「勇者フルートの冒険・番外編 〜シルの町の戦い〜」 朝倉玲・作 |
12.デビルドラゴン 「デビルドラゴン!!」 フルートたちは思わず叫びました。 空を壊して突然現れた竜は、ぬらぬらした黒い皮膚を光らせ、コウモリのような四枚の翼を打ち合わせながら、泉の上空に飛び出してきました。さっきまでの黒い影だけの姿とは桁違いの存在感です。 「じ、実体化した・・・?」 ゼンが思わず驚くと、泉の長老が言いました。 「いや、あれでもまだ、ヤツは魂だけの存在じゃ。金の石の力で十分撃退できる。フルート、行くんじゃ!」 「はい!」 フルートはすぐさま風の犬のポチに飛び乗りました。 「ポチ、ヤツの正面に飛ぶんだ!」 「ワン!」 ポチが一声吠えて空に飛び上がります。フルートは炎の剣を鞘に収めると、自分の首からまた金の石のペンダントを外しました。 「もう迷わない・・・もう惑わされない・・・絶対に」 自分だけに聞こえる声でそうつぶやくと、フルートは金の石の鎖を自分の左手にしっかり絡ませました。 デビルドラゴンがポチに乗ったフルートに向かって口を大きく開けました。ドラゴンの頭には目がありませんが、それでも、フルートたちがどこにいるのか、はっきりわかるようでした。 ドラゴンの口の奥がちかりと赤く光ったのを見て、ポチは急上昇しました。その後を追うように、ドラゴンが首を伸ばし、巨大な火柱を吹き出します。ポチは空を駆け、大きくドラゴンから離れました。魔法の鎧を着ていないフルートが、炎の熱をまともに食らってしまうからです。 「ポチ、もう一度近づくんだ!」 フルートが叫んで、金の石を前に構えました。 「ワン!」 ポチはまたドラゴンに向かって飛びましたが、再び口から炎を吹かれて、あわてて急旋回しました。これでは近づくことができません。 その様子に、地上でゼンが地団駄を踏んでいました。 「くそっ! 俺には何もできないのかよ! せめて光の矢がここにあったら・・・! 長老! なんかないのか!?」 すると、泉の長老は空中で手を振り、何もない空間から何かをつかみだして、ぽいっとゼンの手の中に投げてよこしました。 「では、これでも使ってみるがいい。ないよりはマシじゃろうて」 それは5,6個の灰色の石ころでした。ゼンは目をまん丸にしました。なんの変哲もない、ただの小石に見えます。 上空ではポチとフルートがドラゴンの炎に追い立てられて、空を逃げ回っていました。ドラゴンに近づこうとするのに、その隙がありません。 「ええい、この際なんでもいい! やってやらぁ!」 ゼンはそう叫ぶと、小石をドラゴンめがけて力一杯投げつけました。ドワーフの怪力で投げつけられた石は、弾丸のような勢いで空を飛び、ドラゴンの胸にまともに当たりました。 とたんに、まばゆい光が炸裂し、ドラゴンの体が大きく揺らぎました。 オオオォォォォ・・・ ドラゴンが首を伸ばして吠えました。猛烈な風のうなりのような声が、空に響き渡ります。 光が消えた後、ドラゴンの胸には、ぽっかりと穴があいていました。 ゼンはびっくりして、手の中に残っている小石を眺めました。 「光石だったのか・・・」 「さすがはゼンじゃ。狙いが正確じゃのう」 泉の長老がそう言って、にんまりと笑いました。ゼンも思わずニヤリと笑い返しました。 「ありがとよ、長老!」 空の上では、ポチとフルートがドラゴンに飛びかかって行くところでした。フルートは金の石をドラゴンに向けてかざしています。 ドラゴンがまた首を伸ばし、彼らに向かって炎を吐こうとしました。さすがに魂だけの存在なので、胸に穴を開けられても動きに支障がないのです。ゼンはドラゴンめがけて光石を投げつけました。光がまた炸裂し、今まさに炎を吐こうとしていたドラゴンの頭が消失します。 「今だ!」 フルートが叫んで、ポチと一緒に突進していきました。左手にかざしたペンダントが輝き、金の光がほとば しります。先刻追われていたときとは比べものにならないほど大量の光があふれ出し、巨大なドラゴンの全身を包みます。その黒い皮膚がどろどろと溶け出し、体が大きく傾ぎます。 「行け、フルート! とどめを刺せ!」 ゼンが次の光石を構えながら叫びました。フルートは金の石をかざしながら、さらにドラゴンに迫っていきます。 すると、ドラゴンは突然4枚の翼を打ち合わせてどっと風を起こし、風の犬のポチを押し返しました。 「ワン!」 「うわっ!」 ポチとフルートが吹き飛ばされそうになって体勢を整えている間に、デビルドラゴンは大きく身をひるがえし、空に口を開けている暗い空間に飛び込んでいきました。 「あ、待て、この野郎・・・!!」 ゼンは石つぶてを投げましたが、それがドラゴンに届くより早く、砕けた空が時間を逆戻しするように寄り集まって、一面の青空に変わってしまいました。どこにも、ひび一つ残っていません。ゼンが投げた光石は、空の彼方に吸い込まれるように飛んでいってしまいました。 「逃げたか」 泉の長老が言ったので、ゼンは、ちっと舌打ちしました。 「もうちょっとでヤツを消滅させられたのにな。惜しかったぜ」 「相手はデビルドラゴンじゃ。そう簡単に消滅させられるものではないわい」 と長老が言っているところへ、ポチがフルートと舞い下りてきました。 「ワンワン、長老! ゼン!」 「ありがとう、ゼン! おかげで助かったよ!」 フルートがポチから降りるなりゼンに飛びついたので、ゼンは笑いました。 「礼なら長老に言えよ。光石をくれたのは長老だからな」 そこで、フルートは長老に向き直って、深々と頭を下げました。 「本当にありがとうございました。また助けていただきました」 「今度は金の石を信じられたようじゃな」 と長老は言うと、顔を赤らめているフルートに、静かに続けました。 「石の力は見た目の大きさには比例しないのじゃ。信じる心が石の力を無限に強くする。・・・金の石は守りの石。信じる限り、いつまでもおまえたちを守り続けるじゃろうて」 フルートは黙ってうなずくと、手の中の金の石を強く握りしめました。 長老はデビルドラゴンが去った空を眺めました。 「ヤツは今の戦いでいくらか力を失った。ヤツが直接攻撃を仕掛けてくるようなことは、当分ないじゃろう。まず間違いなく、新しい魔王を見つけて、魔王として攻めてくるぞ」 フルートとゼンとポチは思わず顔を見合わせ、それから、しっかりとうなずき合いました。 「そのときには戦います。そして、必ず勝ちます」 「おう、いつでも来やがれ」 「ワンワン! ぼくも、精一杯戦います!」 すると、長老が言いました。 「おまえたちの家族や友人たちを闇の手から守ってくれるように、天空王に頼んでおこう。おまえたちには身内を人質にされるのが一番応えるからの。ヤツもそれには気がついておる。おまえたちの町や山を、天空王の力で、聖なるバリアに包んでもらうことにしよう」 フルートは目を輝かせると、長老に対して今までで一番深く頭を下げました。 「ありがとうございます・・・本当にありがとうございます!」 「じゃあ、もうサイクロップスみたいなヤツが町を襲う心配もないんだな」 ゼンもホッとしたように言うと、長老が笑いました。 「逆に居づらくなって、町や山を出て行く輩も現れるかもしれんぞ。まあ、町が平和になるからよかろうて」 「なぁるほど。聖なる町に悪人は住みづらいよなぁ」 とゼンも笑いました。 空にはいつの間にか夕焼けの赤い雲が漂い始めていました。 ポチの背中に乗って家に帰ろうとするフルートたちに、泉の長老が言いました。 「おまえたちはまもなくまた呼ばれるじゃろう。それが新しい戦いの始まりになるのか、それはまだわからん。じゃが、おまえたちにとって重要なものと、そこで巡り会うはずじゃ」 フルートたちはまた深くうなずきました。重要なものとは何ですか、と聞くような愚かな真似はしません。賢者はそういう質問には答えないのです。ただ時が来ればわかることなのだと、フルートたちは承知していたのでした。 「それじゃ」 と言って、フルートたちは舞い上がりました。空は輝く赤い雲でいっぱいでした。 (2005年7月23日/7月25日修正) |