「勇者フルートの冒険・番外編 〜シルの町の戦い〜」 朝倉玲・作 |
10.闇の狙い 風の犬になったポチは、フルートとゼンを背中に乗せたまま、シルの町の上を飛び越え、西の魔の森を目ざして飛んでいきました。ごうごうと、彼らの耳元を風が吹きすぎていきます。 フルートはしばらくの間、じっと何かを考え込んでいましたが、やがて、口を開くとこう言いました。 「ゼン、ポチ。ジャックの話を聞いて何か思い出さなかったかい?」 「何か・・・って、なんだ?」 とゼンが聞き返しました。 「黒い霧の中の闇の卵を倒したときのことだよ。あのとき、闇の卵はぼくたちのことも呼んだだろう? こっちへ来い、って。でも、あの声は耳には風の音にしか聞こえてこなかった。頭の中で声に変わったんだよね」 「そういやそうだ・・・ジャックに話しかけてきた声とよく似てるな」 「ワン。ということは?」 ポチに聞き返されて、フルートは行く手を見つめながら話し出しました。 「北の大地でデビルドラゴンの話を聞いてから、ぼくはずっと考えていたんだ。デビルドラゴンは2人の魔王になって世界を征服しようとした。でも、それ以前には、ヤツはどうしていたんだろう? って。いつ、どこからこの世界に現れたんだろう、って・・・。長い間、世界の最果てに幽閉されていたはずなのに、たとえ魂だけにしろ、どうやってこの世界に現れることができたんだろう? そう考えていて思い当たったのが、あの闇の卵なんだよ――」 フルートが後ろのゼンを振り返りました。ゼンは目を見張り、やがて、なるほど、とうなずきました。 「俺たちがあのときに倒した卵は、デビルドラゴンの卵だったんだな。俺たちは、あのときからもうヤツと戦っていたってわけか」 「ワン。でも、卵は消滅しましたよ。フルートの金の石の光で、跡形もなく消えていったじゃないですか」 とポチが言いました。闇の卵の最後は、フルートたちが自分の目で確かめてきたことでした。卵は砕け、黒い霧や猛烈な風と一緒に、金の光の中で消え去っていったのです。 フルートはうなずきました。 「実体は間違いなく消えたと思うよ。だけど、デビルドラゴンの魂の一部は、この世界に残ったんだ。そして、世界中をさまよって、自分に都合のよい者を見つけて、それを魔王に変えたんだ。最初はゴブリン魔王。それが倒されたら、次はオオカミ魔王。それも倒された今、ヤツは・・・・・・」 フルートはそこまで言って、ちょっと口をつぐみ、低い声でこう言いました。 「・・・ぼくは、ヤツがまだ新しい魔王になっていないんじゃないかと思うんだ。まだ、魔王になるための新しい宿主を探しているところじゃないのかな。――ぼくたちの周りにいる人たちの中から」 それを聞いて、ゼンは眉を跳ね上げました。 「って、おい、俺たちの周りの誰かが魔王にされるってことか!? 冗談じゃないぞ!」 「でも、現にジャックはデビルドラゴンから話しかけられた。幸い、ジャックは誘惑に乗らなかったけど、でも、他の誰かが魔王にされる可能性はあるよ」 「他の誰かって誰だよ!? ランドル先生か? さっきのリサか? それとも・・・おまえのお父さんやお母さんか!?」 「ぼくたち3人の誰か、という可能性もあるよ」 とフルートは真剣そのもので答えました。 ゼンとポチは、思わず何も言えなくなりました。 フルートはまた前を向くと、目を伏せました。 「ぼくだって、こんなこと考えたくはない。だけど、敵は悪の化身だ。もしも、ぼくたちの誰かを魔王に変えてしまったら・・・それがゼンでもポチでも・・・ぼく自身でも・・・ぼくたちは、絶対にそれを倒すことができないんだよ・・・」 ゼンとポチは長い間、黙り込んでいました。その脳裏に想像の光景が広がります。ポチが、ゼンが、あるいはフルートが、デビルドラゴンに乗り移られて、魔王になってしまった場面です。彼らは子どもですが、戦闘能力はかなりのものです。おそらく、非常に強力な魔王になってしまうことでしょう。残る2人は、世界を守るためにその魔王と戦おうとします。ついさっきまで仲間同士だった者に、弓矢や剣や牙を向けます・・・・・・。 「できるわけないだろう!」 とゼンがうなりました。怒ったような口調でした。 「俺が魔王になったんなら、遠慮なく俺を倒せ。魔王になるぐらいなら、俺は殺された方がマシだ。だけど、ポチやフルートが変身した魔王を倒すことだけは、死んだってごめんだ」 「ワン! ぼくこそ、そうです! ぼくがデビルドラゴンにとりつかれたら、魔王に変身する前に殺してください! だけど、それがフルートやゼンだったら・・・ああ、どうしよう!」 「ぼくたちはみんな、同じ気持ちなんだよ」 とフルートは言いました。 「自分が仲間や他の人に害を及ぼすくらいなら、殺された方がましだと考えてる。だけど、仲間が魔王に変身してしまったら、それを倒すことはできないんだ。だって、仲間なんだもの。そこをデビルドラゴンは狙ってくるんじゃないかという気がするんだよ・・・!」 「・・・・・・」 ゼンとポチは、また黙り込みました。 それでも、ポチは西へ西へと飛び続けていたので、風はごうごうとうなり続けていました。 やがて、ゼンがぽつりと言いました。 「だが、フルートは魔王にはならないと思うぞ。金の石があるからな。デビルドラゴンだって、そいつを持っているヤツには手を出せないだろう」 「いや、ぼくだって金の石を奪われたらわからないよ」 とフルートが低く答えたので、ゼンとポチは、また何も言えなくなりました。現に、サイクロップスが学校まで金の石を奪いに現れ、ジャックが金の石を取り上げろとそのかされたのですから、確かに安心しているわけにはいきませんでした。 フルートは、ふーっと大きなため息をつくと、行く手に見え始めた魔の森を眺めて言いました。 「だから泉の長老に会いに行くんだよ。・・・どうやったら、ぼくたちがデビルドラゴンの手に落ちないですむのか、それを長老に聞いてみたいんだ」 そのとき、空を飛び続けていたポチが、突然びくりと身をすくませて振り返りました。フルートとゼンは、はっとしました。 「なに?」 「どうした、ポチ!?」 ポチは後ろを鋭い目で見ながら答えました。 「ワン・・・何かが迫ってきます。見えないけど・・・確かになにかが近づいているんです」 フルートたちもあわてて後ろを振り返りました。そこには秋の青空とその下にたたずむシルの町が見えているだけです。小鳥1羽見あたりません。 けれども、そのとき、フルートたちの耳に異質な音が聞こえ始めました。ごうごうとうなる風の音に混じって、ゴゴゴゴ・・・と何か巨大なものが空を切って飛んでくる音が近づいてくるのです。 ポチが全身の毛を逆立てて言いました。 「ワン! 危険です。すごく危険な気配がします! このまま振り切って逃げ――」 そう言いかけていたポチが、ふいにキャン! と悲鳴を上げました。空中に長く延びている風の犬の体の、終わりに近いあたりで、ばっと青い霧の血が飛び散りました。 「ポチ!!」 フルートたちは思わず叫んで、自分たちの剣を抜きました。けれども、やはり目には何も見えません。ポチが言いました。 「な、何かが尻尾に食いついたんです・・・風の犬になってるのに、食いつかれるなんて・・・」 キャウン!! とポチは再び悲鳴を上げました。青い風の犬の血が空中に飛び散ります。見えない何かが、またポチにかみついてきたのです。フルートとゼンは青ざめながら空中に目をこらしました。何も見えません。けれども、そこには確かに「何か」がいるのです。 ポチが身をよじりながら飛ぶスピードを上げました。空中を上へ下へと激しく飛び回ります。 「ワン・・・! は、離れない・・・!」 ポチは尾に食いついている見えない敵を振り切ろうと、必死になっていました。 「くそっ、弓矢があれば・・・!」 ゼンが歯ぎしりをしました。弓矢はフルートの家に置いてあります。ここにあるのは、ショートソードとフルートの炎の剣だけです。 そのとき、ふいにフルートの胸でペンダントが強く輝き出しました。金の光がほとばしり、彼らの後ろを照らし出します。 すると、その光の中に黒い影が浮かび上がり始めました。初めはもやもやした幻のように見えましたが、やがてそれが一つの形を作り始め――空をおおうほど巨大な竜の姿になりました。全長が30メートル余りもある、黒い影の竜です。額には3本の角があり、大きな4枚の翼が空を打っています。 「デビルドラゴンだ!!!」 フルートたちは思わず叫びました。 影のドラゴンは、大きな顎の間にポチの風の尻尾をくわえていましたが、金の光で照らされると、苦しげに頭を振ってポチを放しました。その間に、ポチはいっそうスピードを上げて飛び始めました。 「ポチ、怪我は大丈夫!?」 フルートがポチの背中にしがみつきながら尋ねました。あまりに速く飛んでいるので、しっかりつかまっていないと飛ばされそうだったからです。 「ワン、大丈夫です。金の石に治してもらいましたから。このまま魔の森に逃げ込みます!」 そう言って、ポチはまっすぐに行く手の森を目ざして飛びました。 ゼンが後ろを見ながら言いました。 「また来るぞ!」 巨大なデビルドラゴンが、後ろからものすごいスピードで迫っていました。彼らを飲み込もうとするように、大きな黒い口をかっと開けます。 「追いつかれる!」 フルートは思わず叫ぶと、首から金の石のペンダントを外して、大きく後ろを振り返りました―― (2005年7月20日/7月25日修正) |