2016年7月1日〜9月20日

六祖壇経・4

   
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9.2

9.2  法華の持者法達の大悟 



原文

また一僧有り、名づけて法達と曰う。

常に『法華経』を誦すること七年なるも、心迷いて正法を悟らず。

曹渓に来詣(きた)り、礼拝して問うて曰く、

和尚よ、弟子は『法華経』を誦するも、心に常に疑い有り

また正法の処を知らず。和尚は智慧広大なり

願わくは、為に疑いを決きたまえ。」

師曰く、「法達よ、法は即ち甚だ達せるも、汝の心は達せず

経は本より疑い無きに、汝の心自ら疑う。汝の心自ら邪、而るに正法を求む

吾が心本より正し。即ち是れ持経なり

吾れは文字を識らず、汝は経を取り来たって

之れを誦すること一遍せよ。吾れ聞かば即ち知らん。」

法達は経を取りて、便ち読むこと一遍す。

師は仏意を知り、乃ち与に経を説く。

師言う、「法達よ、経には多語無し、七巻尽く是れ暫喩因縁なり

如来の広く三乗を説きたもうは、只だ世人の根の鈍なるが為なり

経文に分明たり、『余乗有ること無し、唯だ一仏乗のみ』と

汝は一仏乗を聴いて、二乗を求むること莫れ、汝が性を迷却せん

且つ経中の何れの処か是れ一仏乗なる。吾れ汝の誦経を聞くに、云く

『諸仏世尊は、唯だ一大事因縁を以ての故に、世に出現したもう』と

此の法は如何がが解し、如何が修せん。汝、心を用いて聴け、吾れ汝の為に説かん。」

師言う、「法達よ、人心は不思、本来寂静にして、邪見を離却せる、即ち是れ大事因縁なり

内外迷わざれば、即ち両辺を離る。外に迷えば相に着し、内に迷えば空に着す

相に於て相を離れ、空に於て空を離るれば、即ち是れ内外迷わざるなり

若し此の法を悟れば、一念に心開け、世に出現す。心に何事をか開く

仏知見を聞くなり。仏とは猶お覚の如し、分かって四門と為す

覚知見を開き、覚知見を示し、覚知見を悟り、覚知見に入る

此れを開示悟入と名づく

一処より入れば、即ち覚知見なり

自らの本性を見れば、即ち出現することを得るなり。」

師言う、「吾れは一切の人に勧む。自らの心地に於いて、常に仏知見を開けと

世人の心邪まならば、愚迷にして罪を造り、口は善なるも心は悪にして

貪瞋嫉妬し、讒佞(ざんねい)侵害し、自ら衆生知見を聞く

世人の心正しければ、常に智慧を起こし

自心を観照し、悪を止め善を行じて、自ら仏知見を開く

汝は須らく念念仏知見を開くべし、衆生知見を開くことを莫れ

仏知見を開くは、即ち是れ出世、衆生知見を開くは、即ち是れ世間なり。」

師は又た言う、「法達よ、此れは是れ『法華経』一乗の義なるも

向下に之れを分かって三乗と為すは、蓋(けだ)し迷人の為にす

汝は但だ一仏乗に依って修行せよ。」

師は又た言う、「法達よ、心に行ずれば、即ち是れ汝が『法華経』を転ず

行ぜずんば、即ち是れ『法華経』に転ぜらる

心正しければ法華を転じ、心邪まなれば法華に転ぜらる

仏知見を開けば法華を転ず

努力して法に依って修行せよ、即ち是れ経を転ずるなり

自心若し念念修行せずんば、即ち常に経に転ぜらる。」

法達は一たび聞いて、言下に大悟す。

涕涙(ているい)悲泣して大師に白して言う、

実に未だ曾て法華を転ぜず、七年法華に転ぜらる。今より方に仏行を修せん。」

師言う、「仏行を行ずれば、是れ仏なり」と。

時に会に在りし者、各々見性することを得たり。



注:

法達: 『伝燈録』巻五には、

洪州(江西省)豊城の人で、七歳のとき出家し、『法華経』を誦すという。


法華経:  法華経は現在は次の三訳のみ伝わっている。

竺法護訳の『正法華経』十巻、羅什訳『妙法蓮華経』七巻、

および閣那岨多・達磨笈多共訳の『添品妙法蓮華経』七巻である。

今ここで用いられたのは羅什訳のものであったと思われる。


正法の処: 『法華経』の正しい教えの肝心なところ。


願わくは、為に疑いを決きたまえ: 『法華経』序品には、

「仏子文殊、願わくは衆の疑を決したまえ。」という経文や

 「仏子時に答えて疑を決して喜ばしめたまえ。」という経文が見られる。


 法は即ち甚だ達せるも、汝の心は達せず:

その僧の「法達」という名を当意即妙に利用したもの。

『法華経』序品にいう、「復た衆経を読誦すと雖も、而も通利せず。」


持経: 常に経典を受持読誦して、心に経典の趣旨を忘れないでいること。


 吾れは文字を識らず: 六祖慧能が文字を知らなかった、

つまり文盲だったということは、広く世間に伝えられている。

これは逆に彼の傑出した人格を強調するためだったと考えられる。

しかし彼は文字の示す意味の理解にははなはだ敏感であったと考えられる。

人が『金剛経』を読んでいるのを聞くと、たちまち開悟したというのや、

また五祖弘忍にはじめて相見した時、

仏性に対する明確な理解を示した話は彼の「涅槃経」の理解の深さを示している。


仏知見: 我々に本具の仏性があることを知らしめんがために、

ブッダはこの世に出現し、一仏乗の法門を説かれたのである。


『余乗有ること無し、唯だ一仏乗のみ』: 法華経方便品にいう、

「諸仏如来は、但だ菩薩のみを教化したもう。

諸有(すべて)の所作は常に一事の為なり。

唯だ仏の知見を以て衆生に示し悟らしめんためなり。

舎利弗、如来は但だ一仏乗を以ての故にのみ、衆生の為に法を説きたもう。

 余乗の若しくは二、若しくは三有ること無し。」

同じく「十方仏土の中には唯だ一乗の法のみ有り、二無く亦三無し。」


 二乗: 声聞乗と縁覚乗。


『諸仏世尊は、唯だ一大事因縁を以ての故に、世に出現したもう』:

法華経方便品に、「諸仏世尊は唯だ一大事因縁を以ての故にのみ世に出現したもう。

舎利弗、云何なるをか諸仏世尊は唯だ一大事因縁を以ての故にのみ

世に出現したまうと名づくる。

諸仏世尊は、衆生をして仏の知見を聞かしめ、

清浄なることを得しめんと欲するが故に、世に出現したもう。

衆生に仏知見を示さんと欲するが故に、世に出現したもう。

衆生をして仏知見を悟らしめんと欲するが故に、世に出現したもう。

衆生をして仏知見の道に入らしめんと欲するが故に、世に出現したもう。

舎利弗、是れを諸仏は唯だ一大事の因縁を以ての故に世に出現したもうとなづく。」

という経文がある。

六祖慧能はこの経文をふまえて、

「一大事因縁とは結局、本来寂静なる自己の本性を覚ることである。」

と指摘するのである。


人心は不思、本来寂静にして、邪見を離却せる:恵能の立場は、

どこまでもからりとした自性(健康な脳)に気付くことにある。

自性は人心のありのままの空寂な姿を指している。


若し此の法を悟れば: 「人心は不思、本来寂静にして、

邪見を離却す」という法を悟れば。


 一処より入れば:

「人心は不思、本来寂静にして、邪見を離却す」という法を悟りそこから入れば。

脳科学的に言うと、人の心は不思、本来寂静な下層脳(=脳幹+大脳辺縁系)が根本である。

そこは不思かつ、寂静な世界で邪見を離却していると言っている。


之れを分かって三乗と為す: 方便品にいう、

「諸々の声聞衆と及び縁覚乗を求むるものに告ぐ、

我れ苦縛を脱せしめ涅槃を逮得せしめたることは、

仏、方便力を以て示すに三乗の教えを以てし、衆生処処に著するを、

之れを引いて出づることを得しめんとなり」と・

またいう、「劫の濁乱の時には、衆生垢重く樫貪嫉妬にして、

諸々の不善根を成就するが故に、

諸仏方便力を以て、一仏乗に於て分別して三と説きたもう。」


声聞乗: 仏の教えを聞くが自分の悟りを開くことのみを

目的として修行する声聞の立場の教法。


縁覚乗: ひとりで悟りを開くための教え。


菩薩乗(大乗): はみずからのためのみならず

いっさいの人間の悟りのために修行しているものを意味し、

声聞、縁覚は自利、菩薩は自利利他とする。

三乗とは声聞乗・縁覚乗・菩薩乗(大乗)の三つで、

三乗の差別を否定してそれらを統一したものが<一乗>であると理解されている。


但だ一仏乗に依って修行せよ。: 「法華経」方便品にいう、

「如来は但万一仏乗を以ての故にのみ、衆生の為に法を説きたもう。」

同じく、「過去の諸仏も、無量無数の方便と種種の因縁、讐喩、

言辞を以て衆生の為に諸法を演説したもう。是の法も皆な一仏乗の為の故なり。」

声聞乗・縁覚乗・菩薩乗(大乗)の三つで、三乗の差別を

否定してそれらを統一したものが<一乗>であると解されている。


法華を転ぜず、七年法華に転ぜらる。: ここの「転」には、

経巻を繰り広げながら読む(転読)意と、

手玉に取る、コントロールする意と二重に響かせている。


仏知見を開けば法華を転ず。: 仏知見を開けば、

『法華経』の真意を活かして、自分のものにして、

自由自在に『法華経』を日常の行為の上に転ずることができる。



 現代語訳:

また法達という一人の憎がいた。

いつも『法華経』を誦して七年も経ったが、心がすっきりせず、

正しい教えに目覚めることができなかった。

そこで曹渓に来て和尚を礼拝してたずねて言った、

和尚よ、私は『法華経』を誦しておりますが、いつも心に疑問があります

また正しい教えのところがわかりません。和尚は智慧が広大です

どうか私のために疑いを解決してください。」

 師は言った、「法達よ、君は教えになかなか通達しているが、君の心は通達していない

経典にはもともと疑いはないのに、君の心自体が疑っているのだ

君の心自体は邪なまま、正しい教えを求めているのだ

己の心はもともと正しい、それが持経というものだ

私は文字は知らないから、君が経典を持って来て一通り誦してみてくれ

私はそれを聞けばすぐ分かる。」

法達は経典を取って来て、一通り読んだ。

師は仏の本意が分かり、そこで経典の意味を説き明かした。

師は言った、「 法達よ、『法華経』にはよけいな言葉はない

七巻全部が比喩や因縁で満たされている。仏が広く三乗の教えを説かれたのは

世間の人々の素質が劣っているからにほかならぬ

経典の文には、はっきりと、『ほかの乗はない。ただ一仏乗があるのみ』といってある

君は一仏乗の教えを聞き、二乗の教えを求めてはならない

(そんなことをすると)君の本性を見失ってしまうだろう

さて経典の中のどこが唯一仏乗のところか

いま聞いた君の読経のなかに

『諸仏も釈迦牟尼仏も、ただ一大事のための因縁ゆえに、この世に出現したもう』と

正しい教えは十六字ある。この教えは、どのように理解し、

どのように修行したらよいか。よく注意して聞きなさい

君のために解説してやるから。」

 師は言った、

法達よ、人の心(心の本源)は思念を絶して、もともと寂静であり

よこしまな想念とは無縁なものである

それこそが大事因縁ということなのだ

心中においても、外の対象に対しても

迷いを起こさなければ、主観と客観の対立は起こらない

外の対象に迷うと形に執われる。心中で迷うと空に執われる

形あるものに対しながら形に執われず、空のなかにあって空に執われない

それこそが心にも対象にも迷わぬということだ

もしこの教えを悟ったなら

その瞬間に心は開いて、仏として世に現われ出るのだ

心はどんなことを聞くのか。仏の知見を開くのである

仏は覚(さとり)と同じことだ。それは四つの部門に分かれる

覚の知見を開くこと、覚の知見を示すこと

覚の知見を悟ること、覚の知見に入ること

これを<開示悟入>という。(「この教えを悟る」という) 

一つの所から入るので覚の知見なのである

自己の本性を見て取るから、仏として現れ出ることができるのである。」

 師は言った、

私はすべての大に、自分の心の中で常に仏の知見を聞くようにと勧めたい

世間の人の心がよこしまなときは、愚かしく迷って罪をつくり

口では善いことをいうが心はよこしまで

貪り、瞋り、嫉妬し、人をそしり、おもねって、人を侵しそこない

自分で衆生の知見を聞く

世間の人の心が正しいときには、いつも智慧を目覚めさせて

自分の心を観じ明らかに知り、悪をやめ善を行ない、自分で仏知見を開くのである

君は必ず一念一念に仏知見を開かねばならぬ。衆生の知見を開いてはならぬ

仏知見を開くのは、つまり人の世を、超えることであり

衆生の知見を聞くのは、つまり世俗に埋没することである。」

師はさらに言った、

法達よ、以上は『法華経』の一乗の意義であるが、くだって

これを三乗に分けるのは、思うに、本心を見失った人のための方便である

君は一仏乗の教えによって修行しさえすればよい。」

 師はさらに言った、

法達よ、心で実践するなら、それは君が『法華経』を読んだのである

心で実践しないなら、それは『法華経』に読まれたのである

心が正しければ『法華経』を読むし

心がよこしまであれば、『法華経』が君を読むことになる

仏の知見を開けば、『法華経』を読むのである

努力して教えのままに修行せよ

そのことが経典を読むことである

もし、自分の心が一念一念に修行していかなければ

常に経典に読まれるのである。」

 法達は師の教えを聞くや、言下に大悟し、

感激の涙にむせびながら大師に言った、

まことに今までは『法華経』を読んだことはなく

七年の間『法華経』に読まれていました

これからは真剣に仏行を修行します。」

師は言った、「仏行を践み行なうのが仏なのだ。」

そのとき、法座に居合わせた人びとはおのおの自性を悟ることができた。



解釈とコメント:

ここでは法華経方便品の経文、

諸仏も釈迦牟尼仏も、ただ一大事のための因縁ゆえに、この世に出現したもう

を引用し四門を説いている。

四門とは仏知見を開くこと、仏知見を示すこと、仏知見を悟ること、

仏知見に入る<開示悟入>の四つだと言う。

<開示悟入>をそれぞれ、発心、修行、菩提、涅槃の四門に当て、因、行、証、入とも呼んでいる。

仏道はこの<開示悟入>の四門を、何れが始めともなく、何れが終わりともなく、

常に循環・転じて、運行して、悟りを深めて行くことから四転の道環とも言う。

次の図14に<開示悟入>の四転と発心、修行、菩提、涅槃の四門を示す。


図14


 図14開示悟入>の四転と発心、修行菩提、涅槃の四門


法華経の『諸仏世尊は、唯だ一大事因縁を以ての故に、世に出現したもう

という経文に出て来る「一大事因縁」について、

慧能は、「法達よ、人心は不思、本来寂静にして、邪見を離却せる

即ち是れ大事因縁なり」と独自の解釈をしている。

人の心(心の本源)は思念を絶して、もともと寂静であり、よこしまな想念とは無縁なものである。」

とは健康な下層脳(脳幹と大脳辺縁系)の性質について述べていると考えることができる。

慧能は健康な下層脳(脳幹と大脳辺縁系)を中心として生まれる無分別智こそが

法華経が説く「一大事因縁ということ」だと述べているのである。

この禅的解釈は慧能の禅がいかに深く独創的であるかを示している。


本章の末尾に出て来る慧能の言葉、

法達よ、心に行ずれば、即ち是れ汝が『法華経』を転ず

行ぜずんば、即ち是れ『法華経』に転ぜらる

心正しければ法華を転じ、心邪まなれば法華に転ぜらる

仏知見を開けば法華を転ず

努力して法に依って修行せよ、即ち是れ経を転ずるなり

自心若し念念修行せずんば、即ち常に経に転ぜらる。」

は注目すべきである。

慧能は「心正しければ法華を転じ、心邪まなれば法華に転ぜらる。」と言って、

邪な心で法華経を読むと法華経に転ぜらることになるが、

心正しければ法華を転じることができると言っている。

慧能は邪な心で法華経を読むと法華経の文字言句に使われることになるが、

心悟りの心で正しい心ければ主体的に法華を転じることができる

(法華経の真意を日常生活に活かすことができる)と言っている。

これは何も法華経に限ることではなく、

一般的な経典を読む時の慧能の主体的な精神を現している。

経転(経典に転ぜられる)」ではなく、

転経(経典を転ずる)」でなければならないと言っている。

多くの大乗仏教の宗派では所依の経典を盲目的に信仰するあまり、

経転(経典に転ぜられる)」の姿勢を取っている。

慧能は経典に対しては主体的に臨み、

転経(経典を転ずる)」でなければならないと言っていることが分かる。

弟子の法達は、法華経を熱心に信仰する余り、

「法華転(法華経に転ぜられる)」の姿勢になっていたのを誡め、

「転法華(法華経を転ずる)」で臨むようにと言っているのである。

六祖慧能は経典を読む場合には、

主体性を持って読め!」と主体性を重要視していることが分かる。



「臨済録」において、臨済禅師も

随処に主と作(な)れば、立処皆真なり」

(どこにいようとも主体的に生きれば、そこが真実の場となるのだ)

と言っている。

「臨済録」示衆8−2を参照)。

六祖慧能の言うところは、この臨済の精神と通底している。



9.3

9.3  智常の参問 



原文

また僧あり、智常と曰う。礼拝して四乗の義を問うて云う、

和尚に啓(もう)す、仏は三乗の法を説き、また最上乗を言う

弟子は解せず、願わくは為に教授したまえ。」

師曰く、「汝は自心に向かって見よ、外の法相に着すること莫れ

四乗の法は無く、人心に自ら四等有るのみ

見聞して転読するは是れ小乗、法を悟り義を解するは是れ中乗

法に依って修行するは是れ大乗なり

万法尽く通じ、万行倶に備わり、一切に染まずして

諸々の法相を離れ、一も所得無きを、最上乗と名づく

乗とは是れ行の義なり。口もて争うに在らず

汝は須らく自ら修すべし、吾れに問うこと莫れ

一切時中、自性自如なる。是れ四乗の義なり。」



注:

智常: 六祖慧能の十大弟子の一人。

信州貴駱(江西省上饒県西北貴賠県)の人という。


四乗: 普通は、声聞乗、縁覚乗、菩薩乗、の三乗に最上乗を加えた四つである。

しかし、ここでは慧能は人心に自ら四等有るとし、

小乗、中乗、大乗、最上乗の4つの等級を挙げて説明している。


自性自如: 我々の自性(下層脳中心の無意識脳)は寂静として、

あるがままの真実を具現している。



 現代語訳:

 また智常という僧がいた。師に礼拝して、四乗の意味を尋ねて言った、

和尚に申し上げます。仏は三乗の教えをお説きになり

また最上乗をお説きになっています。私にはわかりません、どうか教えてください。」

 師は言った、

君は自分の心に向かって直視しなさい。外がわの教義などにとらわれてはならぬ

四乗の教えなどはなく、人の心のほうに四等の別があるだけだ

見たり聞いたり、経典を読誦したりするのは、小乗である

教えを悟り、教義がわかるのは、中乗である

教えに従って実践するには、大乗である

あらゆる教えにみな精通し、一切の修行が完全にそなわり、何物にもとらわれず

もろもろの教えの型をもぬけ出て、何物をも得たということがなくなったのを

最上乗という。乗とは実行するという意味であって、論争することには関わりはない

君は自分で修行せねばならぬ。私に聞いてはならぬ

いついかなる時にも、自性はあるがままの真実であること、これが四乗の意味である。」



解釈とコメント:

慧能が最上乗について、

君は自分で修行せねばならぬ。いついかなる時にも、自性はあるがままの真実であること

これが四乗の意味である。」という言葉が印象的である。

声聞乗、縁覚乗、菩薩乗、の三乗に最上乗を加えた四乗について、

四乗の教えなどはなく、人の心のほうに四等の別があるだけだ。

見たり聞いたり、経典を読誦したりするのは、小乗である。

教えを悟り、教義がわかるのは、中乗である。

教えに従って実践するには、大乗である。

慧能は「あらゆる教えにみな精通し、一切の修行が完全にそなわり

何物にもとらわれず、もろもろの教えの型をもぬけ出て

何物をも得たということがなくなったのを、最上乗という

乗とは実行するという意味であって、論争することには関わりはない

君は自分で修行せねばならぬ。私に聞いてはならぬ

いついかなる時にも、自性はあるがままの真実であること

これが四乗の意味である。」という。



 大乗と最上乗:禅で目指すのは仏である



馬祖道一の法嗣大珠慧海は著書「頓悟要門」において、

大乗と最上乗とは何か?」という質問に対し、

大乗とは求道者(菩薩)の道である。」と言う。

大乗仏教は別名菩薩乗とも言うからこれは正しい。

しかし、慧海が「最上乗とは仏乗(仏の道)である。」と言っていることが注目される。

最上乗は南宗禅を指す。「南宗禅は仏乗(仏の道)である。」と言っていることになる。

最上乗(南宗禅)について、

「 大乗仏教の教理に立って観察することをしない

もはや修行する必要の無い湛然常寂の境地に至って

不増不減ならば最上乗即ちこれ仏乗なり。」と言っている。

日本では普通禅宗(=南宗禅)は大乗仏教の1宗派だと考えられている。

しかし、大珠慧海は、

南宗禅(禅宗)は大乗仏教を乗り越えた仏乗(仏になる仏教)だ

と考えていたことが分かる。

これは注目される考え方である。

大乗仏教では修行してもせいぜい菩薩になるくらいが関の山である。

仏はあくまでも信仰の対象として礼拝する神格化された存在である。

しかし、

禅宗では湛然常寂の境地に至って不増不減の心を開発し仏になる。

ことを目的とすることが分かる。



注:

湛然(たんねん): 落ち着いて静かなさま。水をたたえているさま。



はっきり言われることは少ないが禅宗は菩薩乗としての大乗仏教を乗り越えている。

大乗仏教は原始仏教と部派仏教がブッダを神格化することで宗教に変容したものである。

「仏とは何か?を参照)。

これに対し南宗禅(禅宗)はブッダ(覚者)になることを目的とする。

光り輝く神格としての仏(如来)を本の人間のレベルに戻している。

もともと仏性を具えている人間が修行の結果、仏性を自覚して仏であることを覚るのである。

これは大乗仏教よりもゴータマ・ブッダの原始仏教に直結したものであると言えるだろう。

唐代の圭峯宗密(780〜841)は著書「禅源諸詮集都序」で禅を次の五つに分類している。


1.外道禅

2.凡夫禅

3.小乗禅

4.大乗禅

5.如来清浄禅(最上乗禅)


外道禅とは天に上ることを願う外道の禅である。

インドのヨーガの禅がこれに当たる。

凡夫禅とは凡夫が因果を信じて天に上ることを願う禅である。

小乗禅とは自分だけの悟りを目的とした小乗仏教徒の禅である。

大乗禅とは我法二空(主体と客体の両者が空であること)を悟る禅である。

最上乗禅とは「自心が本来清浄で煩悩がなく、無漏智を自ずから具足している。

畢竟この心は仏と異なることがないと頓悟することである。

最上乗禅とは菩提達磨承伝の禅である。

図15に仏教の歴史的発展と最上乗禅(仏乗)への道を簡単に示す。


図15


 図15仏教の歴史的発展と最上乗禅(仏乗)への経緯


 の教外別伝


達磨の4聖句の第一は<教外別伝>である。

達磨の4聖句を参照)。

達磨の4聖句はブッダに始まる悟りの核心は、

以心伝心で脈脈と伝えられて来たのだと主張する。

インドではブッダ→摩訶迦葉→阿難→ ・・・般若多羅尊者(27祖)→

菩提達磨(28祖)へ至る西天28祖による伝法があった。

西天28祖の菩提達磨はその法を持って中国に来て伝えた。

中国では菩提達磨が初祖となり二祖慧可(487〜593)、三祖僧サン(そうさん、?〜606)、

四祖道信(580〜651)、五祖弘忍(602〜675)、

六祖慧能(638〜713)に至る東土6祖の伝法があった。

これは経典など仏教の正統の教えには説かれていない教外別伝のルート

であるという主張である。

この主張は中国で禅宗を確立するに当たって、

正当性を主張するためと権威付けのため創作された神話と言えるものであろう。

確実な歴史的根拠を持つものではない。

初祖菩提達磨についても実際いたかどうかに対する疑問もあるようである。

しかし、禅が菩提達磨のような人によってインドから中国に伝えられた

のは事実だと考えることができるだろう。

図15に示した達磨禅に至るルートとして、

筆者は教外別伝のルートを仮定している。

教外別伝のルートを支えたのは原始仏教以来の禅定を中心にした37道品を修行し、

「ブッダの悟りとは何か?」を追求するグループであったと考えられる。

37道品を参照)。

彼等はブッダの悟りを究明しようとしたが、

当時の科学レベルでは、これを「空」という思想までしか明らかにできなかった。

「空」という思想的表現によって表す(ごまかす?)しかなかったのである。

結局、彼等は「ブッダの悟りとは何か?」を明らかにすることはできず 失敗に終わった。

しかし、その努力は般若系経典の「空」の思想として残ったと考えることができる。

このグループの地道な努力はその後も続き、中期大乗仏教の仏性思想や唯識思想

の成立に貢献したと考えられる。

しかし、それも充分に成功することはできず、

仏教の主流とは成りえなかった。

しかし、そのグループの伝統は、

地下水のように仏教の底流として受け継がれて流れていたと考えられる。

中国に禅を伝えた菩提達磨はそのような教外別伝のルートに属する

修禅修行者の一人であったと考えることができる。

以上のような教外別伝のルートを仮定すると、

菩提達磨の中国渡来と禅の<教外別伝のルート>をよく説明できる。

最上乗(南宗禅)は大乗仏教(特に如来蔵思想)に影響を受けていることは確かである。

しかし、その二つは対照的な特徴を持っている。

大乗仏教は菩薩乗とも言うように、求道者(菩薩)の道である。

しかし、大乗仏教では菩薩を経て悟りを開き仏陀になるのは無限時間の求道と

輪廻転生が必要であるとされる。

このため成仏は事実上不可能である。

実際、大乗仏教では菩薩を経て悟りを開き仏陀になったと言う話は聞かない。

これに対し、最上乗(南宗禅)は仏乗(仏への道)である。

頓悟した祖師禅師は大勢いる。大乗仏教のように開悟に無限時間は必要ではない。

正師につき真面目に坐禅修行すれば頓悟成仏できるからである。

最上乗(南宗禅)では頓悟した後、湛然常寂・不増不減の境地に至った人は仏と見なしている。

禅では大乗仏教のように超越者としての仏・如来への信仰を重視しない。

自己究明を重視する点で<自帰依>の道を行くゴータマ・ブッダの原始仏教に似ている。

大乗仏教のような諸仏を崇拝信仰する宗教から、

己事究明→ 直示人心 →見性成仏という修行をすることで、

ブッダが説いた<自帰依>の道へ戻ったように見えるところがある。

この点はゴータマ・ブッダの原始仏教に回帰したと言えるだろう。

禅定を重視した点でも、

最上乗(南宗禅)と原始仏教は地下水脈では通じている。



 大乗仏教と禅宗



大乗仏教の「大乗」とは大きな乗り物と言う意味である。

浄土教に典型的に見られるように阿弥陀仏を一心に信仰することで、

多数の信者を救おうとする。

しかし、大乗仏教とされる禅宗では、浄土教のように、

大勢の信者を大きな乗り物に乗せて一挙に救おうという姿勢があまり見られない。

むしろ、優秀な修行者に悟りを開かせ仏になる、いわゆる<見性成仏>の道を行かせようとする。

いわばエリートによる<見性成仏>の道と言える。

これは次のような例にも見られる。

道元が日本に帰国する時、師の如浄が道元に送った訓誡の言葉として

城邑聚落に住むこと勿れ、国王・大臣に近づく勿れ

深山幽谷に居て一箇半箇を接得し、我宗を断絶せしむること勿れ。」がある。

また正受老人が白隠慧鶴との別れに際して言った言葉は

決して多くを求めるな。1人でも2人でもよいから真実に道を伝える人を養成せよ。」である。

如浄や正受老人の言葉には同じ大乗ではあっても、

大勢の信者を大きな乗り物に乗せて一挙に救おうとする易行道

と違う禅宗の特徴が現れている。

もう一つの特徴は単純直裁な表現で<成仏(仏になる)>をめざし、

中国的合理性をもつことである。

そのため、このホームページで説明したように、

科学とよくなじみ科学的観点(脳科学的視点)から合理的に説明できる。

浄土教に典型的に見られるように念仏を唱え、

仏如来(阿弥陀仏)を一心に信仰することで救われるという宗教から、

己事究明の坐禅修行によって<見性成仏>するという飛躍は衝撃的・革命的である。

この点で最上乗禅(仏乗)は大乗仏教に起こった<宗教革命>と言えるだろう。




9.4

9.4  神会の入門 



原文

また玉泉寺に一童子有り、年は十三歳、当陽県の人なり、名づけて神会と曰う。

師を礼すること三拝して問うて曰く、「和尚は坐禅して、還って見るや見ざるや?」

「和尚は坐禅して、還って見るや見ざるや?」

師はシュ杖を以て打つこと三下して、却って問う、

「吾れは汝を打つ、痛きか痛がらざるか?」

対えて云う、「亦た痛く、亦た痛からず。」

師は曰く、「吾れも亦た見、亦た見ず。」

神会問う、「如何なるか是れ亦た見、亦た見ざる?」

師言う、「吾れの見る所は、常に自心の過愆(かけん)を見て、他人の是非好悪を見ず。

是を以て亦た見、亦た見ざるなり。汝が言う亦た痛く、亦痛からずとは如何。

汝若し痛からざれば、其の木石に同じ。若し痛からば、即ち凡夫に同じく、即ち恨みを起こす。」

師曰く、「神会小児が向前の見不見は是れ二辺、痛不痛は生滅に属す。

汝は自性すら且つ見ず、敢えて来たって人を弄る。」

神会は礼拝して悔謝し、更に敢えて言わず。

師は又曰く、「汝若し心迷うて見ずんば、善知識に問うて路を覚めよ。

汝若し心悟らば即ち自ら見性して、法に依って修行せよ。

汝自ら迷うて自心を見ず、却って来たって吾れに見と不見を問う。

吾が見るは自ら知る、壹に汝が迷うに代らんや。

汝若し自ら見ば、亦た吾が迷うに代らじ。

何ぞ自ら知り自ら見ずして、乃ち吾れに見と不見を問うや。」

神会は礼すること百余拝して、愆過を謝せんことを求め、

事えて師と為さんことを請い、左右を離れず。



注:

シュ杖(しゅじょう): 杖。特に禅僧の持つ杖。


 過愆(かけん): 過ち。


 愆過(けんか): 過ち。


 神会: 荷沢神会(かたくじんね、660〜762)禅師。荷沢(かたく)宗の開祖。

神会は幼い頃出家し、経論を学び戒律にも通じた秀才であった。

景竜2年(708年)に慧能が住した曹渓山に来て六祖慧能に師事し、

その心印を受け法嗣となった。

長安や洛陽に南宗禅を広め、荷沢宗の開祖となった。

著書に「顕宗記」一巻。「神会禅師語録」もある。

荷沢神会については「禅の歴史」1.18正統争いを参照)。


還って見るや見ざるや。: 神会は師に

なにかを見ているか、なにものをも見てないのか?」と問うた。

これに対する「亦た痛く、亦た痛からず。」以下の問答は、

形の上では同じに見えるが、内容には格段の相違かある。

恵能の答えは自心の過言を見るが、他人の是非好悪を見ない、

 というような、差別の世界における智慧の働きを示し、

その根底には、心の本性を見ている。

 それ故に、自からに般若の智があることを示している。

しかし、神会は師に打たれたとき、痛さに徹底して自性に気づくことなく、

生滅して止まぬ、たんなる対立動揺の立場に住まっていることを曝露して、

それを指摘されたのである。


向前の: 先ほどの。


常に自心の過愆(けん)を見て、他人の是非好悪を見ず。:

常に自らの過(とが)を見て他人の是非好悪を見なければ、道とぴったり合う。

二辺: 中道を離れて一方に傾くのを辺という。

ここでは見ると見ないとの両極端を指している。


生滅 : 于宙万物のありかたについての八種の妄見のうちの二つ。

八種とは、生、滅、去、来、同一、差別、断滅、常住の内の一つに偏った物の見方。



 現代語訳:

 また玉泉寺に一人の年少の修行者がいた。

年は十三、当陽県の出身で、名は神会といった。

大師を三拝して問うた、「和尚は坐禅をなさって、いったい見られますか、見られませんか?。」

師は杖で神会を三回打ってから言った、「私はお前を打ったが、痛いか痛くないか?」

神会、「痛くもあり、痛くもありません。」

師は言った、「私も見もするし、また見もしない。」

神会、「どういうのが、見もし見もしないということでしょうか。」

師、「私の見かたは、いつも自分の心のあやまちを見て、他人の是非、好悪を見ないのだ

だから、見もし見もしないのだ。お前のいう痛くもあり痛くもないというのはどうなのか

お前がもし痛くないのなら、木や石と同じことだし

もし痛いのなら、凡人と同じことで、すぐに恨めしく思うわけだ。」

師は〔重ねて〕言った、

神会坊やの先ほどの見る見ないは相対の見方であるし

痛い痛くないは生滅の見方にすぎぬ

お前は自己の本性すらまだ見て取っていないくせに

よくも人をからかいにやって来れたものだ。」

神会はお詫びの礼拝をして、もう何もものがいえなかった。

師はまた言った、

もしお前が心を見失って何も見えなければ、道の先輩にたずねて、行くべき道を探し求めなさい

もしお前が心で悟り、自分で自己の本性を見て取ったなら、教えのとおりに実践しなさい

お前は自分で本心を見失って、自分の心が見えないくせに

私に向かって見るか見ないかを尋ねておる

私が見ることは私自身で知っているのだ。お前の代わりに見失ったりするものか

もしお前が自分で見るとしたら、やはり私の代りに見失ったりはしないであろう

どうして自分で知り自分で見ようとせずに

私に向かって見るか見ないかを尋ねるのか。」

神会は百回以上も礼拝して、あやまちを許されるようにお願いし、

また師としてお仕えしたいとお願いして、師の側を離れることがなかった。



解釈とコメント:

神会の質問「和尚は坐禅をなさって、いったい見られますか、見られませんか?」

は坐禅中の心の本体である自性は見ることができるか、

できないかという質問だと考えることができる。

坐禅中に心の本体である自性(脳)は見ることはできない。

脳は脳自体を見ることはできない。このことは誰でもが経験する事実である。

神会はこのことを踏まえた上で、

和尚は坐禅をなさって、いったい見られますか、見られませんか?」と質問している。

このような質問は理屈に走った質問であると言える。

慧能は杖で神会を三回打ってから,

私はお前を打ったが、痛いか痛くないか。」と問い返したのは

痛いか痛くないか。」かは体験することで分かる。

自分で自己の本性(自性=真の自己)を見る見性は体験するしか仕方がない

と言いたかったと思われる。



荷沢宗



荷沢宗(かたくしゅう)は、中国における仏教の宗派であり、

唐の僧である神会を中心として形成された、禅宗の一派である。

名称は、神会が拠点とした荷沢寺に由来する。

中国禅の五祖弘忍の高弟であった神秀は則天武后に重用され、

その死後も門下の弟子たちが帝室の保護を受けていた。

神会はこの僧侶たちを北宗と呼び、

禅定によって漸進的に悟りへと向かっていく漸悟の立場を取っていると批判した。

禅宗六祖慧能から受け継いだ頓悟こそが真の仏法であると主張して南宗と称していた。

745年に神会は洛陽の荷沢寺に入り、ここを拠点として北宗批判を続けた。

753年に神会は政府の命により一度追放されるが、

755年に勃発した安禄山の乱に際し売牒制度に加担して洛陽に復帰した。

この間に、荷沢寺には神会の弟子が増え続け、一派を形成した。

これが荷沢宗と呼ばれたのである。

荷沢宗は帝室の保護を受けて大きくなり、神秀の弟子の一派を駆逐せんとする勢力となった。

しかし、762年に神会が没すると急速に勢力を失い、845年の会昌の廃仏によって、

歴史から完全に姿を消した。

神会は、悟りに向かって禅定を修めて徐々に悟りに迫っていくという漸悟論を否定し、

悟りと無明という二元論的対立は本来存在せず、悟りに至るにあたり、

段階は存在しないという頓悟の禅を主張していた。

しかし、実際には、座禅の方法に習熟するなどの、

準備となる期間が必要であることを認めており、

信者を獲得するにあたって柔軟な姿勢を示していたとされている。


10章 教示十僧伝法門 



10.1

10.1 三科の法門と三十六対法 



原文

この時、師は門人の法海、志誠、法達、神会、智常、智通、志徹、志道、法珍、

法如等を喚んで言う、

汝等十人、向前より汝等は余人に同じからざりき

吾が滅度の後は、各々一方の師と為れ

吾れ今ま汝をして説法して本宗を失せざらしめん

先ず須らく三科の法門を挙げ、三十六対を動用し、出没して即ち両辺を離るべし

一切の法を説くに、自性を離るること莫れ

忽し人有りて汝に法を問わば、語を出すに尽く双(ならべ)て、皆な対法を取れ

来去相い因り、究竟二法尽く除かれて、更に去処(ところ)無からん

三科の法門とは、陰・界・入なり。陰は是れ五陰、色受想行識是れなり

入は是れ十二入、外の六塵は色声香味触法なり、内の六門は眼耳鼻舌身意是れなり

界は是れ十八界にして、六塵六門六識是れなり

自性の能く万法を含むを含蔵識と名づく

若し思量を起こせば、即ち是れ転識にして、六識を生じ、六門より出で、六塵を見る

三六一十八、自性に由って用を起こす。自性若し邪なれば、十八邪を起こす

自性若し正なれば、十八正を起こす

悪を含んで用かば、即ち衆生の用(はたら)きなり

善用せば、即ち仏の用(はたら)きなり

用(はたら)きは何等にか由る、自性に由って有り

対法は、外竟の無境に五対あり

天は地と対し、日は月と対し、明は暗と対し、陰は陽と対し、水は火と対す

これは是れ五対なり。法相の五言に十二対あり。語は法と対し、有は無と対し

有色は無色と対し、有相は無相と対し、有漏は無漏と対し、色は空と対し

動は静と対し、清は濁と対し、凡は聖と対し、僧は俗と対し、老は少と対し

大は小と対す。これは是れ十二対なり

自性は用(はたら)きを起こすに十九対あり

長は短と対し、邪は正と対し、痴は慧と対し、愚は智と対し

乱は定と対し、慈は毒と対し、戒は非と対し、直は曲と対し、実は虚と対し

険は平と対し、煩悩は菩提と対し、常は無常と対し、非は喜と対し

喜は瞋と対し、捨は慳と対し、進は退と対し、生は滅と対し

法身は色身と対し、化身は報身と対す。此れは是れ十九対なり。」

師言う、

「 此れは是れ三十六対の法なり。若し解く用うれば、即ち一切の経法を通貫す

出入して即ち両辺を離るるには、自性の動用なり

人と言語するに、外は相に於て相を離れ、内は空に於て空を離れよ

若し全く相に着すれば、即ち邪見を長じ、若し全く空に執すれば

即ち無明を長じ、又た却って経を謗(そし)って、文字を用いずと直言す

既に文字を用いずと云わば、人も亦た合(まさ)に語言すべからず

只だ此の語言は、便ち是れ文字の相なり。又た文字を立てずと直道するも

即ち此の不立の両字も亦た是れ文字なり

人の説く所を見て、便即ち他を誇って文字に着すと言う

汝等は須らく知るべし、自ら迷うことは猶お可なるも、又た仏経を謗ることを

経を謗(そし)ることを要せず、罪障は無数なり

相に外に着して、作法して真を求め、或いは広く道場を立てて、有無の過患を説く

是の如き人は累劫にも見性すべからず

法に依って修行するを勧めず、ただ聴説の修行なればなり

又た百物思わずして道性を窒擬(ちつぎ)すること莫れ

若し聴説して修せずんば、人をして反って邪念を生ぜしむ

担だ法に依って修行し、住相無く法施せよ

汝等若し悟りて、此れに依って説き、此れに依って用(はたら)き

此れに依って行じ、此れに依って作さば、即ち本宗を失せず

若し人有って汝に義を問わんに、 

有を問わば無を将って対え、無を問わば有を将って対え

凡を問わば聖を以て対え、聖を問わば凡を以て対えよ

二法相い因って、中道の義を生ず

汝は一問には一対せよ、余間も一えに此れに依って作さば、即ち理を失せざるなり

設し人有って『何をか名づけて暗と為す』と問わば

答えて云え、『明は是れ因、暗は是れ縁にして明没すれば即ち暗なり』と

明を以て暗を顕わし、暗を以て明を現わし、来去相い因って、中道の義を成ず

余の問いも悉く皆な此の如し。」

師は十僧をして、後に法を伝え、『壇経』を以て、たがいに相い教授して、即ち宗旨を失せざらしむ。

汝は已に法を得了る。逓代流行せよ

後人は『壇経』に遇うことを得ば、親しく吾が教えを承くるが如し

もし、『壇経』を看ば、必ず当に見性すべし。」



注:

三科法門:  五陰、十二入、十八界を三科という。陰入界(陰界入)または穏処界ともいう。



 三十六対を動用:  外境の無情五対と、

法相の十二対と、自性の十九対とで計三十六対になる。

それらを自性(健康な脳)の働きにより運用すべしという。



出没して即ち両辺を離るべし:後文に「出入即離両辺」という句がある。

三十六対の対法は、その一対がいずれも相対の関係にあることを悟らせるため、

一方を取捨する。

更には相対を超えた絶対に気づかせようとしている。



来去相い因って:  『神会語録』にいう、

長は短に因って生じ、短は長に因って立つ。若し其れ長無くんば、短も亦立たず

事は相因るが故に。」二個の対立を離れた不偏にして中正な道を主張している。



 更に去処(ところ)無からん。:「去処」は俗語で場所の意。

ここでは二法(相対概念)を定立すべき場。

出てくるものと去りゆくものの相対性が取り除かれ、

〔それを設定する〕場所もまったくなくなる。



自性の能く万法を含むを含蔵識と名づく。:含蔵識はアーラヤ識

(唯識説に言う阿頼耶識)のこと。

アーラヤ識はあらゆるものを生起する種子を含蔵しているという。

『頓悟要門』にアーラヤ識が大円鏡智となることの説明がある。

脳の認識・記憶作用によって情報が脳に記憶として蓄えられることを

含蔵識と呼んでいる。

原始仏教2、仏教の認識論を参照)。



阿頼耶識(あらやしき): 根本識 (こんぽんじき) ともいう。

阿頼耶はよりどころの意。蔵と訳される。

仏教の唯識説にいう第8番目の識。識とは純粋の精神作用をいう。

すべての存在は元来実体のないもので,「空」であるが、

万有は「識」の顕現したものにほかならないとする唯識説では、

思量の働きをする末那識 (まなしき) が、

万有を生じる可能力から成る阿頼耶識を対象として我執を起すとする。

原始仏教2、仏教の認識論を参照)。



転識:  八識のうちアーラヤ識を所依にして働きを起こす

眼・耳・鼻・舌・身の五識と、第六意識、第七マナ識。

アーラヤ識が展開して現に働いている意識を指している。



自性に由って用を起こす。:  含蔵識は不生不滅の真と、

生滅すなわち妄とが和合した、いわゆる真妄和合識であるとする解釈から、

自性(脳)の働き(用)に善と悪があるというのである。体用思想に基づいて説明している。

禅と体用思想を参照)。



逓代伝法:  代をついだ伝法という意味。

仏陀の滅後、特定の弟子に教法や戒律を伝えたのに始まる。

特に中国で宗派が成立すると、各派がそれぞれに列祖の相承を説くようになる。

天台の金口、今師、九師の三種相承は、その代表である。

経典によらない禅は、西天二十八祖と唐土の六祖を立て、相承の物証として、

衣や鉢の伝授を主張するが、別に真理の言葉としての伝法偈や

正法眼蔵の相承を説いて、伝灯、血脈、または逓代伝法とよぶ。

いずれも秘伝を重んじ、師の印可を第一とするとともに、

これを証する印可状の製作を伴うに至る。



無情五対: 無情は生命の無いもの。

自然界の代表である天地日月水火と、

それに基づいて展開された中国固有の陰陽の原理的思想と、仏教哲学の明暗の五対のこと。



法相の五言に十二対あり: 一切諸法の本質を言葉で表現した十二の対法。



自性は用(はたら)きを起こすに十九対あり: 自性の働きに属する十九対。



 現代語訳:

このとき、六祖大師は、弟子の法海、志誠、法達、神会、智常、智通、

志徹、志道、法珍、法如らを呼び出して言った、

君たち十人の者よ、以前から君たちは普通の人とは異なっていた

私の死後、それぞれの地方の指導者になりなさい

私はいま君たちが教えを説くとき宗旨のかなめを失わないようにしてあげよう

 まず『三科の法門』を取り上げ、『三十六対』を運用して

その相対をなすものを出入させて、相対性を除いてゆかねばならぬ

どんな教えを説くにも、自己の本性の座を離れてはならぬ

もし誰かが君たちに教えを求めたなら

言葉のすべてを相対的に構成し、すべて対の方法を用いよ

出てくるものと去りゆくものとが互いに条件となって

けっきょく一双の相対性がすっかり取り除かれ、(それを設定する)場所もまったくなくなる

『三科の法門』というのは、陰と界と入である

陰とは五陰であって、色、受、想、行、識のことである

入とは十二入であって、外の六塵は、色、声、香、味、触、法であり

内の六門は、眼、耳、鼻、舌、身、意のことである

界とは十八界のことであって、六塵と六門と六識のことである

自己の本性はちゃんと万物の事象をも道理をも包みこんでいることを含蔵識という

もし分別を起こすと、たちまち転識というものが働き

意識が展開されて六識が生れ、六門から出て、六塵を見るのである

六識・六門・六塵の三乗から成る十八界は、自己の本性から働きを起こすのである

自己の本性がゆがんでいると、ゆがんだ十八界を作ることになり

自己の本性が正しいと、正しい十八界を作ることになる

含蔵識が悪を含んで働けば、衆生の働きであり、善を含んで働けば、仏の働きである

その働きは何から出るかといえば、自己の本性から出てくるのである

 対にする方法とは、外界の対象について心のない五対がある

天は地と対し、日は月と対し、明は暗と対し、陰は陽と対し、水は火と対している

これが五対である。次に万物のあり方をいうことばに十二対がある

語は法と対し、有は無と対し、有色は無色と対し、有相は無相と対し

有漏は無漏と対し、色は空と対し、動は静と対し、清は濁と対し

凡は聖と対し、僧は俗と対し、老は少と対し、大は小と対している

これが十二対である

次に自己の本性が働きを起こす十九対がある

長は短と対し、邪は正と対し、痴は慧と対し、愚は智と対し、乱は定と対し

慈は毒と対し、戒は非と対し、直は曲と対し、実は虚と対し

険は平と対し、煩悩は菩提と対し、常は無常と対し、悲は喜と対し

喜は瞋と対し、捨は慳と対し、進は退と対し、生は滅と対し

法身は色身と対し、化身は報身と対している

これが十九対である。」

 師は言った、

以上が三十六対の方法である。もしこれらを運用できたならば

すべての経典の教えの全部を通貫することができ

これらの出し入れによって相対の立場を脱却するのは、自己の本性の働きである

人と対話するとき、外的には形の上に立ちながら形に執われないし

内的には空の立場にありながら空に執われない

もしすっかり形に執われれば、ゆがんだ考えをつのらせることになり

もしすっかり空に執われれば、無知をつのらせることになって

さては経典をそしって、『文字は不用だ』というまでに至る

文字は不用なら、人は言葉を使ってはならぬことになる

[なぜならば]この言葉こそは、文字のすがたなのであるから

また『文字を立てぬ』とまでいっておるが

その〈不立〉ということばがやはり文字であるのだ

(そういう偏見のやからは)人が説くのを見ると、すぐさまその大をそしって

『彼は文字に執われている』といいたてる

君たちはよく心得ておかねばならぬ、自分で本心を見失うのはまだしも

仏の経典をまでそしるに至っていることを

経典をそしってはならぬ

そのための罪は数えきれぬものとなる

外面的な形に執われながら、作られた立場で真理を探し求め

あるいは広大な道場をしつらえて、有無ということの過失を説きたてる

このような大は無限の時を重ねても、自己の本性を見ることはできない

教えに従って修行することをすすめないで、ただ人の説法を聞くという修行なのだから

また何ものをも思わないで、菩提の本性を妨げてはならない

もし話を聞くだけで修行しないなら、かえって人によこしまな思いを起こさせる

ただ教えに従って修行し、執着を離れた説法をせよ

もし君たちが悟って、これ(三十六対法)によって説き

これによって運用し、これによって修行し、これによって作為するなら

宗旨の本すじを失わないであろう

もし人が君の意見を尋ねるとして、有を問われたら無で答え

無を問われたら有で答え、凡を聞かれたら聖で答え、聖を問われたら凡で答えよ

対立した一双の概念が相互に条件となって、中正の道理の意味が出てくるのだ

君は一つ問われたら、その一つだけに答えるのだ

その他の問いにもすべてそのようにするならば、道理をはずすことにならないであろう

もし人が『何を暗と呼ぶのか』と尋ねたら、こう答えよ

『明が因であり、暗は縁である。明が沈むと暗である』と

このように明でもって暗をあらわし、暗でもって明をあらわし

もち出すものととり去るものとが相互に条件となって

中正の道理の意味が完成するのである

その他の質問にもすべてこのようにするのだ。」

 のちに師は十人の僧に法を伝え、

同時に『壇経』をつぎつぎに教え授けていって、

宗旨を見失わぬようにと指示された、

君たちはこれで私の法を得たからには、この『壇経』を代々世に広めてゆくのだ

後世の人はこの『壇経』に出会うことができたなら

目のあたりに私の教えを受けるのと同じことだ

もし『壇経』を読めば、きっと自己の本性を悟ることができよう。」




解釈とコメント:

慧能は晩年に3科36対の法を説いたと言われる。

それにしても10.1章の慧能の説法は大変長く複雑な内容である。

3科36対の法は整理して表にすると表9のようになる。


表9

表9  3科36対の法


表9に示したように、3科とは五蘊、十二処、十八界を言う。

これは原始仏教以来の伝統的考え方である。

陰とは五陰(=五蘊)のことで、色、受、想、行、識のことで、

脳が情報を受けて意識が発生するまでのプロセスを5つに分けて説明したものである。

(原始仏教の五蘊説を参照)

原始仏教の五蘊説を参照)。

入とは十二入(=十二処=6根+6境)のことである。

従って、3科とは脳が外界からの情報を受けて生じる意識プロセスを3つに分けたものと言える。

十八界や十二処には外境である自然界も含む。

慧能はこの3科は自性の本体から顕現するものであると考えている(唯識論的考え方)。

外境である自然界は自性の本体(=脳)とは別の存在である。

唯識論ではこれも識の所産であると混同しているので注意する必要がある。

36対とは無情の5対と法相の語言の12対と自性の起用の19対を足したもの

(5+12+19=36)である。

3科36対は自己を中心とした自然界全体を含むものと言えるだろう。

十八界については次の図を参考にすれば分かり易い。


18界

図16  十八界の図

天−地、日−月、明−暗、陰−陽、水−火 など無情の5対は外境に入る。

五蘊の内、色は外界に属するが、受、想、行、識の四つは脳内プロセスから生まれる。

法相の語言の十二対や自性の起用の十九対は殆ど意識に関係しているので

脳内プロセスから生まれると考えて良い。

慧能は「3科36対の法」の全てが自己の心の現れであると考えている。

自性(脳)を本体とする唯脳論的思想や体用思想と考えることができる。

従ってこれらの全ては自分でコントロールすれば自度(自分で自分を救う)する

ことができると考えるのである。

3科36対の法の内、対立的な36対の法も自性(心)が

展開顕現したもの(心の産物)であると考える。

従って、あい対立する相に執着することなく、そのまま正しく見て照破せよと説く。

そのためには、他の非を見ることなく、ただ自己を顧み自性を明らめよと言う。

その時文字は般若の智となり語言は真如となると言うのである。

結局、一切のものは心によって作られる。

もし心がそれらへの執着を離れる時解脱できると言うのである。

この唯識論的考え方は正見・正思に基づく悟りと解脱を説いた

ゴータマ・ブッダの考えに近いものがある。

しかし、この表に見られるように

天−地、日−月、水−火、のような自然現象と

邪−正、痴−慧、愚−智、乱−定、慈−毒、戒−非、直−曲、実−虚、

険−平、煩悩−菩提、悲−害、喜−瞋のような精神的概念を並列的に混同し区別していない。

このため現代の我々から見ると複雑ですっきりしない印象を受ける。

全てを3科36対の法に統一しようと無理をしたためではないだろうか?

自然現象も自性(心)が展開顕現したもの(心の産物)と考えることは科学的事実と矛盾する。

慧能が生きた古代の時代的制約と限界を持つので再考したり、チェックする必要があるだろう。



10.2

10.2 造塔と真仮動静の偈  



原文

大師は先天元年を以て、新州国恩寺に於て塔を造る。

二年七月八日に至って、門人を喚んで告別す。

師言う、「汝等近前せよ。吾れ八月に至って、世間を辞せんと欲す

汝等疑い有らば、早く須らく相い問うべし

汝が為に疑を破し、当に迷いをして尽くさしめ、汝をして安楽ならしむべし

吾れ若し去かん後は、人の汝に教うるもの無からん。」

法海等は聞いて、悉く皆な俤泣す。

唯だ神会のみ有って、神情を動ぜず、亦た沸泣すること無し。

師曰く、「神会小師は却って善と不善と等しく、毀誉に動ぜざるを得たり

余の者は得ず。数年山に在りて、何の道をか修行せしや

汝は今ま悲泣して、為た阿誰(たれ)をか憂うる

若し吾れの去く処を知らざるを憂えば、吾れは自ら去く処を知る

吾れ若し去く処を知らずんば、終に汝に別れじ

汝等の悲泣するは、蓋し吾が去く処を知らざるか為ならん

若し吾が去く処を知らば、即ち合に悲泣すべからず

性は本と生滅去来無し

汝等尽く坐せよ。吾れは汝等に一偶を与えん

名づけて『真仮動静の偈』と曰う

汝等此の偈を誦取すれば、吾が意と同じからん

此れに依って修行して、宗旨を失わざれ。」

衆僧作礼して、師の偈を説かんことを請う。偈に曰く、

一切真有ること無し、以て真を見ざれ。

若し真を見るとならば、是の見尽く真に非ず。

若し能く自ら真有らんには、仮を離るること即ち心真なり。

自心は仮を離れず、真無くんば何れの処か真ならん。

有情は即ち能く動くも、無情は即ち動ぜず。

もし真の不動を覓めば、動上に不動あり。

不動は是れ不動、無情は仏種無し。

能く善く相を分別して、第一義に動ぜず。

但し此の如き見を作さば、即ち是れ真如の用なり。

諸々の学道の人に報ず、努力めて須らく意を用うべし。

大乗の門に於て、却って生死の智に執すること莫れ。

若し言下に相応せば、即ち共に仏義を論ぜん。

若し実に相応せずんば、合掌して歓喜せしめん。

此の宗は本と諍い無し、諍わば即ち道意を失す。

迷いに執して法門を諍わば、自性は生死に入らん。



注:

先天元年 :  西暦712年。


新州国恩寺 :   広東省新興県の恵能の故居。

唐の新龍年間(705〜707)に 中宗の勅により国恩寺の額を賜わった。

恵能は詔州曹渓からここに帰って示寂した。

 その後中宗から天寧寺の額を賜わったという。


 造塔:  恵能は死期の近づいたことを悟り、

あらかじめ塔を造らせたのである。


汝等疑い有らば、早く須らく相い問うべし:  『仏遺教経』に

ブッダが入滅に際して弟子たちの質疑を促したというのにちなむ。

『仏遺教経』では仏が入滅に際して弟子たちに、

汝等比丘、もし苦等の四諦に於いて疑いある者は、疾くこれを問うべし

疑いを懐いて決を求めざることを得ること無かれ。」

と質問を促したとされている。


真仮動静の偈 :  ほんものとにせもの、

動と不動の関係について詠んだ詩。

あわせて北宗の不動に執する考え方の誤りを指摘する。


能く善く相を分別して、第一義に動ぜず。:  この句は

『維摩経』仏国品の謁の句。第一義は最高の法、究極の真理。

自性は本来清浄で無一物であることの徹底的自覚。

一切の般若の智はここから生じてくるからである。


生死の智:    迷いの世界に執われた智。

定慧各別、坐不動、看心看静、不動不起などもこれに含まれる。


此の宗は本と諍い無し:  『金剛経』に、

仏は、我れを無諍三昧を得たる人の中にて最も第一と為す」とある。

無諍とは煩悩による争いのないこと。

恵能の根本的立場は、迷いから目覚めた自性は本来清浄である、

ただこの心を働かせてただちに仏になるということだから、

本より頃悩から起こる争いはない。



 現代語訳:

 大師は、先天元年に、新州の国恩寺で塔を造らせられ、

翌二年七月八日になって、門人を呼び集めて別れを告げられた。

師は言った、「君たち、前に寄りなさい。私は八月になったら

この世を去りたいと思う

君たちは疑問があるなら、すぐに尋ねるがよい

君たちのために疑いを晴らして、すっかり迷いをなくさせ

安楽にさせてあげよう

私か逝ってしまったなら、誰も君たちを教える人はないであろう。」

法海たちはこの言葉を聞くと、一人残らず涙を流して泣いた。

ただ神会だけは顔色を変えず、また泣きもしなかった。

師は言った、「神会小師は善も不善も平等に見

毀誉にも動ぜぬ境地ができておる。ほかの者はできておらぬ

何年もこの山にいて、何を修行したというのか

君たちがいま泣き悲しむのは、いったい誰を悲しむのか

もし私が行く先を知らないことを悲しむのなら、私はちゃんと行く先を知っている

私がもし行く先を知らないなら、君たちに別れの言葉などを告げはせぬ

君たちが悲しみ泣くのは、私の行く先が分からないからであろう

もし私の行く先が分かれば、悲しみ泣くべきではない

一切万物の自性には、生滅するとか去ったり来たりすることは本来ないのだ

君たちみな坐れ。君たちに一篇の偈を授けよう

『真仮動静の偈』というものだ

君達がこの偈を唱えるなら、私の心と同じになる

この趣旨で修行したなら、わが宗の根本を失わないだろう。」

僧達は礼拝して、偈を説いて下さるようにお願いした。

その偈は、

一切万物に真はない、真を探そうとするな。

もし真を見るというなら、その考えはすべて真ではない。

もしほんとうに自己が真をもったというなら、

にせものを除き去ったところこそ心はほんものだ。

自己の心がにせものを除き去っていなければほんものはない、どこにほんものがあろう。

有情のものは動くことができる、しかし無情のものは動きもしない。

もし不動の行を実践するなら、それは無情のものの不動と同じことだ。

もし真の不動を求めるなら、動の上にある不動こそがそれだ。

不動は不動でしかないのだ、そういう無情のものには仏種はない。

見事にものの諸相を弁別しつつ、根本義においてどしりと不動であること。

こういう見て取りかたができるなら、これこそ真如の働きというものだ。

もろもろの修行者に告げる、せいぜいしっかりと気をつけることだ。

大乗の教えの中にいながら、生死の智にしがみついてはならぬ。

もしこの言下にぴたりとわかる者があれば、共に仏の本義を語り合おう。

もしぴたりとわかりようもない者なら、手を合わせて〔仏を〕歓喜するように仕向けてやろう。

この宗旨では本来争いをしない。あらそえば菩提心を失うだろう。

本心を失って教えを争うなら、自己の本性は生死の世界に沈んでしまう。



解釈とコメント:

『真仮動静の偈』の冒頭の二つの詩句

一切万物に真はない、真を探そうとするな。

もし真を見るというなら、その考えはすべて真ではない。

が分かりずらい。

慧能の生きた唐代は未だ古代である。日本では奈良時代である。

この時代では科学は未発達で何が真で、何が偽であるか判別する方法や情報が無かった。

そのため、このような表現になったと考えられる。

たとえば、明治初期までコレラなどの伝染病の原因は妖怪や化け物

のようなものだと考えられていた。

しかし、病原菌が発見され、それに対処する病気の治療法が確立されると、

妖怪や化け物が原因だとする考えは無くなった。

今でも妖怪や化け物が持ち上げられ復活しているところも見受けられるが、

さすがに病気が妖怪や化け物が原因だとする考えは復活していない。

医学がそれだけ発達・浸透して病気が妖怪や化け物が原因だとする考えは

復活する余地は無くなっているのである。

DNA分析が犯人捜査法として用いられるようになると、

従来誰が真犯人であるか分らなかった場合でも、

犯罪現場に残された毛髪、血液、唾液などで真犯人を確定できるようになった。

このようなことを考える時、「一切万物に真はない、真を探そうとするな。」

と言うような考え方は

科学が未発達で何が真で、何が偽であるか判別する方法が無かった

古代思想であることが分かる。

或いは、文学的(or宗教的)方法だけでは真偽を判定できないことを詠っていると言えるだろう。



10.3

10.3 予言と達磨の伝衣の偈  



原文

時に衆僧は大師の意を知り、更に敢えて諍わず。

各々自ら心を接めて、法によって修行し、一時に礼拝して、

即ち大師の久しく世に住せざることを知る。

法海上座問うて曰く、「和尚去って後、衣法は当た何人にか付す?」

師日く、「吾れ大梵寺に於て説法して、直に今日に至る

抄録し流行して、『法宝壇経記』と名づく

汝等は守護して、諸々の群生を度せよ

但だ此れに依って説かば、是れ真の正法なり。」

師言う、「法海上向前せよ。吾が滅度の後、二十年間

邪法撩乱(りょうらん)して、我が正宗を惑わさんも

一人有って出で来たり、身命を惜しまず

定らず仏法に於て宗旨を竪立(じゅりゅう)せん

即ち是れ吾が法河洛に弘まり、此の教え大いに行なわれん

若し此の人に非ずんば、衣は合(まさ)に伝うべからず。汝は多らく信ぜざらん

吾れ汝が与(ため)に先祖達磨大師の伝衣の偈頌を説かん

此の偈頌の意に拠らば、衣は合に伝うべからず。」

偈に曰く、

吾れ本と東土に来たるは、法を説きて迷情を救わんとてなり。

一花五葉に開き、結果自然に成ず。

師曰く、「吾れに一偈有り。還だ先聖大師の偈意を用う。」

偈に曰く、

心地は種性を含み、法雨に即ち花生ず。

頓(とみ)に花情を悟り已り、菩提の果自から成ず。


   

師は偈を説き已って、門人をして且く散ぜしむ。

衆相い謂って曰く、

大師は多応(おそら)く久しく世間に住したまわざるべし」と。



注:


吾が滅度の後、二十年間、邪法撩乱(りょうらん):   

 荷沢神会が開元二十年(732年)の正月十五日、

滑台の大雲寺で無遮大会を設け、六祖慧能の正統説を唱え出したのが

恵能の遷化の後二十年目に相当する。

この言葉は、荷沢神会が六祖慧能の滅後20年後南宗禅の正統性を

主張するまでは邪法がはびこることを示唆している。


即ち是れ吾が法河洛に弘まり、此の教え大いに行なわれん。:

この予言は神会の滑台定宗旨以後、南宗が大いに興るに至った事実をふまえている。


先祖達磨大師の伝衣の偈頌: 達磨が恵可に正法眼蔵と袈裟を

付嘱伝授した時の偈。『宝林伝』 巻八に見える。


一花五葉に開き:  一花は達磨自身。

五葉は二祖から六祖に至る五世をいう。

五葉を、六祖の後に禅宗が臨済・曹洞・潟仰・雲門・法眼の五宗に

展開することを千言したとする説があるが、

丁福保の『六祖壇経茎註』では、

この説は二祖以下の五代を忘れた説であるとしている。


菩提の果自から成ず。: 達磨の伝えた正伝の仏法が

六代目の恵能に至って隆盛になり、

六祖の優れた弟子達がその法をさかんに宣揚したことをいう。


撩乱:  入り乱れること。

花などが咲き乱れる・こと(さま)。


迷情:  迷える衆生。



 現代語訳:

このとき、僧たちはこの偈を聞いて、大師の心が分かり、もうあらがおうとはしなかった。

めいめいは心を引き締め、教えに従って修行し、いっせいに礼拝して、

大師がもう長くはこの世におられないことに気づいた。

法海上座が尋ねていった、

和尚の遷化の後、袈裟と法とは淮に与えられるのですか?」

 師は言った、「私か大梵寺で説法して、ずっと今日に至った

その説法を書き留めたのを世に広めるよう、『法宝壇経記』と名づけた

君たちはこれを大切に守って、多くの人びとを救いなさい

もしこの『壇経』によって説くならば、これこそ真の正法である。」

師は言った、

法海よ、近くへ寄りなさい。私の死後、20年間は邪教が入り乱れて

わが正宗を惑乱するであろうが

一人の者が現われて身命を惜しまず

かならず仏法の上に、わが宗の根本義を確立するだろう

わが教えは、黄河と洛水の流域に広まり

この教え(南宗)が大いに普及するであろう

この人でなければ、袈裟は伝えるわけにはゆかぬ

君たちは多分信じられまい。そこで君たちのために

わが宗の初祖である達磨大師の『袈裟を伝うる偈』を説いてきかせよう

この偈のこころによると、袈裟は伝えるわけにはゆかぬのだ。」

その偈は次のようなものだ。

もとわが中国に来たのは、教えを説いて迷える人を救うためであった。

一つの花に五辨開き、実はおのずから実るだろう。

 師は言った、

私に偈が一つある。やはり先の達磨大師の偈のこころを詠みこんだものである。」

その偈は、

心という土壌は仏性の種子を含んでいて、教えの雨を受けると智慧の花が開く。

即座にこの花のこころを悟ってしまえば、菩提の果実は自ら実るだろう。


   

師は偈を説き終わると、門人たちをしばらく出て行かせた。

彼らは互いに語り合っていった、

和尚様はおそらくもう長くはこの世にお留まりにならないだろう。」と。



解釈とコメント:

ここでは六祖はもう長くは生きないことを伝え、達磨大師の伝衣の偈頌を説いている。

後半部の六祖の予言は荷沢神会のことにふれ、神会を持ち上げている。

六祖は、「私がなくなった後、二十年間は邪教が入り乱れて

わが正宗を惑乱するであろうが

一人の者が現われて身命を惜しまず、かならず仏法の上に

わが宗の根本義を確立するだろう

わが教えは、黄河と洛水の流域に広まり

この教え(南宗)が大いに普及するであろう

この人でなければ、袈裟は伝えるわけにはゆかぬ。」

と予言する。

  この予言の中の一人の者とは荷沢神会を指している。

荷沢神会が六祖の正統的な後継者であると六祖が予言したことになっている。

この部分には六祖の正統的な後継者(第七祖)になろうとした

荷沢神会や荷沢宗の信者達の思惑が反映されている。



10.4

10.4 伝燈の系譜 



原文

師は先天二年八月三日に至り、食後報じて言う、

汝等各り位に着いて坐せよ、汝と共に相い別れん。」時に法海問うて言う、

此の法は上より今に至るまで、幾代にか伝授せる。願わくは和尚の説きたまわんことを。」

師曰く、

「初め六仏、釈迦(第七)、迦葉(かしょう)、阿難(あなん)、

末田地(までんじ)、商那和修(しょうなわしゅ)、優波毬多(うばきくた)、

提多迦(だいたか)、仏陀難提(ぶつだなんだい)、仏陀蜜多(ぶつだみった)、

脇比丘(きょうびく)、富那奢(ふなしゃ)、馬鳴大士(めみょうだいし)、

毘羅尊者(びらそんじゃ)、龍樹大士(りゅうじゅだいし)、迦那提多(かなだいた)、

羅喉羅多(らごらた)、僧伽那提(そうぎゃなだい)、

僧伽耶舎(そうぎゃやしゃ)、鳩摩羅駄(くまだだ)、闇夜多(じゃやた)、

婆修槃頭(ばすばんず)、摩撃羅(まぬら)、鶴勒那(かくろくな)、

師子比丘(ししびく)、婆舎斯多(ばしゃした)、優波掘多(うばくった)、

婆須蜜多(ばすみった)、僧迦羅叉(そうぎゃらしゃ)、菩提達磨(ぼだいだるま)、

恵可(えか)、僧燦(そうさん)、道信(どうしん)、弘忍(こうにん)、恵能(えのう)。」

師曰く、「衆人よ、今当に法を受くべし。汝等は後に逓相に伝付し

須らく稟承(ひんしょう)有るべし

約に依って宗旨を失すること莫れ。」



注:


六仏 : ここでは過去七仏のうち、

釈迦牟尼仏を第七とし、その他を六仏としている。


過去七仏(かこしちぶつ): 過去七仏とは

釈迦牟尼仏(ゴータマ・ブッダ)までに(釈迦を含めて)登場した7人の仏陀をいう。古い順から

1.毘婆尸仏

2.尸棄仏

3.毘舎浮仏

4.倶留孫仏

5.倶那含牟尼仏

6.迦葉仏

7.釈迦仏

の7仏。いわゆる過去仏信仰の代表的な例。

過去仏信仰において、釈迦は真理を悟った仏の一人

にすぎないと考えられている。

過去七仏の思想は仏教史の早期から現れているが、

釈迦以前の六仏についてはその実在性が明らかでなく、

伝記も釈迦のそれと同工異曲である。



 現代語訳:

 師は先天二年八月三日になって、食後に報げていわれた、

君たちはそれぞれ席次に着いて坐れ、君たちに最後の別れを告げよう。」と。

すると法海が尋ねていった、

この宗旨は昔から今日まで、幾代に伝授されたのすか。どうか和尚、お説きください。」

師は言った、

「初め六仏、釈迦(第七)、迦葉(かしょう)、阿難(あなん)、

末田地(までんじ)、商那和修(しょうなわしゅ)、優波毬多(うばきくた)、

提多迦(だいたか)、仏陀難提(ぶつだなんだい)、仏陀蜜多(ぶつだみった)、

脇比丘(きょうびく)、富那奢(ふなしゃ)、馬鳴大士(めみょうだいし)、

毘羅尊者(びらそんじゃ)、龍樹大士(りゅうじゅだいし)、迦那提多(かなだいた)、

羅喉羅多(らごらた)、僧伽那提(そうぎゃなだい)、

僧伽耶舎(そうぎゃやしゃ)、鳩摩羅駄(くまだだ)、闇夜多(じゃやた)、

婆修槃頭(ばすばんず)、摩撃羅(まぬら)、鶴勒那(かくろくな)、

師子比丘(ししびく)、婆舎斯多(ばしゃした)、優波掘多(うばくった)、

婆須蜜多(ばすみった)、僧迦羅叉(そうぎゃらしゃ)、菩提達磨(ぼだいだるま)、

恵可(えか)、僧燦(そうさん)、道信(どうしん)、弘忍(こうにん)、恵能(えのう)。」

師は言った、「諸君、さあ法を受けよ。今後君たちはつぎつぎと

法を伝授してゆき、必ず受法の後継者を作らねばならぬ

この約束通りにわが宗の根本義を失ってはならぬぞ。」



解釈とコメント:

ここでは西天(インド)28祖が述べられている。

禅の教えは「教外別伝」であり、中国に伝えられた大乗経典には

そのような(インド仏教における28祖のような)記述はない。

インド仏教には初祖や開祖という考え方はあっても、

第1祖、第2祖、第3祖・・・のような中国的な思想はない。

慧能達中国人禅僧は禅の教えはインド仏教以来の正統的な教えである

と主張することで

禅を中国に定着させようと考え、西天(インド)28祖の神話を創作したものと考えられる。

教外別伝を参照)。

過去七仏も何ら歴史的根拠のある説ではなく単なる神話や伝承の類と考えられる。



10.5

10.5 遺偈:自性真仏の偈 



原文

法海白して言う、

「和尚は何の教法をか留めて後代の迷人をして自性を見ることを得しむるや?」

師言う、「汝等之れを聴け。後代の迷人、若し衆生を識らば、

即ち仏性を見ん。若し衆生を識らずんば、万劫に仏を兌むるも逢い難し。

吾れ今ま汝をして自心の衆生を識り、自心の仏性を見しめん。

吾れ汝の与に説かん。後代の人、仏を見んことを欲求せば、但だ衆生を識れ。

只だ衆生の仏に迷うが為なり。是れ仏の衆生に迷うに非ず。

自性若し悟らば、衆生は是れ仏なり。自性若し迷わば、仏は是れ衆生なり。

自性平直ならば、衆生は是れ仏なり。自心邪険なれば仏は是れ衆生なり。

汝等心若し険曲なれば、即ち仏は衆生の中に在り。

一念平直なれば、即ち是れ衆生は仏と成る。我が心に自から仏有り。

自ら若し仏心無くば、何処にか真仏を求めん。

汝等の自心是れ仏なり。

更に狐疑すること莫れ。外に一切の物の能く建立する無し、

皆な是れ本心の万種の法を生ずるなり。

故に経に云う、『心生ずれば種種の法生じ、心滅すれば種種の法滅す』と。

吾れ今一偈を留めて、汝等と別れん。『自性真仏の偈』と名づく。

後代の迷人も、この偈意を識らば、自ら本心を見、自ら仏道を成ぜん。」

偈に曰く、

真如性浄は是れ真仏、邪見三毒は是れ魔王。

邪迷の時魔は舎に在り、正見の時仏は堂に在り。

性中邪見なれば三毒を生じ、即ち魔王来たって舎に住す。

正見は自ら三毒の心を除き、魔は変じて仏と成って真にして仮無し。

法身と報身及び化身と、三身は本来是れ一身。

若し性中に向かって能く自ら見ば、即ち是れ成仏菩提の因。

本従り化身は浄性より生ず、浄性は常に化身の中に在り。

性は化身をして正道を行ぜしめ、当来円満真に窮まり無し。

婬性は本と是れ浄性の因、婬を除かば即ち浄性の身無し。

性中各自に五欲を離れば、見性して刹那に即ち是れ真なり。

今生に若し頓法の門を悟らば、忽ち自性を悟って世尊を見ん。

汝若し修行して作仏を覚めば、知らず何処にか真を求めんと擬す。

若し能く心中に自ら真を見て、真有らば即ち是れ成仏の因。

自性を見ずして外に仏を覓め、心を起こさば総に是れ大痴人。

頓教の法門今ま已に留む、世人を救度して須らく自ら修すべし。

汝当来学道の者に報ず、此の見を作さずして大いに悠悠たりと。



注:


若し衆生を識らば、即ち仏性を見ん。:

もし、衆生の本質を知ることができれば、衆生に本来具わる仏性に気づくだろう。



自性若し悟らば、衆生は是れ仏なり。:

もし自性に目覚めるならば、衆生は仏である。


自性若し迷わば、仏は是れ衆生なり。:

もし自性に迷い目覚めていないならば、仏ではなく衆生である。



自性平直ならば、衆生は是れ仏なり。自心邪険なれば仏は是れ衆生なり

汝等心若し険曲なれば、即ち仏は衆生の中に在り

一念平直なれば、即ち是れ衆生は仏と成る。: 自性が平直(すなお)

ならば、衆生は仏である。自心が邪険(ねじけている)ならば仏も衆生にすぎない。

心が険曲(ねじ曲がっている)ならば、仏はたんに衆生にすぎない。

心が平直(たいらですなおである)ならば、衆生は仏と成る。

ここには仏と衆生の関係が分かり易く述べられている。

慧能によれば、自性が平直(たいらですなおである)ならば、衆生は仏である。

しかし、心が邪険(ねじけている)ならば仏も衆生にすぎないと述べている。

このように、仏であるか衆生であるかは心の状態で決まると述べている。

禅的に言えば、見性して、自性清浄に目覚め、

自性に素直であるかどうかによって決まるとも言える。


真如性浄: 自性は本来清浄である。


真如性浄は是れ真仏:真如(脳)の本性が浄化され清浄になった自性清浄心が真仏である。


坐禅修行によって真如(脳)が浄化され清浄に(健康に)なったのが真仏である。


魔: 魔は、サンスクリット語のマーラの魔羅(まら)の音写である。

(漢字「魔」はその音訳のための造字とも言われる)。

仏道の修行や人が行う善事を妨害する者を指す。


邪迷の時魔は舎に在り、正見の時仏は堂に在り。: 舎は身体を宅舎に喩え、

堂を仏堂に喩えている。

邪な考えに取り付かれ迷っている時魔王はわが家に入る。

しかし、正見を持てば、

三毒は取り除かれ仏となって仏堂に居るようなものだ。



法身と報身及び化身と、三身は本来是れ一身。:

化身とは自性清浄の法身が変化して現れるもので日常動作を言っている。

法身より変化して現れる化身が正道を行うことによって

功徳円満の報身が現れる。

故に、法身報化の「三身は是れ本来一身」と言っている。 

自性の三身仏を参照)。


性は化身をして正道を行ぜしめ、当来円満真に窮まり無し。:

自性清浄の法身が変化した化身が正道を行うことによって功徳円満な報身が現れる。

「この法、報、化の三身一体のの三身仏の円満さは真に窮まり無い」

と言っている。


五欲: :色(しき)・声(しよう)・香・味・触(そく)の五境に対する欲望。

また、財欲,色欲,食欲,名誉欲,睡眠欲を五欲という場合もある。


自性を悟って世尊を見ん:。

自性を悟って自心の仏を見るだろう。



此の見を作さずして大いに悠悠たりと。:

心の中に仏法を求めないとは、君らはなんと御太平なことかと。



 現代語訳:

 法海が言った、「和尚はどういう教えを残しおいて

後の世の迷える人びとに自己の本性を見て取らせようとなさるのですか。」

 師は言った、「君たち、よく聞くのだ。後世の迷える人びとが

もし衆生〔の本質〕をつかんだなら仏性が分かったことなのだ

もし衆生〔の本質〕をつかまなかったなら、仏性が分かったことにはならない

これでは永遠に仏を求めても、出会うことはむつかしい

ひとつ君たちに、自心の衆生をつかむことによって

自心の仏性を見て取るようにしてあげよう

さあ君たちに話してあげる。後の世の人が仏に逢いたいと願うならば

ほかならぬ衆生をこそつかむことだ

というのは、衆生が仏を見失っているからなのだ

仏が衆生を見失っているのではない

もし自己の本性が目覚めているなら、衆生は仏にほかならぬ

もし自己の本性が眠っているなら、仏は衆生でしかない

自己の本性が平直である点で、衆生は仏なのであり

自己の心がねじけていれば、仏も衆生にすぎぬ

もし君たちの心がよこしまであると、仏は衆生の中に埋もれる

一念の心が平直なままであること、それが衆生が仏となることである

わが心中にちゃんと仏はいるのだ。もし自分に仏心がなかったならば

どこに真の仏を見つけようというのか

君たち自身の心が仏なのだ。けっして疑いためらってはならぬ

心の外には定立できるものは一切ないのであり

すべてこの自己の本来心があらゆるものを生み出すのである

されば経典にも

『心が生じるとさまざまのものが生じ、心が消えるとさまざまのものは消える』

といってある

さて、一篇の偈を残して君だちとお別れしよう。『自性真仏の偈』というのだ

後の世の迷える人も、この偈の心を悟って

おのが本心を見て取るならば、自ら悟りの道を成就するであろう。」

その偈はこうだ、


あるがままの本性の純粋さが真の仏、誤った見方と貪・瞋・痴は魔王である。

邪に迷っているとき魔王はわが家に入り、正しく見たとき仏は仏堂に在す。

自性の中のゆがみが三毒を生み、魔王に住み込まれる。

 正見は自ずと三毒を除き、魔王は仏に変って紛れもない真のもの。

法身と報身と化身と、この三身は本来一つのもの。

もし自己の本性の中にぴたりと見て取るなら、それが成仏菩提の本となる。

もともとこの化身から純粋な自性は生まれる、純粋な自性はいつも化身の中にある。

自性は化身に八正道を行ぜしめ、やがては窮まりない円満成就を見る。

婬欲の性はもともと純粋な自性の本、その婬欲を除き去れば純粋自性もなくなる。

自性の中で各自が五欲を離れれば、見性し真実が顕われる。

この世でもし頓教の教えを悟るならば、たちまち見性して世尊を見るだろう。

もし修行によって仏になろうと思うなら、一体どこに真の仏を見つけられようか。

もし心中に自ら真実を見つけることができたら、その真実こそが仏となる本。

自性の仏を見ず外に仏を求めるのは、まことに愚かの極みだ。

いま頓教の教えを残すので、世の人を救い、自ら修行せよ。

道を学ぶ諸君に申したい、このように見ることもせず、君らはなんと御太平なことかと。



解釈とコメント:

ここではあるがままの本性の純粋さを持つ自性を悟り、

正見によって三毒を除けば、法身、報身、化身の三身が一体となった仏と

なることができると言っている。

自性の三身仏を参照)。


10.6

10.6 遺誡と遷化 



師は説き了って、報じて言う、

「今ま汝と共に別れん。吾が滅度の後、世情を作して悲泣雨涙すること莫れ。

人の弔問を受け、身に孝服を着くるは、吾が弟子に非ず、亦た正法にも非ず。

但だ吾が在りし日の如く、一時に尽く坐せ。

動無く静無く、生無く滅無く、去無く来無く、是無く非無く、住無く往無く、名無く字無し。

汝が心迷いて吾が意を会せざらんことを恐れて、吾れ今ま再び汝に嘱して、汝をして見性せしむ。

吾が滅度の後は、此れに依って修行せば、吾が在りし日の如くならん。

汝等法に違わば、縦い吾れ世に在るとも、終に益有ること無し。」

大師は言い屹って、夜三更に至って奄然として遷化す。大師は春秋七十有六。



注:

奄然(えんぜん)として: たちまち。はらりと。


 現代語訳:

師は遺偈を説きおわって、一同に言った、

さあみなとはお別れだ。私の死後、世間の人情に従って悲しみ泣いて

涙にくれることのないように

人の弔問を受けたり、身に喪服をつけるものは、私の弟子ではない

また正しいありかたでもない

ただ私の生きていたときのように、みないっしょに坐っていることだ

動もなく静もなく、生もなく滅もなく、行くこともなく来ることもない

肯定もなく否定もなく、住まることも行くこともなく、名もなく字もない

君たちが心ここに無くして私の真意が分かりかねるかもしれぬと案じて

私はいま重ねて君たちにいい含めて、自己の本性を見て取るようにと論したのだ

私の死後、いま申したとおりに修行するなら、私が生きているのと同じであろう

もし君たちがこの教えに違えば、たとい私が生きていても、なんの意味もないのだ。」

大師はこういい終わると、夜の十二時になって、はらりと遷化した。

大師の御寿命は76才であった。


10.7

10.7 追諡と立碑



師の遷化の日、寺内に異香気気として七日を経たり。

感じて地動き林変じ、白日は光無く、風雲は色を失い、群鹿は鳴叫し、夜に至るも絶えず。

先天二年八月三日、夜の三更時に、新州国恩寺に於て円寂す。

除は功徳塔の記に在いて具さに述ぶ。及び王維の碑銘に具さなり。

十一月に至り、詔・広二州の門人、師の神座を迎えて、曹渓山に向いて葬る。

忽ち庭内より白光出現し、直上して天を衝き、三日にして始めて散ず。

詔州より奏聞して、勅を奉じて碑を立てて供養す。

元和十一年に至り、詔して追謐して大鑑禅師と曰う。

事は劉禹錫(りゅううせき)の碑に具さなり。



注:


遷化: (教化の場所を他の国土に移すこと)高僧が死ぬこと。



異香気気として: 慧能が常人ではなく、聖人であったため、

このような奇跡が起こったことを言っている。



三更時: 五更の第三。

およそ現在の午後11時または午前零時からの2時間をいう。

子(ね)の刻。丙夜(へいや)。



先天二年:西暦712年。



円寂: @ 涅槃(ねはん)。また,涅槃に入ること。

A 仏あるいは高僧が死ぬこと。入寂。遷化(せんげ)。



感地動林変: 『増一阿含経』巻三十七に、

「若し如来の無飴涅槃界に入りて滅度を 取れば、是の時天地は大動す。」

また六種ないし八種の震動のことが仏典にしばしば述べられている。

「林変」は、釈尊の入滅のとき、娑羅双樹が白色に変色したという故事によるもの。



王維碑銘 :王維は神会について参禅した詩人で、

その「六祖能禅師碑銘井序」は神会の依頼によって書いたものと思われる。

『唐文粋』巻六十三、『王右丞集浪注』巻二十五などに載る。

柳田聖山氏『初期禅宗史書の研究』付録、資料五を参照。



劉禹錫(りゅううせき)碑 : 『曹渓六祖大鑑禅師第二碑井序』

(「全唐文」巻六一〇)がある。

その中に「元和十一年某月日、詔書ありて曹渓第六祖能公を追褒して大鑑と曰う」とある。

第二碑というのは、

先に柳宗元(七七三〜八一九)の『曹渓第六祖賜謐大鑑禅師碑井序』があるため。

劉禹錫(りゅううせき、772〜842)。




 現代語訳:

 師の遷化の日、寺内には妙なる香気がたちこめ、七日間も続いた。

また天地も感応して大地は震動し、林の木々は白く変色し、太陽も輝きを失い、

風や雲もどんよりとよどみ、鹿の群の鳴き叫ぶ声が夜になってもやまなかった。

先天二年(七一三)八月三日真夜中、師は新州の国恩寺で涅槃に入られたのである。

その他の事は、師の功徳をたたえた塔記に詳しい。

さらに王維が作った碑銘の文中にも詳しい。十一月になって、

詔州と広州の門人たちが師の神位をお迎えして、曹渓山に葬った。

そのとき神裔の中からぱっと白光が現われて、まっすぐ天にとどき、三日たってから消失した。

詔州からこの奇端を朝廷に奏上すると、勅旨によって碑を立てて供養を行なわせられた。

元和十一年(八一六)には、師に大鑑禅師という謐号が勅賜せられた。

その次第は劉禹錫(りゅううせき)の撰した碑文に詳しい。



解釈とコメント:

ここで六祖慧能の死がゴータマ・ブッダの死のように脚色されている。

『大乗涅槃経』序品第一には釈尊の入滅に際し、

その時に、娑羅双樹林、その林変じて、白きこと猶し白鶴の如し。」

という経文が見られる。

六祖慧能の入滅の時にも本当に同様な現象があったかどうかは分からない。

このような神秘現象(奇跡)が起こった(?)と宣伝することで、

六祖慧能を神格化しようとする動きがあったことを示唆する。


10.8

10.8 壇経の相伝付囑のこと



法海上座の無常に泊(およ)び、此の『壇経』を以て志道に付嘱す。

志道は彼岸に付し、彼岸は悟真に付し、悟真は円会に付し、

逓代相伝して付嘱す。一切万法は、自性の中を離れずして現ずるなり。



注:


志道: 六祖慧能の十大弟子の一人。南海の人で出家して涅槃経を学んだ。



付嘱: 師が弟子に教えを授け、さらに後世に伝えるよう託すること。

付法。



彼岸: 悟りや涅槃の境地をいう。

生死輪廻する現世を此岸とし、煩悩を解脱した涅槃の境地をいう。

また彼岸会のこと。



逓代: かわるがわる。



遷化: 教化の場所






 現代語訳:

法海上座はなくなるときに、この『壇経』を志道に伝授した。志道は彼岸に伝え、

彼岸は悟真に伝え、悟真は円会に伝え、つぎつぎに相い伝え授けていった。

ありとあらゆるものは、自性とは別なところから現われ出るものではないのである。  

 コメント:

ここで禅の教えが師から弟子へ次々に伝わって行くという「滴々相承」の考えが示されている。

「一切万法は自性とは別なところから現われ出るものではない。」

という言葉が印象的である。




「六祖壇経」の参考文献


   

1.伊藤古鑑訓註、其中堂 六祖法宝壇経 1967年

2.中川孝 著、たちばな出版、タチバナ教養文庫、六祖壇経、2012年

3.鈴木大拙著、角川書店、角川ソフィア文庫、禅とは何か、1999年

   

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