「勇者フルートの冒険・番外編 〜シルの町の戦い〜」        朝倉玲・作  
9.魔王の気配

「おい・・・おい、フルートったら!」
ゼンに呼ばれているのに気がついて、フルートは、はっと我に返りました。学校から家への帰り道、ゼンとポチが心配そうにフルートを見つめています。
「どうした? えらく真剣に考えてたじゃないか」
とゼンが言いました。どうやら、我に返る前に何度も声をかけられていたようです。
フルートはちょっと頭をかきました。
「ごめんごめん。・・・立てつづけにぼくたちが襲われたのはどうしてだろうか、って考えていたんだよ」
「どうして?」
ゼンがけげんそうに尋ね返してきました。
「うん。北の大地から雪オオカミがぼくらを追いかけてきた。これだけなら、まあ、わからないでもないんだけどさ、そこに今日のサイクロップスだろう? これって偶然かな?」
「ワン! 偶然でないとしたら、だれかの差し金ってことですか? 誰の!?」
ポチが驚いて声を上げると、ゼンがフルートに劣らず真剣な顔になって言いました。
「魔王か・・・。新しい魔王が誕生して、俺たちを始末しようとしてるってわけだな」
「本当にそうなのかどうかはわからないけど、可能性はあるよね」

魔王の正体は、悪そのものの権化デビルドラゴンです。大昔、デビルドラゴンは光の軍団と戦って破れ、この世界の最果てに幽閉されましたが、長い年月の間に少しずつ力を蓄え、再びこの世界に手を伸ばしてきているのです。
デビルドラゴンは魂の一部を飛ばして誰かに乗り移り、その者を魔王にします。魔王はデビルドラゴンからもらった力や、他の者から奪った力を使ってこの世界を征服しようとしますが、それと真っ正面から戦って阻止しているのが、フルートたち金の石の勇者の一行なのです。何故、子どものフルートたちがそんな大役を担っているのか、理由は彼らにもわかりません。でも、とにかく魔法の金の石に選ばれた以上フルートが金の石の勇者ですし、ゼンもポチも、フルートが戦うならば、自分たちもどこまでも一緒に戦うつもりでいました。

「今回は復活が早いんじゃないか?」
とゼンがうなるように言いました。北の大地でオオカミ魔王を倒してから、まだ十日ほどしかたっていません。いつもならば、一度魔王を倒してから、また次に魔王が襲ってくるまで数ヶ月の間隔があるのですが。
「ワン。今度の魔王はなにものなんでしょう?」
とポチも言いました。全身の毛をピリピリ逆立てて、あたりの空気から魔王の気配を感じ取ろうとしているようです。
フルートは首を横に振りました。デビルドラゴンが誰を新しい魔王に選ぶのかはまったく予想がつきません。フルートは気がかりそうに、自分のペンダントを眺めました。
「サイクロップスと戦ってから、石が金色のままなんだよ。雪オオカミの時みたいに、石が眠りに戻らないんだ。魔王はまだぼくたちを狙っているんじゃないかな・・・」
ゼンとポチも、フルートの胸のペンダントを一緒に眺めました。小さな魔法の石は、ペンダントの真ん中でキラキラと金色に輝いています。

そのとき、彼らの行く手に誰かが立ちふさがりました。
顔を上げたフルートは、目を丸くして言いました。
「リサ!」
茶色の髪を三つ編みのおさげにした背の高い少女が、腕組みをして立っていました。ちょっと負けん気の強そうな顔をしています。なんとなく、魔王かその手下が目の前に現れるような気がしていたフルートたちは、ほっと肩の力を抜きました。
すると、リサは、じろじろとフルートを眺め回してから言いました。
「ほぉんとに・・・あんたったら勇者だったのね、フルート」
あきれたような、感心したような口調です。フルートは目をぱちくりさせると、あいまいに笑って肩をすくめて見せました。リサはフルートより2つ年上の友だちです。いじめられっ子だったフルートは、昔よくリサにかばってもらったのでした。
「そりゃ、あんたが勇者として活躍してる話は聞いてたわよ。だけど、正直、信じられるわけないじゃない。チビで弱虫だったあんたが、世界を救う勇者だったなんてさ」
フルートの昔を知る少女の話に、ゼンが、ちらりと面白そうにフルートを眺めました。けれども、リサはお構いなしに話し続けていました。
「2年前に魔の森に金の石を取りにいったとき、あたしを大グモから助けてくれたのがあんただったって、後からチムに聞かされたんだけど、それもどうしても信じられなかったのよね。そりゃ、あたしは気を失って倒れてたから、何があったのかは全然わからなかったんだけど。だけど・・・」
リサが急に口ごもりました。照れたような口調に変わります。
「・・・さっきのあんたの戦いぶりをみて、やっと納得したわ。あんたはやっぱり本当に金の石の勇者だったのね。魔の森の怪物からあたしを助けてくれたのも、弟のチムのことを助けてくれたのも、、本当にあんただったんだわ。今さらなんだけど・・・ホントにありがとう、フルート」
フルートは、また目を丸くしてしまいました。リサが自分に感謝していなくても、そんなことは全然気にしていなかったのです。けれども、リサが不安そうに自分を見つめているのに気がつくと、すぐに笑ってうなずいて見せました。
「うん、どういたしまして」
リサはそれを聞くと、ほっとしたように笑顔になりましたが、フルートがそれにまた優しく笑い返すと、急にどぎまぎしたように笑顔を引っ込めました。
「じゃあ、明日また学校でね」
と言うなり、リサはくるりと後ろを向いて走って行ってしまいました。その頬がほんのりと赤く染まっているのに、ゼンは気つきました。
「へへぇ」
ゼンが冷やかすような声を上げました。
「おまえ、けっこうもてんるじゃないか、フルート」
「え?」
フルートが、きょとんとしたので、ゼンは思わず吹き出しそうになりました。フルートは心優しくて勇敢ですが、女の子を好きになるとか、女の子から好かれるとかいうことには、まだまだ奥手なのです。そこで、ゼンはわざとこう言ってみました。
「ポポロに教えてやらなくちゃいけないよなぁ。フルートには故郷に年上のガールフレンドがいるんだぞ、って」
「ゼ、ゼン!!」
フルートが今度は耳まで真っ赤になったので、ゼンは爆笑してしまいました。ポポロは天空の国の魔法使いの少女。フルートたちの仲間です。どうやらポポロとフルートは相思相愛なのですが、この調子では、なかなか進展しそうにありません。

リサはただの友だちだ、いやそうは見えなかったぞ、と2人がじゃれ合うように言い合っていると、足下のポチが、行く手を見ながら急に言いました。
「ワン。フルート、ゼン!」
2人は、すぐに、はっとしてそちらを見ました。道の向こうから、背の高い少年がやってきます。フルートは、また肩の力を抜きました。
「ジャック」
ガキ大将のジャックは、何も言わずにフルートの目の前まで来ると、フルートを上から見下ろしました。・・・13歳になってフルートもだいぶ背が伸びましたが、それでもまだまだ小柄で、ジャックとは頭一つ分以上も背丈が違っていました。
すると、ジャックが突然、右手の拳を繰り出してきました。フルートの顔のど真ん中を狙って殴りかかってきます。
「危ない!」
ゼンとポチは思わず叫びました。
けれども、フルートはその場から動きませんでした。ジャックからは、殺気がまったく伝わってこなかったからです。
ジャックは拳をフルートの目の前でぴたりと寸止めすると、不思議そうに見返しているフルートに、低い声で言いました。
「おまえをこんなふうに殴り倒して金の石を奪え、と言われたぞ」
「誰に!?」
とフルートは驚いて声を上げました。
「わからねえ。声だけしか聞こえてこなかった。いや、たぶん、他のヤツにはそれさえ聞こえていなかったんだと思う。ただ風がうなっているだけのはずなのに、俺の頭の中では、はっきりと声になって聞こえてきたんだ」
フルートは青ざめると、ジャックの顔を穴があくほど見つめました。
「・・・そいつは、なんて言ってきたの?」
「今言ったとおりだ。フルートを殴り倒して金の石を奪え、おまえの方が本当の金の石の勇者なんだから、と言ってきやがった」
そして、ジャックは拳を引っ込め、肩をすくめて両手を広げて見せました。
「冗談じゃねえや。誰がそんなおっかない石をほしいもんか。その石を持っているおかげで、さっきみたいな巨人に狙われたりするんだろう? いくら怪我を治せる魔法の石を持っていたって、命がいくつあっても足りやしねえ。まっぴらごめんだと答えたら、声はもう聞こえなくなったのさ」
「魔王か?」
ゼンが厳しい顔でフルートに言いました。
「わからない。でも、もしかしたら・・・」
そう言いかけて、そのままフルートは黙り込んでしまいました。何かを深く考え込む顔になります。

ジャックはしばらくそんなフルートを眺めていましたが、やがて、フルートに背を向けながら言いました。
「気をつけろよ、フルート。おまえの周り、なんだか物騒な匂いがするぞ。それから――ゼン、だっけか?」
「ああ。なんだ?」
とゼンがフルートの隣から答えると、ジャックは意外なくらい真剣な目を向けてきました。
「こいつは、人が危なくなると、自分のことも考えねえで危険に飛び込んでいく馬鹿だ。よろしく頼むぞ」
ゼンは目をまん丸にしました。フルートも驚いて目を見張っています。ジャックがフルートのことをこんなふうに言ってくれるのは、初めてのことでした。
けれども、ゼンはすぐにニヤリと笑って答えました。
「そんなことは言われなくても承知ずみだ。任せとけ」
「へっ」
ジャックは鼻を鳴らして笑うと、両手をズボンのポケットに突っ込んで歩き出しました。
その背の高い後ろ姿が遠ざかっていくのを見送りながら、ゼンはフルートに言いました。
「意外といいヤツじゃないか」
フルートは、思わずちょっと笑いました。ジャックたちに「女の腐ったようなヤツ」と言われていじめられたのは、もう遠い昔のことです。

「ワンワン。それにしても、ジャックに話しかけてきたのは何者でしょう?」
とポチが言いました。
「魔王じゃないのか?」
とゼンが言うと、フルートは眉をひそめながら答えました。
「そうかもしれないけど・・・なんだか胸騒ぎがする。ゼン、ポチ、魔の森に行って泉の長老に会おう」
ゼンとポチは思わず顔を見合わせ、次の瞬間、ポチは風の犬に変身していました。
「乗ってください。魔の森に飛びます」
そして、ポチはフルートとゼンを背中に乗せると、あっという間に空に飛び上がりました。




(2005年7月18日/7月25日修正)



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