「勇者フルートの冒険・番外編 〜シルの町の戦い〜」        朝倉玲・作  
4.学校

雪オオカミを退治した翌朝、目を覚ましたフルートは、突然ベッドの上に飛び起きました。
「しまった! 忘れてた!!」
と思わず声を出したので、ゼンとポチも目を覚ましました。
「なんだ、フルート。なにを思い出したんだ・・・?」
ゼンが眠い目をこすりながら尋ねます。
「学校だよ! 3日も前から新学期が始まっていたんだ! 北の大地から帰ってきてから、ぼーっとしていたから、忘れてたよ!」
そう言いながら、フルートは寝間着を脱ぎ捨て、ばたばたと服に着替えました。机の引き出しから教科書をとりだして紐で束ねます。その様子を寝ぼけまなこで眺めながら、ゼンが言いました。
「フルートは学校が好きなのかぁ・・・? 俺は大っきらいだぞ。毎日4時間も5時間も机に向かってじっと座ってなくちゃならないなんて、退屈で退屈で」
「ぼくは学校はけっこう好きだよ」
とフルートは答えました。
「いろんなことを教えてもらえるし、友だちもいるからね。でもさ、ぼくが学校に行ってる間、ゼンはどうする?」
「ワン、ぼくと一緒に留守番してましょうよ。フルートの帰る時間が近づいてきたら、迎えに行くんです」
とポチが言いましたが、ゼンはうーん、とうなりました。
「ただ留守番ってのもなぁ・・・。ウサギは料理するにはまだ少し早いし。なあ、フルート。俺もおまえの学校に一緒に行ってみてもいいか?」
「ゼンが?」
フルートはちょっと考えました。フルートのクラスの担任は、優しい女の先生です。事情を話せば、学校の生徒でないゼンが見学に行っても許してもらえそうな気がしました。
そこで、ゼンもすぐに服に着替え、2人は台所で大急ぎで朝ごはんを食べました。
「あらあら。あなたたちがとても疲れているようだったから、学校のことは言わないでいたのよ」
とフルートのお母さんは言いましたが、それでも、すぐに2人分のお弁当を作ってくれました。丸いパンに薫製肉とチーズをはさんだサンドイッチでした。
「ワンワン、いってらっしゃい!」
ポチが尻尾を振りながら、家の前で見送ってくれました。


フルートの家は町はずれに建っています。細々と木が生える荒野との境に畑や牧場が広がっていて、その間にぽつんとフルートの家が建っています。町中に続く道の向こうには教会や家々の屋根が見えています。畑の間を通っていくと、朝早くから働いていた近所のおじさんやおばさんに声をかけられました。
「おはよう、フルート。学校かい?」
「そっちはお友だち? 見かけない顔だね」
「うん。この前からぼくの家に泊まっているんだ」
「そりゃ良かった。気をつけてお行き」
のどかで当たり前な会話です。近所のおじさん、おばさんは、フルートを生まれたときからよく知っているので、フルートが世界を救う金の石の勇者になっても、やっぱり以前と変わらず声をかけてくれるのでした。
やがて、2人はシルの町中に入りました。シルは小さい町ですが、街道沿いにあるので、宿屋も銀行も商店もあります。警備員がいつも入り口に立っている保安所も、町役場もあります。町の真ん中の広場では、毎朝市場が立って、野菜や果物や鶏が売り買いされています。そんなものを横目で見ながら通りを歩いていくと、教会のすぐ裏手に、フルートたちの学校が建っていました。赤い屋根の2階建ての建物です。
「人間の学校って、やっぱり人間の家と似たような形をしてるんだなぁ」
とゼンが妙に感心したように言いました。
「俺たちドワーフの学校は、洞窟の中の一室だぜ。岩をくりぬいて作った部屋なんだ。椅子も机も、全部石を削って作ってある。人間の学校は違うんだろう?」
「うん。机も椅子も木でできてるよ。でも、石でできた学校かぁ。ぼくはゼンの学校の方をのぞいてみたい気がするな」
そうフルートが言ったときです。カラーン、カラーン・・・と学校から鐘の音が響き始めました。
「予鈴だ! 遅刻しちゃう!」
フルートは飛び上がると、ゼンを連れて学校までまっしぐらに走っていきました。

フルートの教室は1階の廊下のはずれにありました。本鈴が鳴っていなかったので、教室の子どもたちはまだ席についていませんでしたが、そこへフルートとゼンが入っていったので、みんなわっと集まってきました。
「フルート! 出てきたんだね!」
「父ちゃんからフルートが冒険から帰ってきたって聞いてたぜ! どんな冒険だったんだ?」
「ねえ、フルート、新しい冒険の話を聞かせて、聞かせて!」
「今度の敵はなんだったの?」
「どうやって倒したんだ?」
みんながいっせいに尋ねてくるので、フルートはすぐには返事ができないほどでした。
すると、その中の何人かがゼンを見て目を丸くしました。
「もしかして、ここにいるのがゼンかい? ドワーフの・・・」
子どもたちは、フルートが出かけた冒険のことならよく知っています。そこに登場してくる勇敢なドワーフの少年のことも、みんなちゃんと知っているのでした。
子どもたちの注目を浴びて、ゼンはニヤリと笑いました
「おう、俺がゼンだぜ。よろしくな」
子どもたちは、また、わっとわきたちました。すごいお客様です。みんなは今度はゼンを取り囲んで、口々に質問攻めにしました。
そんな様子を見てフルートは思わずほほえみました。ゼンを学校に連れてきたら、みんなどんな反応をするだろう、とちょっと心配していたのですが、これなら大丈夫そうです。

すると、クラスメートのひとりが、フルートにこんなことを言いました。
「担任の先生が替わったんだよ。夏休みの間にメアリー先生がいきなり結婚しちゃってさ、グレグの町に引っ越して行っちゃったんだ。代わりに来た男の先生は厳しくて、もう最悪なんだよ」
「え・・・?」
フルートが思わず目を丸くしたとき、鐘の音と同時に教室の入り口の戸がガラガラッと開いて、中年の男の人の声が響き渡りました。
「なんの騒ぎですか、これは! 本鈴が鳴りましたよ! 早く席に着きなさい!」
まだ暑いのに黒い長そでの上着をきっちりと着込んで、腕に分厚い本を抱えた男性が、メガネの奥の目を三角にして立っていました。それがフルートのクラスの新しい担任でした。
子どもたちの間にいっせいに緊張が走り、みんな、あっという間に自分の席に飛んでいって椅子に座りました。教室の中は、たちまち水を打ったように静かになります。あとには、フルートとゼンの2人だけが、突然の教室の変化に目を丸くしながら立っていました。
先生は、じろりとフルートとゼンを見ました。品定めをするような目つきです。
「君たちは?」
と聞かれて、フルートは答えました。
「フルートです。あの――」
学校が始まっていたのに忘れていてすみませんでした、と謝ろうとすると、突然先生が甲高い声を上げました。
「君がフルートか! 今まで3日も学校を無断で休んで、いったい何をしていたんだね!?」
その剣幕にフルートは思わず目をぱちくりさせてしまいました。今まで、こんなふうに頭ごなしに叱られたことはありませんでした。
先生はどなり続けていました。
「学校を休むときには、必ず連絡を入れるものです! 親御さんも親御さんだ! 自分の子どもが学校に来ていないことに、気づきもしないなんて! 監督ふゆきとどきです!」
どうやら、この新しい先生は、フルートが3日間も学校をさぼっていたと考えているようでした。フルートが事情を説明しようとしても、耳を貸そうともしません。
「罰です! フルートは明日までに単語の書き取りを20ページ分やってきなさい!」
と一方的に言い渡されて、フルートは腹をたてるよりも、あっけにとられてしまいました。かたわらでは、ゼンもあきれかえった顔でつぶやいていました。
「この先生、何も知らないのかよ・・・」

とたんに、先生が今度はゼンをにらみつけました。
「君は誰です!?」
「俺はゼン」
すると、先生は手にしていた出席簿を開いて、そこに書いてある名前を確かめていきました。
「ゼン・・・うちのクラスの生徒ではありませんね」
「当たり前だ。俺はドワーフだぜ。今日は人間の学校の見物に来たんだ」
とゼンは悪びれる様子もなく答えました。
とたんに、先生の雷が落ちました。
「馬鹿なことを言うんじゃありません! ドワーフがこんなところにいるはずがないでしょう! 彼らは北にしか棲んでいない希少種族です。少しばかり姿が似ているからと言って、そんな見えすいた嘘をつくものではありません!」
ゼンは目をまん丸にしました。この先生は遠い町からつい数日前にシルの町に来たばかりなので、金の石の勇者のこともその仲間たちのことも、本当にまったく知らなかったのです。
ゼンは、いっそここで先生にドワーフの怪力を見せつけてやろうか、と考えましたが、フルートが心配そうに振り返ったので、すぐにそれは止めました。代わりに肩をすくめると、フルートに言いました。
「俺はやっぱり学校は苦手だな。ポチと一緒に家で留守番してることにするぜ」
ところが、ゼンが教室を出て行こうとすると、先生が呼び止めました。きまじめな声でこう言います。
「待ちなさい。せっかく学校に来たのなら、帰ることはないでしょう。一緒に勉強していきなさい。でも、皆の勉強を邪魔するようなら、今すぐ帰ってもらいますよ」
「げ、勉強ぉ?」
ゼンは苦いものを飲み込んだような顔をしました。
見かねて、クラスの子どもたちが声を上げました。
「あの、先生・・・!」
「フルートとゼンは――」
「静かにしなさい!!」
先生は神経質な怒鳴り声で子どもたちの声をさえぎりました。
「とっくに鐘はなっているんです。授業を始めます!」
とりつく島もありません。
子どもたちは黙り込み、フルートとゼンも空いている席に座りました。ゼンが肩をすくめて、そっとつぶやきました。
「人間の学校ってのは、ドワーフの学校よりつまらないな」
「この先生は特別だよ」
とフルートはささやき返し、2人は思わずため息をつきました。




(2005年6月30日/7月25日修正)



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