「勇者フルートの冒険・番外編 〜シルの町の戦い〜」        朝倉玲・作  
8.勝利

「いったぁー・・・っっっ!!」
サイクロップスをまっぷたつにした後、地面に激突したフルートは、頭を抱えて悲鳴を上げました。
「お、おい、フルート! 大丈夫か!?」
風の犬のポチとゼンが、ひゅうっとフルートのわきに飛び降りてきました。フルートは頭を押さえながら、きまり悪そうに笑って見せました。
「魔法の鎧を着てないのを忘れてたよ・・・。でも、金の石が治してくれてるから大丈夫さ」
本当に、フルートの頭からはみるみるうちに傷が消えていきます。ゼンはちょっと眉をひそめました。
「いくらすぐ治るって言ったって、痛いもんは痛いんだ。無茶するなよ」
「うん。わかってる」
とフルートはまた照れたように笑うと、立ち上がって炎の剣を鞘に収めました。

とたんに、わあーーーっとあたりを揺るがすような歓声が上がって、遠巻きに眺めていた人たちが駆け出しました。子どもたちも先生も、騒ぎを聞きつけて集まってきた町の大人たちも、一緒になって駆け寄ってきます。たちまち、フルートとゼンとポチは大勢に囲まれて身動きできなくなってしまいました。
「すごいぞ、フルート!」
「すごいやったなね、ゼン!」
「あんなものすごい巨人を倒すなんて・・・!」
「すごいすごい!!」
誰も彼も口々に叫び、むやみにフルートたちの体を叩いたり、抱きついたりしました。みんなフルートたちの戦いぶりを初めて目の当たりにして、すっかり興奮しきっていたのです。ポチは風の犬から普通の子犬の姿に戻っていたので、子どもたちに、あっちでもこっちでも抱きしめられて、思わずキャンキャンと悲鳴を上げていました。
すると、甲高く鋭い声が人々の頭上に響き渡りました。
「静かにしなさい! 何の騒ぎですか、これは? 落ちつきなさい!」
びんと張りつめた鞭のような声に、人々は驚いて、いっせいに振り向きました。学校から出てきたランドル先生が、こちらに向かって歩いてくるところでした。頭から血が流れていて、先生の黒い上着に染みを作っています。
「お、おい、先生、すごい血じゃないか! 早く手当てしないと・・・」
町の人があわてて声をかけると、ランドル先生は首を振りました。
「大丈夫です、怪我はしていません。――私を通してください」
先生が毅然と言うと、人々は、大人も子どもも思わず道をあけました。その先にはフルートとゼンとポチがいます。人々は、何が起こるのかと、固唾をのんで見守りました。

ランドル先生はフルートたちの目の前に立ち止まると、彼らを見下ろしました。そのきまじめな顔に、ゼンはにやっと笑いかけました。
「よかったな、先生。命拾いして。間に合わないんじゃないかと思って、はらはらしたんだぜ」
「それが魔法の金の石ですか」
とランドル先生はゼンを無視して、フルートの胸に下がっているペンダントを見ました。石は戦闘が終わってもまだ金色のままです。フルートはうなずいて、説明しようとしました。
「あの、先生、ぼくは実は・・・」
とたんに、ランドル先生がぴしゃりと言いました。
「何も言わなくてけっこうです!」
フルートは思わず黙りました。ゼンが、かっとなってどなりました。
「おい、先生! いいかげん、こっちの話を聞いてくれたっていいじゃないか! フルートはな――」
「言う必要はありません!!」
とランドル先生はまた強くさえぎり、それから、急に目を細めて顔を歪めました。
「言う必要はないんです・・・・・・私は思い出しましたからね・・・」
これまで聞いたこともなかったような優しい声で話しかけられて、フルートたちはびっくりして先生を見つめ返しました。先生は、泣き笑いするような顔をしていました。
「そう・・・金の石の勇者は少年。ドワーフの少年と人のことばを話す犬がその仲間。炎の魔力を持つ剣と、あらゆる怪我を治す魔法の金の石を使って、魔王の手からこの世界を守っている・・・。前にいた町にも、この話は伝わっていたんですよ」
とランドル先生はフルートたちを見つめながら言いました。
「でも、私は本気にしていませんでした。この類の話は、往々にして大げさになっていくものです。実際には、そんなおとぎ話のような勇者などいるはずがないと思いこんでいました。そうでなければ、話を面白くするために、大人の勇者がだんだん子どものように語られるようになったのだろうと。まさか、本当に君たちのような子どもたちだとは、思ってもいなかったのですよ・・・・・・」
ランドル先生はサイクロップスと同じようなことを言うと、涙ぐんだ目でフルートたちに笑いかけました。
「すまなかったね、フルート、ゼン・・・。助けてくれて、本当にありがとう」
そう言って、先生はフルートたちに深々と頭を下げました。
「先生・・・」
フルートとゼンは、何も言えなくなって、ただ先生を見つめました。なぜだか胸がいっぱいになっていました。

「ランドル先生」
まばらな白髪の小柄な老人が歩み寄って、穏やかに話しかけてきました。フルートたちの学校の校長先生でした。
「私たちは、わざとあなたにフルートの正体を教えなかったのですよ。フルートは、確かに魔王から世界を守る運命を担った金の石の勇者ですが、戦いの時以外はただの普通の子どもです。他の子どもたちと何も変わりはない。金の石の勇者だからと言って特別扱いすることなく、他の子たちと同じように扱ってほしい、というのが、フルートのご両親の希望でもあるのです。まあ、わざわざ話さずとも、いずれわかることと思っていた、ということもありますがね」
それを聞いて、ランドル先生は今度は校長先生に深く頭を下げました。
「おのれの狭量を恥じ入るばかりです・・・。新しい学校というので、私も肩に力が入りすぎていたようです」
水面にさざ波が広がるように、ほっとした雰囲気がみんなの間に広がり始めました。さっきまでの熱狂的な興奮とも違う、穏やかな笑顔が、人々の顔に浮かびます。
校長先生は、周りに集まっている生徒や先生たちに向かって声を上げました。
「今日の学校はこれで終わりにします。皆さんは教室に荷物を取りに戻ったら、そのまま自分に家に帰りなさい。ただし、ホールには立ち入らないこと。壊れていて、危険ですからね。これから大工さんに来てもらって、修理してもらいましょう――」
子どもたちが、先生の引率で、それぞれ教室に戻り始めました。フルートとゼンも教室に戻りましたが、途中でまた友だちに取り囲まれて、もみくちゃにされました。さすがは金の石の勇者だ。すごい強さだ。ほれぼれしたぞ。助けてくれて本当にありがとう・・・。みんなは口々にフルートたちを誉めたたえました。
 ザザ・・・ザザザザーッ・・・・・・
校庭では、炎の中で燃えつきた巨人が炭の柱になり、音を立てて崩れていきました。


「ふん」
そんな光景を物陰から眺めて、面白くなさそうに鼻を鳴らした人物がいました。ガキ大将のジャックです。
「あの弱虫が、まったくお偉くなりやがったもんだ」
そうつぶやくと、ジャックは一人で学校を出ました。どうせ学校に教科書など持ってきていないのです。教室に荷物を取りに戻る必要などないのでした。
ジャックはズボンのポケットに両手を突っ込んで、物思いにふけりながら歩き続けていきました。その耳元を、どう猛な獣のように、うなりながら風が吹き抜けていきます。

すると、突然、一つの声が聞こえてきました。
「ジャック・・・ジャック、くやしくはないのか・・・?」
ジャックは、はっと足を止めてあたりを見回しました。誰もいません。けれども、声ははっきりとジャックの耳にささやき続けていました。
「あれはもともとおまえが手に入れる石だったはずだ。あれを取りに魔の森に踏み込んだのは、おまえだったのだからな・・・」
「誰だ!?」
ジャックはきょろきょろと周り中を見回しながらどなりました。裏路地はレンガの壁と石畳の道が続いているだけで、人の姿はおろか、ネコ1匹見あたりません。ただ風がうなりながら吹いているだけです。姿の見えない声は、なおも言い続けていました。
「足さえ折らなければ、おまえがあの石を手に入れていたはずだ。おまえが動けなくなっていた間に、フルートが出し抜いて、石を奪ったのだ・・・。本当ならば、ああして皆から誉めたたえられていたのは、おまえ自身だったのだぞ、ジャック」
出てこい! とどなりかけていたジャックは、思わずことばを飲みました。胸の奥で心臓がドキリと鳴りました。
「石を取り戻せ」
と声は言っていました。
「本当の金の石の勇者はおまえだ。石をおまえの手に取り戻すのだ・・・。簡単なことだ。おまえの手を見ろ」
声に魅入られたように、ジャックは自分の右手を開いて見つめました。
「その手を握りしめるのだ。そう・・・そして、その拳でフルートを殴り倒して、金の石をその手に取り戻すのだ・・・・・・」

それは、ジャック以外の誰の耳にも聞こえない、幻の声でした。
ジャックは自分の拳を見つめたまま、青ざめた顔で裏路地に立ちつくしていました――。




(2005年7月14日/7月25日修正)



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