2008年2月作成 表示更新:2021年7月25日

ファイルナンバー
ページの先頭

2章 禅と脳科学:その1





2.1 坐禅とは何か?



禅宗では坐禅一つに修行をしぼり、悟りをめざす。しかし、坐禅に集中するにもかかわらず

何のために坐禅をするか、坐禅とは何かについて明確な意味付けと説明は未だない。

馬祖道一の高弟である大珠慧海は「諸法門人参問語録」で「私には禅はわからぬ」と言っている。




2.2 禅は分からぬ



唐代の禅僧大珠慧海は馬祖道一の高弟であり、「頓悟要門」の著書で知られる。

大珠慧海は「諸法門人参問語録」に於いて「私は禅は分からぬ」と言っている。

大珠慧海が学徒に言った言葉は以下のようである。 

私は禅など分かっておらぬ。人に示せるような法は全く一つも無い

だから諸君に長い間立っていてもらう必要は無い。とにかく引き取りなさい。」

時に修行者はだんだんと多く集まり、夜も昼も熱心に指導を求めた。

そこで止むを得ず問われるままにそれぞれに答えてやったが、

自由自在の応対ぶりであった。

道元禅師も著書「弁道話」の中で「坐禅は仏法の正門である。」と言っている。

道元も「普勧坐禅儀」で坐法について詳しく述べてはいるが、何故坐禅するのかの明快な説明はない。

「諸法門人参問語録」での大珠慧海の言葉は面白い。

彼は「「私は禅など分かっておらぬ。人に示せるような法は全く一つも無い。」

と言う。

彼の言葉は禅者一流の反語的答え(空や不立文字を表わした答え)のようにも見える。

しかし、そうではなく正直な答えだと見た方が良いだろう。

大珠慧海は馬祖に6年間師事して禅を学んだ。大悟して馬祖の法嗣となった大禅師である。

禅の権威である彼が坐禅とは何かについて

本当は私も分からないと言っていると考えられる。

即ち結跏趺坐や半跏趺坐は何故するのか? 

その坐法は何故禅の修行に必要な坐法であるのかについてその本質は

私には何も分からないと言っているのではないだろうか。

 現在でも禅に関する書物を読んでもそれについての明快な説明は何一つ無い。

坐禅はブッダ以来インドから伝わる正伝の修行法である。

その坐法は何故禅の修行に必要な坐法であるのかについて

明快に答えることのできる禅の師家はいないだろう。

もし、禅寺に行って、そこの禅師に

禅修行で、結跏趺坐や半跏趺坐は何故するのでしょうか

その坐法は何故禅の修行に必要なのでしょうか

椅子に坐って坐禅しては駄目なのですか

寝そべってしたらいけませんか?」などと聞いたら、

とにかくその坐法でブッダ初め、多くの祖師、禅師が修行し悟ったのである

坐禅はすばらしい修行法であることは歴史的にも実証されている

その事実は否定できない。我々はその教えの伝統に従うだけである

つべこべ理屈を言わずに只管坐りなさい

もし、私の言うことに従えないなら家に帰りなさい。」

と禅師に言われるだけだろう。

その点大珠慧海が

私は禅など分かっておらぬ。」

と言う正直さには感銘を受ける。



2.3

2.3 坐禅によって脳幹が活性化する



禅の入門書などには坐禅について普通次ぎのようなことが書いてある。

坐禅とは:身体を落ち着けて動じない形に安定させ、心を一ヶ所に集中し定着させる。

その身と心とを融合統一し、身心を一如に安定させるのが呼吸である。

このような解説において禅の坐法と禅定にはいる方法(技法)についての説明はあるが、

何故坐禅をするのか、その意味について明瞭に述べていないと言っても過言でないだろう。

禅の修行において、図2.1に示すような、結跏趺坐や半跏趺坐の姿勢で坐禅する。


図2.1

 図2.1 禅の坐法


坐禅の意味は科学的に考えれば合理的に説明できる。

禅の修行において結跏趺坐や半跏趺坐をしている時、脳の活動状態は表2.1に示すようになる。



表2.1 坐禅中の身体部位と脳の活動状態

身体部位 活動or静止  脳の活動状態
 手足   休止 大脳運動野の活動休止
  眼  休止 大脳視覚野の活動休止
 鼻  休止 大脳嗅覚野の活動休止
 耳   休止 大脳聴覚野の活動休止
 舌  休止 大脳味覚野の活動休止
 思考   休止 大脳前頭葉の活動は鎮静化している
 呼吸  活動 延髄の呼吸中枢は活動している
呼吸筋  活動 延髄の呼吸中枢が活性化する
横隔膜   活動 延髄の呼吸中枢が活動する


坐禅中には腹式呼吸をするので横隔膜の運動が起こる。

横隔膜の運動は第二の心臓として静脈血ポンプの役割をする。

同時に内蔵機能の中枢としての腹脳(リトルブレイン)を活性化する。

坐禅中には雑念を起こしそれを追う事は禁止されている。

考えることも禁止される。

このため分別意識や知性の中心である大脳前頭葉の活動は休止(沈静化)している。

坐禅中には勝手に立ち上がって運動したり体操することはできない。

血液は主として身体の上半身を循環している。

しかし、呼吸はしている。呼吸中枢は脳幹の延髄にある。

このことより、坐禅中は大脳新皮質の活動は沈静化し、

主として無意識脳である脳幹と大脳辺縁系が活動していることが分かる。

栄養とエネルギーを補給する血液は主として脳の活動に使われていると言える。

ただ注意すべきは大脳前頭葉の活動である。

坐禅中ははっきりと目覚めていることが要求されるが、

考える事は雑念として禁止されている。

従って、大脳前頭葉の活動は沈静化しているだけで全く休止しているわけでない。

 表2.1はこの状況を示している。

以上のことより、坐禅中は主として無意識脳である脳幹と大脳辺縁系が活動しているが

大脳前頭葉の活動(理知脳、分別意識脳)は沈静化していることが分かる。



結論 :


坐禅とは大脳新皮質の活動(分別意識、理知脳)を沈静化させた状態で

無意識脳である脳幹を中心とした無意識脳(大脳辺縁系を含む)を活性化する技法(身体技術)で、

一種の脳幹トレーニングによる生命力活性化法とも言えるではないだろうか。 



2.4

2.4 脳の三層構造と進化の歴史



脳をマクリーンの脳の進化モデルに基づいて考えよう。

人間の脳は図2.2に示すように三層構造から成ると考えられている。

一番中心部には最も古い爬虫類脳(魚や蛇の脳)がある。その外側に旧哺乳類(猫の脳)がある。

その上に猿や人など新哺乳類の脳(新皮質)が付け加わり、発達したと考えられている。

人類の脳も魚類→両生類→爬虫類→哺乳類→人という進化の過程を経て

複雑・大型化して現在に至ったと考えられている。

人の脳は古い爬虫類の脳に、旧哺乳類脳が加わり、最後に人の脳が加わった構造を持っている。

このように人の脳は人間への進化の過程を反映した構造を持っている。

これを脳の三層構造と呼んでいる。

 図2.2

図2.2 マクリーンの脳の三層構造



一番内部にある脳幹は基本的な生命活動の脳

(意識の覚醒、睡眠、呼吸、心血管の調節を司る脳)で、

自律神経の中枢にもなっている。

脳の三層モデルで言えば脳幹は魚や爬虫類の脳に対応する最も古い脳と言える。

魚類は5億8000万年の歴史を持つ。

生命の発生以来の歴史を考え38億年の歴史を考える人もいる。

脳幹も生命の発生以来の長い進化の歴史を反映していると考えられる。 

脳幹は脳の奥にあるので分かりにくい脳である。

図2.3に後斜めから見た脳の断面図で脳幹(延髄、橋、中脳、視床、視床下部)を図示する。

この図において視床と視床下部は内部に隠れて見えない。視床と視床下部をまとめて間脳と呼ぶ。



図2.3


図2.3 後斜めから見た脳断面と脳幹(延髄、橋、中脳、間脳)


生命脳である脳幹を包み込むように外側にあるのが大脳辺縁系である。

大脳辺縁系は帯状回、海馬、扁桃体から構成される。

  扁桃体を中心として好き嫌い「喜怒哀楽」の情動が生じる感情脳である。

  大脳辺縁系は脳の三層モデルで言えば旧哺乳類の脳(猫の脳)に対応すると言える。

最も古い哺乳類は約2億2000万年前にまで遡ることができる。

従って、大脳辺縁系は約2億2000万年の進化の歴史を反映していると言えるだろう。

大脳新皮質は知能を司る脳で最も人間らしい脳である。 

猿人の歴史は400万年にまで遡ることができる。

大脳新皮質は人類の祖先である類人猿の約400万年の歴史を反映している

最も新しい脳(人の脳)と考えることができる。

脳の三層モデルを進化の歴史からまとめると次ぎの表2.2のようになる。



表2.2 進化の歴史から見た脳の三層モデル

層の位置 脳の部位 進化の歴史
最上層 大脳新皮質 400万年
第二層 情動脳 2億2000万年
第三層生命脳 5億8千万年〜38億年


2.5  脳の三層構造と機能



古代ギリシャ時代以来人間の心は「知、情、意」で成り立つと考えられて来た。

脳科学では知、情、意と脳の部位には次ぎの表に示すような関係がある。



表2.3 脳の部位から見た知、情、意の発生と意識の関係

  知、情、意    脳の部位 意識or無意識
 知能 大脳前頭葉+側頭葉 意識(特に分別智)
情(喜、怒、哀、楽) 脳幹+大脳辺縁系  無意識
  意欲視床下部  無意識



脳の三層構造の各層は次の表2.4に示すような機能と特徴を持っている。



表2.4 脳の三層の機能と特徴

脳の三層 主な機能       働きと特徴
最上層知性と理性最上層の大脳新皮質の前頭連合野は知能と理性を司る脳である。前頭連合野は「大脳編縁系」の情動脳を抑制し、心と体の興奮を鎮め安定化させる。情動脳の本能や欲望を抑え我慢させることができるのは前頭連合野の理性の働きによる。  しかし、理性が情動脳の本能や欲望を抑え過ぎるとストレスが生れる。このため理性脳はストレスの入り口ともなっている。  
第二層情動 第二層の<大脳編縁系>は喜びと楽しさを感じると「快情動」を生む。「不快情動」によって怒り、恐れ、驚きの感情を生じる。 感情の発火点は扁桃体である。扁桃体が病気で壊れると恐怖を感じなくなる。好き嫌いも扁桃体が源である。扁桃体では蛇なら怖い、縄ならほっと安心したり無視する情動を生じる。 (喜、怒、哀、楽)の感情の源泉となる。
第三層生命維持 最下層の脳幹は脊髄から直接的に発達した最も古い脳である。脳幹の中上前部には「視床下部」がある。「視床下部」は原始的な脳であり、食欲、性欲などの欲を出すとともに身体の恒常性を保つ。視床下部で醸成される欲は上部の大脳で意欲、意志になる。脳幹には意識の覚醒や睡眠に関係するAB神経系がある。脳幹は第二層の「大脳編縁系」と連動し情動の源泉にもなっている。 呼吸、血液循環、体温調整、睡眠調整、消化など生命維持の根本を司っている。 脳幹は一生眠ることなく働く。ここの機能が停止すると死ぬので「生命の脳」と呼ばれる。


2.6

2.6 脳の三層モデルから二層モデルへ



情動脳と生命脳は密接に関連しているので下層脳(生命情動脳)として一つにまとめることができる。

この場合、脳は次の図2.3に示すような上層脳(理知脳)と下層脳(生命情動脳)の

二層モデルにまとめることができる。

下層脳(生命情動脳)は古い脳、上層脳(理知脳)は人に進化した時発達した新しい脳である。

坐禅は生命脳を活性化する。これと共に、上層脳(理知脳)を休息させ

情動脳にある扁桃体の過剰な活動や興奮から生じた不安やストレスを沈静・解消する

これによって理性と本能の対立より生じたストレスを解消するのである

坐禅はこのコントロールを通して脳全体を平静にし安らぎの心を生むことを目指していると言える。

この観点から禅は下層脳(特に生命脳)の活性化と情動脳の鎮静化を通じ、

脳全体の健康を目指していると言えるだろう。

図2.3に示した脳の二層モデルは特に禅を議論する時に便利な考え方である。



図2.3


図2.3 脳の三層モデルは二層モデルに単純化できる


2.7

 2.7  二つの心と脳の二層モデル 



人には2つの心があると言われる。一つは意識的な、判断可能な知的な心(理性)である。

それは大脳新皮質の前頭葉を中心に存在している。

もう1つは意識に上らない、情動と欲の心(本能や動物性)である。

欲は脳幹の視床下部を中心に生まれ、

情動は大脳辺縁系の扁桃体を中心に生まれると考えられている。

扁桃体は好き嫌いなど、喜怒哀楽の感情を司る。  

理性と本能の対立・葛藤は古い脳と新しい脳の対立と言える。

哺乳類の中で人間の進化は急激であった。

その進化のスピードに脳の進化が追いつけなかったためこの矛盾が生まれたと考えられている。

この対立・葛藤は心にストレスを生むが、同時に文明発達の原動力となったと考えられている。

対立する理性と本能は人間の特徴である。これが人間を理解するキーポイントであろう。

大木幸介博士は分子生理学に基づいて、

人間の精神作用を分子レベルから理解するため「大木仮説」を出している。

図2.4に「大木仮説」と脳の二層モデルの関係を示す。



図2.4

図2.4 大木モデルと二層モデルによる二つの心


大木幸介博士は欲の脳である視床下部から意欲・意志が醸成されると考えている。

図2.4の上向きの矢印は脳幹からのA系神経による賦活・覚醒作用を表わしている。

ドーパミンやノルアドレナリンなどの脳内ホルモンが作動し、大脳辺縁系で情動が生じる。

一方、上位の大脳新皮質・前頭連合野からは主として神経伝達物質ギャバが下位からの欲求・情動を抑制・コントロールする。

図の下向きの矢印は抑制とコントロールを表わす。

視床下部と大脳辺縁系から生まれる情動を上位の大脳新皮質が抑制する。

これが理性と本能の対立になり人間精神を創出すると考えるのである。

脳の二層モデルでは上層脳から理性が生まれ下層脳から生まれる

情動や本能を抑制・コントロールする。

この理性と本能や情動の対立矛盾が人間精神を創出すると考える。

このように、大木モデルは図2.3に示した脳の二層モデルとよく対応していることが分かる。

即ち上層脳が理性や知性に、下層脳が本能や動物性を生む脳に対応している。

中国禅の三祖僧サン(?〜606)はその著「信心銘」で好き嫌いの感情をコントロールすることで

悟りの心が明らかになる(洞然明白)と言っている

信心銘を参照 )。

これは坐禅によって下層脳から生まれる情動や本能をコントロールすることによって

悟りの心が明らかになる(洞然明白)と言っているのではないだろうか?

 坐禅によって好き嫌いの感情を生む扁桃体を制御できるのだろうか。

扁桃体の働きと坐禅との関係が注目されるところであろう。




2.8

 2.8  ブッダが説く坐禅と呼吸 



雑阿含経(第29)にはブッダは祇園精舎で坐禅(禅定)の呼吸と悟りについて

次のように語ったと伝えられる。

弟子達よ、入出息を念ずることを実習するがよい

かくするならば、身体は疲れず、眼も患まず、観えるまゝに楽しみて住み

あだなる楽しみに染まぬことを覚えるであろう

かように入出息の法を修めるならば、大いなる効果、大いなる福利を得るであろう

かくて深く禅定に進みて、慈悲の心を得、迷いを断ちて悟りに入るであろう

この故に汝等、まず入出の息を念ずることを実習するがよい。」

ここには坐禅の呼吸法と悟りの関係が易しく述べられている。

特に、「この故に汝等、まず入出の息を念ずることを実習するがよい。」という言葉は、

最近注目されているマインドフルネスそのものを表していると言えるだろう。


注:

ブッダが呼吸法を教えたことは原始仏典「長老比丘の詩「テーラーガーター」に次ぎのように出ていることからも分かる。

テーラーガーター548詩「ブッダの説かれた通りに呼吸を整える思念をよく修行して、完成し

順次に実践して来た人は雲を脱れた月のように、この世を照らす。」




 2.9  呼吸法の意味と役割 



自律神経は我々の意思とは関係なく勝手に呼吸、

内臓の働き、血圧、体温、水分の調節、性機能などを支配している。

この自律神経を支配しているのが脳幹にある視床下部である。

丹田には太陽神経叢と言う原始的な神経節(ガングリオン)がある。

ここと脳幹は神経によって繋がっている。

坐禅の丹田呼吸によって横隔膜が動く時(特に呼気の時)筋紡錘や肋間筋から神経電流が生まれる。

この神経電流パルスが呼吸中枢である延髄を通って視床下部まで行き脳幹を活性化するのである。

このメカニズムを図2.5に示す。

延髄から視床下部に行った神経パルスはβ―エンドルフィンを分泌させることが分かっている。

β―エンドルフィンはモルヒネの6.5倍もの強さを持つ強力な脳内麻薬であり、

快感や<安らぎの心>を生む。

これと理性によって下層脳の欲と情動(本能的な心)は鎮静すると考えられる。

古来から怒りの感情を「腹が立つ」と表現する。

これは情動と腹部の太陽神経叢の間にある密接な関係を述べている。

丹田腹式呼吸による情動(本能的な心)の鎮静化

図2.5に示すメカニズムによって説明されると考えられる。

脳幹の延髄や視床下部は無意識脳であり、自分の意思でコントロールできない。

しかし、呼吸は自分の意思でコントロールできる。

呼吸によって延髄にある呼吸中枢を活性化し、コントロールできるのである。

この意味で呼吸は自分の意思でコントロールすることができる

脳幹への唯一の入口」なのである。




図2.5

図2.5 腹式呼吸によって横隔膜や肋間筋から呼吸中枢に

神経パルス電流が行き、脳幹が活性化する。


   

 2.9−1 運動指令と禅の腹式呼吸   



図2.5 は坐禅中の腹式呼吸によって呼吸中枢に神経パルス電流が行き、脳幹を活性化するプロセスを説明している。

このプロセスをより深く理解するため、運動指令と腹式呼吸を比較して考えよう。

図2.5.1に手足を動かす運動のプロセスを示す。



図2.5.1

図 2.5.1 手足を動かす運動指令の伝達経路


手足を動かす運動を始めるには大脳の運動野からの運動指令の電気信号が脊髄を通って手足の神経に行く。

それによって手足の筋肉が動き運動することができる。

坐禅の場合はこれと似たことが起こる。これを次の図2.5.2に示す。



図2.5.2

図 2.5.2 坐禅中の腹式呼吸による下層脳(脳幹+大脳辺縁系)の活性化のプロセス


図2.5に示したように、 坐禅中の丹田腹式呼吸によって横隔膜や肋間筋が運動する。

この呼吸運動によって生じたパルス電流が脊髄を通って脳幹に行き、下層脳(脳幹+大脳辺縁系)を刺激し活性化する。

図2.5.2はこれを示している。

図2.5.1と図2.5.2を比べると分かるように、両図は良く似ている。

手足を動かす運動の場合には大脳から「手足を動かせ」という運動指令の電気信号が脊髄を通って手足に行き、手足の筋肉が動き運動する。

坐禅の場合は丁度これと逆のプロセスに近いことが起こっているように見える。

坐禅の場合は腹式呼吸で生じたパルス電流は脊髄を通って脳幹に行く。

運動指令の場合は大脳 →脊髄→筋肉と電気信号が脳から筋肉に流れる。

これに対し、坐禅の場合、横隔膜、呼吸筋 →脊髄→脳幹と電気信号が逆方向に流れる。

電流の向きと最終到達場所と方向が違うだけで両者は良く似ていることが分かる。

運動指令にせよ坐禅にせよ、その本質は電気システムとしての人体で起きている電気的現象と言える。

このことを考えれば両者が似ているのは当然のことだと言えるだろう。

最近、うつ病やパーキンソン病などの治療に脳深部刺激法DBS、Deep Brain Stimulation

DBSでは脳の深部に細い2つの電極を差し込み、弱いパルス電流を外部電源から流して治療する。

脳深部刺激法DBS、Deep Brain Stimulation)の概念を次の図2.5.3に示す。



図2.5.3

図 2.5.3 脳深部刺激法DBS、Deep Brain Stimulation)の概念


この方法はうつ病やパーキンソン病の治療などに有効であるようであるが、

電極を脳深部に差し込むことに伴う危険性や副作用も考えられる。

この治療法と比較すると、坐禅も一種のDBS(脳深部刺激法(DBS、Deep Brain Stimulation)と言えるかも知れない。

しかし、坐禅の場合、外科手術によって異物である電極を脳に差し込むこともない。

パルス電源を用意したり体内に埋め込む必要もない。

坐禅中の腹式呼吸によって自然に体内で生じる微弱な生体電流を下層脳(脳幹+大脳辺縁系)の活性化に利用する

極めて安全なDBS(脳深部刺激法(DBS、Deep Brain Stimulation)と言えるかも知れない。

以下にも述べるように、坐禅は自律神経を調整したり、扁桃体の過剰な興奮を鎮静化することができると考えられる。

「信心銘と扁桃体を参照」

このことから、自律神経失調症やうつ病治療などへの応用と可能性をもっと考えても良いと思われる。



   

2.10  腹式呼吸と自律神経の調整 




息を吸う時には交感神経が働く。

これに対し、息を深く吐く時には副交感神経が活動し気分をリラックスさせ、

消化器官の働きを活発化することが分かっている。

そのため、腹式呼吸は自律神経のバランスを高める効果を示す。

腹式呼吸による自律神経の調整作用と身体の恒常性の維持の関係を図2.6に示す。

以前から坐禅は自律神経の調整作用があることが分かっていた。

坐禅中には腹式呼吸をするので図2.5に示すようなメカニズムによって神経パルス電流は

延髄(呼吸中枢のある)を通って視床下部まで行きβ―エンドルフィンを分泌させ安らぎの心を生む。

それによって自律神経が調整され恒常性が維持されるのではないだろうか。


図2.6


図2.6 腹式呼吸による自律神経の調整と身体の恒常性の維持



2.11

2.11  坐禅とセロトニン神経




坐禅が心をリラックスをさせ、心身の爽快さと元気を生み出すということは古くから経験的に知られていた。

最近、東邦大学の有田秀穂教授はこの古来からの経験的事実は

脳内神経伝達物質セロトニンの働きと深く関係していることを明らかにした。

有田秀穂教授が説く「坐禅とセロトニン神経の関係」は次のようである。

脳内には心を支配する神経と神経伝達物質が大別して3つある。

1.ドーパミン」:やる気と快感を生む神経伝達物質。

2.ノルアドレナリン」:ストレスに反応する神経伝達物質。



ドーパミンノルアドレナリンのどちらも生きて行く上で、

なくてはならない神経伝達物質である。

しかし、なんらかの理由でそれらの伝達物質が増え過ぎて感情が興奮し暴走することがある。

例えば、神経伝達物質ドーパミンは快感を生む。

しかし、その快感の刺激に慣れてしまうと、さらなる快感を求めてどんどんその分泌を増やす。

ドーパミンの過剰状態が続けば、やがては過食症や依存症といった心の病につながる可能性がある。

ノルアドレナリンは、危険を感じたときにたくさん分泌される。

いわば危機管理物質であるが、これも過剰分泌が続くとパニック障害やうつなどを引き起こす。



3.セロトニン」:

ドーパミンとノルアドレナリンの暴走を抑え、程よくバランスを取って心を安定させる神経伝達物質で、

脳幹の中脳にあるセロトニン神経から分泌される。




 なにごとも過度になるのは弊害を生む。神経も中庸(程のよさ)が1番良い。

心の中庸を保ち、「心身ともにスッキリ爽快」の状態を作り出してくれるのが

セロトニン神経」と「セロトニン」である。

このセロトニン神経を活性化させる原動力は、リズム性の運動、具体的には、

歩くこと、咀嚼する(かむ)こと、丹田呼吸(腹式呼吸)」の3つにある。 

呼吸に意識を集中する坐禅は、セロトニン神経を活性化する最も有効な方法と言えるだろう。





2.12 腹式呼吸はセロトニン神経を活性化し精神を安定化する




坐禅中の人の脳波を調べると、非常に興味深い現象が起きている。

最初に出てくるのが、遅いα波(アルファ1)

で俗にリラックスの脳波と呼ばれているものである。

さらに坐禅を続けていると、速いα波(アルファ2)が多く出てくる。

この時セロトニン神経の働きが高まる。

 意識の感覚としては、前者は眠くなるだけだが、

後者の場合は文字どおり「スッキリ爽快」な感覚、

心身ともに覚醒した元気な状態である。

 これが、単なるリラクセーションと坐禅との決定的な違いと言える。

ここで重要なことは腹筋を使う腹式呼吸をすることである。

横隔膜呼吸は意識しなくても自律神経(意志とは関係なく内臓の働きを調整する神経)が勝手にやってくれる呼吸である。 

横隔膜呼吸だけではいくらやっても、セロトニン神経を活性化させたり、脳波を変えたりするようなことは起きない。

これに対して、腹式呼吸は腹筋を一定のりズムで意識的に動かしながら行う深い呼吸である。

坐禅では「丹田(臍の下)を意識した呼吸」と言われる。

「意識してリズミカルに腹筋を動かす」という点が、非常に重要なポイントで、

脳(脳幹)を効果的に刺激し、脳幹の中脳(縫線核)にあるセロトニン神経を活性化させる

この腹式呼吸を楽に続けるには、坐禅の姿勢がいちばん適している。

最初は姿勢を保つことがつらくても、セロトニンには、姿勢に関係する筋肉を活性化させる作用もあるから、

坐禅でセロトニンを活性化していれば、ふだんの生活でも自然に姿勢がよくなる。

普通は、坐禅を組んでいても雑念が後から後からわいてきて、なかなか無心にはなれない。

そんな場合でも、呼吸と腹筋の動きだけに意識を集中させていると、自然に頭の中が空っぽになって禅定に入ることができる。

坐禅とセロトニン神経の作用は次ぎのようにまとめられる。

「坐禅の呼吸」によって「セロトニン」が分泌され、心がスッキリ爽快になって安らぐ。

浜松医科大学名誉教授高田明和博士は

ゆっくりした大きな深呼吸によって血中の二酸化炭素濃度が増加しセロトニンが分泌される

セロトニンはストレスを和らげ、意欲を高め脳の健康に良い

と言っておられる。

坐禅による「セロトニンの分泌」が仏教の目指す「心の安らぎ」と関係することが

注目されるところである。

ゆっくりした腹式呼吸による精神の安定化は次ぎのようにまとめることが出来る。

呼吸をゆっくりすると、血中の炭酸ガス(二酸化炭素)の量が増加して苦しく感じる。

血中の炭酸ガスの量が増加すると、化学受容器が、それを検知して

脳幹中脳にある縫線核を刺激してセロトニンを分泌させる。

セロトニンは、感情の本源となる大脳辺縁系にも分泌されて精神が安定する。





2.13  深呼吸は動脈硬化を予防する




最近、深呼吸によって血液中にPGI2(プロスタグランジンI)が増えることが分かって来た。

PGI2は肺胞の毛細血管が深呼吸で刺激されることで放出される。

PGI2は血栓形成を防止するので、動脈硬化を予防する作用をすると考えられている。

坐禅時の深い呼吸の健康効果の一つと言えるだろう。




2.14 太陽神経叢と丹田呼吸・情動の関係




唯識仏教で説かれる第七末那識(マナ識)は利己的な我執や自我の源泉だとされる。

末那識の活動は主として大脳辺縁系で生まれる情動だと思われる。

興奮した情動は禅定によって鎮めることができる(図2.5参照)。 

丹田には太陽神経叢と言う原始的な神経節(ガングリオン)がある。

丹田呼吸によって呼吸筋が動く時(特に長い呼気の時)、

呼吸筋からの神経電流パルスが太陽神経叢から視床下部まで行く。

視床下部に行った神経パルスはβ―エンドルフィンを放出させ快感と<安らぎの心>を生む。

有田秀穂教授が説くセロトニンの分泌も<安らぎの心>を生む。

これらの効果によって情動の興奮は静まると考えられる。




2.15

2.15  四禅定




坐禅と禅定はブッダの悟りと深い関係がある。

坐禅は仏教の修行法の中心をなすにも拘わらずその意味と位置づけがはっきりしていない。

後に中国で成立した禅宗では坐禅一つに修行をしぼり、悟りをめざす。

しかし、座禅に集中するにもかかわらず何のために坐禅をするか、

坐禅とは何かについて明確な意味付けと説明はない。

原始仏教では禅定を四禅に分類して説明する。

ブッダは入滅の時も禅定の状態から入滅したと記述されている(マハー・パリニッバーナ経)。

死に臨みブッダは第四禅の状態から涅槃に入った(死去した)とされている。

原始仏典の「聖求経」や「出家の功徳(沙門果経)」では禅定を四禅に分類して分かりやすく説明している。

「聖求経」などに説く四禅定は次の表2.5にまとめることができる。

この四禅定の思想は後世の大乗仏教の天の思想と結びつくので、大乗仏教を理解する上でも重要である。 



表2.5 聖求経に説く四禅定の内容と特徴

四禅定  内容  心の状態  仏典の呼称 
初禅 愛欲と悪を離れる。まだ省察作用と考察作用がある。人や騒音から離れた場所で禅定する。  喜び、安楽  魔を盲目となし、魔の眼をえぐりとり、悪魔に見られない状態になった者、 第一増上心ともいう。
第二禅 初禅の状態が深まり、省察作用と考察作用も消失する。  喜び、安楽  魔を盲目となし、魔の眼をえぐりとり、悪魔に見られない状態になった者、第二増上心ともいう。  
第三禅 第二禅の状態が深まり、省察作用と考察作用が消失する。喜びも無くなる。 平静な心(捨)、正念、 正知、安楽 魔を盲目となし、魔の眼をえぐりとり、悪魔に見られない状態になった者、第三増上心ともいう。  
第四禅 第三禅の状態が深まり、安楽と苦悩を捨て清浄な思念のみがある。 不苦・不楽、平静な心(捨)、清浄な思念 魔を盲目となし、魔の眼をえぐりとり、悪魔に見られない状態になった者



2.16

2.16    禅と禅定の脳科学的解釈




以上のことを基礎に禅と禅定を現代的に解釈しよう。

聖求経に説く四禅定はかなり具体的で分かりやすい。

注目されるのは初禅から第四禅への禅定が深まると、

最初にあった喜びの感情が無くなり<捨>と言われる心的状態が出てくることである。

この<捨>は内心における平穏(内等浄)、喜びや憂いからの超越とも表現される状態である。

清浄感のともなった冷静な心である。

この心的状態は物事を冷静かつ客観的にとらえ判断する時重要である。

ブッダの悟りと説法が冷静で客観的なのはこの<捨>の心から出ていると考えられる。

初禅から第四禅への禅定が深まると最初に喜びの感情が出てくる。

しかし、禅定が深まるに連れてこれが無くなり、

遂には<捨>と言われる心的状態が出てくると言われる。 

これは次ぎのように考えると良く説明できる。

坐禅によって脳幹の中央部にある中脳から出ているA10神経が活性化される。

A10神経は別名快楽神経(ヘドニックナーブ)、

恍惚神経(オイホロゲニックナーブ)、多幸神経とも呼ばれる。

A10神経が活性化するとドーパミンが分泌され快感を生じ気持ちが良くなると言われている。

また静かな寛ぎの気持ちになると言われる。

これが初禅、二禅、三禅を特徴付ける喜び、安楽の心的状態に対応するのではないだろうか?

原始仏典「出家の功徳」は禅定によって生じる喜びと安楽の状態を次ぎのように述べている。

それは、内心における平穏(内等浄)であり、心の一点への集中であり

観察と考究とを離れた心の安定(三昧)から生じる喜びと安楽でとであります

比丘は、この身体を、三昧から生じた喜びと安楽で浸潤させ

あまねくあふれさせ、充満させ、遍満させます

比丘の身体のいたるところ、三昧から生じた喜びと安楽が遍満していないところはありません。」

この経典はA10神経からのドーパミンが分泌される様子を活写している。

A10神経は無髄神経であるので、ドーパミンはジワッとゆっくり分泌される。

その様子を「たとえば、熟練した床屋かその弟子が、金だらいに洗粉をふり入れて

水を一滴一滴落としてこねると、その洗粉の塊には油気がしみこんで行き渡り

内も外もすべて油気がしみ込んでいるが、(油が)にじみしたたることはありません

ちょうどそのように、大王よ、比丘は

離れることから生まれた喜びと楽によってその身体を満たし

浸し、いっぱいにし、・・・」と述べている。

A10神経からドーパミンが過剰に分泌されると感情が高ぶりすぎて精神分裂病様症状になる。

A10神経の過剰活動は上位脳である大脳辺縁系の側坐核のギャバ神経系の

抑制(フィードバック)を受ける。これによってA10神経の活動は正常に戻る。

A10神経の過剰活動の沈静化(正常化)とセロトニンの分泌によって第四禅の不苦・不楽、平静な心、清浄な思念が生じる

と考えると第四禅の<捨>の状態は良く説明できる。

即ち第四禅の<捨>の状態はA10神経系の過剰活動がギャバ神経系による抑制と

セロトニンの分泌によって生じる沈静化のプロセスに対応していると考えられる。

このように考えると今まではっきりしなかった禅定の意味が脳科学的にすっきりと解釈説明できる。

A10神経は脳幹の中脳を出発して中脳→視床下部(欲の脳)→扁桃核(好き嫌いの脳)→ 海馬(記憶の脳)

→ 大脳基底核(表情、態度)→ 側座核 → 内窩皮質(快感スポット)

→ 前頭連合野(創造性を生む脳)に至っている。

一名、快楽神経と呼ばれ、ドーパミンがこの神経を伝わる。

中脳を出発したA10神経は視床下部(性・食欲、体温調節を司る)から

大脳辺縁系(感情、攻撃、悟りの感覚)を通り、側坐核 を経ている。

側坐核は やる気を生む脳として知られる。

A10神経はそれを快感、覚醒によって駆動し、やる気を助長していると考えられる。

つまり、快感によってやる気を生んでいるのである。

最後に大脳新皮質(前頭連合野(精神活動に関連する)→ 側頭葉(記憶、学習に関係する)に至る。

最近の脳科学ではドーパミン意欲やる気を生むことが分かって来ている。

A10神経から分泌されるドーパミンが意欲を生むと考えることができるだろう。

ドーパミンは大脳新皮質の活動を活性化することも分かっているので、

大脳の健康維持の観点からも大いに注目されるところである。

 図2.7にA10神経の大体の位置と脳内分布を示す。

このようにA10神経は前頭連合野まで伸びているが、

ここの末端にはオートレセプター(自己受容体)がない。

オートレセプター(自己受容体)は神経伝達物質の量を感じ取ってその分泌量を最適に調節する。

しかし、前頭連合野およびその近傍に進むA10神経系にはオートレセプターが無い。

このため、ためドーパミンは分泌されっぱなしになりとめどもなく快感を生む。

そのため前頭前頭葉は過剰活動を引き起こし試行錯誤をするようになる。

これが「創造性の源」となると考えられている。




図2.7

図2.7 A10神経の大体の位置と脳内分布



次の図2.8に禅定によるA10神経の活性化とその波及過程を示す。

中脳から出発したA10神経は視床下部を通り大脳辺縁系の側坐核まで行く。

その過程でドーパミンとセロトニンが分泌され快感と安らぎを生じる。





図2.8

図2.8 禅定によるA10神経の活性化の波及過程と四禅定



初禅、二禅、三禅における静かな寛ぎの気持ちはこれに対応する。

さらに禅定が深まると大脳辺縁系の側坐核の

ギャバ神経系の抑制(フィードバック)を受け沈静化する。

これが平静な心や<捨>の心的状態に対応する第四禅だと考えられる。

A10神経が刺激され、ドーパミンが分泌されると、心とからだは、

緊張から解放され、ゆったりとくつろいだ気分になると言われている。

坐禅中には心とからだは緊張から解放され、ゆったりとくつろいだ気分になるのは

容易に体験されるところである。

これはA10神経の活性化によって説明される。

第四禅の<捨>の状態は有田秀穂教授の主唱する<セロトニン仮説>によっても説明できる。

セロトニンは不快物質ノルアドレナリンの分泌を減らし癒しの感覚を生む。

さらにセロトニンは快感物質ドーパミンの分泌も減らし興奮を鎮める。

これによって心が落ち着く。これは禅定の第三禅、第四禅を説明できる。

四禅定の内初禅では快感物質ドーパミンが分泌され快感(喜び)が生じる。

しかし、禅定が深まり第三禅、第四禅の状態に至ると、

セロトニンは快感物質ドーパミンの分泌を減らし興奮を鎮める

これによって心が落ち着き平静な状態に至る。

これが<捨>の状態とも言えるのではないだろうか?

禅定によって生まれる安らぎの状態はセロトニン神経の活性化による

セロトニンの分泌によっても説明できる。

これとA10神経の活性化やβ・エンドルフィンの分泌が

どのように関係しているのかは今後の研究が必要であろう。





2.17   「止観明静前代未聞」とAB神経系



天台智(てんだいちぎ、538〜597)はその著書「摩訶止観」において、

止観明静前代未聞止観は明静なり、前代には未だ聞かず)」と述べている。

これは禅定中の明静な心の状態を言う有名な言葉として知られる。

禅定中には脳幹が活性化される。

それとともに脳幹中脳から出発するA10神経が活性化すると脳を覚醒して快感を生む。

他方B系神経であるセロトニン神経系が活性化すると頭がすっきりして、爽快な気分になる。

これを天台智は「止観明静前代未聞」と言っているのではないだろうか。

このように禅定と脳内のAB神経系の活性化とは関係があると考えられる。

このような坐禅の健康効果を「坐禅儀」では

自然に四大軽安、精神爽利、正念分明にして、法味神を資け、寂然として清楽ならん。

と述べている。

「坐禅儀」を参照 )。




2.18   禅定と快感




坐禅にともなう快感は次のようにも説明できる。

坐禅の丹田呼吸によってパルス電流が視床下部に行くことが呼吸の科学で明らかにされている。

この時脳下垂体でβ・エンドルフィンが分泌され安らぎの感覚が生じる。

β・エンドルフィンなどの脳内麻薬はA10神経を抑制するギャバ神経系の麻薬レセプターに働く。

それによってA10神経を抑制するギャバ神経系の抑制が抑制される。

つまりギャバ神経系の抑制作用が失われるのだ。

抑制作用が失われることでA10神経が活動して快感がさらに広がる。

つまりβ・エンドルフィンによってA10神経から分泌される

快感物質ドーパミンが生む快感が増幅される。

これが禅定に伴なって生ずる快感の正体ではないだろうか? 






トップページへ

第二章 禅と脳科学:その2 へ行く

ページの先頭へ戻る