「勇者フルートの冒険・番外編 〜シルの町の戦い〜」        朝倉玲・作  
1.ウサギ狩り

北の大地の戦いから帰ってきた後、ゼンはしばらくシルの町のフルートの家に泊まっていました。
長く激しい戦いでした。魔法の金の石は体の傷をたちどころに治しましたが、心の傷や疲れまでは癒すことができません。フルートとゼンとポチは、家に帰ってきてから丸2日間をほとんど寝て過ごし、そのあとも、ずっと一緒に過ごしていました。そうすることで、少しずつ、また元気が戻ってくるような気がしました。

フルートのお父さんとお母さんは、ゼンを自分たちの息子のように扱ってくれました。ゼンも家の仕事をいろいろ手伝いましたが、特に力仕事は大得意でした。ゼンがたった1日で半年分の薪割りをすませてしまった時には、フルートのお父さんも「このままずっと、うちにいる気はないかい?」と本気でゼンに聞いたほどでした。
お母さんは、ゼンの料理の腕前にすっかり感心していて、食事の準備のたびにゼンを呼びました。この日も台所でゼンに話しかけていました。
「ねえ、ゼン。今夜は鶏肉を焼こうと思うの。いつもと違う味にしてみたいんだけど、何かいいアイディアはあるかしら?」
「リンゴのソースは? あれ、肉に合うんだぜ」
とゼン。でも、お母さんは首を振りました。
「無理だわ。このあたりはまだリンゴの季節じゃないのよ。今、手に入るものだといいんだけれど・・・」
「じゃ、ベリー類だ。ブラックベリーやブルーベリー、カシスのソースもうまいんだぜ。俺、ひとっ走り行って摘んでくる!」
ゼンは籠をつかむと、風のような勢いで家を飛び出していきました。ポチが尻尾を振りながらそれについていきます。
お母さんは、くすくす笑うと、台所の隅の椅子に座っていたフルートを見ました。
「ゼンは本当に元気ね・・・。それに、とてもいい子だわ」
「ゼンも嬉しそうだよ」
とフルートは笑顔で答えました。ゼンにはお母さんがいません。ゼンを産んでまもなく病気で亡くなったのです。フルートの家で初めて「お母さん」というものに接しているゼンの気持ちが、フルートには、なんとなくわかるような気がしました。

庭先の生け垣でブルーベリーを摘みながら、ゼンがポチと話していました。
「フルートのお母さんって、ほんと優しいよな。別に太ってるわけじゃないんだけどさ、なんかこう、あったかくてまん丸い感じがするぜ」
「ワン。それにお母さんはとてもいい匂いがするんですよ。ぼく、椅子に座ってるお母さんの足下で横になってるのが大好きなんです」
「わかる。俺も犬だったら、きっとそうするぜ」
とゼンは大真面目に答えると、考えるような顔になりました。
「お母さんに何かしてやりたいよなぁ。お母さんが笑ってくれたら、きっとものすごく素敵だと思うんだ。どうしたらお母さんが喜んでくれると思う?」
それを聞いて、ポチは目を丸くしました。
「そうやってお母さんのお手伝いをしてるだけで、お母さんは喜んでくれてると思いますけど?」
「そりゃそうだけどさ・・・こう、もっと何かさ・・・どーんとお母さんが喜ぶことをしてやりたいんだよな」
そう言ってゼンは照れたようにぽりぽりと頬をかき、ふとその手を止めました。生け垣の向こうの荒野にウサギを見かけたからです。ウサギはすごい勢いで走っていき、地面にあいた穴に飛び込んで姿を消しました。
「このへんにウサギは多いのか?」
とゼンはポチに尋ねました。
「ワン。裏の林にはけっこういますよ。ぼくとフルートで時々つかまえて、お母さんに料理してもらってるんです。お母さんが作るウサギ肉のパイは最高なんですよ」
「ふーん、お母さんはパイにするのか。よし、それじゃ俺はウサギ肉のシチューを作って、フルートのお母さんとお父さんに食ってもらおう! 今夜はウサギ狩りだ。つきあえよ、ポチ」
「ワンワン、わかりました!」
ポチは耳をピンと立てて尻尾を大きく振りました。


その晩は満月でした。月の光に林の木が青白く浮かび上がり、地面に黒々と影を落としています。
その中を、ゼンとポチ、そしてフルートが足音をしのばせて歩いていました。ゼンは背中に自分の弓矢を背負っていますが、フルートは何も武器を持っていません。今夜はゼンの狩りを見物に来たのです。ゼンはポチを従えて、林の中に鋭く目を配りながら進んでいきます。その表情は、魔王や敵と戦うときと同じくらい真剣です。ゼンにとって狩りは生きるために絶対必要な仕事であって、遊び半分でするようなことではないのです。その姿を見て、ゼンはやっぱり猟師なんだな、とフルートは改めて感心していました。
すると、ゼンがぴたりと足を止めました。その唇が、にっと笑いを作ります。ウサギがいたのです。風下から近づくゼンたちには気づかずに、地面の草を食べ続けています。ゼンは音を立てずに背中から弓を下ろして矢をつがえました。狙った獲物は絶対に外さない、エルフの魔法の矢です。
ところが、ウサギに狙いを定めて矢を放とうとした瞬間、ポチが突然ウーッ・・・とうなりだしました。ウサギはびくりと跳び上がると、そのまま横っ飛びに逃げていってしまいました。
「おい、ポチ」
ゼンはあきれた顔でポチを見ましたが、ポチは背中の毛を逆立てながらうなりつづけていました。
「ウゥー・・・嫌な匂いがします。敵が近づいていますよ。この匂いには覚えがあります」
フルートとゼンは、はっとしました。フルートは自分の胸元と背中をさわって声を上げました。
「金の石がない。剣も・・・!」
まさかこんなところで敵に会うとは思わなかったので、石も剣も自分の部屋に置いてきてしまっていたのです。

ポチがにらみつける先に、大きな生き物が姿を現しました。雌牛ほどの大きさもある狼です。全身真っ白な毛でおおわれています。
フルートとゼンは思わずあっけにとられました。
「雪オオカミだ!!」
北の大地でさんざん戦ってきた獣が、シルの町はずれの林に姿を現していました。
「ど、どうしてこんなところに・・・?」
子どもたちが驚いている間にも、雪オオカミはこちらに向かって近づいていました。と、ぴたりとその足が止まりました。月明かりの中で、二つの目が青白く光り、じっとフルートたちを見据えます。
「やばい!」
ゼンが叫んでエルフの弓矢を引き絞りました。狼が凶暴な目つきに変わったのを見て取ったのです。
「走れ、フルート! 剣を取ってくるんだ!」
フルートはすぐに後ろを向くと、全速力で家に向かって走り出しました。今のフルートは魔法の石も剣もなければ、鎧も身につけていません。ここを襲われたら、ひとたまりもありません。
ゼンは雪オオカミに矢を放ちました。ところが、それが命中するより先に、狼は大きく飛び上がって矢をかわし、そのままゼンの頭上を飛び越えてフルートの後を追い始めました。
「ワンワン、フルート!!」
「ちきしょう! フルートが狙いか!」
ポチとゼンはすぐに後を追って走りました。走りながらゼンは矢を次々に撃ちましたが、さすがに狙いが定まりません。矢は狼の右に左にそれていきました。
 ガウッ!!
狼が一声吠えて、フルートの背中に飛びかかりました。フルートの体が地面に叩きつけられ、ものすごい力で押さえ込まれます。その頭を狼は一口で噛み砕こうとしました。

 ギャン! グルルル・・・ガウ、ガウッ!
突然、ものすごい吠え声が上がって、狼が後ろにのけぞりました。風の犬に変身したポチが、狼の喉笛にかみついたのです。狼がもんどり打って地面に転がります。その隙にフルートは立ち上がって、また家に向かって走りました。
ポチがひゅうっとフルートに追いついてきて、背中にフルートを拾い上げました。
「フルート、大丈夫ですか?」
「ああ、かすり傷だよ」
とフルートは答えましたが、実際には、押し倒されたときに打った膝と肩がずきずきと痛んでいました。
その時、後ろでゼンの叫び声が上がりました。
「フルート、ポチ! 見ろ――!!」
悲鳴のような声でした。
フルートとポチは振り返り、思わず絶句しました。
彼らの後ろで、雪オオカミがふくれあがり、半ば透き通った風のオオカミに変身していくところだったのです――。




(2005年6月21日/7月25日修正)



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