「勇者フルートの冒険・番外編 〜シルの町の戦い〜」 朝倉玲・作 |
6.巨人 一つ目の巨人サイクロップスは、どこからか太い樫の棍棒を取り出すと、ぶんぶん振り回しながらゼンに迫ってきました。さすがのゼンも、これでは手が出せません。昔サイクロップスと戦ったことがあるのですが、素手でやりあえる相手ではなかったのです。 ゼンが逃げ回るだけなのを見て、サイクロップスが笑いました。 「わかったか、ちびすけ! 俺さまの邪魔をするんじゃねえ! 俺が探しているのは金の石の勇者なんだ!」 そして、サイクロップスはまた、学校中に響き渡る声でどなりました。 「出てこい、金の石の勇者!! 怖じ気づいたのか!? おまえが出てこないならば、ここの子どもらを1人ずつ殺していくぞ!!」 キャーッ・・・とすべての教室から子どもたちの悲鳴が上がり、学校の中は蜂の巣をつついたような騒ぎになりました。教室の出口から子どもたちが飛び出してきて裏口へ走ります。教室の窓からも次々と子どもたちが外へ逃げ出していきます。階段や廊下は、我先に逃げ出そうとする子どもたちでいっぱいになりました。小さい子や女の子たちが突き飛ばされたり転んだりします。 その混乱の中へ、巨人が棍棒を振り上げて飛び込んでいこうとしました。逃げまどう子どもたちに、ニヤニヤと楽しそうな顔をしています。 すると、その目の前にフルートが立ちはだかりました。小柄な体を精一杯に伸ばし、巨人を見上げながら言います。 「やめろ、サイクロップス! ぼくが金の石の勇者だ! 相手ならぼくがする!」 サイクロップスは一つだけの目を大きく見張り、次の瞬間、とどろくような声で笑い出しました。 「わあっはっはっは・・・こりゃ愉快だ!! おまえが金の石の勇者か!!! おまえのような子どもが!? 吹けば飛ぶようなちびすけのおまえが!??」 フルートは唇をかみました。ここには魔法の金の石も剣もありません。自分が金の石の勇者だと証明してみせる方法はないのです。 「めざわりだ! 消えろ!!」 サイクロップスが棍棒をフルートに振り下ろそうとしました。 が、そこへ大きな椅子が空を飛んできたので、サイクロップスはとっさに棍棒でなぎ払いました。 グワッシャ・・・!!! 鈍い音を立てて椅子がこなごなになります。 「ちっ」 ゼンが舌打ちしました。校長室から特大の椅子を引っ張り出して投げつけたのは彼だったのです。 「めざわりがもう1匹いたな」 とサイクロップスは言って、ゼンに殴りかかってきました。ゼンが素早く飛びのくと、棍棒は音を立てて学校の廊下にめり込みました。 「えぇい!」 フルートが叫んでなにかを投げました。それはサイクロップスの頭に当たり、ばしゃっと黒い液体を顔に引っかけました。校長室にあったインク壺を投げたのです。インクが一つ目に流れ込んだので、巨人は思わず両手を振り回して何度も目をこすりました。その隙に、ゼンはフルートのわきに駆け寄りました。 「おい、何か武器はないのかよ!? 矢でも剣でもいい! なんかないのか!?」 「ここは学校だよ!」 フルートは絶望的に答えました。そんな危険なものが、学校の中に置いてあるはずがありません。 サイクロップスが、目を開けてぎろりとフルートたちをにらみつけました。サイクロップスの弱点は一つだけしかない目です。それを攻撃されて、巨人は怒り狂っていました。 「許さん、許さん・・・! おまえらからまず、挽肉にしてやる!!」 獣が吠えるような声を上げながら、棍棒を振り上げて殴りかかってきました。 ところが、そこに甲高い声が響きました。 「やめなさい! 生徒に手を出すなら、わ、私が相手です!」 みんな逃げ出して誰もいなくなっていたホールに、ランドル先生が立っていました。どこから見つけてきたのか、手に長い角材を握っています。けれども、その顔色は真っ青で、痩せた体は恐怖でガタガタと震えていました。 「先生――!?」 「無茶だ!!」 フルートとゼンは思わず叫びました。すると、ランドル先生は恐怖に引きつった顔のまま、目をかっと見開くと、真っ正面からサイクロップスに殴りかかっていきました。 「ふん!」 巨人はせせら笑うように鼻を鳴らすと、太い棍棒を横に振りました。とたんに、先生が持つ角材は、途中からぽっきりと折れました。 「先生!?」 フルートたちはまた驚いて叫びました。ランドル先生が、折れた角材でまた巨人に殴りかかっていったからです。目を血走らせ、死にものぐるいの顔です。 けれども、巨人はまた軽く棍棒を振ると、先生の頭を横殴りにしました。先生の体が吹っ飛び、ホールの床にたたきつけられます。 「先生・・・!!」 フルートたちはまた叫びました。ランドル先生の頭から真っ赤な血がどくどくと流れ出ています。 サイクロップスはまたせせら笑うと、おもむろにフルートたちに向き直りました。 「待たせたな。次はおまえらの番だ・・・」 フルートとゼンは、じりじりと後ずさりました。先生の所に駆けつけたいのに、その隙がまったくありません。やがて、2人はホールの端に追いつめられてしまいました。 にやぁっとサイクロップスが笑いました。子どもたちはもう袋のネズミです。 「さぁて、どちらからつぶしてやろうか」 とサイクロップスは楽しげにつぶやき、すぐにゼンのほうに狙いを定めました。太い棍棒を高々と振り上げます。 とたんに、フルートが動きました。自分がいた場所から飛び出して、全身の体重をかけてサイクロップスの左足に体当たりしたのです。ちょうど前に踏み出して棍棒を振り下ろそうとしていた巨人は、利き足を払われて前のめりになり、棍棒の重さに引きずられて、そのまま前に倒れました。 ガシィィッ、ガラガラ・・・ 音を立てて、棍棒が壁にめり込みます。ゼンの頭上わずか10センチの場所でした。 「うぉぉ・・・!!!」 巨人がうなり声を上げている間に、ゼンとフルートは巨人の足下をすり抜けてホールを走りました。 「ど、どうする、フルート・・・?」 ゼンが尋ねました。武器も防具もないままに逃げ回っていては、じきにまた追いつかれてしまいます。 フルートは走りながら横目でランドル先生を見ました。先生は血だまりの中に倒れていて動きません。ここに魔法の金の石さえあれば・・・とフルートは唇をかみました。 すると。 窓の外からこんな声が聞こえてきました。 「ワンワンワン! フルート! ゼン! どこですか――!?」 「ポチ!!」 フルートとゼンは、思わず声を揃えて叫びました。 ホールの窓から、ひゅうっと音を立てて、風の犬になったポチが飛び込んできました。口には炎の剣とショートソード、そして、金の石のペンダントをくわえています。フルートたちは歓声を上げました。 「ワン、間に合って良かった! 金の石が急に光って鳴り出したんで、何かあったと思って飛んできたんです!」 とポチが言いました。よほど急いできたのでしょう。風の犬の姿なのに、はあはあと大きくあえいでいます。 「ありがたい!」 ゼンは自分のショートソードを握ると、素早く振り返りました。 サイクロップスは、壁にめり込んだ棍棒を引き抜いて、子どもたちに向き直ろうとしているところでした。 フルートが炎の剣を背負い、金の石を握りしめながら言いました。 「ゼン、少しの間だけ頼む!」 「おう、任せとけ!」 ゼンはサイクロップスの前に立ち、ショートソードを構えました。すぐにポチがそのわきに飛んできました。 「ワン、すみません。弓矢まではくわえてこられなかったんです」 「とんでもない。上等だぜ!」 そして、ゼンは自分から巨人に切りかかっていきました。ポチも素早く飛びかかっていきます。 その間にフルートは走りました。ホールの壁際で血を流して倒れている、ランドル先生に向かって―――― (2005年7月7日/7月25日修正) |