「勇者フルートの冒険・番外編 〜シルの町の戦い〜」        朝倉玲・作  
5.闖入者(ちんにゅうしゃ)

フルートのクラスの新しい担任は、ランドルという名前でした。
一時間目は算数でしたが、ランドル先生は
「みなさんの学力を確認します。教科書をしまって」
と言って、抜き打ちテストを始めました。先生手作りの問題用紙が十枚も配られてきたので、子どもたちは目を白黒させました。
「量は多いですが、基本的な問題ばかりです。たし算、ひき算、かけ算、わり算、面積や速さを求める問題・・・。どれも、あなたたちがこれから大人になっていくのに必要な知識ばかりです。もしも、わからないところがあれば、それがこれから自分でがんばるべきところです。そのことをしっかり意識するように。――さあ、始めて!」
とランドル先生に言われて、子どもたちは必死で問題に取り組み始めました。
フルートは実は勉強が得意な方なので、すらすらと問題を解いていきました。時々目を上げて先生のほうを見ると、先生は生徒の答案用紙を1人ずつのぞいては、その子がどこでわからなくなって悩んでいるのかを確かめています。
ふーん、とフルートは思いました。ランドル先生は厳しいけれど、とても教育熱心な先生のようです。

ところが、一方のゼンはと言うと・・・問題用紙を前にして、頭をひねってばかりいました。ゼンは勉強が大嫌いで、ドワーフの洞窟でもしょっちゅう学校をさぼっていたので、全然問題が解けなかったのです。
「ちっきしょう! こんなのわかるか!!」
とうとう大声を上げてペンを放り出すと、すぐにランドル先生が飛んできて、ゼンの答案用紙を見て驚きました。
「なんですか、これは・・・!? 全然書いてないじゃありませんか! 1年生からの問題ですよ。こんなに簡単な問題もわからないと言うのですか!?」
「わからないもんはわからないんだよ!」
とゼンは言い返しました。
「俺は猟師だ。獲物がどのくらい素早いかとか、狩りをする森がどのくらい広いかとか、全部自分の目で確認していくんだ。計算で速さや面積を出すなんてこと、やったこともないし、だいたいそんなことをしてたら、その間に獲物が逃げちまわぁ」
先生は怒りのあまり顔を赤くしたり青くしたりすると、声を震わせて言いました。
「き、君は、勉強が無駄なことだというのですか!? こんな簡単な問題も解けないくせに、先生に口答えするとは何ごとです! こんな――6×18のような簡単な問題さえ解けないなんて! 嘆かわしい!」
うっ、とゼンはことばに詰まりました。確かに、ゼンはドワーフの学校の中でも勉強はできない方だったのです。
見かねてフルートがわきから助け船を出しました。
「ゼン、実際のもので考えるんだよ・・・一組6本の矢が18組あったら、全部で矢は何本さ?」
「ああ、それなら108本だ」
とゼンが即座に正解を出したので、先生はまた顔色を変えました。
ゼンはニヤリと笑ってフルートを見ました。
「なーるほどな。そう考えればわかるのか。フルート、おまえ教え方がうまいな」
とたんに、先生の特大の雷が2人の上に落ちました。
「先生を馬鹿にするのもいい加減にしなさい!!! 2人とも、廊下に立ってなさい!!!!」

教室の外の廊下に立ちながら、ゼンがすまなそうに頭をかきました。
「ごめん、フルート。つい調子に乗って、おまえにまでとばっちりくらわせちまった」
フルートは肩をすくめて答えました。
「大丈夫だよ。あのくらいのテストなら、後からだってできるから」
「でも、おまえはこれから毎日あの先生と学校で会うんだろう? まずかったよな」
フルートは何も言わずに、笑ってまた肩をすくめて見せました。ま、なんとかなるさ、と表情で伝えます。
ゼンは、ふーっとためいきをつくと、廊下の窓の外を眺めました。きれいな青空が広がっています。
「俺たちの学校も退屈だけど、おまえたち人間の学校よりは面白いかもなぁ。もちろん算数とかも勉強するけど、何より大事なのは、鉱物の掘り出し方や細工の仕方を習うことと、魔法の武器や石の歴史を覚えることなんだぜ。算数は、金属と金属を配合する割合を求めるために勉強するんだ。・・・猟師の俺にはあんまり関係ないけどな」
フルートはそれを聞いて首をかしげました。
「もしかして、ゼンが勉強を嫌いなのはそのせい? 自分の仕事には関係がないことだから」
ゼンが本当はとても頭が良いことを、フルートは知っていました。動物や植物、天気や山や森について、ゼンは驚くくらい詳しいのです。その知識の量や、知識を実際に活用する力には、ランドル先生だってとても太刀打ちできないでしょう。ゼンが勉強を苦手なのは、ただ単に勉強に興味を持てないからなんじゃないか、とフルートは常々考えていたのでした。
「まあなぁ。実際、猟師にゃ計算も書き方もあんまり意味ないからな。とはいえ、一番の理由は、やっぱり勉強が面白くないからだぜ。全然わかんないもんな」
とゼンは笑うと、いたずらっぽい目でフルートを見ました。
「おまえは将来は先生になるといいかもしれないぞ。さっきのおまえの教え方、最高だったもんな。あんな風に考えればわかるなんて、今まで思ったこともなかったぜ」
「ぼくは・・・」
とフルートが答えようとしたとき、教室のドアがいきなり開いて、ランドル先生が顔を突き出しました。先生は腹を立て過ぎて、赤を通り越してどす黒い顔の色になっていました。
「だ、黙って立っていなさい!!! 立たされながらおしゃべりするとは、なにごとですか――!!!」
怒りのあまり、先生の声は裏返ってしまっていました。
フルートとゼンは思わず首をすくめました。


そのときです。
学校の入り口のほうから、ガチャーン、ガラガラ・・・と激しい音がして、学校中に響き渡るような大声が聞こえてきました。
「どこだ! どこにいる!! 出てきやがれ――!!!」
太い男の声です。フルートとゼンは、思わず顔を見合わせました。
玄関の方からは、ガラガラと何かを崩すような音が聞こえ続けています。ランドル先生が眉をひそめました。
「誰です、授業中に騒々しい」
教室という教室から、子どもたちがいっせいに顔を出しました。なんの騒ぎだろう、と音のする方向を見ています。ランドル先生は子どもたちに向かって大声を上げました。
「席に戻りなさい! 教室から出てはいけません!」
そして、先生は玄関に急ぎました。玄関の騒ぎはますますひどくなっています。他の先生たちも教室から飛び出してきました。

ランドル先生が玄関のホールに着くと、そこには一足早く、フルートとゼンが来ていました。その姿を見るなり、先生はカッとなりました。
「また君たちですか! 早く教室に戻りなさ――」
「引っ込んでろ、先生! 怪我するぞ!」
ゼンがいきなりそうどなったので、先生は驚きのあまり息が止まりそうになりました。20年余りの教師生活で、子どもからこんな失礼なことばを言われたことはありません。怒りとショックで、しばらくはことばも出ませんでした。
ゼンは、そんな先生を無視してフルートに言いました。
「おい、やばいぞ。あいつ、まともじゃない」
「うん。話が通じそうな相手じゃないね」
ゼンとフルートが見ていたのは、玄関のホールで暴れ回っている大男でした。身の丈が2メートル近くもあり、手に持った大きな斧で、ホールにあったコート掛けや飾り物をめった切りにしているのです。ガラガラ・・・と激しい音を立てて、壊れた物が床に飛び散ります。
そうやって暴れ回りながら、大男はわめき続けていました。
「出てこい、金の石の勇者!! どっちが勇者にふさわしいか、俺と勝負だ――!!」
フルートは、はっとしました。大男の狙いは自分だったのです。 勝負をして、力づくで金の石を奪おうとしているのでしょう。大きな斧をこれ見よがしに振り回し、ホールの中や学校の廊下を見渡しています。
フルートはきびしい顔つきになりました。昨夜に引き続き、今もまた金の石や剣はありません。魔法の鎧も身につけていません。
「おい、フルート。挑発に乗るなよ」
とゼンが言いました。が、大男が学校の入り口の置き時計に斧を振り上げたのを見て、フルートは思わず叫んでしまいました。
「やめろ!」
大男が、じろりとフルートを見ました。
「ガキに用はない。引っ込んでろ!」
フルートとゼンは、思わずまたあっけにとられてしまいました。
「こいつも何も知らないのかよ・・・。おまえ、もうちょっと自分を売り込んでおいたほうがいいんじゃないのか?」
とゼンが半ば本気でフルートに言いました。

すると、ランドル先生が大男に向かって言いました。――失礼な子どもたちにひどく腹は立てていましたが、とりあえず今はこの男のことのほうが先だと考えたのです。
「やめなさい、ここは学校ですよ。あなたが誰を捜しているのか知らないが、そんな者はここにはいません。お帰りなさい」
ランドル先生はフルートが金の石の勇者だということを知らないのですから、大まじめです。ホールに駆けつけてきた他の先生たちは、ちらりと目を交わし合いましたが、余計なことは何も言いませんでした。フルートとゼンも黙って様子を見ていました。
すると、大男がからからと笑い出しました。
「金の石の勇者がいないだとぉ? 馬鹿を言うな! この学校に来ていると、ちゃんと聞いているんだ。さてはかくまっているな! 隠し立てすると容赦しないぞ!」
「いないと言っているのです! だいたい何者です、その金の石の勇者とかいうのは?」
とランドル先生が言ったとたん、大男の目がぎらりと光りました。
「とぼけるのもいい加減にしろ!」
と吠えるようにどなると、先生に向かって斧を振り上げます。ランドル先生はびっくりして立ちすくみました。今まで、こんな危険な人間を相手にしたことがなかったのです。逃げようとするのに、体がすくんで動けません。
「危ない、先生!!」
フルートとゼンが飛び出しました。フルートが先生に体当たりをし、ゼンがその前に出ます。大男の斧がまっすぐゼンの頭めがけて振り下ろされてきます。居合わせた人々の口から悲鳴が上がりました。
ところが。
ゼンは両腕をまっすぐ上に差し出すと、がっしと斧を受け止めたのです。
「ぬ・・・?」
大男が目を見張りました。渾身の力をこめて振り下ろした斧が、空中に縫い止められたように、びくとも動かなくなったのです。顔を真っ赤にして力をこめても、ほんの少しも動かすことができません。
すると、ゼンがニヤリと笑いました。
「おまえの力はそのくらいか? じゃ、こっちから行くぜ」
そして、ゼンは斧の柄をつかんだまま、ぐぅんと腕を振り回しました。男の巨体がふわりと浮き上がり、ゼンが腕を振り回すと、一緒になってぶんぶんと回り始めます。
「わ、わ、わ・・・!??」
大男が声を上げました。フルートと一緒に床に倒れたランドル先生も、その光景に信じられないような顔をしています。見上げるほどの大男が、その半分の背丈しかない少年に、まるで羽根枕のように振り回されているのです。
ついに、大男は斧を手放し、大きく吹っ飛んでホールの壁に叩きつけられました。ぐうっと声を上げて、そのまま動かなくなります。
「へっ。どんなに図体がでかくたって、人間がドワーフの力に勝てるわけないだろう」
とゼンは笑うと、手元に残った斧を膝でまっぷたつに折って、窓の外に投げ捨てました。

「ゼン!」
フルートが駆け寄ると、ゼンはまた笑いました。
「おう、悪いな。おまえの出番をとっちまった」
それを聞いて、フルートも思わず笑い出しました。もちろん、そんなことを気にするフルートではありません。
すると、壁に叩きつけられた大男がうめくような声を上げました。
「よくも・・・よくもよくも、この俺様を・・・」
「なんだ。まだやる気か?」
とゼンが鼻で笑うと、男は歯ぎしりしながら立ち上がりました。
「このままで済ませるものか。けっ、あいつがこの姿の方が怪しまれずに勇者に近づけるからとか言いやがるから・・・。人間の姿じゃちっとも力が出せやしねえ」
「なに・・・?」
フルートとゼンが思わず聞き返したとたん、大男は両手を拳に握り、気合いを入れるような声を上げ始めました。
「おぉぉーーーーーうぉぉぉーーーーっっっ!!!」
すると、みるみるうちに、その体が大きくふくらみ始めました――
フルートとゼンは、思わず後ずさりました。こういう変化は、これまでにも何度も目の当たりにしています。
「変身だ・・・」
フルートが身構えながらつぶやきました。
大男の巨体がさらに大きくなり、頭が天井にぶつかりそうなくらいになります。着ていた洋服はびりびりと音を立てて裂け、毛皮の衣を肩からひっかけただけの裸の体が現れます。隆々と筋肉の盛り上がった、たくましい体です。肩の上に直接乗っかったように見える頭の正面に、大きな一つ目がぎょろりと見開きます。
「サイクロップスだ!!」
フルートたちは、思わず叫びました――




(2005年7月4日/7月25日修正)



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