2010年1月作成

臨済録:その1

   

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臨済と臨済録について



臨済録は臨済義玄(ぎげん)の語録である。臨済義玄(?−867年)は中国唐代の禅僧で、臨済宗の開祖である。

臨済の宗風は馬祖道一に始まる禅風を究極まで推し進め、中国禅宗史の頂点を極めたものと言ってもよいだろう。その家風は「喝」(カアッーと怒鳴ること)を多用する峻烈な禅風であり、徳山の「棒」(棒で打つこと)とならび称され、その激しさから「臨済将軍」とも喩えられた。

臨済録は詳しくは『鎮州臨済慧照禅師語録』という。臨済の弟子三聖慧然(さんしょうえねん)の編集、興化存奨(こうけぞんしょう)の校勘になるもので、禅語録の王とも呼ばれている。

臨済録は彼の死後244年経って宣和2年(1120)に刊行された。この解説に用いたテキストは入矢義高訳注、岩波文庫「臨済録」である。入矢義高訳注、岩波文庫「臨済録」は宣和2年(1120)に刊行された臨済録に基づき、最近の中国語学の研究成果を取り入れた本である。

以降は入矢義高訳注の岩波文庫「臨済録」(以下で岩波臨済録と呼ぶ)に基づき、 合理的観点(科学的知見を取り入れた)から分かり易く解説したい。

上堂



上堂1−1

岩波臨済録p.15〜16



府主王常侍、諸官と師を請じて陞座せしむ。師、上堂、云く、「山僧(さんぞう)今日、 事已むことを獲ず、曲げて人情に順って、方にこの坐に登る。若し祖宗門下に約して大事を称揚せば、直に是れ口を開き得ず、汝が足を措く処無けん。 山僧この日、常侍の堅く請ずるを以って、那(なん)ぞ綱宗を隠さん。還た作家(さっけ)の戦将 の直下に陣を展べ旗を開くもの有りや、衆に対して証拠し看よ。」

僧問う、「如何なるか是れ仏法の大意?」。師便ち喝す。僧礼拝す。

師云く、「這箇の師僧、却って持論するに堪えたり」。

問う、「師は誰が家の曲をか唱え、宗風阿誰(たれ)にか嗣ぐ?」。

師云く、「我れ黄檗の処に在って、三度問いを発して三度打たる」。

僧擬議す。師便ち喝して、後に随って打って云く、「虚空裏に向って釘ケツ(ていけつ)し去るべからず」。



注:

府主王常侍:県(成徳府)知事王常侍。常侍は天子に供奉する侍従武官の散騎常侍。ここでは地方軍閥の肩書き。

山僧(さんぞう):わし、自分。

陞座(しんぞ):説法の座に上ること。

綱宗:禅の本領、本質。

作家(さっけ):力量ある手だれの禅僧。

仏法の大意:仏法の根本義。

擬議す:考え込んでもたつく。

釘ケツ(ていけつ)す:釘や楔を打つこと。


現代語訳



成徳府知事の王常侍は部下の諸役人と共に師に説法を願い出た。師は説法の座に上って云った、「今日、わしは已むを得ず、世間の慣わしに順って、説法の坐に登ることとなった。しかし正統的立場に立って禅の根本義を説こうとするならば、全く口の開きようもない。またお前達が足を置こうとしても取り付くしまもないのだ。 今日、わしは常侍殿のたっての強い願いを受けた。どうして禅の本質を隠し通せようか。誰かお前達の中で力量ある者がいて、わしに旗鼓堂々と法戦を挑んで来るものがおるか。もし我こそと思う者がおるなら、皆の前で禅の実力を見せてくれ」。

僧が尋ねた、「仏法の究極のところはどういうものですか?」

師はすかさず「ーつ!」と一喝した。僧は礼拝した。

師は云った、「この坊さん、結構わしの相手になるわい」。

僧が尋ねた、「和尚さんは誰の宗旨と法を受け嗣がれたのですか?」

師は云った、「わしは黄檗の処で修行し、三度質問して三度打たれた」。

ここで僧は考え、もたついた。すかさず師は「ーつ!」と一喝し追いうちをかけるように棒で一打し、「大空に釘やくさびを打つような無駄なことはするな」と言った。


上堂1−2

岩波臨済録p.17〜18



座主(ざす)有り、問う、「三乗十二分教は、豈に是れ仏性を明かすにあらざらんや?」

師云く、「荒草曽って鋤かず」。

主云く、「仏豈に人を賺(すか)さんや」。

師云く、「仏什麼(いずれ)の処にか在る?」

主無語。

師云く、「常侍の前に対して、老僧を瞞ぜんと擬(ほっ)す。速退(しっつい)、速退。他の別人の請(しん)問(もん)を妨ぐ」。

復た云く、「この日の法筵(ほうえん)、一大事の為の故なり。更に問話の者ありや?速かに問を致し来たれ。汝(なんじ)わずかに口を開かば、 早(すで)に勿(もつ)交渉(きょうしょう)

何を以ってか此(かく)の如くなる。見ずや、釈尊云(のたまわ)く、『法は 文字を離る、因にも属せず縁にも在らざるが故なり』と

汝(なんじ)が信不及(しんふぎゅう)なるが為に、所以に今日葛藤(かっとう)す。恐らくは常侍と諸官員とを滞して、他(か)の仏性を昧(くら)まさん。如かず、且(しばら)く退かんには」。

喝一喝して云く、「少信根(しょうしんこん)の人、終(つい)に了日(りょうじつ)無けん。久立(きゅうりゅう)珍重(ちんちょう)」。



注:

座主(ざす):禅宗では、仏教教義の研究をする人を指して言う。

三乗十二分教:三乗とは声聞、縁覚、菩薩の教え。十二分教は古代インド仏教で仏教経典を叙述の形式や内容によって十二種に分類したもの。

汝わずかに口を開かば、早(すで)に勿交渉(もつきょうしょう):石頭希遷(700〜791)の説法に「言語動用勿交渉」と言いう言葉がある。これは禅の極則・本質は言語や動作では表現できないという意味である。臨済のこの言葉は石頭希遷の「言語動用勿交渉」と言いう言葉と関係があると思われる。

法は文字を離る、因にも属せず縁にも在らざるが故なり』:楞伽経と維摩経からの引用。

信不及(しんふぎゅう):自分を信じることができないこと。「自信不及」とも言う。

久立(きゅうりゅう)珍重(ちんちょう):長い間立ったまま聞かせてご苦労だった。説法の終わりの挨拶。


現代語訳



座主(ざす)が質問した、「仏教の三乗十二分教は、すべて仏性を説き明かすものではありませんか?」

師は云った、「そんなものでは無明の荒草を鋤き返すことはできんよ」。

座主は云った「しかし、まさか仏が人を騙すようなことはなさらないでしょう」。

師は云った、「その仏というものはどこにいるんだ?」

座主は無言のままだった。

師は云った、「お前さんは常侍殿の前で、わしをあざむこうとするのか。下がれ、下がれ! 他の人の質問の妨げになるだけだ」。

師は続けて云った、「今日の集まりは仏法の根本を明らかにするためだ。 もう質問のある者はいないか?おればさっさと出て来て質問せよ。 しかし、お前たちが口を開けばその途端に、もう仏法の根本とは無縁になる。  どうしてそのようなことが言えるのだろうか。 釈尊も『仏法は文字を離れている。因にも属せず縁にも依存しない。』と言われているではないか。 お前達が自分自身を信じることができないため、このような 無用な議論に落ちこむのだ。そんなことでは常侍殿や官員の皆さんに累を及ぼして、仏性を一層分からなくするばかりだ。 そろそろわしもここで引き下がった方が良かろう」。

そこで師は「ーつ!」と一喝して云った、「自分を信じることができない者はいつになっても埒のあく日はないぞ」。

では、長い間立ち通しでご苦労さん」。



コメント


この上堂で臨済は「汝わずかに口を開かば、早(すで)に勿交渉(もつきょうしょう)」と言っている。

この言葉は石頭希遷の言葉「言語動用勿交渉(以下を参照)」と関係あると思われる。


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言語動用勿交渉について


石頭希遷(700〜791)はある時の説法で「言語動用勿交渉」と言った。これは禅の極則・本質は言語や動作では表現できないという意味である。口で出しても身に行じても禅とは勿交渉(没交渉(ぼつこうしょう)=無関係)であると言うのである。

禅の極則と深い関係がある脳科学の世界は文学(日常言語)では表現できないのは当然である。石頭希遷達が生きた唐代では心の坐は心臓であると考えられていた。この頃の中国では脳神経科学に関する知識は皆無であったからこう言うしかなかったのだろう。

 
   
言語動用

図 言語動用没交渉: 禅の極則や本質は脳科学の世界であり、日常言語や動作では説明できない

 

上堂2

岩波臨済録 p・19


師、因みに一日河府に到る。府主王常侍、師を請じて陞座せしむ。

時に麻谷(まよく)出でて問う、「大悲千手眼、那箇か是れ正眼?」。

師云く、「大悲千手眼、那箇か是れ正眼、速かに道え、速かに道え」。

麻谷師をひいて師を下らしめ、麻谷却って坐す。

師近前して云く、「不審」。

麻谷擬議す。師も亦た麻谷を?いて下らしめ、師却って坐す。麻谷便ち出で去る。師便ち下坐す。


注:

河府:河北省の首府であった成徳の町。

陞座(しんぞ):説法の座に上ること。

麻谷(まよく):麻谷山の僧。従来は馬祖門下の麻谷宝徹としているが不明。麻谷山の第二世だという説もある。

大悲千手眼:千本の腕の各掌に眼を持った観世音菩薩。千手千眼観世音菩薩。

不審:ご機嫌よろしゅう」と挨拶すること。


現代語訳


ある日師は河北府に行った。そこでは県知事の王常侍が師に説法を請うた。

師が説法の坐に登ると麻谷が進み出て質問した、「千手千眼の観世音菩薩の眼は一体どれが正面の眼ですか?」。

師は云った、「千手千眼の観音菩薩の眼は一体どれが正面の眼だと? お前こそさあ、すぐ言ってみよ」。

すると麻谷は師を演壇から引きずり下ろし、自分が代わって坐った。

師は麻谷の前に近づいて、「ご機嫌よろしゅう」と挨拶した。

麻谷はまごついた。師は麻谷を演壇から引きずり下ろすと、自分が坐った。すると麻谷はさっと出て行った。そこで師はさっと演壇から下りた。


コメント


この上堂において麻谷と臨済のやりとりは如何にも禅的で分かりにくい。そのまま読むと謎に満ちて非合理とも言える。麻谷と臨済のやりとりは次ぎように考えれば良いだろう。

臨済が麻谷に対し「千手千眼の観音菩薩の眼は一体どれが正面の眼だと? お前こそさあ、すぐ言ってみよ」と迫ると麻谷は師を演壇から引きずり下ろし、自分が代わって坐った。麻谷は全身これ眼でないものはないという真実を坐るという行為によって示したと見ることができる。

全身が千手千眼の観音菩薩と同じ仏性を具足していることを行為によって示したのである。しかし、臨済は本当に麻谷が悟っているかどうかを更に探ろうとして、麻谷に近づいて、「ご機嫌よろしゅう」と挨拶した。しかし、麻谷はこれに対しどうしたら良いか分からずもたついた。そこで、臨済は麻谷を演壇から引きずり下ろすと、今度は自分が坐ったのである。

すると麻谷はさっと出て行った。このことで千手千眼の観音菩薩の自由な働きを示したと考えることができる。この麻谷は思い切りが良く見事な応対と言える。それを見た臨済はさっと演壇から下りたのである。

このやり取りは「言語動用は仏性の全体作用である」という馬祖禅の<作用即性>の思想によって解釈できる(「馬祖道一の禅思想」を参照)。

全身が千手千眼の観音菩薩と同じ正眼であるという考えは「碧巌録」89則「雲巌手眼」に見える。

脳神経系は我々の全身に張り巡らされいるから、全身これ眼でないものはないという科学的事実を「全身が千手千眼の観音菩薩と同じ正眼である」と宗教的に(禅宗の立場に立って)表現している

と考えることができるだろう。


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上堂3

岩波臨済録 p・20 



上堂。云く、「赤肉団(しゃくにくだん)上に一無位の真人有って、常に汝等諸人の面門より出入す。未だ証拠せざる者は看よ看よ」。

時に僧あり、出て問う、「如何なるか是れ無位の真人?」。師禅床を下がって把住して云く、「道(い)え道え」。

その僧擬議す。師托開して、「無位の真人是れ什麼(なん)の乾屎屎ケツ(かんしけつ)ぞ」と云って便ち方丈に帰る。

注:

赤肉団:赤肉団は普通生身の身体と解釈される。しかし、「赤肉団上」を生身の身体と解釈するより心臓と解釈した方が理解しやすい。中国においては赤肉団とは心臓を表わす言葉であるからである。心臓の筋肉は赤い色をしているためであろう。 また仏教に於いても肉団心とは心臓に宿る心を意味している。中国では古くから心は心臓に宿ると考えられていた。しかし、現代科学では心は脳に宿ることが分かっている。 従って、赤肉団上とは現代では脳だと解釈することができるだろう。

真人:道教で奥義に到達した人を言う。

乾屎ケツ(かんしけつ):乾屎ケツ(かんしけつ)は昔は糞かき箆(へら)と考えられていたが最近では乾いた棒状の糞と考えられている。


現代語訳


師は上堂して言った、「心臓(本当は脳)には一無位の真人がいて、常にお前たちの面門(感覚器官)より出入している。 未だこれを見届けていない者は、サア見よ!見よ!」。

その時1人の僧が進み出て質問した、「その無位の真人とはいったい何者ですか?」。師は席を降りて僧の胸倉を捉まえ「さあ言え!言え!」と迫った。

その僧は戸惑ってすぐに答えることができなかった。師は僧を突き放して、「お前さんの無位の真人はなんと働きのないカチカチの糞の棒のようなものだな。」と云って方丈に帰った。


コメント


上の訳から、臨済の言う「無位の真人」とはいきいきと働く脳機能を指していることが分かる。「常に汝等諸人の面門より出入す」とは身体と諸感覚器官(目、耳、鼻、舌、皮膚、脳)より出入する情報と運動指令を直感的に表わしている。

また真人という言葉が注目される。道家の理想は万物の一なる根源である無為無名の「道」と一体化することであった。その「道」を体得した人を聖人とか至人・真人とか称する。臨済義玄の無位真人は道教の真人から来ていると思われる。 これは仏教を中国の老荘思想によって解釈する格義仏教(中国思想によって解釈された仏教)的理解と言えるだろう。

A.D.842〜846には中国(唐代)では会昌の廃仏という仏教弾圧が行われた。臨済もこれを経験した筈である。道教は臨済が生きた唐王朝の国教である。中国で生き、中国人に禅宗を布教するために道教の「真人」の理想を取り入れたものと考えられる。「無位真人」は臨済の言葉として有名である。

無位真人」は臨済の中心的思想と言えるだろう。

心臓と心の座−臨済の「無位真人」

中国やインドでは心の座は心臓の中にあると古くから考えられていた。心臓という漢字が示すように心臓は心が生じる臓器という意味を表わしている。

明治6年遣欧使節団の一員としてプロシャ(ドイツ)を訪れた大久保利通は鉄血宰相ビスマルクが主催する宴席に招待された。ビスマルクが話す建国の苦労話を聞いて感激した大久保利通は友人の西郷隆盛に手紙を書き次ぎのように言っている。

何れもこの人の方寸に出でざるなしと察せられ候

ここで方寸とは心臓の中の心を指している。この手紙文から日本人は明治の初期まで心は心臓にあると考えていたことが分かる。

心は心臓にあると考えていたことは次のような言葉を見れば分かる。

古代インドでも心は心臓にあると考えていた。それは「ヨーガスートラ」の次のような言葉から分かる。

心臓とは、小さな蓮華の形をした心の住処である。」

法句経(ダンマパダ)37詩は次のように心は心臓にあると述べている。

心は遠くに行き、独り動き、形体なく、胸の奥の洞窟に潜んでいる。この心を制する人は死の束縛から逃れるであろう。」


無位真人と赤肉団は何か?


「臨済録」の中に臨済義玄の有名な言葉として「赤肉団上に一無位の真人有って、常に汝等諸人の面門より出入す。未だ証拠せざる者は看よ看よ。」がある(岩波「臨済録」p・20)。このなかに「無位真人」という言葉が出ている。

真人とは普通仏教の悟りを得た人と解釈されている。しかし、道教ではその奥義を極めた不老不死の仙人を真人と呼んでいる。

臨済が活躍した唐の時代は道教が王室の保護を受け国教となった。社会的に強い影響力を持っていた。臨済は説法を分かり易くするため真人という道教の言葉を用いた可能性がある。

また赤肉団は肉体と解釈されている。これは心臓と解釈した方が良い。仏教では肉団心と言えば心臓のことである。中国では昔から心の座は心臓にあると信じられていた。心臓の筋肉は赤い。従って赤肉団とは心臓と解釈した方がすっきりと理解できる。臨済は伝統的解釈に従って心は心臓にあると誤解していたため上の言葉になったと思われる。

実際、「赤肉団上に一無位の真人有って、」という言葉には記録によって異同があるようである(岩波本「臨済録」p・222)。

例えば「伝灯録」では「赤肉団」ではなく「肉団心」としているとのこと(岩波本「臨済録」p・20)。この場合の「肉団心」とは心臓にあると考えられた心を指している。心臓は赤い色をしている。臨済が言う「赤肉団」とは心臓を指していると見るのは自然である。

現代の科学では心の座は心臓ではなく脳であることが分かっている。赤肉団を脳だと見なせば上の臨済の言葉は分かり易い。ここでの新解釈では「脳神経系には一無位の真人がいて、常にお前達の感覚器官より出入している。まだ見届けていない者はさあ看よ!看よ!」となる。

現代の合理的観点から言えば臨済の「無位の真人」とは「脳神経系」だと言っても良いだろう。これを次の図に示す。

 
無位真人

図 臨済の無位真人は心の坐である能神経系だと言えるだろう

 
   

注:

肉団心:岩波本「大乗起信論」p・167には肉団心とは心臓のことだと書かれている。


 禅に対する道教の影響:


   

僧肇の説く万物一体:無位真人は道教からか?


クマーラジーバ(羅什)の弟子で解空第一と称された僧肇は「涅槃無無名論」の中で次ぎのように述べている。

然れば即ち玄道は妙悟に在り、妙悟は即真に在る。真に即すれば、即ち有と無と斉観され、斉観すれば即ち彼と己と二つなし。故に天地と我と同根にして、万物と我と一体なり。これは体用論によって次ぎのように解釈される。

天地と我は唯一の根源的実在である「玄道(道)」から生じたものである。その意味で天地と我は同根である。天地と我は同根であるから万物と我は一体であると言って良い。

僧肇は涅槃=妙悟=真理=道であると老荘思想によって解釈している。道家の理想は万物の一なる根源である無為無名の「道」と一体化することであった。その「道」を体得した人を聖人とか至人・真人とか称する。これは仏教を中国の老荘思想によって解釈する格義仏教的理解と言える。臨済義玄の無位真人は道教の真人から来ていると思われる。

老荘思想は禅に影響を与えている。このことは「山僧歌」にブッダのことを「釈迦老人」と呼んでいることや、「碧巌録」にブッダのことを「釈迦老子」と呼んでいることなどにも現れている。日本でも栄西禅師は「興禅護国論」(p.238)において「釈迦老人は一大事因縁の為に、故に世に出現せり。」と述べている。大燈国師は大徳寺の開堂のとき読んだ偈頌(平野宗浄、講談社、大燈国師語録p.45、p.166)中でブッダのことを「釈迦老子」と呼んでいる。

「無門関」第42則女子出定でもブッダのことを「釈迦老子」と呼んでいる。


仏教を中国の老荘思想によって解釈する発想法は後世の禅宗にまで及んでいる。道教の「道」の発想法は仏教のみならず日本文化一般に及んでいる。


例:茶道、柔道、弓道、華道、書道、武士道、剣道、合気道


仏教も本来は仏法が正式な呼称であろうが仏道と「道」になっている。これも「道」という漠然とした道教的概念の影響であろう。


「知之一字衆妙門」と道教


荷沢神会の荷沢宗では「知の一字は衆妙の門なり」と言う。悟った者,未悟の者を問わず全ての人々は本来分別を超えた絶対知とでも言われる真心を具有していると考える(本具の真心)。この本具の真心の働きが知である。この知こそがあらゆる妙理が出てくる根源であるという意味である。

これを体用思想で説明すると次ぎの図1のようになる。「本具の真心」が体で、「知」はその用となる。

衆妙の門

図1 体用思想による「知の一字は衆妙の門」の説明

道教の根本聖典「老子道徳経」の冒頭部分に「玄の又玄は衆妙の門なり」という言葉がある。

宇宙の森羅万象を成り立たせている「道」は玄の又玄としか表現のしようのない玄妙なるものであり、すぐれたものを生み出す根源であるという意味である。荷沢神会(かたくじんね)の「知の一字は衆妙の門なり」と言う主張はこの「老子」の影響を受けていることは明らかであろう。

では荷沢神会の言う「本有の真心」とは一体何だろうか?

単純に解釈すれば「本有の真心」とは知を司る大脳前頭葉だけでない。大脳前頭葉は分別意識の中心だからである。禅は無分別智を重視することから、脳幹から大脳辺縁系の下層脳を含んだ<脳神経系>全体だと考えると良いだろう。

それが無分別智の本体となるからである(仏とは何か?「仏の智慧 =無分別智、無差別智」を参照 )。



上堂4

岩波臨済録 p・21 


上堂、僧有り、出て礼拝す。師便ち喝す。僧云く、「老和尚、探頭(たんとう)すること莫(な)くんば好し」。

師云く、「汝什麼(いずれ)の処に落在(らくざい)すと道(い)うや」。僧便ち喝す。

又、僧有り問う、「如何なるか是れ仏法の大意?」師便ち喝す。僧礼拝す。

師云く、「汝好喝と道うや」。

僧云く、「草賊大敗す」。

師云く、「過は什麼(いずれ)の処にか在る?」 

僧云く、「再犯容さず」。師便ち喝す。

注:

探頭(たんとう)する:探りを入れる。

落在(らくざい)す:落ち着く。収束する。

草賊:盗賊団。


現代語訳


上堂すると、一人の僧が出て来て礼拝した。すかさず師は一喝した。僧は云った、「老師、探りを入れるのはやめて下さい」。

師は云った、「お前は今の喝はどこに収まったと思うのか」。すぐさま僧は一喝した。

また一人の僧が尋ねた、「仏法の究極のところは一体何でしょうか?」すぐさま師は一喝した。僧は礼拝した。

師は云った、「お前は今の喝は良い喝だと思うのか」。

僧は云った、「盗賊はぼろ敗けだ」。

師は云った、「その敗因はどこにある?」 

、僧は云った、「二度と賊を働いてはならぬぞ」。師は直ちに一喝した。


コメント


この上堂において、臨済の一喝に対し、僧は「老師、探りを入れるのはやめて下さい」と言っている。

彼は臨済の喝は探りを入れる手段だと考えているようだ。そこで臨済は「お前は今の喝はどこに収まったと思うのか」と言ってこの僧の悟境が確かなものかどうか探りを入れた。

この質問は〔上堂〕3の「無位真人」と関係ある。もし、僧が「今の喝は無位真人(本来の面目=真の自己)に収まりそこから出ている」と答えたならば臨済はその僧に合格点を与え認めただろう。しかし、僧は一喝した。この僧は一喝することで一喝の出どころを示したとも言える。

そこで別の僧が出てきて、「仏法の究極のところは一体何でしょうか?」と尋ねる。

臨済は一喝し、無位真人(本来の面目=真の自己)の働きを示すことで仏法の究極(<体即用>)を示したと言える(「馬祖道一の禅思想」を参照)。

これに対し、僧は礼拝した。これは臨済の一喝は仏法の究極だということが分かって礼拝したとも取れる。

しかし、本当に分かって礼拝したかどうかはっきりしない礼拝である。そこで臨済は「お前は今の喝は良い喝だと思うのか」と探りを入れる。

僧は、「盗賊はぼろ敗けだ」と言って臨済の問いにまともに答えることができない。むしろ臨済の質問をはぐらかすような答えをした。

そこで臨済は「その敗因はどこにある?」と言って僧の真意を追及した。

僧は、「二度と賊を働いてはならぬぞ」と的外れの答えをして馬脚を現した。そこで臨済は直ちに一喝して僧をたしなめた。

この上堂において臨済は3回喝をしている。最初の2回までの喝は無位真人(本来の面目=真の自己)とそこからから出ている」ことを示す喝といえる。最後の喝は的外れな僧をたしなめるための一喝と言えるだろう。

この上堂には喝を多用した臨済の見事な指導ぶりが見られる。


上堂4−1

岩波臨済録 p・22 


是の日、両堂の首座相見、同時に喝を下す。僧、師に問う、「還(は)た賓主(ひんじゅ)有りや?」

師云く、「賓主歴然たり」。

師は「臨済が賓主の句を会せんと要せば、堂中の二首座に問取せよ」と云って便ち下座す。

注:

両堂の首座(しゅそ):前堂と後堂の首座。首座(しゅそ)とは雲水の首位にある者(一番古い僧)のこと。

賓主(ひんじゅ):客の位と主人の位の別。


現代語訳

この日、前堂と後堂の首座が行き合うと、同時に一喝を交えた。

それを見た僧が師に尋ねた、「只今の喝に主客の別が有りますか?」

師は云った、「主客の別ははっきりしている」。

師は「もしお前達がわしの言う主と客の意味を知りたいならば、堂中の二首座に尋ねよ」と云って座を下りた。


コメント


平田精耕老師はその著書「禅語事典」において次ぎのように解釈しておられる。

同時に一喝を交えたので両者は平等である。しかし、前堂と後堂の首座が一喝を交えたところに差異がある。即ち、平等な一喝は前堂と後堂の首座という別人(区別=差別があるところ)から出ているからである。平等な喝と言っても前堂と後堂という差別があることが分かる。ここに「平等即差別」という仏教の基本的教えが歴然と表れている。これを臨済は「賓主歴然」と言っていると考えることができる。

しかし、「賓主歴然」はもっと別の角度から次ぎのように考えて良いのかもしれない。

同時に一喝を交えたので両者は平等である。しかし、時間的には同時かも知れないが一喝した前堂から見れば、前堂が主であり、後堂は賓(客)である。逆に、後堂から見れば、後堂が主であり、前堂は賓(客)である。即ち、時間的には同時という点では平等かも知れないが後堂と後堂の首座の立場から見ると、両人とも主であり、賓(客)であると考えることができる。

これを臨済は「賓主歴然」と言っていると考えることができるのではないだろうか?


上堂5

岩波臨済録 p・23 


上堂、僧問う、「如何なるか是れ仏法の大意?」師、払子を竪起(じゅき)す。

僧便ち喝す。師便ち打つ。又、僧問う、「如何なるか是れ仏法の大意?」

師、亦た払子(ほっす)を竪起(じゅき)す。僧便ち喝す。師も亦た喝す。僧擬議す。師便ち打つ。

師、亦た払子(ほっす)を竪起(じゅき)す。僧便ち喝す。師も亦た喝す。僧擬議す。師便ち打つ。

師乃(すなわ)ち云く、「大衆、夫れ法の為にする者は喪身(そうしん)失命(しつみょう)を避けず。我二十年黄檗先師の処に在って、三度仏法的的(てきてき)の大意を問うて、三度他の杖を賜うことを蒙る。蒿枝(こうし)の払著(ほっちゃく)するが如くに相似たり。如今更に一頓(とん)の棒を得て喫せんことを思う。誰人(だれびと)か我が為に行じ得ん」。

時に僧有り。衆を出でて云く、「某甲(それがし)行じ得」。

師、棒を拈(ねん)じて彼に与う。その僧接せんと擬(ほっ)す。師便ち打つ。

注:

払子:もともとはインドにおいてハエや蚊などを追い払うためにつかっていた道具。中国に入って本来の目的から転じて煩悩を払う仏具や儀式用の道具として用いられるようになる。

払子

払子

喪身失命(そうしんしつみょう):生命を亡くすこと。

仏法的的(てきてき)の大意:仏法の究極のところ。 

蒿枝(こうし):蓬(よもぎ)の枝。 

現代語訳

上堂するとある僧が尋ねた、「仏法の究極のところは何でしょうか?」師は払子を立てた。

僧は一喝した。師はただちに払子で僧を打った。又一人の僧が尋ねた、「仏法の究極のところは何でしょうか?」

師がまた払子を立てると僧は一喝した。師もまた一喝すると、僧はもたついたので、師はただちに打った。

師は云った、「諸君、法を求めて修行する者は命を惜しんではならぬ。わしは二十年間黄檗老師の処で修行した

三度仏法の究極のところを尋ねた時、三度黄檗老師に棒で打たれた。それは蓬の柔らかな枝で撫でられたようであった

もう一度あのような棒を受けて見たいものだ。誰かわしの為に打ってくれる者はいないか」。

その時に一人の僧が大衆の中から出で来て云った、「私にはやれます」。

師は棒を取って彼に与えた。その僧が受け取ろうとした時、師は直ちに打った。


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私にはやれます」と大衆の中から出で来た僧は修行熱心でもない。また実力もない僧でもないことが分かった。その厚かましさに臨済はその僧が棒を受け取ろうとした時、直ちに打った。

この上堂には喝と共に棒を用いた臨済の見事な指導ぶりが見られる。


上堂6

岩波臨済録 p.25 


上堂、僧問う、「如何なるか是れ剣刃上(けんにんじょう)の事(じ)?」

師云く、「禍事(かじ)、禍事(かじ) 」。 僧擬議す。師便ち打つ。 

問う、「ただ石室行者(あんじゃ)の碓を踏んで脚を移すことを忘却せるが如きは、什麼(いずれ)の処に向かってか去る?」

師云く、「深泉に没溺す」。師乃ち云く、「但有(すべ)ての来者は彼をキ欠せず。総(そう)に伊(かれ)が来所を識(し)る。もし与麼(よも)に来れば、恰(あたか)も失却するに似たり。与麼(よも)に来らざれば、無縄(むじょう)自縛(じばく)。一切時中、乱(みだ)りに斟酌すること莫(なか)れ。 会と不会と、都来(すべ)て是れ錯(しゃく)、分明に与麼(よも)に道う。天下の人の貶剥(へんばく)するに一任す。久立珍重」。

注:

剣刃上(けんにんじょう)の事(じ):真剣を抜き放った時の対応。

石室行者(あんじゃ):青原行思下四世の法孫、石室善道。唐代武宗の会昌の廃仏(842〜846)の時に還俗して行者の姿で毎日碓を踏んで米を精白し僧に供養した。行者は寺内にあって諸役に奉仕する人を言う。

深泉:深い泉。ここでは脳(特に下層脳)を指していると考えられる。

深泉に没溺す:深い禅定によって無相三昧の深泉(下層無意識脳)に落ち込む。「深泉」とは下層脳を中心とする無相三昧の世界と考えることができる。  

キ欠す:欠けている。

与麼(よも)に:「恁麼に」と同じ唐代の俗語で「そのように、このように」という意味。

無縄自縛(むじょうじばく):縄が無いのに自らを縛ること。実体がないものを有ると思って縛られること。 

錯(しゃく):誤り、錯誤。

貶剥(へんばく):批評。

現代語訳

上堂するとある僧が尋ねた、「真剣を抜き放った時はどうすればよいでしょうか?」

師は云った、「大変だ!、大変だ! 」。僧はまごついた。師はすかさず打った。 

またある僧が尋ねた、「石室行者(あんじゃ)は碓を踏みながら無心の境に入り、脚を動かしていることを忘れていたと云われます

この時彼は何処に向かって行ったのでしょうか?」

師は云った、「深泉に沈没していたのだ」。

師はまた云った、「わしの処に来る全ての者はそれ(深泉)を持っている。もし彼がそこ(深泉の世界)からそのように来たら

あたかも自己を見失っているかのようだ(わしには、そのように見える)

もしそのように来なければ(深泉の世界からそのように来ないなら)、縄がないのに自らを縛っている(迷っている)ようなものだ

いかなる時も、むやみに分別意識を使って分別してはいけない

分かったとか分からないとか言っても、全て誤りだとわしは、はっきり言う

後は天下の人の批判に任せるばかりだ。長い間立ち通しでご苦労さん」。


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この上堂説法は二つの部分に分けることができる。最初の部分では僧が「真剣を抜き放った時はどうすればよいでしょうか?」と尋ねると、臨済は、「大変だ!、大変だ!」と云った、。 

しかし、僧はまごついてぐずつくだけだった。そこで、師はすかさず打った。

これは、真剣を抜き放った時ような時には、生命に対する危機感を素早く感じて、瞬間に対応すべきことを言っている。

しかし、、僧はまごついてぐずつくだけだった。

そこで、臨済は「危機に逢ったら、逃げるなり、叫ぶなり素早く対応せんかい!」と、ぐずぐずしている僧を打ったと考えることができる。

後半部の説法では無相三昧の源(=悟りの世界)となっている深泉(下層無意識脳の世界)について述べていると考えることができる。

深泉(下層無意識脳)が主体となる無分別智を重視して、分別意識にとらわれないように注意していると考えることができるだろう。


上堂7

岩波臨済録 p.26 


上堂、云く、「一人は孤峰(こほう)頂上に在って、出身の路無く、一人は十字街頭に在って、亦た向背無し。那箇(いずれ)か前に在り、那箇か後に在る。維摩詰(ゆいまきつ)と作さざれ、傅大士(ふだいし)と作さざれ。珍重」。

注:

孤峰(こほう)頂上:孤峰(こほう)頂上にも喩えられる禅修行で到達される独尊の悟りの境地。

出身の路無し:止まって動こうとしない。

十字街頭:世俗の日常生活。

向背無し:進退の自由を失う。動けない。

維摩詰(ゆいまきつ):釈迦と同時代、空の悟境に達したインドの居士。大乗経典「維摩経」の主役であるが、実在の人物とは考えにくい。

傅大士(ふだいし):中国梁時代の居士(497〜569)。高僧をも越えた悟境にあり、東土の維摩、または弥勒の化身と信ぜられた。

現代語訳

上堂して云った、「一人は絶対究極の独尊の悟りの境地に到達して、もはやその先に進む路は無い

他の一人は世俗の生活をして、一切の相対を超えているが進退の自由を失っている。さてこの内どちらが優れどちらが劣っているだろうか

前者は 維摩詰(ゆいまきつ)で、後者は傅大士(ふだいし)などと言ってはならんぞ。ご苦労さん」。


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一人は孤峰の頂上に喩えられる絶対究極の境地に到達しているが、もはやそこを出て先に進む路は無い。

他の一人は世俗の生活に止まって進退の自由を失っている。

この上堂で臨済はこの内どちらが優れどちらが劣っているだろうか?という問題を提起している。

禅の立場に立てば、孤峰頂上に喩えられる絶対究極の境地に到達しても、そこに安住してはならない。

そこを出てさらに先に進まないとならないのである。また世俗の生活に止まっても進退の自由を失ってはならない。

禅は、いわば、無限向上の道である。この二人には一長一短がある。

従って、上の二人の境地を乗越えてさらに先に進まないとならない。二人の優劣を比べても意味がないのである。


rinzai.j8

上堂8

岩波臨済録 p.27 


上堂、云く、「一人有り、劫(ごう)を論じて途中に在って、家舎を離れず。一人有り、家舎を離れて途中に在らず。那箇(いずれ)か合(まさ)に人天(にんでん)の供養を受くべき」と言って便(すなわ)ち下座す。

注:

劫(ごう)を論じて:永久に。

途中:世俗の日常生活。

家舎:悟りの絶対境(本来の自己を家に譬えたもの)。

人天(にんでん):人間界と天上界。

現代語訳(直訳)

 上堂して言った、「一人は永劫に途中に在って家舎を離れない。一人は家舎を離れて途中にいない。いずれがまさに人天の供養を受ける資格があるだろうか?」と言うと直ぐに下座した。


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上の直訳では何を言っているのか分からない。

禅宗の伝統的解釈では「家舎」とは本来の自己の家郷(悟りの絶対境=家郷)を意味しているとされる。

「途中に在る」とは現実社会の中で衆生済度の働きをしていることを意味している。これが分かると上の上堂の難解な文章の意味は次ぎのように分かり易くなる。

上堂して言った、「一人は長い間現実の社会にあって衆生済度の働きをしているが真の自己(家舎)を少しも見失なわない

 また一人は本来の自己の家郷(悟りの絶対境=家郷)にはいるが、そこから離れることはなく、現実社会に入って衆生済度の働きもしていない

どちらが人間界、天上界からの供養を受ける資格があるだろうか?」と言って下座した。

このように考えると、人天の供養を受ける資格があるのは前者、即ち、「長い間現実の社会にあって衆生済度の働きをしているが悟りの絶対境(家舎=真の自己)を少しも見失なわない人」であることが分かる。

 他の一人は本来の自己の家郷(悟りの絶対境=家郷)が分かってはいるが、そこに安住するだけである。

そこから出て、現実社会に入って衆生済度の働きもしていないので菩薩とは言えない。これでは人天の供養を受ける資格はないだろう。

この「家舎」という言葉の使い方で分かるように禅では言葉が厳密に定義されずに象徴的に用いられることが多い。

これも禅を難解にしている原因と言えるだろう。


j9

上堂9

岩波臨済録 p.28 


上堂、僧問う、「如何なるか是れ第一句?」

師云く、「三要(さんよう)印開(いんかい)して朱点(しゅてん)側(そばだ)つ、未だ擬議を容れずして主賓分かる」。

問う、「如何なるか是れ第二句?」

師云く、「妙解(みょうげ)豈に無著(むじゃく)の問いを容れんや。?和(おうわ)争(いか)でか截流(せつる)の機に負(そむ)かん」。

問う、「如何なるか是れ第三句?」

師云く、「棚頭(ほうとう)に傀儡(かいらい)を弄(ろう)するを看取せよ。抽牽(ちゅうけん)都来(すべ)て裏に人有り」。

師又云く、「一句語に須らく三玄門を具すべく、一玄門に須らく三要を具すべし。権有り用有り、汝等諸人、作麼生(そもさん)か会す?」と言って下座す。

注:

印開する:印章を押す。

朱点(しゅてん)側(そばだ)つ:赤い色模様がくっきり出てくる。

主賓分かる:主体と客体に分離する。

妙解(みょうげ):文殊菩薩の悟りの智慧。

無著(むじゃく):五台山に現れた文殊菩薩と問答したという華厳寺無著(「宋高僧伝」二十)のこと。

?和(おうわ):梵語ウパーヤの訳。仮に応用する方便。

棚頭(ほうとう):舞台。

抽牽(ちゅうけん):引くこと。

三玄門:古来、玄中玄(理)、句中玄(智)、体中玄(行)などの3つに分けられているが具体的内容は不明である。

権有り用有り:権は方便のことで実に対する言葉である。用は作用や働きのこと。

現代語訳


上堂するとある僧が尋ねた、「師は三句をもって修行者を指導されるとのことですが、禅の第一句とはどのようなものですか?」

師は云った、「それを印章に譬えて言うと、三要(さんよう) の印を押してから持ち上げると、赤い色模様がくっきり出てくる。そのように憶測を入れる余地もなくはっきりと主・客が分離して顕現する」。

僧が質問した、「では第二句とはどのようなものですか?」

師は云った、「文殊菩薩の悟りの智慧は無著(むじゃく)の問いを寄せ付ける余地も無い。その智慧の力は煩悩の流れを断ち切る働きをする 」。

僧が質問した、「では第三句とはどのようなものですか?」

師は云った、「舞台であやつり人形がいろいろ演技する。それはみな裏であやつる人がいるからだとはっきりと見取るが良い」。

師はさらに、「いま三句を説明したが、この三句の内どの一句にも三玄門が具(そな)わっていなければならない

一玄門には三要が具(そな)わっていなければならない。そうなれば方便も働きも出てくるのだ。諸君、そこをどのように会得したかな?」

と言って座を下りた。


三玄門の解釈とコメント


この上堂説法は臨済の「三玄三要」の思想とされる。古来、三玄門は玄中玄(理)、句中玄(智)、体中玄(行)などに分けられるとされる。

しかし、臨済はこの上堂説法に於いて「三玄三要」についてくわしくは説いていない。

そのためか、「三玄三要」の詳しい内容は現代でも不明のままである。

この上堂説法では臨済は第一句から第三句までを説いている。第一句から第三句までの説明は論理的で筋が通ったものである。

その内容も難解なものであるが科学的視点から考えると以下のようにすっきりする。

臨済の説明をまとめると次ぎのようになる。

第一句とは「それを印章に譬えて言うと、三要(さんよう) の印を押してから持ち上げると、赤い色模様がくっきり出てくる。そのように憶測を入れる余地もなくはっきりと主・客が分離して顕現する」と説明している。

この三要(さんよう) の印や朱点(しゅてん)とは何を指しているかわからない。しかし、印鑑を押してから持ち上げると印がはっきりと現れるように脳の記憶作用や判断・認識作用を指していると思われる。

最後の「主賓分かる」も主・客が分離する分別意識(=理知)の働きを言っていると考えられる。

そのように考えると第一句は分別智(理知の本体である上層脳の働き)を禅の立場から比喩的に説明していると思われる。

第二句の説明で臨済は、「文殊菩薩の玄妙な智慧は無著(むじゃく)の問いを寄せ付ける余地も無い。その智慧の方便は無明の流れを断ち切る働きをする」と言っている。

第二句のキーポイントは妙解(みょうげ)(文殊菩薩の玄妙な智慧)と無著(むじゃく)の問いにある。

妙解(みょうげ)(文殊菩薩の玄妙な智慧)とは仏教の悟りの知恵である無分別智(下層脳中心の脳から生まれる悟りの智慧)を指していると考えることができる。

これに関連すると思われる文殊菩薩と無著(むじゃく)の問答が碧巌録第35則にある。

そこでは無著は文殊の問いに対してトンチンカンな返答をする未熟な禅僧として描かれている(「碧巌録」第35則を参照)。

これより無著(むじゃく)の問いとは文殊の無分別智には及ばない分別智(理知=第一句)の段階にある無著(むじゃく)の境地を指していると考えることができる。

そのように考えると、第二句は「文殊菩薩の無分別智(玄妙な悟りの智慧)は無著(むじゃく)の分別智を寄せ付ける余地も無い。

文殊菩薩の智慧の方便(=無分別智)は煩悩の流れを断ち切る」と言って禅の基本的立場を説明していることが分かる。

即ち第二句は無分別智(=玄妙な悟りの智慧)を指していると考えることができる。

第三句は「舞台であやつり人形がいろいろ演技する。それはみな裏であやつる人がいるからだとはっきりと見取るが良い」である。

これは人間をあやつり人形に譬えて説明している。人間はあやつり人形のような存在であり、舞台裏でそれを操る人(無位真人=脳)を看取せよと言っているのである。

あやつり人形とは肉体であり、舞台裏でそれを操る人とは脳や無位真人と考えて良いだろう。

そのように考えれば第一句は分別智(上層脳中心の理知)、第二句は無分別智(下層脳中心の智慧)、第三句は脳全体(上層脳+下層脳)について言っていると考えることができる。

このように考えると、臨済の言っている「三玄三要」とは、

@分別智(上層脳)、A無分別智(下層脳中心の脳から生まれる悟りの智慧)とBそれを一つにした全脳(上層脳+下層脳)の三つの法門のことだと考えることができる。

これを次の図2に示す。

三玄三要

図2.「三玄三要」は分別智(上層脳)、無分別智と全脳の三法門のこと


臨済は「禅は常にこれらの三つの玄妙な法門(脳に関する法門)に関係している

従って禅を説く時は常に脳に関係した三つの玄妙な法門について説かなければならない」と言っていることが分かる。

臨済の三玄門は脳を中心とする人間観であることを示している。以下の「示衆」でもこのことを確かめることができる。

彼の脳を中心とする人間観は科学的であり、現代でも充分通用する考え方だろう。

ただ、臨済の生きた中国唐代では脳科学は未発達であり、このようにすっきりと議論し説明することができなかっただけである。

この上堂説法で注目されるのは第一句である。第一句は分別智(上層脳=知性)を意味している。

普通、禅や仏教では無分別智(下層脳中心の脳)を重視するあまり分別智(理知、理屈)を軽視しがちである。 しかし、この上堂説法では分別智を軽視していない。

臨済禅では公案と問答を通して禅と悟りの世界を何とか表現しようとする伝統がある(第一章「看話禅と黙照禅」を参照)。

これは臨済宗の開祖臨済の分別智(上層脳=知性)をゆるがせにしない姿勢に起因しているといえるのかも知れない。

臨済の分別智(上層脳から生まれる智慧=理知)重視の姿勢は「示衆4−2」や「示衆5−2」に見られる「真正の見解」重視の姿勢に通じ、注目されるところである。


示衆


   
1-1

〔示衆〕1−1

岩波臨済録 p.31 


 師、晩参、衆に示して云く、「有る時は奪人不奪境、有る時は奪境不奪人、有る時は人境倶奪、有る時は人境倶不奪」。

時に僧有り問う、「如何なるか是れ奪人不奪境?」

師云く、「煦日(くじつ)発生して地に鋪(し)く錦、幼孩(ようがい)髪を垂れて白きこと糸の如し」。

僧云く、「如何なるか是れ奪境不奪人?」

師云く、「王令已(すで)に行われて天下にあまねし。将軍塞外(さいがい)に煙塵(えんじん)を絶す」。

僧云く、「如何なるか是れ人境両倶奪?」

師云く、「併汾絶信(へいふんぜっしん)、独処(どくしょ)一方」。

僧云く、「如何なるか是れ人境倶不奪?」

師云く、「王、宝殿に登れば、野老(やろう)謳歌す」。

注:

示衆(じしゅ):師家が門下の修行者達に説教すること。

晩参:朝参に対する言葉で、夜に行われる説法のこと。

人:主観、主体。

境:客観、客体。外的な対象。

煦日(くじつ):春の暖かい陽光。

幼孩(ようがい):みどりご。あかご。

併汾絶信(へいふんぜっしん):併州と汾州(山西省)はしばしば謀反を起こして中央政府と連絡を絶ったことをさしている。

野老(やろう):老農夫。

現代語訳


師は夜の説法で、修行者達に教えて云った、「私は有る時は人を奪って境を奪わない(奪人不奪境)。有る時は境を奪って人を奪わない(奪境不奪人)。 有る時は人境ともに奪う(人境倶奪)。有る時は人境ともに奪わない(人境倶不奪)」。

その時一人の僧が尋ねた、「人を奪って境を奪わない(奪人不奪境)とはどのような境地ですか?」

師は云った、「春の陽光が輝く季節になると、大地はまるで錦のしとねのようになり、みどり児の垂らす髪は絹糸のように白く輝いている」。

僧は尋ねた、「境を奪って人を奪わない(奪境不奪人)とはどのような境地ですか?」

師は云った、「国王の命令はあまねく励行されて天下は泰平である。辺境を守る将軍は戦乱の塵煙を全く上げさせない」。

僧は尋ねた、「人境ともに奪う(人境両倶奪)とはどのような境地ですか?」

師は云った、「併州と汾州は中央政府と断絶して、今や独立している」。

僧は尋ねた、「人境ともに奪わない(人境倶不奪)とはどのような境地ですか?」

師は云った、「国王は宮殿に鎮座し、老農夫は自由を謳歌する」。


解釈とコメント


この説法は臨済の四料揀として知られている。禅の悟境を四つの境地

  1. 奪人不奪境、
  2. 奪境不奪人、
  3. 人境両倶奪、
  4. 人境倶不奪

に分類するのである。

この分類はきわめて論理的で臨済の高い知性を示している。しかし、何を言いたいのか分かりにくい説法でもある。

山田霊林博士はこれを夫婦関係に譬えて説明しておられる。夫婦関係において人を主人、境を奥さんに譬えて考える。

1.奪人不奪境では、

奥さんの天下で主人の存在は全くない(かかあ天下)。

2.奪境不奪人では、

主人の天下で奥さんの存在は全くない(亭主関白)。

3.人境両倶奪では、

奥さんも謙遜、主人も謙遜、二人とも一つも我意を張らない。主義も無ければ主張も無い。しかし、第3者の目には歯がゆくて見ておられない家庭である。しかし、そこには何とも言えないものもある。

4.人境倶不奪では、

明鏡と明鏡とが相対したように、うっかり見たのでは、そこに何が映っているとも思えないが、じいっと見ていると、深い深い量(はか)られないほどの深みに、何か動いているものが感じられる。

そしてその動いているものが段々と近寄って来る、近寄って鏡の表面にただよう、それが相対している明鏡のいずれの方から現れて来たとも、区分をつけて見ることができない。

そうとでも言ったらその感じが表わせるかとも思う。

四料揀について臨済の説明は次ぎの表1にまとめられる。 

 表1 四料揀について臨済の説明

四料揀臨済の説明
奪人不奪境春の陽光が輝き出て大地は錦のしとね、みどり児の垂らす髪は絹糸のように白い。
奪境不奪人国王の命令は普く行われ天下泰平、辺境を守る将軍は戦いの塵一つ上げさせない。
人境両倶奪并州と汾州は断絶して,今や独立の地盤を築いた。
人境倶不奪国王は宮殿に鎮座し、老農夫は自由を謳歌する。

臨済の説明は以下のように解釈できるだろう。 

奪人不奪境とは主体が無くなって客体になり切ることである(主客一体になること)。主客一体の境地では「春の陽光が輝き出て大地は錦のしとね、みどり児の垂らす髪は絹糸のように白い」というように対象が輝いて見える。

奪境不奪人とは客体が無くなって主体だけになることである。この時、自分だけの天下になる。これはあたかも国王の命令(主体の思うところ)は普く行われ天下泰平、辺境を守る将軍は(相手は主体に従順になってしまい)戦塵一つ上がらない。このように、主人(主体)の思いのままの状態になっている。

人境両倶奪とは主体も客体も自分の我意を主張しないことを言う。それはあたかも并州(主体)と汾州(客体)は断絶して,それぞれの州が独立し、それぞれが自分の思うようにしているようなものである。

人境倶不奪とは主体と客体それぞれが自分の思い通り振舞うが平和である。それは「国王は宮殿に鎮座し、老農は野に歌う」ように国王(主体)と老農(客体)がそれぞれの仕事をして、ともに満足してのびのびと平和を謳歌しているのと同じだと言っている。

臨済は自分の脳と心を自由にコントロールできたと思われる。自分の心が思い通りに主体と客体それぞれになり切ることができたのではないだろうか?このように考えれば臨済の四料揀は分かり易くなる。


臨済の四料揀の図解


臨済の四料揀は脳科学的観点から図示した方が分かり易い。 

1.奪人不奪境:

主体を奪って客体になり切る。主体(心=脳)を蓋っていた分別意識のフィルターが消失し客体になり切る。

主体を奪って客体になり切る時、主・客を分離し主体(心、脳)を蓋っていた分別意識のフィルター(茶色の実線)が消失する。その時、心境一如(=心境不二)の状態

になる(図3aの右の図)(第6章「万物一体の思想」を参照)。

2.奪境不奪人:

図3bに示したように、主体が拡大して客体を飲み込んで主のみになる(心境一如の1パターン)。

臨済の四料揀

図3 臨済の四料揀の説明−1


次の図4に「人境両倶奪」と「人境両倶不奪」の場合を図示して説明する。



臨済の四料揀

図4 臨済の四料揀の説明−2


3.人境両倶奪:

図4に示したように、主と客の両者の我を奪って無我になり我意をはらない(これも心境一如の1パターン)。


4.人境両倶不奪:

図4に示したように、主も客も無我で、ありのままに振舞っても主客に対立がない(これも心境一如の1パターン)。

図4を見ても分かるように、

四料揀は無我と心境一如の変形パターンとして説明することができる(万物一体の思想を参照)。


1-2

〔示衆〕1−2

岩波臨済録 p.32〜34 


師乃(すなわ)ち云く、「今時(こんじ)、仏法を学する者は、且(しばら)く真正の見解を求めんことを要す

若し真正の見解を得れば、生死に染まず、去住自由なり。殊勝を求めんと要(ほっ)せざれども、殊勝自(おのず)から至る

道流(どうる)、祇(た)だ古よりの先徳(せんとく)の如きは皆な人を出(いだ)す底の路有り。山僧(さんぞう)が人に指示する処の如きは、祇(た)だ汝が人惑(にんわく)を受けざらんことを要す

用いんと要せば便ち用いよ、更に遅疑(ちぎ)すること莫かれ。如(い)今(ま)の学者の得ざるは病(やまい)甚(なん)の処にか在る

病(やまい)は不自信の処に在り、汝若し自信不及(じしんふぎゅう)ならば、即便(すなわ)ち忙忙地(ぼうぼうじ)に一切の境にしたがって転じ、他(か)の万境に回換(えかん)せられて、自由を得ず

汝若し能く念念馳求の心を歇得(けっとく)せば、便ち祖仏と別ならず。 

汝は祖仏を識(し)らんと欲得(ほっ)するや。祇(た)だ汝面前聴法底(ちょうぼうてい)是れなり。学人信不及(しんふぎゅう)にして、便(すなわ)ち外に向って馳求す。設(たと)い求め得る者も、皆な是れ文字の勝相にして、終(つい)に他(か)の活(かつ)祖意(そい)を得ず

錯(あやま)ること莫(なか)れ、諸禅徳。此の時遭(あ)わずんば、万劫千生、三界に輪廻し、好境にしたがってテッし去って、驢牛(ろご)の肚裏(ずり)に生ぜん

道流(どうる)、山僧(さんぞう)が見処に約せば、釈迦と別ならず。今日多般の用処(ゆうしょ)什麼(なに)をか欠少(かんしょう)す

六道の神光(じんこう)、未だ曽って間歇(かんけつ)せず。若し能く是の如く見得せば、祇(た)だ是れ一生無事の人なり」。

注:

歇得(けっとく):断ち切ること。

祖仏:我々の父祖である仏。当時愛用された術語。

汝面前聴法底(なんじめんぜんちょうぼうてい):「汝の面前で聴法する者」という意味ではない。汝と面前聴法底(ちょうぼうてい)は同格である。汝=私(臨済)の面前で面前で聴法しているもの(聴法底(ちょうぼうてい))という意味。

皆な是れ文字の勝相:耳に快い言葉の上だけのもの。

活祖意(かっそい):生きている祖仏。我々自身。

テッし去る:取り去る。

道流(どうる):修行者。

六道の神光(じんこう):六根(六つの感覚器官、眼、耳、鼻、舌、身、意)の絶妙な働きを光に譬えて神光(じんこう)と表現している。

現代語訳


そこで師は云った、「今日仏法を修行する者は、何よりも真正の見地を求めることが肝心である。

若し真正の見地を得れば、生死の問題に染まることなく、死ぬも生きるも自由になる。至高の境地を求めようとしなくても、そこに自(おのず)から至るのだ。

諸君、古の祖師達は皆な修行者を悟りに導く方法を心得ていた。今、わしがお前達に言いたいのは、ただ他人に惑わされるなということだ。

自分でやろうと思ったら、すぐやることだ。けっしてぐずぐずしてはならない。この頃の修行者が駄目な原因はどこにあるのか。病因は自分を信じ切れない処に在るのだ。若し自分を信じ切れぬと、あたふたとあらゆる現象について回り、それに翻弄されて、自由になれないのだ。もしお前達が外に求める心が無くなれば、そのまま祖仏と同じだ。 

お前達はその祖仏に会いたいか。今わしの面前でこの説法を聴いているお前達こそがそれだ。お前達はそれを信じることができないため、外に向って求める。しかし、たとえ求めることができたにしても、それは言葉の上で耳によく響くだけだ。それでは活きた祖仏の心は絶対つかむことはできない。

諸禅徳よ、思い違ってはならんぞ。今ここでその祖仏を悟らなかったら、永遠に迷い世界に転生し、好ましい条件に引きずり回されるままに、驢馬や牛の腹に宿ることになるだろう。

君達、わしの見地からすれば、この自己は釈迦と同じだ。今それが示す様々な働きに何か足りないものがあろうか。六根(眼、耳、鼻、舌、身、意)の絶妙な働きは未だかって途絶えたことはない。もし、このところをはっきり見得できれば一生無事大安楽の人になるだろう」。


コメント


この示衆で臨済は「祖仏とは面前でこの説法を聴いているお前達こそがそれだ」と言い切っている。説法を聴いているのは脳であるから祖仏とは健康な脳であると言っていると言えるだろう。

示衆の終りのところでは「君達、わしの見地からすれば、この自己は釈迦と同じだ。今それが示す様々な働きに何か足りないものがあろうか。六根(眼、耳、鼻、舌、身、意)の絶妙な働きは未だかって途絶えたことはない。もし、このところをはっきり見得できれば一生無事大安楽の人になるだろう 」と言っている。

自己の本質は祖仏に等しい。それが分かれば何ら外に求めうろつくことがない。神光にも喩えられる六根を有する自己の絶妙な働きは何の欠けたところはない。ブッダを始めとする祖仏に等しい。このような本質を有する自己を見得し信じることが出来れば一生大安楽の人(無事の人)となれるだろうと言っている。

このように、臨済の<自己即仏>の思想は単純明快である。

臨済の<自己即仏>の思想は六祖慧能、馬祖道一、黄檗希運等の<即心即仏>の思想に遡ることができよう。彼等の思想においては心の本質は仏心であった。坐禅修行によって脳を健康にし、心の本質は仏心であることを自覚するのが修行の目的であったと言える。臨済はそのような仏心は本来自己に具わっていると言う。

これは我が国の白隠禅師の坐禅和讃で言う「衆生本来仏なり」と同じことである。

即心即仏>の思想は六祖慧能 →馬祖道一 →黄檗希運 →臨済義玄

と伝わってきたと言えるだろう(馬祖道一の禅思想を参照)。 

示衆の終わりで臨済は、「多般の用処(ゆうしょ)什麼(なに)をか欠少(かんしょう)す。六道の神光(じんこう)、未だ曽って間歇(かんけつ)せず。若し能く是の如く見得せば、祇(た)だ是れ一生無事の人なり」と言っている。

これは「脳の多様な機能には欠けたところはない、六根(眼、耳、鼻、舌、身、意)の絶妙な働き(神光(じんこう))は未だかって途絶えたことはない

もし、このところをはっきり見得できれば一生無事大安楽の人になるだろう」と健康な脳の働きを肯定・讃美している。


1-3

〔示衆〕1−3

岩波臨済録 p.35〜38 


「大徳、三界は安きこと無し、猶お火宅の如し。此は是れ汝が久しく滞住する処にあらず。無常の殺鬼一刹那(せつな)の間に貴賎老少を揀(えら)ばず。

汝は祖仏と別ならざらんと要(ほっ)せば、但だ外に求むること莫れ。汝が一念心上の清浄光(しょうじょうこう)は、是れ汝が屋裏の法身仏(ほっしんぶつ)なり。汝が一念心上の無分別光は、是れ汝が屋裏の報身仏(ほうしんぶつ)なり。汝が一念心上の無差別光は、是れ汝が屋裏の化身仏(けしんぶつ)なり。此の三種の身は是れ汝即今目前聴法底(ちょうぼうてい)の人なり。

祇(た)だ外に向って馳求せざるが為に、此の功用(こうゆう)あり。経論家に拠(よ)らば、三種の身を取って極則(ごくそく)と為す。 山僧(さんぞう)が見処に約すれば、然らず。この三種の身は是れ名言(みょうごん)にして、亦た是れ三種の依なり。

古人云く、「身は義に依って立て、土は体に拠(よ)って論ず」と。 法性の身、法性の土、明らかに知んぬ、是れ光影(こうよう)なることを。大徳、 汝且(しばら)く光影(こうよう)を弄する底の人を識取せよ。これ諸仏の本源にして、一切処是れ道流が帰舎の処なり。

是れ汝が色身は、説法聴聞する解(あた)わず。脾胃肝胆(ひいかんたん)は説法聴聞する解(あた)わず。虚空は説法聴法する解(あた)わず。

是れ什麼(なに)ものか 説法聴法を解(よく)くす。汝目前歴歴底(れきれきてい)にして、一箇の形段(ぎょうだん)勿(な)くして孤明(こめい)なる、是れ這箇(しゃこ)、説法聴法を解(よく)くす。若し是(かく)の如く見得すれば、便ち祖仏と別ならず。 

但(およ)そ一切時中、更に間断莫く、触目皆な是(ぜ)なり。(ただ情生ずれば智隔たり、相変ずれば体殊(こと)なるが為に、所以(ゆえ)に三界に輪廻して、種々の苦を受く。若し山僧(さんぞう)が見処に約せば、甚深(じんじん)ならざるは無く、解脱せざるは無し」。

注:

三界は安きこと無し、猶お火宅の如し」:法華経譬喩品の言葉。

三界:欲界、色界、無色界の三つの世界。欲界とは性欲、食欲など欲望の世界である。色界とは性欲、食欲などの欲望を離れ欲界の上にある物質的世界を言う。無色界とは全く物質的なものを離れ色界の上にある純粋精神の世界である。仏教では欲界が一番下級の世界とされる。次に位置するのが色界である。三界は迷いの世界とされる。

法身仏(ほっしんぶつ):法身とは肉身のブッダは死んだが彼が残した法(仏法の真理)は永遠不滅であると考える。ブッダはこの抽象体である法(仏法の真理)と一体の存在である法身仏であると考える考え方である。華厳経や密教で出てくる大日如来(美盧舎那仏)はこの法身仏だと考えられている。

報身仏(ほうしんぶつ):報身仏とは長い間の刻苦修行と無量の慈悲の誓願が実って仏陀となったとする考え方である。永年の修行の結果悟りを開いた仏。阿弥陀仏は報身仏とされる。

化身仏(けしんぶつ):衆生済度のため変身変化して現れる仏。

三身仏:法身仏(ほっしんぶつ)、報身仏(ほうしんぶつ)、化身仏(けしんぶつ)(あるいは応身仏)の三つを仏の三身と呼ぶ。

三身仏の思想は大乗仏教の仏身論である(三身仏の思想を参照)。

三種の依:法身仏、報身仏、化身仏の三つの拠り所。

古人:慈恩大師窺基(きき)(法相宗の開祖、632〜682)

「身は義に依って立て、土は体に拠(よ)って論ず」:慈恩大師窺基(きき)の「大乗法苑義林」から、その趣意を取った引用。

光影(こうよう):いわくありげにチラチラしている光と影。

色身:生ま身の肉体。

諸仏の本源:六祖慧能が「吾れに一物あり、頭なく尾なく、名なく字なく、背なく面なし、諸人還って識るや否や?」と云うと、弟子の神会が「是れ諸仏の本源、神会が仏性」と答えたという話がある。(「六祖壇経」)。 この問答において、慧能が言う「一物」とは本来の面目(脳)を指していると考えられる。

現代語訳


「諸君、法華経に「三界は安きこと無し、猶お火宅の如し」とあるように、火宅のようなこの世界は君達が久しく留まる処ではない。死の殺鬼は一刹那(せつな)の間に貴賎老若を選ばず生命を奪ってしまうのだ。

君達が祖仏と同じになりたいならば、決して外に求めてはならん。お前達の本来の心に具わる清浄光がお前達の法身仏(ほっしんぶつ)なのだ。お前達の本来の心に具わる無分別光がお前達の報身仏(ほうしんぶつ)だ。 お前達の本来の心に具わる無差別光が、お前達の化身仏(けしんぶつ)なのだ。

此の三種の仏身とは、今わしの目前で説法を聴いているお前達そのものだ。外に向って探し求めないからこそ、このような働きがあることが分かる。 経論の専門家は、仏の三身を仏法の究極だとしている。

しかし、わしの見地からはそうではない。この三身仏は単なる名前で、仮りの拠り所に過ぎない。古人も「三身仏は仏教の教義から出てきたもので、仏国土はその概念から設定したものだ」と云っている。 法身仏とか、法性の仏国土などは、明らかに単なる思想や概念に過ぎない。

諸君よ、その思想や概念をちらつかせている本体を見て取らねばならない。それこそ諸仏の本源であり、お前達が帰り着くべき家郷なのだ。 お前達の生ま身の肉体は、説法も聴法もできない。 胃や肝臓などの内臓も説法も聴法もできない。また虚空も説法も聴法もできない。

それでは一体何者が説法したり聴法したりしているのだろうか。 今わしの目前にはっきりと居て、はっきりと肉体としての形体はないが独自の輝きを発しているお前達そのもの、それこそが説法したり聴法することができるのだ。もし、そのように理解できれば、お前達は祖仏と同じだ。 そうなれば朝から晩までとぎれることなく、目に触れるもの全てが肯ける。

ただ情念が起こると智慧は遠ざかり、想念が変化すれば本体も変わるために、 迷いの世界に輪廻して、種々の苦しみを受けるのだ。 もし、わしの見地に立てば、全ては深遠極まりなく、そのままで解脱しないものは無い」。


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この示衆で、臨済は「諸仏の本源は自分で見ることができない

この三種の仏身とは、今わしの目前で説法を聴いているお前達そのものだ。それこそ諸仏の本源である」と言っている。

この臨済の言葉は

諸仏の本源とは自己本来の面目としての()であることを強く示唆している。

臨済は我々は祖仏と同じであり、本来の心には三身仏身が具わっていると主張している。これは禅宗が説く「衆生本来仏なり」と同じ主張である。

臨済は我々の脳には三身仏と同じ機能が本質的に具わっていると言っているのだ。


慧能、黄檗、臨済の説く三身仏


臨済の師である黄檗希運は「伝心法要」において仏教の一般論として三身仏を解説している。しかし、臨済は各自の心には仏の性質・機能が具わっていると説く。彼等が説く、心に具わる三身仏についての考えをまとめると表2のようになる。

表2 臨済と黄檗による三身仏の説明

三身仏 臨 済黄 檗
法身仏本来の心に具わった清浄光自性虚通の法を説く
報身仏本来の心に具わった無分別光一切清浄の法を説く
化身仏本来の心に具わった無差別光六度万行の法を説く

この表を見ると分かるように、表現が少し異なるが似ている。

師黄檗が仏教の一般論として説いた仏教の三身論を臨済は「心の三身論」へと発展させたと考えれば良いだろう。臨済は各自の心には三身仏の性質と機能が具わっていると自由・大胆に説いているのが新鮮である。臨済の三身論は「六祖檀経」に見える六祖慧能の「三身仏」の思想に近い。

六祖慧能は三身仏は外にあるのではなく自性の中にあるとし、「自らの心地上の覚性の如来、大光明を放ち、外六門を照らす」とはっきり言い切っている。これは「各自の脳は覚性の如来であり、大光明を放ち、外の六門(眼耳鼻舌身意の六根)を照らしている」と三身仏は外にあるのではなく各自の脳中にあると解釈できる。

慧能は三身仏は自性の中にあると言う。 人の本性は元々清浄であって万法は自性から生まれる。この性質を持つ自性は<清浄法身仏>と名付ける。 もし、何も思わなければ自性は本来空である。しかし、一念でも思量すれば自性はたちまち変化する。悪事を思量すれば地獄に変化するし、善事を思量すれば天国に変化する。毒悪は竜蛇となるし、慈悲は菩薩に変化する。このような変化の側面を見た時自性は<化身仏>と名付けることができる。 修行によって般若の知恵を獲得し自性を自見するのが<報身仏>である。 般若の知恵が現われれば諸悪も尽き、善悪に染まらない。これが福智円満の<報身仏>である。 これを分かり易くまとめると次ぎのようになるだろう。

<法身仏>:

清浄なる法を身体とする仏。理念・観念など万法を生み出す自性の本体(脳)。

<化身仏>:

自性は思量によって種々に変化する。例えば、シヴァ神、梵天、不動明王のような種々の特徴を持つ神仏に変化する。しかし、外面は種々の異なる姿をしてもその本質は仏である。脳が生み出す思念・思想は種々に変化するという側面を強調したのが化身仏といえる。

<報身仏>:

修行によって般若の知恵を獲得し自性を徹見し悟った人。ゴータマ・ブッダ、慧能、臨済義玄、白隠、盤珪禅師などを報身仏と言っても良いだろう。修行の成果によって報いられた覚者の側面(果報)を強調する仏である。



慧能は「本来我々の自性はこの三身仏を本具している。従ってこれを悟れば自己は仏であることに気付く。」と説く。慧能が説く「自性の三身仏」の考えは「三身仏は本来の心に具わる」という臨済の考えに近い。

慧能が説く自性の三身仏と「自己本来仏」の悟りを図示すれば次の図5のようになるだろう。図5は坐禅修行を通した「自己本来仏」の悟りのプロセスを図示したものと言えるだろう。



自性の三身仏

図5 坐禅によって自性の三身仏を見れば自己本来仏であると悟る


六祖慧能が説く自性は脳であるから、「自性の三身仏」とは脳は「三身仏」の性質を持っていることを言っている。 脳は怒ったり、喜んだり、悲しんだり色々変化する。そのような変化の性質を<化身仏>と考えることができる。また色んなことを考え、概念や思想を生むことができる。それは<法身仏>の性質である。

また、修行を重ねるとその修行の成果として悟って仏になる。それは<報身仏>の性質である。そのような脳の性質を「自性の三身仏」として表現したと考えることができるだろう。

「三身仏は本来の心に具わる」という臨済の考えは「三身仏は本来の心である脳幹を中心とした脳に具わっている」ということになるだろう。今「脳幹を中心とした脳」を三角錐で表わすと図6のようになるだろう。



三角錐

図6 「脳幹を中心とした脳」を三角錐で表わした時の「自性の三身仏」


示衆1−3は禅宗の基本的主張「衆生本来仏なり」を三身仏の観点から詳しく解説したもので、重要な示衆である。

臨済の三身論と「六祖檀経」に見える慧能の「三身仏」の思想を比較すると次の表のようになる。確かに臨済の説く三身論は慧能のそれに近い。

表3 臨済と慧能による三身仏の説明

三身仏 臨 済慧能
法身仏本来の心に具わった清浄光自性は万法を生み出す法身仏である
報身仏本来の心に具わった無分別光般若の知恵を獲得し自性を徹見した人
化身仏本来の心に具わった無差別光自性は思量によって種々に変化する。

この表に示したような境地に至れば<即心即仏>と言うこともできるだろう。

慧能の「自性の三身仏」の思想は彼の「自性三宝」の思想(六祖檀経)に近い(甦る自帰依の思想と「自性三宝」の思想を参照)。

この示衆において臨済は我々は祖仏と同じであり、本来の心には三身仏身が具わっていると主張していることが分かる。六祖慧能以来の<即心即仏>の伝統思想を説いていることが分かる。

   

[示衆]1−4

岩波臨済録 p.39〜41  


1-4

心法は無形だ: 臨済は脳機能が分かっていた


「道流、心法は形無くして、十方に通貫す。眼に在っては見と曰(い)い、耳に在っては聞と曰(い)い、鼻に在っては香を嗅ぎ、口に在っては論談し、手に在っては執捉(しっそく) し、足に在っては運奔(うんぽん)す。

本(も)と是れ一精明(せいめい)、分かれて六和合と為(な)る。一心既に無なれば、随処に解脱す。山僧がかく説くは、意は什麼(いずれ)の処にか在る。

祇(た)だ道流が一切馳求(ちぐ)の心止むこと能(あた)わずして、他の古人の閑機境(かんききょう)に上(のぼ)るが為なり。

道流、山僧が見処を取らば、報化(ほうけ)仏頭を坐断し、十地(じゅうじ)の満心(まんしん)は猶(な)お客作児(かくさじ)の如く、等妙(とうみょう)の二覚は担枷鎖(たんかさ)の漢、羅漢辟支(らかんびゃくし)は猶(な)お厠穢(しえ)の如く、菩提涅槃は繋驢ケツ(けろけつ)の如し。

何を以ってか此の如くなる。祇(た)だ道流が三祇劫(さんぎごう)空に達せざるが為に、所以に此の障礙(しょうげ)有り。若(も)し是れ真正の道人(どうにん)ならば、終に是の如くならず。

但だ能く縁に随って旧業(きゅうごう)を消し、任運(にんぬん)に衣裳を著けて、行かんと要(ほっ)すれば即ち行き、坐せんと要(ほっ)すれば即ち坐し、一念心の仏果を希求(きぐ)する無し。

何に縁(よ)ってか此の如くなる。古人云く、『若(も)し作業(さごう)して仏を求めんと欲すれば、仏は生死の大兆なり』と」

注:

本(も)と是れ一精明(せいめい)、分かれて六和合と為(な)る:首楞厳経の偈の句。一精(せい)明(めい)とは一心のこと。六和合とは六根(眼、耳、鼻、舌、身、意)のこと。

一心(脳)が展開して六根(眼、耳、鼻、舌、身、意)になるという意味(第3章図3.14を参照)。

古人の閑機境(かんききょう):古人のつまらない方便の手だて。

報化(ほうけ)仏頭:報身仏と化身仏の頭。

十地(じゅうじ)の満心(まんしん):華厳経や十地経で説く十地(仏に至るための菩薩の十段階の境地)の修行を完成した人(菩薩の十地を参照)。

客作児(かくさじ):年季奉公の召使。

等妙(とうみょう)の二覚:菩薩の十地を経て最高の等覚・妙覚の仏位に達した人。

担枷鎖(たんかさ)の漢:枷をはめられ、鎖で縛られた罪人。

羅漢辟支(らかんびゃくし):小乗仏教の聖者である阿羅漢や辟支仏(びゃくしぶつ)(無師独覚の仏、縁覚)。

厠穢(しえ):便所の汚物。

繋驢ケツ(けろけつ):驢馬を繋ぐ杭。

三祇劫(さんぎごう)空:成仏に要する無眼の修行時間(大乗仏教の伝統的考え方)。

旧業(きゅうごう):宿業。

任運(にんぬん)に:成り行きのままに。

現代語訳


諸君、心には形が無く、十方世界を貫いている。眼に働けば見、耳に働けば聞き、鼻に働けば嗅ぐ。口に働けば話し、手に働けば捉まえ、足に働けば歩いたり走ったりする。

しかし、元々これは1精明(せいめい)なのだ。それが分かれて六感覚器官(六和合)を通して働いているのだ。その一心が無であると徹見したならばいかなる境遇にあってもそのまま解脱できる。私がそのように説く意図はどこにあると思うか。君達があれこれ求め回る心を止めることができずに、古人のつまらない方便に取り付いているからだ。

諸君、私の見地に立てば、報身仏、化身仏の頭を断ち切り、十地の菩薩でも召使同然だし、等覚・妙覚の悟りを得た者でも牢獄の囚人同様だ。羅漢・辟支仏も便所の汚物のようなもの、菩提涅槃はロバを繋ぐ棒杭のようなものだ。

君達がこのように徹し切れないのは何故だろうか。君達が悟りを達成するためには無限の時間がかかるという先入観を否定できないから、こんなつまらぬものに引っかかるのだ。本物の修行者なら、決してそんなことはない。

ただその時その時の在りようのままに宿業を消して行き、成り行きのままに着物を着て、歩きたければ歩く、坐りたければ坐る。修行して仏果を得ようとは思わない。何故かと言えば古人も、『もしあれこれ計らいをして成仏しようとしたならば、仏は輪廻生死の大きな兆しである』と言っているではないか」。


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この示衆の前半部で臨済は心の本質について、臨済は、「心は形が無く、十方世界を貫いている。しかし、元々とこれは1精(せい)明(めい)なのだ。それが分かれて六感覚器官(六和合)を通して働いているのだ。 眼に働けば見る。耳に働けば聞き、鼻に働けば嗅ぐ。口に働けば話し、手に働けば捉まえ、足に働けば歩いたり走ったりする。」と非常に興味深いことを言ってる。

1精明(せいめい)とは脳を指していると思われる。外界からの刺激や情報は眼、耳、鼻、などの感覚器官(六和合)を通して脳で処理される。言語は脳の運動性言語野(ブローカ野)から口を通して話される。脳からの運動指令は手足を通して捉まえたり、歩いたり走ったりする運動として表現される。

このような脳と六感覚器官(六和合)の繋がりを正確に表現している。驚くべきことだが臨済は脳機能を正しく理解していたと言えるだろう。

臨済は、「その一心の本質が無であると徹見したならばいかなる境遇にあってもそのまま解脱できる」と言う。これは脳の基礎にある下層無意識脳(脳幹+大脳辺縁系)の無を徹見できれば解脱できると言っていると解釈できるだろう。

禅の基本的テーマとしての悟りは「」(下層無意識脳)であることを冒頭で明確に指摘しているのが注目される(無門関」の第一則を参照)。


心法無形・無相 の正体とは?


臨済録では「心法無形・無相」という言葉がたびたび出てくる。この心法無形・無相 の正体は坐禅修行者が見たり感じることが不可能な脳を流れる神経電流だと考えることができる。

脳内電流の大きさは0.1マイクロアンペアcm-2=10-7Acm-2以下くらいの極微小電流である。電圧もせいぜいミリVである。この極微小電流・電圧は我々が見たり感じることはできない。

これが心法無形・無相の正体だと考えることができる。臨済録に出てくる心法無形・無相という言葉は生体神経電流の文学的表現だと考えることができるのではないだろうか。

「臨済録」示衆14−5(後出)では「心法無形・無相 の正体」について臨済は次ぎのように言っている。

拡げれば宇宙いっぱいに充ち溢れ、収めれば髪の毛一本立てる隙もない。明々白々として自立し、いまだかって欠けたことはない。眼にも見えず、耳にも聞こえない。さてそれを何と呼ぶか。「それと言いとめたらもう的はずれ (説示一物即不中)」と古人は言った。」(第3章南岳懐譲の「説示一物即不中」を参照

これより、臨済が言う「心法無形・無相」 の正体は脳であると言うことができるだろう。ただ唐代においてそのような科学的知識がなかったため、文学的表現をしているだけである。

   
1-5

[示衆]1−5

岩波臨済録 p.42〜44  



大徳、時光惜しむべし。祇(た)だ傍家波波地(ぼうけははじ)に、禅を学し、道を学し、名を認め句を認め、仏を求め祖を求め、善知識を求めて意度(いたく)せんと擬(ほっ)す。錯まること莫れ、道流、汝祇(た)だ一箇の父母有り、更に何物をか求めん。汝自ら返照し看よ。 古人云く、「演若達多(えんにゃだった)頭(こうべ)を失却す、求心歇(や)む処即ち無事」と。大徳、且(しばら)く平常ならんことを要す、模様を作すこと莫れ。一般の好悪を識らざる禿奴(とくぬ)有って、便即(すなわ)ち神を見鬼を見、東を指し西を画し、晴れを好み雨を好む。 是(かく)の如きの流(たぐい)、尽く須らく債(さい)を抵(いた)して、閻老(えんろう)の前に向って、熱鉄丸を呑む日有るべし。好人家(こうにんけ)の男女(なんにょ)、這(こ)の一般の野狐(やこ)の精魅(せいみ)の所著(しょじゃく)を被(こうむ)って、便即(すなわ)ち捏怪(ねっかい)す。瞎ル生(かつるせい)、飯銭(はんせん)を索(もと)められる日在(あ)り」。

注:

傍家波波地(ぼうけははじ)に:副詞で、わき道にそれるさまをいう。

一箇の父母:本来の自己。本来の主人公を「一体化した父母」に譬えている。

演若達多(えんにゃだった)頭(こうべ)を失却す:「首楞厳経」第四巻にある話。
演若達多(えんにゃだった)は鏡に映る自分の美貌を楽しんでいた。ある日直接自分の頭(こうべ)を直接見ようとしたが見えなかったので、鏡中の像は悪魔の仕業であると早合点し、恐くなって町中を走り回ったと云う。自己を見失った愚かさの譬え。

平常ならんことを要す:普段のままの当たり前の在り方で良い。馬祖道一や南泉普願の「平常心是れ道」という精神でおれと言う意味。

神を見鬼を見る:神がかりや狐付きになる。妄想に引きずり廻される。

東を指し西を画す:東を指したり、西に手をかざしたりする。精神が不安定なさま。

晴れを好み雨を好む:「ああ良い天気だ。いい雨だなあ」と言う。

好人家(こうにんけ)の男女(なんにょ):ちゃんとした家に生まれた子供達という原意から転じて、ここでは「本来清浄な自性を具えた修行者」を意味している。

野狐(やこ)の精魅(せいみ)の所著(しょじゃく)を被(こうむ)る:野狐(やこ)に誑(たぶら)かされる。

瞎ル生(かつるせい):盲目の愚か者。

飯銭(はんせん)を索(もと)められる日在(あ)り:地獄の閻魔大王から、無駄飯を食べただけの一生に対し、清算を求められる時が来る。

現代語訳


諸君、時の経つのは惜しい。それなのに、君達は道草をくって、禅を学び、仏道を学び、記号や言葉にこだわり、仏や祖を求め、善知識を求めてうろついている。

しかし、諸君、間違ってはならんぞ。君達にはただ一人の主人公がいるだけだ。それ以上、何を求めようとしているのだ。それよりお前達自身の内側を照らして看なさい。

古人は、「演若達多(えんにゃだった)は自分の頭を失ったと早合点して、さがし回った。そのようにあたふた探し求める心がやめば無事安泰だ」と言っているではないか。お前達、平常心を見失って、格好をつけたりしてはならない。


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この示衆で臨済が言いたいのは「時光惜しむべし(時間の経つのは惜しい)。汝祇(た)だ一箇の父母有り、更に何物をか求めん(君達にはただ一人の主人公がいるだけだ。それ以上、何を求めようとしているのだ。)。汝自ら返照し看よ(それよりお前達自身の内側を照らして看よ)。」に尽きるだろう。

この示衆で本来の主人公(根源的な心の本体、脳)を「一体化した父母」に譬えているのが注目される。思想や概念を新しく生み出す脳の能力を父母に譬えているだろうか?

   
zisyu2

〔示衆〕2

岩波臨済録 p.44〜46  



衆に示して云く、「我れ有る時は先照後用(せんしょうごゆう)、有る時は先用後照(せんゆうごしょう)、有る時は照用同時、有る時は照用不同時。先照後用(せんしょうごゆう)は人の在る有り。先用後照は法の在る有り。

照用同時は耕夫の牛を駆(か)り、飢える人の食を奪い、骨を敲(たた)き髄を取り、痛く鍼錐(しんすい)を下す。

照用不同時は問い有り答有り、賓を立し主を立し、合水和泥(がっすいわでい)、応機接物(おうきせつもつ)す。 若し、是れ過量の人ならば、未だ挙せざる已前に向いて、撩起して便ち行かん。猶お些子(すこし)く較(たが)えり」。

注:

照:相手の力量を看取る知の働き(脳の判断・認識作用)。

用(ゆう):照から出た知の働きや棒・喝などの手段。

鍼錐(しんすい):針や錐(きり)。

合水和泥(がっすいわでい):相手が浸かっている泥水にこちらも一緒にまみれていくこと。

過量の人:器量抜群の人。

猶お些子(すこし)く較(たが)えり:それでもまだ少しちがう。

現代語訳


師は修行者に説いて云った、「わしが修行者に応対する場合を考えると、ある時は照が先で用が後であり、ある時は用が先で照が後である。また有る時は照と用が同時であり、照と用が同時ではない。

照が先で用が後である場合は、働きとしての人がまず先に現われる。用が先で照が後である場合は、働きとしての法がまず先に現われる。照と用が同時の場合とは、農夫が牛を追い立てる場合と同じだ。

或いは、腹が減った人が他人の食料をさっと強奪するようなものだ。或いは、わしが修行者の骨を抜き取って、髄を奪うような指導をする時のようだし、針や錐を皮膚に突き刺すと同時に痛さを感じる。そのようなものだと言っても良い。

照と用が同時ではない場合とは、質問もさせるし答もある。客として迎え主人として応接する。あるいは、相手が浸かっている泥水に一緒にまみれ、相手の力量の応じて対応する。

この場合、もし、相手がずば抜けた力量の人ならば、問題が提起される前に、さっと袖を払って行ってしまうだろう。しかし、それでも未だ少し違う」。


コメント


この示衆には「臨済の四照用」と呼ばれる思想が説かれている。

照とは用(働き、作用)の根源となる知の働きである。相手の禅的境涯のレベルに探りを入れて照らすような認識や判断と考えて良いだろう。用とはその知(判断・認識作用)から出た棒や喝の働きのことである。臨済はこれに次の四種類があるとしている。

  1. 先照後用
  2. 先用後照
  3. 照用同時
  4. 照用非同時

この分類は照と用の時系列(時間的前後)を考えた機械的な分類となっている。臨済による説明を表4に示す。

 表4 四照用と臨済による説明

四照用臨済による説明
先照後用働きとしての人が現前する
先用後照働きとしての法が現前する
照用同時耕夫が牛を追い払い、空腹の人が他人の食物を奪うような場合。修行者の骨を砕き、骨髄を抜き取るような指導。ずぶりと鍼や錐を刺すと痛い場合。
照用不同時質問もさせ答えもする。客として迎え主人として応じる。こちらも泥をかぶって相手の力量に応じた対応をする。もし、ずばぬけた器量人なら、問題が提起される前に、さっと袖を払って行ってしまう。

四照用の内先照後用と先用後照が分かりにくいが、その内容は次ぎのような例によって説明できるだろう。

1. 先照後用の例:


ある僧が「仏法の本質は何ですか?」と師に質問したとしよう。

師は「お前さんまず試みに言ってみなさい」と言う。

僧はこれに対し「ーツ」と喝した。

すると、師も「ーツ」と喝した。

僧はこれに対し再び「ーツ」と喝した。

この時、師は打った。

この例において照とは「お前さんまず試みに言ってみなさい」と言って相手に探りを入れたことである。これに対し僧は喝で答えた。師も喝した。 僧はこれに対し再び「ーツ」と喝して答える。しかし、この僧は「喝とは何か?その禅的意味は何か?」を本当は分かっていない。そのため、この喝は前回の喝と同じでマンネリ的な喝となっている。

師はそれが分かったので、僧を打ったのである。これが照の後の用である。それでこの問答が先照後用の例とされる。師を中心に見ての先照後用であることに注意すべきである。

2. 先用後照の例:


ある僧が「仏法の本質は何ですか?」と師に質問した。

師はこれを聞くや否や「ーツ」と喝した。そして、これは好い喝かどうかと僧に聞いた。

僧はこれに対し「ーツ」と喝した。

すると、師は「ーツ」と喝した。

僧はこれに対し再び「ーツ」と喝した。

この時、師は打った。

この例に於いて最初の師の喝は先用であると同時に僧の質問への答えになっている。

それを僧が分かったかどうかを知るため、師はこれは好い喝かどうかと僧に聞いたのである。僧はこれに対し「ーツ」と喝した。

しかし、僧の喝は喝の意味(=作用即性)を本当に悟った上での喝かどうか分からない。そこで、師は「ーツ」と喝した。この喝は探りの喝であり後照にあたる。従ってこの例は先用後照の例とされる。

師の探りの喝に対し、僧はマンネリの喝を返した。これで僧は喝の本当の意味を分かっていないことを露呈してしまった。そのため師は打ったのである。

3. 照用同時の例:


僧が門から入って来たのを見て、師は「ーツ」と喝した。

僧もこれに対し直ちに「ーツ」と喝で答えた。

師はすかさず僧を打って言った、「先手を取って打った方が勝ちだよ」と。

この例において、僧が門から入って来たのを見て、師は「ーツ」と喝したのが照であり、それと同時の僧が喝した。その時すかさず師は僧を打った。これが用である。

師の喝と用(打)が殆ど同時であったので照用同時の例とされる。

先照後用と先用後照のもっと分かりやすい卑近な例:

先照後用の例:道を尋ねる時、道を尋ねて(先照)から行動に移る(後用)。

先用後照の例:まず本屋に行って(先用)、本棚を見てそこに求める本があることが分かる(後照)。


これらの例からも分かるように、四照用は師家を中心に見た教育的指導法と言えるだろう。

四照用には知性を重視する臨済の秀才的な性格が現れている。いわゆる秀才と言われる人は分類好きである。多くの複雑な事象を幾つかのタイプに整理分類することで理解し易い形にしていると思われる。臨済は「四料揀」、「四照用」、「三玄三要」、「四賓主」などの言葉に見られるように分類好きである。これには臨済の分別智も重視する秀才的な性格が現れているように思われる。

   
   

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