「勇者フルートの冒険・番外編 〜シルの町の戦い〜」 朝倉玲・作 |
7.戦い ランドル先生が目を開けると、フルートが心配そうに先生をのぞき込んでいました。何がどうしたのかすぐには思い出せなくて、先生がぼんやりとその青い目を見つめ返していると、フルートがにっこり笑って、謎のようなことばを言いました。 「間に合ってよかった」 ランドル先生は、目をぱちくりさせましたが、次の瞬間、何もかも思い出して跳ね起きました。自分は一つ目の巨人に立ち向かったのです。ところが、角材をあっという間に叩き折られ、次の瞬間には巨人の棍棒に頭を横殴りにされて、そして・・・ そして・・・・・・? 先生は、思わず自分の頭に手を当てました。ぬるりと手が滑って、手のひらが真っ赤に染まります。血です。 ぎょっとしていると、フルートが言いました。 「大丈夫ですよ、先生。血はまだ残っているけど、怪我は治っています」 「なんだって!?」 先生は思わず聞き返しました。これだけ血が流れていて怪我がないなんてことはありえません。けれども、確かに先生はどこも痛くないのです。棍棒で殴りつけられたはずの頭も、まったくなんでもありません。 すると、フルートがまた、ほほえみました。 「金の石が怪我を治してくれたんです。この石にはどんな怪我も治せる力があるんですよ」 そう言って、フルートは金色のペンダントを首から下げました。草と花の模様の縁飾りの真ん中で、小さな金色の石が輝いています。 ランドル先生は、また何が何だかわからなくなってきました。いったい何が起こったというのでしょう。何がどうなっているというのでしょう。 すると、フルートがおもむろに背中から大きな剣を引き抜いたので、ランドル先生はびっくりしました。 「フルート君、危ない! そんな危険なものを持つんじゃありません!!」 そう金切り声を上げようとして、先生は思わず声を飲みました。 抜き身の剣を手にしたとたん、それまで優しげだったフルートの顔つきが、いきなり変わったからです。鋭く厳しい大人のような表情が、先生をまっすぐに見つめます。 「先生、安全なところに隠れていてください――」 そう言い残すなり、フルートは剣を手に駆け出しました。 ホールの真ん中では、ゼンがショートソードで巨大なサイクロップスと戦っていました。半分透き通った姿のポチも、ホール中を飛び回りながら巨人に襲いかかっています。 「ゼン! ポチ!」 フルートは声を上げながら戦いの中に飛び込みました。 「おう、フルート! 先生はもう大丈夫か!」 とゼンが巨人を見つめたまま言いました。ほんの少しでも油断すると、巨大な樫の棍棒が頭に振り下ろされてくるので、目が離せないのです。ゼンは腕が短い上に、持っているのがショートソードなので、攻撃がなかなか巨人に届かないのでした。 ガウッ、ガウウッ・・・!! 風の犬のポチがサイクロップスの背中にかみつきましたが、巨人はうるさそうに顔をしかめて背中を振っただけでした。サイクロップスの背中には長い毛が生えているので、あまり応えていないようです。 「生意気なうるさいチビどもだ!!!」 とサイクロップスは叫ぶと、棍棒を風車のように振り回してフルートを追い払い、ゼンをどんどん追いつめていきました。やがて、ゼンは壁際に追い込まれて、それ以上下がれなくなりました。 「そぉれ、挽肉一丁あがり!」 サイクロップスが笑いながら棍棒を振り下ろします。 その目の前にフルートが飛び込み、剣でなぎ払いました。とたんに、樫の木の棍棒は巨人の手元近くでまっぷたつに切れ、ぼうっと火を吹いて燃え上がりました。 「うぉぉっ・・・!? あち、あちち・・・!!」 サイクロップスは驚いて悲鳴を上げると、火のついた棍棒を放り出しました。とたんに、フルートが叫びました。 「ポチ! 巻き取るんだ!」 「ワン!」 ポチはひゅうっと空を飛んで渦を巻き、その中に燃える棍棒を巻き上げると、そのまま窓から外に飛び出していきました。燃える棍棒が床に落ちると、火が燃え移って学校が火事になってしまうからです。 サイクロップスが一つだけの目を大きく見開いて、フルートの剣とペンダントを見つめました。 「そいつは、炎の剣か? そして、それが金の石か・・・? ということは・・・おまえが本当に金の石の勇者なのか!!?」 「さっきからそう言ってる」 とフルートは炎の剣を構えながら答えました。 サイクロップスは激しく歯ぎしりをしました。 「くそうっ!! まさか、金の石の勇者がこんなガキだとは思わなかったぞ!! ええぃ、その石をよこせ、ちびすけめ!!」 けれども、フルートに向かってつきだした巨人の手を、ゼンのショートソードが横から突き刺しました。巨人は悲鳴を上げて手を引っ込めました。 「ここじゃ戦えない。外に出ようぜ」 とゼンはフルートに言い、2人は急いで窓から学校の外に飛び出しました。 フルートたちが学校の校庭に出ると、学校を遠巻きにしていた生徒と先生たちの間から、いっせいに悲鳴が上がりました。窓を壊してサイクロップスが後を追ってきたからです。それを振り返って、ゼンが舌打ちしました。 「ちぇっ、せっかく外に出たのに、やっぱり学校を壊されたか」 「火事で全部燃えちゃうよりはいいよ。あの中じゃ、ぼくは戦えなかった」 とフルートは答え、彼らに注目している人々に大声で呼びかけました。 「逃げて!! みんな、裏の教会に避難してください!!」 大勢の子どもたちがいっせいに教会目ざして走り始めました。 「来たぞ、フルート」 とゼンが言いました。サイクロップスがすぐ近くまで迫っています。フルートは振り向きざま、炎の剣を巨人めがけて大きく振りました。 ゴウッ・・・!!! 激しい音を立てて炎の弾が飛び出し、巨人のすぐ目の前の地面に当たって炸裂しました。 巨人は足を止めると、じろりとフルートをにらみました。 「なぁるほど。そういう飛び道具もあるわけか。では、その厄介な剣と一緒に、おまえらを叩きつぶしてやる!」 サイクロップスは校庭に生えていた巨大なケヤキの木を根こそぎ引き抜くと、ぶんぶん振り回して、フルートとゼンの上へ投げ飛ばしてきました。 ズズズッシーーーン・・・!!!!! 地響きを立てて、ケヤキの木が地面に落ちました。フルートたちの小さな姿が、まともにその下敷きになります。それを見ていた人々の口から、またいっせいに悲鳴が上がりました。 「フルート!!」 「フルート、フルート・・・!!!」 子どもたちは逃げるのも忘れて口々に叫びました。どの顔も真っ青になっています。 「ふん、たあいもないわい」 サイクロップスはそう言いながらケヤキの木をまた持ち上げました。ぺしゃんこになったフルートたちの死体を確かめようとしたのです。ところが、木の下に死体はありませんでした。 「・・・?」 巨人が目をむいて驚いていると、頭上から声がしました。 「どこ見てやがる、でかぶつの間抜け! 俺たちはここだぞ!!」 サイクロップスの上空に、風の犬に乗ったフルートとゼンがいました。ポチは落ちてくる大木の下から、きわどいところで2人を助け出していたのです。 子どもたちの悲鳴が、いっせいに歓声に変わりました。みんな、手を振り、飛び上がって口々に叫びます。 「行けー、フルート!!」 「がんばれ、ゼンーー!!」 「巨人を倒せーーー・・・!!!」 ポチはサイクロップスの周りを飛び回り始めました。 近づくたびに、ゼンがショートソードを突き出し、フルートが炎の剣を振ります。サイクロップスはうなり声を上げ、必死でフルートたちをつかまえようとしました。 「おっと!」 巨人の手がすぐ頭上をかすめていったので、フルートとゼンはあわてて頭を下げました。 「ワン!」 ポチが体をひねって巨人の腕の間をすり抜け、背中に回ってまた攻撃態勢に入ります。サイクロップスは振り向きましたが、そこへ真っ正面から炎の弾が飛んできたので、とっさに片腕を上げました。一つ目を狙った炎が、腕の上で炸裂します。 「うおぉぉ・・・!!!!」 巨人は腕に火傷を負って悲鳴を上げ、ぎりぎりと歯ぎしりをしました。力は明らかに巨人の方が上ですが、素早さでフルートたちにかないません。 巨人は攻撃を防ぐものを探してあちこち見回し、教会の前で人垣を作って応援している子どもたちに目をつけました。 「ええい、こうなったら、あいつらを盾にしてやる!」 そう言うなり、巨人が走り出します。子どもたちは悲鳴を上げ、蜘蛛の子を散らすように逃げ出しました。教会の中へ、教会の裏手へ、裏通りへ・・・必死で走ります。そのあとを巨人が追いかけて、子どもたちをつかまえようとしました。 「待て、チビども! おまえらは俺の鎧になるんだ。生きたまま、俺の体に縛り付けてやる。そうすりゃ、勇者は俺を攻撃できなくなるからな・・・!」 それを聞いたフルートの瞳に怒りがひらめきました。 「卑怯者!!!」 鋭くそう叫ぶと、フルートはポチに言いました。 「あいつの真上に飛んで、急降下するんだ!!」 「ワン!」 ポチはすぐさまサイクロップスの頭上に飛びました。そのまま、上空から巨人めがけて小石のように落ちていきます。 「・・・!!」 ゼンが歯を食いしばってポチにしがみつきました。風圧で吹き飛ばされそうです。フルートはポチの背中で剣を構え直すと、狙いをつけてポチから飛び降りました。落下する勢いをそのまま剣の刃にのせて、サイクロップスを頭のてっぺんからまっぷたつにします。 子どもたちのすぐ近くまで迫っていたサイクロップスの足が止まりました。 ズズッ、と不気味な音がしたと思うと、巨人の体は二つに割れて倒れ、そのまま炎を吹きました。 ゴゴゴゴーーーーーッッッ・・・!!! 巨大な火の柱が、天を焦がすような勢いで燃え上がります。 一つ目巨人の最後でした――。 (2005年7月11日/7月25日修正) |