。それ自体で存在する存在は無い。)である。」という部分である。

例としてニュートンの万有引力の法則を考えよう。地球と太陽と月のような大きな質量を持つものの間にはニュートンの万有引力の法則が働いていることは良く知られている。ニュートンの万有引力の法則は天体、星々の間に働く普遍的な力であることは良く知られている。

引力は目に見えない。しかし地球と太陽と月の間に働く力は潮の干満として眼にも見える。これは地球と太陽と月の間の縁起(相互作用)と言ってもよい。

引力そのものは眼に見えないがその縁起によって生じるもの(潮の干満)は厳然として存在する。ものは縁起(相互作用)と不可分である。縁起(相互作用)と不可分であるから無自性であると考えてみよう。

この場合も科学的真理と矛盾する。引力という縁起(相互作用)は距離の2乗に反比例する。はっきりした性質を持っているからである。性質がないという意味の無自性ではない。

無自性を縁起(相互作用と条件)に対して素直に従う性質だと仮定しよう。その仮定では科学の思想と空の思想は矛盾しない。中論の漢訳「 衆の縁が具足し和合して而して物は生ずるをもて、是の物は衆の因縁に属するが故に自性なく、自性なきが故に空なり。」という文はこのように解釈しても意味が通じる。

中論の別の箇所で、ナーガルジュナは無自性について「若し法が決定して性あれば、即ちまさに不生不滅なるべし。是の如き法はなんぞ因縁を用いん。もし諸法は因縁より生ずとせば、即ち性あること無からん。個是の故に、諸法は決定して性あれば即ち因縁無きなり。」と言っている。この文は現代文に直せば次のようになろう。

「もし法に固定不変の性質があれば、変化のしようがないから不生不滅であるだろう。もしそうならばどうして因縁の法にしたがって変化することが出来ようか。従って諸法が因縁に従って生じるとするならば、即ち、性は無いと考えられよう。この論理から諸法に決定した(固定不変の)性質があれば因縁の理法は成立しない。」

このようにナーガルジュナは諸法が無自性でないならば、法に固定不変の性質があることになる。そうなれば、法は変化のしようがないので無因無果論に陥ると主張する。これはものは因縁に従って生じるという仏教の根本理法を否定するものであるとする。これは帰謬論法といえる。

この文はナーガルジュナが言う無自性は因縁の法則(因果律)に素直に従う性質をさしていると考えられる。

無自性とはものには我(アートマン)のようなものはなく因縁の法則に素直に従って変化すると言っているだけである。諸法無我と同じ考えである。その場合はナーガルジュナの空の考えは現代の科学的考えと何ら矛盾しない。


縁起のもう一つの例として荷電粒子の間に働くクーロンの法則を考えよう。クーロン力は電磁気力である。クーロンの法則は原子や分子の世界にも働く力の法則であることが分かっている。

原子や分子は極微の微粒子( 原子の大きさは10−8 cm 程度 ) であり一個一個は我々の眼には見えない。顕微鏡を使っても見えない。その点一見そのようなものは存在するかどうか分からない。そのようなものが存在することが分かったのは今から100年前のことである。

原子分子の世界がはっきりし、その世界の相互作用や法則が分かってからたかだか100年くらいである。そのようなことが分かっていなかった2000年も前の仏教徒が縁起は無自性(それ自体が固定した性質を持っていない)であると考えたのは古代の思想だとして理解できる。無自性を、「それ自体が不変の固定した性質を持たず相互作用に素直に従う性質」と考えると科学と何ら矛盾しないだろう。

科学者は原子・分子が相互作用に素直に従うのは当然のことだとしているのである。荷電粒子が自我を主張して自分はクーロンの法則に対し従うのはまっぴらごめん、嫌だと抵抗し従わないことはありえない。荷電粒子はクーロンの法則という縁起の理法に素直に従っている。

そのように考えると空の思想は科学に通じる不思議な思想であると言える。しかし、<空>の思想を現代に適用するとき注意が必要である。無自性の考えである。ナーガルジュナの無自性の考えは、上座部仏教(いわゆる小乗仏教)に対する批判から出てきたものと考えられる。保守化した上座部仏教は苦、煩悩などの法を実体的に考えていた。ナーガルジュナはこのように法を実体化することを無自性という考えで批判したものと考えられる。無自性という考えを導入すると苦などの精神的問題を解決できると考えたのであろう。実際、苦、受、想、行、識などの法は精神現象である。

精神現象の実体を捉えるのは現代でもむずかしい。現在では精神現象の実体は神経回路を流れる電気的インパルスであることが分かっている。これは近似的に無自性と考えても大きな問題はない。2000年前ナーガルジュナが実体がないと考えたとしても無理がない。

そのように考えると仏教の根本的問題である<苦>を超克するのが容易になる。そのような要請が無自性という考え方を生んだと考えれば理解し易いだろう。



10.39-8   禅宗における空観



 安谷白雲老師(1885〜1973)はその著「禅の心髄 無門関」で空について次のような説明をしている。

空観には析空観(しゃくくうがん) と体空観(たいくうがん)の2つがある。

析空観とは全ての存在を思考して、その実体が空であることを分析観察することである。

例として家屋を考えよう。

 誰でも家屋という実体があると思っている。しかし、それを形づくっているのは柱、敷居、床、天井、屋根瓦であると分析して、これを皆ばらばらにしてしまう。こうすると家屋というものは無くなってしまう。これで分かるのは家屋というものは柱、敷居、床、天井、屋根瓦によって出来た物であり、それを解体すると無に帰してしまう。いわば仮の姿であり、それを解体すると無に帰してしまう。従って、家屋という実体は本来無いものであるということがわかる。これが 析空観である。この析空観は小乗の空観と呼ばれている。

この析空観を表すのは、

"引き寄せて結べば柴の庵なり 解くればもとの野原なりけり"

という和歌である。

この析空観に対して体空観では一々分析しないで全ての存在が空だと達観する。析空観をいくつかの実例に適用すると同様な分析過程で同じ結論が得られる。この結果一々分析しなくても全ての存在が空であることが分かる。

体空観をよく表すのは、

"引き寄せて結びし柴の庵なれば解かずともそのまゝ野原なりけり"

という和歌である。

この体空観は大乗の空観であると言われている。この安谷白雲老師による空の説明は明快で分かりやすい。因縁所生のものは存在せしめている因縁(条件)が消失すればそのものでなくなる。それを空と言っている。竜樹の説く空とも対応している。竜樹の説く無自性、中道、仮名などの複雑なものは無い。禅宗らしく単刀直入である。現代で空を説く場合はこの説明が一番分かり易いのではないだろうか。


 図10.13

図10.13 因縁所生(いんねんしょしょう)と空の関係 

図10.13に因縁所生(いんねんしょしょう)と空の関係を図示する。AとBからCが出来る場合を考える。点線はAとBの間の相互作用を表している。因縁はここでは相互作用に相当する。実践矢印はAとBからCが出来る時の生成ベクトルを表す。普通相互作用は電磁力のようなもので目に見えない。生成ベクトルもその実体ははっきりしたものではない。しかし、A,B,Cははっきりした実在物である。

AとBの間の相互作用(=因縁)が無い場合はA、Bは孤立して存在するだけでCは生成しない。AとBの間の相互作用(=因縁)によってCは生成するのでCは縁起所生(えんぎしょしょう)の存在である。

CはAとBの間の相互作用(=縁)が無い場合は存在しないという意味で空である。竜樹(ナーガルジュナ)の空の定義ではA,B,Cは無自性であると考えている。もし、AやBが固定した自性(不変の性質)を持つならば変化できないと考えたのではないだろうか?AやBが無自性ならば変化することができ、無常原理が成立する。竜樹(ナーガルジュナ)の空の定義においてすべての存在は無自性であると考えた理由はこのあたりにあると考えられる。

しかし、原子、分子は自性を持っている。自性を持っていても化学反応によって容易に新しい物質に変化できる。竜樹(ナーガルジュナ)の生きた古代世界では化学反応のメカニズムまでは想像も出来なかった。現在では20世紀に成立した量子力学によって化学反応のメカニズムが初めて説明されるようになった。「空」の思想はこのような時代的制約の下に成立した思想といえるだろう。


例1:ドライアイス 


 二酸化炭素(CO)は-78.5℃でドライアイスになる。-78.5℃という条件では二酸化炭素(CO)分子間に引力的相互作用が働いて固体のドライアイスになるのである。

この場合図10.13の縁にあたる二酸化炭素(CO)分子間の相互作用は-78.5℃という温度以下にならないと現れない。この場合縁とは-78.5℃という温度条件と二酸化炭素(CO)分子間の相互作用に相当する。

いまドライアイスの周囲の温度が-78.5℃以上になったとしよう。-78.5℃以上になると二酸化炭素(CO )分子の熱運動のエネルギーが縁にあたる二酸化炭素(CO)分子間の引力的な相互作用に打ち勝ってしまう。

そのためドライアイスを構成している二酸化炭素(CO)分子間の引力的な相互作用が効かなくなりドライアイスは気化消失(空になる)してしまう。このように、ドライアイスも因縁所生である ことがわかる。

因みに、44gのドライアイスは 6x1023個という途方もない数の二酸化炭素(CO2)分子が含まれている。このようなことが分かったのはこの200年の科学の進歩による。


例2: 結婚 


A(男)B(女)の若い男女を仮定しよう。A(男)とB(女)の間に熱い恋愛感情が生じ結婚したとしよう。この場合A(男)とB(女)の間に熱い恋愛感情が縁に相当する。CはA(男)とB(女)の間の結婚生活である。

いま何らかの原因で、A(男)とB(女)の間の熱い恋愛感情が冷え切ってお互いを嫌悪するようになったとしよう。この時A(男)とB(女)の間を結びつけていた引力がなくなり、C(ABの結婚生活)が無くなる。2人のあいだの引力的縁が無くなり、離婚することになる。

その意味で如何に熱い恋愛で結ばれたA(男)とB(女)の間の結婚生活も空的存在(因縁所生)である。神の前で永久に結婚することを誓っても引力的縁(愛情のある関係)を保持しようとしても斥力的縁(嫌悪の関係)になったらどうしようもない。


例3: 国会議員 


今Aを国会議員候補者であり、Bは選挙民の集団だとする。今、Aを支持する選挙民Bの数が当選に必要な人数集まったと仮定する。その時Aは国会議員になる。Aが国会議員になった状態をCとする。

AがCになるには当選に必要な人数の選挙民の支持である。これが縁である。図15においてBとはAを国会議員にするために必要な選挙民の集合体である。Bは普通無常で変動する。

今国会議員に当選したA氏が何らかの原因で選挙民の支持を失ったと仮定しよう。この時Bは無くなる。この場合次の選挙にA氏が立候補しても落選する。Cは消失する(議員バッチと地位が無くなる。これは空状態と考えることができる)だろう。

このように、国会議員も縁起所生であることがわかる。選挙民の支持という縁を失ったらいくら権力や金力を持っていてもCの状態にはなれない。その意味で国会議員であるA氏は名前は同じでも空的存在である。Cの結果を生むためには、縁である支持者の支持を得るよう常に努力しなければならないのだ。



10.39-9   八不の偈



竜樹(ナーガルジュナ)の著書「中論」の冒頭には<八不の偈>と呼ばれる次のような不思議な文章がある。

「不生にして不滅、不常にして不断、不一にして不異、不来にして不去なる、よく諸々の戯論を止息せしめる吉祥なる縁起を説きたまう正覚者、説法者中の随一なる彼の佛に敬礼したてまつる。」

この文は一読して難解である。否定の不がやたらに多い。八回も出てくる。そのため何を言っているか良く分からない。

しかし、よく熟読すると「不生にして不滅、不常にして不断、不一にして不異、不来にして不去なる」という文と「戯論を止息せしめる吉祥なる」という文は縁起を修飾している文である。

即ち、「縁起は不生にして不滅、不常にして不断、不一にして不異、不来にして不去である。」という文と「縁起は戯論を止息させることが出来るので吉祥である。」という文を一つにまとめたものであることが分かる。

「不生にして不滅」は不生不滅を意味している。「不常」とは恒常、連続的ではないことを意味していると考えられよう。「不断」の断は断見(=何も無いという虚無の考え)を否定していると考えることができる。「不一にして不異」は一つでもなく一つでないもの(別異)でもないを意味すると考えられる。「不来にして不去」は来るのでもないし去るのでもないを意味している。

本質的な文の骨格だけを抽出すると「吉祥なる(めでたい)縁起を説く正覚者・仏に敬礼する。」となる。

このようにして考えると難解な八不の偈も分かりやすい。要するに縁起とは不生不滅の真理であるがそれ以外の性質は不常、不断、不一、不異、不来、不去という否定文で表現するしかないと言っている。要するに、縁起という概念はこれといった一つの言葉で表現することは不可能だと言っているのである。

中論では縁起は空を意味している。従って上の八不の偈は<空>を説明する文にもなっている。このことはナーガルジュナの時代(A.D.150〜250頃)では縁起にしろ空にしろ簡単な1言語や1文章で表現することは不可能であったことが分かるのである。

ナーガルジュナの空の思想は1時は力を得るが、その後影響力を失っていく。余りにも観念的で難しかったためと、現実の世界を説明することが出来なかったためと思われる。また、理解されても現実と食い違ったためと思われる。現実を<空>という概念だけで説明することができなかったためである。

その例として中国僧、僧肇(そうじょう、384〜414)の残した詩をあげる。僧肇は訳経僧鳩摩羅什(クマーラジーヴァ、A.D.350〜409)の優れた弟子であった、空の理解にも優れ有名であった。そのため、時の天子が彼に還俗して自分の秘書になるよう命令した。しかし、彼はそれを拒絶した。そのため、僧肇は斬罪になった。その時に彼は次のような詩を詠んで従容として死んだと伝えられている。

四大もと主なく
 五蘊本来空なり
 首をもって白刃に臨む
 なお春風を斬るが如し。

この詩は、「世界を構成している四大(地、水、火、風)の元素には主体となるものはなく無自性である。それと同じように自分を構成している五蘊(色、受、想、行、識)には主体となるものはなく、本来空(=無我)である。今、首切り役人の白刃によって自分の首は斬られようとしているが、それは春風を斬るようだものだ。」と詠っている。

ここには、僧肇が理解した空が詠われている。しかし、物質を構成するものには実体がある。その実体は極微の微粒子である原子や分子である。原子は全部でほぼ100種類もあることが明らかにされている。このような科学的真理と知識を持つ現代の我々から見ると、この考え方は明らかに間違いである。

四大という考えも古代ギリシャ以来の古いものである。四大もと主なく五蘊本来空なりという空の理解は古い時代的制約を受けた間違った考えであることが分かる。

僧肇の詩に似た詩に禅僧仏光国師・無学祖元(むがくそげん、、鎌倉円覚寺の開祖、1226〜1286)の詩がある。無学祖元は弘安二年(1279年)南宋から来日し北条時宗を指導した禅僧として有名である。彼が来日前中国雁山の能仁寺に居た頃の話である。南宋は蒙古(元)軍の侵略で滅亡寸前の状態であった。蒙古兵が彼の居た能仁寺に乱入した時、祖元はひとり端座して動じなかった。蒙古兵がこれを見て抜刀し、首を刎ねようとした。

その時祖元は、

喜び得たり人空、
法も空なるを。
珍重す、大元三尺の剣、
電光影裏、春風を斬る

と述べた。

この詩の意味は「私は人も法(もの)も空であることを悟って嬉しい。そのような私には大元の兵が振りかざす三尺の剣も電光が空にきらめいて春風を切るようなものだ。恐れる心は何もない。」といったところである。

蒙古兵は祖元の従容たる態度に感じ入り斬らずに帰って行ったと言う。この詩の意味も僧肇の詩の意味するものと殆ど同じである。このように空の思想は昔はその力を持っていたようである。

しかし、空の思想は現代ではその力を失っているといってよい。もし、<空>の意義を主張する場合には意識現象に限定して適用すべきであろう。しかし、脳内現象も科学的に見ればある種の実体が伴っていることが現代科学によって明らかにされつつある。脳内物質と神経電流によって脳内に入る情報と精神状態がコントロールされていることが明らかになって来たからである。まさに色心不二である。

外界からの刺激は感覚器官の神経で微小な電気的インパルスを生む。その電気的インパルスは神経を通して脳に入る。その微小な電気的インパルスはミリ秒程度の時間幅で生滅している。それはまさに刹那消滅の世界である。しかもそれは精密な測定器を使い増幅して初めて検知されるくらいの微小なものである。その電気信号は検出されるだけで実際の意識の内容は分からない。

禅定が深まると心はリラックスし脳波はα波が主になることも分かっている。このような脳の電磁気的世界は電磁気の波動を伴って生滅している。その波動現象面を空というならばかなり当たっていると言えよう。しかし、この脳波は生きている限り消滅することはない。約140億個の脳細胞に基礎を置いている脳内現象である。その意味で空なるものではないからだ。



10.39-10   六祖法宝壇経に見る自性



 中国禅の六祖である慧能(えのう、A.D.638〜718)の説法を伝えるものに「六祖法宝壇経」という本がある。この本には六祖の言葉として自性という言葉がよく見られる。

例えば「自性もと自ずから清浄」や「本心を識らずんば、法を学んで益なし。若し自らの本心を識り、自らの本性をみるならば、即ち、丈夫、天人師、佛と名づく」などの言葉である。

慧能の言葉は心にはもともと清浄な本性というものがあることを主張している。慧能の言う「自性」は竜樹の言う空や無自性という考えと違い、肯定的である。

大乗涅槃経に説かれる仏性の思想とのつながりを感じさせるものがある。この方が科学との接点を持ち現代に受け入れ易い。



10.39-11    坐禅と空



10.39−3の「禅定と空」のところで江戸時代の鉄眼禅師(A.D.1630〜1682)の著書「鉄眼仮字法語」に説く禅定を紹介した。

禅定が深まり心の状態が鏡のようになった境地が出現する時、脳宇宙は空と呼んでよい側面を持っている。

禅定において脳(特に脳幹)は覚醒・活性化する。その時、外からの刺激(原因)に対して無条件に素直に(無自性に)応答し思考・思念が生まれる。

条件に対して無条件に素直に応答する。この固定した性質がないということが無自性だと考えられる。

この無自性の定義下では空の考えは正しい。しかもその実態は因縁所生の姿である。外界からの刺激(原因)が無くなると無条件に思考・思念は消滅し空の状態になる。この状態をブッダは無我と呼んだに違いない。禅定が深まった状態の心はそのようである。この時 空=無我 となるといって良いだろう。


 図10.14


図10.14 心の空状態 


これを象徴的に表すと図10.14のようになる。大乗起信論には空とは虚妄の心念がないことだとされている。図10.14はそれをシンボリックに表現している。

円相は心を表す。心が雑念を離れ透明な鏡のような状態になっていることを表している。<大円鏡智>と言われる姿を表現する。禅宗でも悟りの状態を図18のような一円相で表すことが多い。

それはパソコンを例に説明することができる。パソコンではキイボードをたたいて入力する。入力前には何もないCRT画面だけが出現する。空はそれに相当すると考えれば分かりやすい。この状態では何もないように見える。

しかし、外部からの情報の入力に(キーボードをたたいて入力すれば)直ちに(素直に、敏感に)応答し文字や数式を入力できる。眠った状態ではない。無心の状態で、外部刺激に対し即座に応答できる覚醒した状態である。この状態は脳幹のセロトニン神経系が活性化した状態に対応させて考えても良いだろう。

中国南宋の詩人蘇東坡(そとうば)の詩に、

素がん描かず、意、高いかな
もし丹青をつければ二に落ち来たる
無一物中無尽蔵花あり月あり楼台あり

という有名な詩がある。

「素がん」というのは純白の絹地をいう。心の空状態を象徴している。第一行「素がん描かず、意、高いかな」は純白の絹地にたとえられる心の空状態がすばらしいことを言っている。第二行「もし丹青をつければ二に落ち来たる」はこの状態に丹青を付ける(即ち、いろんなことを心に思い描く)ならば二(主観・客観の相対の世界、分別意識)に落ちて純白の価値は失われる。第三行「無一物中無尽蔵花あり月あり楼台あり」では素がん(純白の絹地にたとえられる心の状態)は何もない無心・空の状態である。ここから全ての世界が展開する。その意味で汲み尽くせない無尽蔵の世界であると言っている。即ち、脳宇宙の豊かさを肯定的に表現している。

無一物中無尽蔵 花あり月あり楼台あり」という言葉は禅語としても有名である。

無一物」という言葉で無心の状態を、「無尽蔵 花あり月あり楼台あり」でそこから展開する脳宇宙の豊かさを肯定的に表現していることが分かる。

幕末の儒学者佐藤一斎(A.D.1772〜1859)はその著「言志後録」で、

胸中に物無きは虚にして実なるなり。万物皆備わるは実にして虚なるなり。」

と言っている。

胸中に物無きは心に雑念が無いことを言っている。佐藤一斎は心の座は脳にあることを知らなかった。中国の伝統的考えでは心の座は心臓である。従って胸中という言葉を用いている。

心に少しも物が無いとき(雑念が無いとき)が実の状態(真理に合致する状態)であることを言っている。無心の状態(虚)であるが、この状態が一番充実した実の状態であると言いたいのである。

このように空・無心の状態はいろんな言葉で表現されている。

仏教(とくに禅宗)では無相空寂 、無我 、無一物 、無所得悟り 、鏡のような心(大円鏡智) 、仏性 、 、至道 、と種々の言葉で表現される。それらは全て同じ意味である。この心の境地(状態)は禅においては悟りの境地だと考えられている。

江戸時代初期の盤珪(ばんけい)禅師(1622〜1692)はこの境地をつぎのように詠っている。

「「我はただ 虚空を家と住みなして 須弥を枕に 独り寝の春

荘子はこの境地を、

至人の心は鏡の如し。将(おく)らず 逆(むか)えず。」(意味:道の奥義に達した人の心は鏡のようだ。こいねがうことも、逆らうこともない。)と述べている。



 10.39-12  心の空状態



図10.14で<心の空状態>という言葉を用いた。   <心の空状態>は、集中した坐禅によって雑念妄想が静まった状態といえるだろう。我々の普通の心は喜怒哀楽、好き嫌いの感情や雑念で揺れ動き、興奮している。

しかし、座禅等によって心の興奮状態が静まってくるとこの<心の空状態>を垣間見ることができる。

禅定の深まりにおいて<心の空状態>を体験すると大安心の状態に到る。ゴータマ・シッダールタはこの状態を坐禅を通し体験した。そしてウパニシャッド哲学が説くアートマンと言われる神人(プルシャ)などはいないことがはっきり分かった。その状態を「無我」や「空」と表現したものと思われる。

従って無我とは自己が無いことではない。心の本質的状態と性質を言ったものである。この状態は眠ったり、無意識の状態ではない。外部からの刺激に即座に対応することもできるピチピチ生き生きとした状態であることに注目して欲しい。

深い禅定に入ると、脳幹が活性化される。それとともに、脳幹網様体にあるA系神経(特にA10神経)やB系神経(セロトニン神経系)が活性化し心が安らぐ。この時、情動の本源である大脳辺縁系が鎮静化して生まれる状態を指すのではないだろうか?( 「禅と脳科学その1」、2.16 禅と禅定の脳科学的解釈を参照

この状態について、

SN(スッタニパータ)721詩では、「欠けている足りないものは音を立てるが、満ち足りたものは全く静かである。愚者は半ば水を盛った水瓶のようであり、賢者は水の満ちた湖のようである。」と表現している。

この詩が歌うように力の満ちた静けさであると言っても良いだろう。

我々は普段いろんな既成概念や欲望にとらわれ、喜怒哀楽の情動に振り回される。そのため、この状態とは無縁である。我々の心は種々の雑念妄念で揺れ動く。または今まで学んだ固定観念というフィルターを通して物事を見ている。これが凡俗の人の心であろう。

しかし、禅修行を通して<心の空状態>に入ることができるようになる。この状態では脳は外部からの情報を素直に(知性のフィルター無しに)受け取ることもできる。その機能は鏡にも譬えられる。これは荘子が 「至人の心は鏡の如し。」と述べた通りである。大乗仏教(禅宗や真言密教)ではこれを<大円鏡智>と表現していると考えられる。

中国禅の第三祖は僧サン(そうさん)である( 「禅の歴史」1.15を参照)。彼の著書に「信心銘」がある。

その冒頭に、「至道無難、唯嫌揀択、但無憎愛、洞然明白」という有名な言葉がある。

その意味は至道(究極の道=悟り)を体得することは難しいものではない。ただ揀択(えりごのみ)を嫌うのみである。ただ憎愛(すき嫌いの感情)の念がなければ、こころはひろびろ(洞然)として道は明白であるということである( 「信心銘」を参照)。

ただ我々は我執が強く、喜怒哀楽憎愛の情動と欲にとらわれやすいので<心の空状態>に気づかないだけだ、と言っている。

坐禅修行によって喜怒哀楽憎愛の情動にとらわれる迷情の根源を離れることができれば至道(究極の道=悟り)を体得することは難しいものではないことを言っていると思われる。禅宗の師家はよく素直な心になれば見性(心の空状態に気づくこと)は易しいと言う。



10.39-13  「空」 と ゼロ



 現代科学文明を支えているのは数学を用いた客観的・定量的な記述であることは論ずるまでもない。この数学の基礎的な概念の1つはゼロ(0)という概念である。

近代数学はアラビアの算用数字 "1〜9"と"0"を用いることによって発達した。この10個の数字を用いてあらゆる数字を簡単に表すことが出来るからである。ゼロという概念はインドで発見され、その記号化も紀元前2世紀にインドでなされたことは分かっている。

しかし、0を誰が発見しそれを記号化したことは分かっていない。ゼロは「無」(シューニャ)と呼ばれた。空も(シューニャ)と呼ばれる。空と数学の0の間に密接な関係があることを示している。紀元前2世紀は中観派の大乗仏教はまだ生まれていない。しかし、古代仏教徒の間で空の思想が発達していた時であろう。空とゼロの間には何らかの関係があるのではないだろうか。



 10.39-14    空の現代的理解 



ブッダを始め古代インドの仏教徒は熱心に坐禅(禅定)を実践した人々である。しかも、その禅定中に体験したものは正しく世界を反映し観察していると信じたようである。

古代インドでは色(物質)と心は不二(分離不能)であると考えられていた。科学では、対象(殆ど物質である)を客観的に見、調べるために種々の測定(観測)などの実験を行う。この測定や実験による検証なしには真理であるとは主張できない。このプロセスを経て確立されたものが科学に於ける真理である。

この科学と仏教徒の真理把握の方法を比べてみよう。坐禅は仏教徒にとって自己認識と自己探求の実験手段(受動的実験手段)だと仮定しよう。古代仏教徒は禅定の最も深まった状態で得られた認識は正しい。正しくこの世界と自己を認識したと考えたにちがいない。勿論この状態では雑念妄念は無いかも知れない。心はストレスや苦悩を離れた最高の安らぎの状態にあるだろう。

この状態では<如実知見>が可能になると考えたに違いない。このように考えればナーガルジュナを始めとする古代仏教徒たちが熱心に<>を悟りの核心であると主張した理由が理解できるのである。

ナーガルジュナの<>はブッダの<無我>に対応しているといえるだろう。この考えには仮定が多いが、この仮定の下に古い経典を読むと素直に彼等の主張が理解できる。

SN(スッタ・ニパータ)にブッダと学生モーガラージャの間に次のような問答がある。

「このように絶妙な見者におたずねしようとしてここに来ました。どのように世間を観察する人を死王は見ることがないのですか?」

SN1119詩  ブッダが答えた「つねによく気をつけ、自我に固執する見解を打ち破って、世界を空なりと観ぜよ。そうすれば死を乗り越えることができるであろう。このように世界を観ずる人を<死の王>は見ることがない。」 

この問答はブッダが<空>をどのように考えていたかがよく表している。「世界を空なりと観ぜよ。」の言葉で分かるようにブッダは心の中での観察について言及している。

SN1119詩 でブッダが主張している核心は「つねによく気をつけ、自我に固執する見解を打ち破って、世界を空なりと観じなさい。」である。

SN1119詩の重点は前半にあると考えられる。即ち「つねによく気をつけ、自我は空なり(無我)と観じ、自我に固執する見解を打ち破りなさい。」にあることは自明であろう。

世界は空なり」の主張における世界は自己から見た世界であり、我々が普通考えるような宇宙や物質界ではないことに注意すべきである。ブッダの言う世界は自己が経験する精神世界であって、物質界としての宇宙ではないといえるだろう。

このようなブッダの基本的態度は中部経典「マールンキヤ小経」漢訳名「箭喩経」に述べてある。

マールンキャープッタは「世界が有限であるか無限であるか?」、「世界は常住であるか無常であるか?」、「霊魂と身体は同一であるか別異であるか?」、「如来は死後存在するのか存在しないか?」などの質問をブッダにした。

彼はブッダがこのような質問に答えてくれなければ出家をやめて還俗すると言ってブッタに迫った。それに対するブッタの答えは次の通りである。

マールンキャープッタよ、かってわたくしはおまえに来なさい、マールンキャープッタよ。おまえはわたくしのもとで、清らかな修行を納めよ。わたくしはおまえに世界は常住である。」あるいは世界は無常である。」・・・・・・あるいは完全な人格者は死後に存在するのでもなく存在しないのでもないと記説しようとこのように語ったか

師よそのようなことはありません。」

それではおん身はわたくしにこのように言ったことがあるか師よ、わたくしは世尊のもとで、修行いたしましょう。「世界は永遠である。」とか世界は永遠でない。」とか・・・・・如来は死後に存在するとか存在しないとか、世尊はわたしに説かれるでありましょう

師よそのようなことはありません。」

マールンキャープッタよそれならばわたくしはおん身に来たれマールンキャープッタよ、・・・・・おん身に説くであろうと言ったことも決してないしおん身がわたしに師よわたくしは世尊のもとで・・・・世尊はわたしに説かれるでありましょうと言ったことも決してないそうであるのに愚か者よおん身はそのように説くことを要求しそのように説くことをしないわたしを拒もうとするのか」。

マールンキャープッタよもしも人あって世界は永遠であるとか世界は永遠でないとか・・・・如来は死後に存在するのか存在しないのか世尊がわたしに説かれない間はわたくしは世尊のもとで修行はしまいと告げるとしようマールンキャープッタよもし人があってこのように言うとしたら如来によってそれが説かれないうちにその人は死期を迎えることになるだろう」。


そこで世尊は、<毒矢の喩え>を説く 


マールンキャープッタよたとえば人あって毒の厚く塗られた矢で射られたとしようそこでかれの親友仲間 親族縁者らはかれのために外科医を呼ばせるであろうだがかれはわたくしを射た者が王族なのかバラモンなのか庶民なのか下賎者なのかを知らない間はこの矢を抜き取るまいとしよう・・・・(中略)・・・またかれはわたくしを射た矢が普通の矢なのか尖箭なのか鈎箭なのか鉄箭なのか犢歯箭なのか夾竹桃葉箭なのかを知らない間はこの矢を抜き取るまいと告げるとしようマールンキャープッタよその人がそれを知らないうちにその人は死期を迎えるであろう」。


<世尊の説くもの> 


マールンキャープッタよたとえば人あって世尊がわたくしに世界は常住であるともあるいは世界は無常であるとも・・・・・ないし・・・・あるいは如来は死後に存在するのでもなく存在しないのでもないとも記説されない間はわたくしは世尊のもとで清らかな修行を修めまいと告げるとしようマールンキャープッタよ如来によってそのことが記説されなければその人は命終わるであろうマールンキャープッタよ、「世界は常住であるという見解があるとき清らかな修行に住するであろうということもない。「世界は永遠であるという見解があろうと世界は永遠でないという見解があろうとまさに生まれることはあり老いることはあり死ぬこと悩はあるわたくしはいま現実にそれらを制圧することを教えるのである  ・・・・(中略)・・・


 <記説しない理由> 


世界は永遠であるとわたしは説かない。「世界は永遠でないとも説かない。「世界は有限であると説かない。「世界は無限であるとは説かない

身体と生命とは同一のものであるとは説かない。「身体と生命とは別個のものであるとは説かない。「如来は死後に存在するかどうかとはわたしは説かない

マールンキャープッタよなにゆえにわたくしはそれを説かないのかマールンキャープッタよそれは目的にかなわない清らかな修行のための基礎とならない遠離離貧苦の止滅心の静寂すぐれた智恵正しいさとりニルバーナ(涅槃)の獲得に役立たないそれゆえにわたくしはそれを説かない」。



この中部経典「マールンキヤ小経」のブッダの説法は極めて論理的で説得力に富んでいる。

仏教の開祖ゴータマ・ブッダが活躍した時代は六十二見ともいわれる多くの議論が活発に行われた自由思想家の時代でもあった。ブッダに対しても、「マールンキヤ小経」に見られるような十の難問(十難)が投げかけられた。

これを表10.29に示す。


表10.29 ゴータマ・ブッダに投げかけられた十の難問(十難)

No  十難
世界は常住である(世界は時間的に永遠不変である)。
世界は無常である(世界は時間的に変化する)。
世界は有辺である(世界は空間的に有限の大きさである)。
世界は無辺である(世界は空間的に無限大である)。
身体と霊魂とは一つである。
身体と霊魂とは別である。
人格的完成者(如来)は死後に生存する。
人格的完成者(如来)は死後に生存しない。
人格的完成者(如来)は生存し且つ生存しない。
10 人格的完成者(如来)は生存しないし且つ生存しないのでもない。

表10.29 の「十難問(十難)」は問題として見ると、1〜4と5と6.そして7〜10は問題の内容が重複している。これを現代の言葉で分かり易く簡単にまとめると次ぎの表10.30ように4問題となり、すっきりとする。


表10.30 十難問(十難)のまとめ

No 十難問(十難)のまとめ
世界は永遠に存在するのか、変化するのかどうか?(時間的な問題)。
世界の大きさは有限か無限か?(空間的な大きさの問題)。
身体と霊魂とは一つであるのか別ものであるのか?
人格的完成者(如来)は死後に生存するのかしないのか?(死後の問題)。

ブッダは上記の難問(十難)に対し、解答を求められたが、沈黙を守り何も答えなかった(無記)とされる。

何故答えないかの理由として、ブッダは、

なにゆえにわたくしはそれを説かないのかそれは目的にかなわない清らかな修行のための基礎とならない遠離離貧苦の止滅心の静寂すぐれた智恵正しいさとりニルバーナ(涅槃)の獲得に役立たないそれゆえにわたくしはそれを説かない」と述べている。

この言葉で分かるようにブッダの教えの目的は「遠離離貧苦の止滅心の静寂すぐれた智恵正しいさとりニルバーナ(涅槃)の獲得」にある。

宇宙や物質界の実相を明らかにすることはブッダの興味や視野の中にはなかった。「苦の止滅、心の静寂、すぐれた智恵、正しいさとり、ニルバーナ(涅槃)の獲得」などの己事究明にあったといえる。

SN1119詩 のブッダの答え「つねによく気をつけ、自我に固執する見解を打ち破って、世界を空なりと観ぜよ。」の中で説かれた世界は物質的な宇宙や世界でない自己を中心とする精神世界であることは以上の考察から明らかである。

ところが大乗仏教の初期経典やナーガルジュナの説く<空>の考えは徐々にこの禁止された境界を越えて行くようになる。物質界の<色>にも触れ、色(物質)への適用をし始める。精神世界とは異なる外界の色(物質)も空であると主張するようになるのである。

これは原始仏教から初期大乗仏教が生まれる西暦100年〜150年頃まで、インドでは、色-心(物質―精神)をはっきりと分離(区別)して考える考えが確立していなかったためだと考えられる。



10.39-15   般若心経(はんにゃしんぎょう)と空



 初期大乗仏教経典の1つに般若心経がある。この短い経典は<空>の考えを主張し、日本仏教にも浸透した経典である。般若心経は「色即是空、空即是色」を説くことで有名である。この日本語訳は空に対し「実体がない」という訳を用いている。空を「何も無いこと」や「実体がない」の意味で解釈すると、「色即是空、空即是色」の思想は間違いであると言える。

歴史的にも物質および物質的現象(色)を空であるとし、それを実体がないとか、何も無いことのように解釈する考え方は支持を失っている。「空理空論」とはそのような主張だと言って良いだろう。

 20世紀になって科学は色(物質)の根底に眼に見えないミクロの原子・分子・電子の世界があることを明らかにしている。また、その世界はシュレーディンガー方程式というはっきりした縁起の法則に従っているのである。

ミクロの原子・分子・電子の世界は無自性ではないのだ。原子・分子・電子は量子力学の法則に従った一定の性質を持っている。その世界は多く科学者の実験によって確証された世界である。

そして我々はその科学の応用の成果を実生活で享受している。科学の応用の成果である蛍光灯、エアコン、冷蔵庫、電車、自動車、飛行機、船、電話、テレビ、パソコン、コンピュータ、携帯電話は我々の文化的生活を支えている。

この事実は誰が見ても明らかである。これらの機器類は空で、実体はないと主張する人はいるだろうか?誰が使ってもはっきりした機能と実体を持って働くのである。

 このようなことを考えると空の考えは心や精神(脳宇宙)現象に限って適用すべきである。精神(脳宇宙)現象に限って適用する限り問題ない。今でも充分説得力を持っているところもある。脳内現象は空的側面を持っている。脳は電磁的システムであるからであろう。

しかし、身体を含めた外界の物質世界に拡張する場合は注意を要する。縁起によって生じると言うところまでは正しい。しかし、無自性を言う場合は問題である。無自性の考えは思考だけで真理に到達できると考えた古代の哲学者(思想家)の限界を示している。

しかし、無自性を固定した性質を持っていない、縁起(条件、相互作用)に対して素直に無条件に従う性質だとすると科学的考えと一致する。まさか古代インド仏教徒達がそのようなことを考えていたとは信じられない。このように、「縁起と空」は科学的思想に近い一面を持っている。

ちなみに、科学では原子・分子・電子はそれぞれが一定の性質を持っていると考えるが縁起(条件、相互作用)に対する無条件性(無条件に従う性質)までは疑わない。

縁起(条件、相互作用)に対して素直に無条件に従う性質を暗黙のうちに仮定しているのである。そのような性質があるからこそ科学的法則が存在するといえるだろう。

無自性をそのように解釈すると科学的思考と仏教はピタリと一致する。まさに不思議な接近といえよう。




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