「勇者フルートの冒険・番外編 〜シルの町の戦い〜」        朝倉玲・作  
2.風のオオカミ

風のオオカミは、ごおっとうなりをあげて空に駆け上がると、まっすぐフルートとポチめがけて襲いかかってきました。ポチは大きくそれをかわすと、家に向かって猛スピードで飛び始めました。背中にしがみつくフルートの耳元を、風がごうごうと吹きすぎていきます。
けれども、その行く手に風のオオカミが先回りしてきました。ポチは空中で急停止すると、オオカミと向き合いました。風の犬に変身するとポチの体は普段の数倍の大きさになるのですが、風のオオカミの方も同じように大きくなっているので、ポチの姿は押しつぶされそうなほど小さく見えます。
それでも、ポチは精一杯頭をしゃんと上げると、ワンワンワン・・・!! と激しく吠えたてました。ウゥー、グルルゥ・・・とオオカミもうなり返します。とたんにポチが目を見張りました。
「フルート! このオオカミは魔王の親衛隊の生き残りだそうです!」
フルートも、はっとした顔になりました。魔王の親衛隊・・・北の大地で戦ってきた、ひときわ大きくて強い雪オオカミの群れのことです。フルートたちが死闘の末に全滅させたのですが、その生き残りと言うことは・・・
ポチとオオカミは、それぞれ犬とオオカミのことばでうなり合っていましたが、やがて、ポチがまた言いました。
「フルート。風のオオカミになった親衛隊と戦ったとき、金の石の光で狂いだして、山に激突したヤツがいたのを覚えてますか? あいつです。気絶していただけで、生きていたんですよ。・・・正気に返ったときには魔王は倒されていて、仲間のオオカミもみんな殺されていた。だから、金の石の勇者に復讐するために、北の大地から追ってきたんだ、って言っているんです」
フルートの背中を冷たい汗が伝っていきました。悪いのは魔王とその手下のそちらの方だ、と言っても通じる相手ではありません。しかも、風のオオカミには普通の攻撃は効きません。風のオオカミの弱点はただ一カ所。黒い石がついた首輪を切ると、元の姿に戻って、通常攻撃が効くようになるのですが、そのための剣がここにありませんでした。ロングソードも炎の剣も、どちらもフルートの部屋の壁にかかっているのです。

突然、ポチが身をひるがえして逃げ始めました。その後を風のオオカミが追ってきます。ポチは右へ左へとめちゃくちゃに飛び、いつの間にかまた家を目ざしていました。後ろからオオカミが追いついてきます。ポチは矢のような勢いで夜の空気を引き裂きながら、家に向かってまっすぐに飛んでいきました。
 ガウッ・・・ウゥゥー・・・
オオカミのどう猛な声がすぐ後ろに迫ってきます。家はもう目の前です。
ポチは家を飛び過ぎると、ぐぅんと大きくUターンして、家のかたわらにあった牧草の山にフルートを振り落としました。フルートの体が干し草の中に沈み込みます。ポチはそのまま飛び続けると、追ってきた風のオオカミに真っ正面から突っ込んでいきました。
「ポ、ポチ・・・!!」
フルートは干し草の山からはい出しながら叫びました。
ポチは振り向くこともなく、まっすぐオオカミに飛びつくと、とっさのところで牙をかわし、オオカミの後ろに回りました。その背中にかみつきます。
 ガウッ!!!
オオカミが声を上げて停まりました。ポチを背中からふるい落とそうとします。無敵の風のオオカミも、同じ風の獣の攻撃だけはまともに食らってしまうのです。巨大なオオカミにかみつくポチの姿は、まるで、大きな獣の背中に突き刺さった一本の矢のように見えました。

フルートは唇をかむと、干し草の山から飛び降りて、家に向かって走りました。ポチはフルートが剣を取ってくる時間をかせいでくれているのです。さっき打ちつけた膝と肩がひどく痛みましたが、フルートは歯を食いしばって走り続けました。
フルートの部屋の窓が開いていて、カーテンが風に揺れていました。フルートたちは、そこからウサギ狩りに抜け出したのです。
フルートが窓枠にとりついて部屋の中に入ろうとしたとき、ふいにものすごい叫び声が聞こえてきました。
 ギャウン!!! ガウーッ!! キャンキャン!!
オオカミの声と犬の声です。悲鳴を上げているのはポチでした。
見ると、風のオオカミがポチの小さな体を牙の間につかまえていました。ポチは必死で身をよじり、やっとのことで牙から逃れましたが、背中がちぎれ、そこから青い霧のようなものがほとばしり始めました。風の犬の血です。悲鳴を上げて逃げようとしたポチを、オオカミが追いかけてきて、また後ろからがっぷりとかみつきました。
 キャーン・・・!!!
ポチはまた悲鳴を上げました。オオカミが空の高みからポチを引きずり下ろそうとします。

すると、ヒュン! と鋭い音を立てて1本の矢が飛んできました。矢はオオカミの風の体をすり抜けましたが、首に巻かれた首輪に命中すると、ぶつりと首輪を切りました。
とたんに、風のオオカミの体が縮み、実体のあるオオカミになって地面に落ちました。ポチはオオカミの牙の間をすり抜けると、上へ上へと逃げました。
なだらかな丘の頂上に、ゼンが立っていました。手には大きな弓を構えています。ゼンが放ったエルフの矢が、風のオオカミの首輪を断ち切ったのでした。
全力で駆けつけてきたゼンは、ぜいぜいと荒い息をしながら、空に向かって呼びかけました。
「ポチ、大丈夫か!?」
「ワン、だ、大丈夫です・・・」
あまり大丈夫そうでもない声で、ポチが答えました。青い霧の血は、どんどんポチの背中からあふれ続けています。
ゼンは新しい矢を弓につがえました。が、そのすぐ目の前に白い雪オオカミが迫ってきたので、思わず、おっと声を上げました。オオカミは一跳びでゼンの前までやってきたのです。
ゼンはとっさにエルフの矢を撃ちました。雪オオカミが空高く飛び上がって、矢をかわします。そのまま、口を大きく開けて上からかみついてきます。ゼンはすぐさま次の矢をつがえると、オオカミの口の中めがけて放ちました。
 ガキッ!
堅い音がして、オオカミが口を閉じました。矢は、その牙の間で食い止められていました。
オオカミの強い前足が、ゼンの体を押し倒し、足の下に押さえ込みます。ゼンはとっさに弓を手放し、オオカミの口を両手で押さえました。口を開けてかみつこうとするオオカミとゼンの力比べになります。ゼンは怪力のドワーフの血をひいていますが、それでも巨大な雪オオカミを抑えるのは、容易なことではありませんでした。しかも、ゼンはオオカミの足の下に組み敷かれているのです。
オオカミが、ぐっと前足に体重をのせてきました。ゼンは思わず息が止まりそうになり、オオカミの口を押さえる力がゆるみました。 とたんにオオカミはゼンの手を振り切り、そのままゼンを一口でかみ殺そうとしました。

 ガウン!!
空の上から、ポチが急降下して、また雪オオカミにかみつきました。オオカミは大きくのけぞり、飛びのいて、背中からポチを振り払おうとします。ポチは青い霧の血を流しながら、必死でオオカミにかみついていました。その白い体が、どんどん透き通って、今にも消えてしまいそうに薄くなっていきます。
「離れろ、ポチ! 死んじまうぞ!!」
ゼンが叫びましたが、ポチはオオカミを放しませんでした。そこで牙を放してしまえば、オオカミがゼンに襲いかかるとわかっていたからです。
すると、夜の荒野にフルートの声が響きました。
「ポチ、ゼン、離れるんだ!!」
月の光の照り輝く中、フルートが炎の剣を高くかざしていました。首には金の石のペンダントを下げています。フルートは自分の部屋に飛び込んで、炎の剣と金の石だけをつかむと、すぐにまた外に飛び出してきたのです。ただ・・・金の石は魔王と戦った後、眠りについてしまったので、今はただの灰色の小石のようになっていました。
ポチとゼンは、すぐさま雪オオカミから離れました。ポチは空へ逃げ、ゼンは地面に伏せます。
 ゴウッ・・・!!!
激しい音を立てて、フルートが振った剣の先から、炎の弾が飛び出してきました。炎の剣は切ったものを燃え上がらせ、振れば切っ先から大きな炎の弾を撃ち出すのです。
雪オオカミはたちまち炎に包まれると、大きな火柱になって燃え出しました。
 ギャオーオーン・・・・・・
炎の中から、オオカミの悲鳴が響きました。




(2005年6月23日/7月25日修正)



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