「勇者フルートの冒険・番外編 〜シルの町の戦い〜」 朝倉玲・作 |
3.心配 フルートは剣を背中の鞘に収めると、真っ青な顔で仲間たちに駆け寄りました。 「ゼン、ポチ、大丈夫・・・!?」 けれども、そう言っているフルート自身が片足を引きずっています。ズボンの膝には血がにじんでいました。 「おいフルート、怪我をしてるぞ!」 ゼンが驚きましたが、フルートはかまわずゼンに飛びつきました。 「ぼくは平気だよ! ゼンは!?」 「俺も大丈夫だ。やばいのはポチだぞ」 ポチは空から地面に下りると、元の小犬の姿に戻っていました。白い毛並みが、べったりと赤い血で濡れています。背中の真ん中にはオオカミにかまれた傷が大きな口を開けていました。 「ポチ! ポチ・・・!!」 フルートは必死で呼び続けましたが、ポチは目を閉じたまま、ぐったりして動きません。その間にも、血はどんどん傷から流れ出していきます。 「ちきしょう!!」 ゼンがフルートのペンダントを見てわめきました。金の石はまだ灰色のままでいます。眠りについている石には、怪我や病気を治す力はないのです。 「なんとかしろよ、フルート! このままじゃポチが死んじまうぞ!」 フルートはあわてて首からペンダントを外すと、冷たく眠ったままの石に呼びかけました。 「金の石・・・お願いだ! ポチを助けてよ・・・!!」 フルートの声は今にも泣き出しそうでした。 すると、月の光を浴びて、ペンダントがキラッと輝きました。魔法の石が金色に変わっています。 子どもたちが目を丸くして見ていると、石はキラキラ輝きを増し、ふいにチカッとまたたくと、まばゆい金の光を一面に放ちました。荒野が、木立が、金色に輝きます。思わず腕を目の前にかざした子どもたちの体が、急に楽になっていきました。オオカミに倒されたときに打ちつけた場所から、すーっと痛みがひき、怪我が治っていきます。 地面に倒れていたポチの背中の傷も、みるみるうちに消えて治っていきました。 「ワンワン! フルート、ゼン!」 ポチが元気に飛び起きて、子どもたちに飛びついてきました。 「ポチ・・・! 良かった!!」 フルートはポチの小さな体をしっかり抱きしめました。その手の中で、金の石が光を収めて、また灰色の小石に戻っていきます。それを見て、ゼンが言いました。 「へぇ。金の石のヤツ、特別サービスしてくれたんだ」 フルートは思わず泣き笑いの顔になると、ペンダントを見つめてつぶやきました。 「ありがとう、金の石・・・」 すると、突然フルートの家の玄関が勢いよく開いて、中からフルートのお父さんが飛び出してきました。寝間着姿に靴をはき、手には大きなナイフを握りしめています。 お父さんは荒野を鋭く見渡すと、そこに立っている息子たちに向かって叫びました。 「大丈夫か、おまえたち!?」 フルートたちは思わず顔を見合わせました。家のすぐそばであれだけの戦いを繰り広げたのです。お父さんたちが目を覚まさないはずはありませんでした。 お父さんの後ろからは、同じように寝間着姿のお母さんも飛び出してきました。 「フルート、ゼン、ポチ!! いったいなにが――まあ!!」 お母さんはフルートのズボンが血で染まっているのを見て息をのみました。真っ青になって駆けてきて、息子にしがみつきます。 「どうしたの、その怪我は!? 何があったの! ゼンは大丈夫!? ポチは・・・!?」 お母さんは半狂乱でした。ポチが、背中の毛を染めている血を隠すようにそっと後ずさりました。 フルートは、優しくお母さんの腕を肩から外すと、にっこり笑って見せました。 「大丈夫だよ、お母さん。これはぼくの血じゃないんだ。どこも怪我なんかしてないよ」 「どれ、見せてごらん」 とお父さんが近づいてきて、血で染まったフルートのズボンをたくし上げました。膝にはかすり傷ひとつありません。・・・もちろん、それは金の石がフルートの怪我を治してくれたからなのですが、フルートたちは黙っていました。 お父さんは今度はゼンを見て言いました。 「ゼンは服の後ろが泥だらけだ。いったい、おまえたちは何をしていたんだい?」 ゼンは思わず自分の背中に手をやりました。雪オオカミに押し倒されたときに汚れたのに違いありません。ところが、それを説明しようとすると、フルートが先を越すように言いました。 「みんなでウサギ狩りをしていたんだよ。すばしっこいヤツで、つい夢中になって大声で騒いじゃったんだ。起こしちゃってごめんね」 「ウサギ?」 お父さんがいぶかるような顔で子どもたちを見ました。 「――それで、そんな弓矢や剣を持ち出していたというわけか?」 お父さんはあまり信用していない顔をしていました。無理もありません。お父さんとお母さんが目覚めたときに聞いたのは、どう猛な獣のうなり声とポチの悲鳴と子どもたちのせっぱ詰まった叫び声です。ただの狩りをしていたとは、とても思えなかったのです。 すると、そこへ荒野の向こうからポチが駆けてきました。 「ワンワンワン。ほら、ゼン、とうとうつかまえましたよ! ウサギです!」 そう言って、ポチはゼンの足下に一匹の野ウサギを置きました。すでに息絶えています。・・・ポチは誰からも気づかれないうちに風の犬に変身すると、荒野でウサギをつかまえてきたのでした。風の犬から元の姿に戻ったとき、毛並みを染めていた血もすっかり消えてしまっていました。 「ワン、これで明日ウサギ肉のシチューが作れますよね。楽しみだなぁ」 ポチが尻尾を振りながら、ことさら嬉しそうにそう言ったので、ゼンは目を丸くしました。 「まあ、あなたたちったら・・・そのために、こんな夜中に狩りをしていたの?」 とお母さんがあきれたような顔をしました。 「え、えーと・・・」 ゼンは、ぽりぽりと頬をかくと、フルートとポチの顔を見ながら言いました。 「その・・・俺、ずっとおじさんとおばさんに世話になりっぱなしだからさ。何かお礼をしようと思って、それでシチューでも作ろうかと・・・」 それは決して嘘ではありませんでした。 すると、ふいにお母さんは腕を伸ばして、ゼンをぎゅうっと抱きしめました。 「お、おばさん・・・?」 あせって目を白黒させるゼンに、お母さんは言いました。 「おどかさないでちょうだいね・・・てっきり、敵が追いかけてきて、あなたたちを襲ったのかと思ったのよ。あなたたちが怪我でもしたらどうしようと思ったわ・・・」 お母さんは涙声になっていました。 ゼンは唐突に真っ赤になると、そのまま何も言えなくなってしまいました。 フルートが落ち着いた声で言いました。 「心配かけてごめんなさい。でも、本当に大丈夫だよ。怪我なんて、全然してないから」 すると、お父さんがフルートに言いました。 「本当になんでもなかったんだな?」 けれども、そう言うお父さんの目は、荒野の向こうで燃えている雪オオカミを見ていました。それは、まるで大きな木が炎の中で崩れていくように見えていました。 「・・・あれも、ウサギをつかまえようとしてやったと言うんだな?」 「うん。失敗して、そばの木に火がついちゃったんだ」 とフルートは答えました。 とたんにお父さんは眉を上げて、じいっとフルートを見つめました。フルートはドキリとしましたが、それでもまっすぐにお父さんを見つめ返しました。よく似た青い瞳が見つめ合います。 すると、お父さんは急に視線を外して、ぽんとフルートの肩を叩きました。 「気をつけるんだぞ」 それだけを言うと、お父さんはお母さんを促して、家の中に戻っていきました。フルートたちは、後かたづけをしてから戻るから、と言って、その場に残りました。 「ひゅう、あんなに心配されるとは思わなかったぜ」 ゼンがそう言って地面に座りこみました。まだちょっと赤い顔をしています。フルートとポチもそれに並んで座りました。 「ワン。特にお母さんは、ぼくたちが怪我をしたりすると、ものすごく心配するんですよ。冒険の話を聞かせても、ぼくたちが危ない場面になると、きまって泣き出しちゃうんです」 「ふん、なるほどな。それでお父さんとお母さんに嘘をついたりしたのか。それにしても、ポチは上出来だぞ。本当にウサギを捕ってきたから、お父さんもお母さんも、俺たちがウサギ狩りしていたって信用してくれたもんな」 すると、フルートは首を横に振りました。 「多分、お父さんは気がついてるよ・・・。お父さんは家の周りの景色はすっかり覚えているんだ。あれが木じゃなかったことは、ちゃんとわかっているんだよ・・・」 そう言って、フルートは、赤いおきになって崩れていく雪オオカミの残骸を見つめました。 ゼンとポチは思わず顔を見合わせました。それから、ゼンは家の方を振り返り、しばらく眺めてから言いました。 「フルート。お父さんには本当のことを話した方がいいんじゃないのか? 俺たちは金の石の勇者の一行だぞ。俺たちの敵は魔王だ。これからだって、絶対に俺たちには危険なことが起こるぞ」 すると、フルートは薄くほほえみました。 「うん・・・。でも、できれば余計な心配はさせたくないんだ。お母さんたちには笑っていてほしいからね」 ゼンは、それを聞くと、思わず肩をすくめました。 「ま、その気持ちはよくわかるだんだけどな。ただ、お父さんたちはどんな気持ちがしてるだろうな? ――でもまあ、フルートがそうしたいって言うんなら、俺は何も言わない。さあ、いいかげん家に戻ろうぜ。あんまり外にいると、それこそ、またお父さんとお母さんが心配するぞ」 そこで、子どもたちは立ち上がると、しとめたウサギを持って、家の中に入っていきました。 荒野の中では、燃えつきた雪オオカミが、灰になって地面に崩れていくところでした。 その痕を一陣の風が吹き抜け、どう猛な獣のような低いうなり声を立てていきました――。 (2005年6月25日/7月27日修正) |