2016年5月31日〜7月21日

山水経・1

   
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山水経について



道元が説いた正法眼蔵九十五巻の中で経のつく巻はこの山水経だけである。

道元はこの巻を仁治元年十月十八日、興聖宝林寺において修行僧達に説いた。

季節は十一月、晩秋の頃である。

 辺りの山々は紅葉し、渓川の流れはあくまで清く澄み、

まさに一幅の山水画の風情であったと思われる。

このような情景を見ながら、道元は四十一歳の時この「山水経」を説いた。

「山水経」の姉妹篇ともいうべき巻に「渓声山色」の巻がある。この中で道元は

 「峯の色 谷のひびきもみなながら わが釈迦牟尼の 声と姿と

と山水の功徳を詠っている。

峯の色も、谷川を流れる水の音もみなことごとく、真理の表現であり、自己本来の面目であり、

わが釈迦牟尼の声であり、姿である

という意味である。

これは宋の蘇東坡(そとうば、1037〜1101)居士の詩を思い浮かべて詠まれた歌と考えられる。

 蘇東披居士の詩に

渓声便是広長舌 山色豈非清浄身 夜来八萬四千偈 他日如何挙似人

( 渓声便(すなわ)ち是れ広長舌(こうちょうぜつ)、山色、豈(あ)に清浄身に非ざらんや、

夜来八萬四千の偈、 他日、如何(いかん)が人に挙似(こじ)せん)

がある。

この詩は

「渓声{谷川のせせらぎ}は仏の説法、山色(山の姿と色)は仏の清浄身である。

夜来(夜通し)八万四千の偈を唱えている、

他日(いつの日か)これをどのように人に説明したら良いのだろうか。」

という意味である。

蘇東披の詩や道元の「山水経」は無情(無生物)である自然が仏法の真理を説いている

ということを述べている。

この点で六祖慧能の弟子である南陽慧忠禅師(675〜775)が説いた

無情説法」の思想に淵源を持つものと言える。

南陽慧忠の「無情説法」は無情である自然の草木国土障壁瓦礫等が、仏の真理を説いている

という思想である。



「山水経」は長編の作品なので30文段に分けて合理的な立場から分かり易く解説したい。

「山水経・1」では前半の第1文段〜15文段までを解説する。



1bundan

 第1文段



原文

 而今の山水は、古仏の道現成なり。ともに法位に住して、究尽の功徳を戌ぜり。

空劫已前の消息なるがゆゑに、而今の活計なり。

朕兆未萌の自己なるがゆゑに、現成の透脱なり。

山の諸功徳高広なるをもて、乗雲の道徳、かならず山より通達す。

順風の妙功、さだめて山より透脱するなり。



注:

而今(にこん):今日唯今、今の今。 


法位: 仏法的秩序における位置。

法位(ほうい):法としてのあり方。法華経方便品に「是の法は法位に住して世間の相常住なり

と法位という言葉が出ている。仏法における位置、状態。


冗尽(ぐうじん)の: 究極の。


功徳 :性質。現世・来世に幸福をもたらすもとになる善行。善根。恵み。


空劫已前(くうごういぜん):仏教の宇宙観では一つの世界が誕生し、成長し、

寿命を終えて次の世界が誕生するまでを4つの期間(四劫、しこう)に分けて説明する。

表1に四劫(しこう)と空劫を説明する。

空劫 (くうごう)は宇宙が崩壊して空無に帰した期間である。

劫は梵語カルパの音写である劫波の略。きわめて永い時間をいう。

したがって空劫已前とは永遠にも比せられるような極めて長い昔のこと。

父母未生以前や朕兆未萌と同じ意味である。 

表1に四劫(しこう)と空劫を説明する。


四劫(しこう)と空劫

表1 四劫(しこう)と空劫


   

朕兆未萌(ちんちょうみぼう):朕もきざし、兆もきざしの意。

 朕兆未萌とはこの世の萌芽すら発生していなかった永遠の過去をいう。宇宙創成以前。


朕兆未萌(ちんちょうみぼう)の自己:考えられないくらい古い昔からの歴史をもつ「本来の自己」。

生命発生以来の長い歴史をもつ「本来の自己」。


消息 :消はきえる。息はうまれる。消息は動静、進退、起居、様子の意。 


活計:生き生きとしたいとなみ、生き生きとした活動。


透脱: 透徹解脱。



 現代語訳:

今われわれの眼前に見える山水は、古仏の道がそのまま現実に現れた姿と言える。

山水は、ともに仏法的秩序における法位を占め、その究極の本質を具現している。

山水(=本来の自己)は、永遠の過去からの消息であるからこそ、

今日のいきいきとした生活の事実があるのである。

生命発生以来から悠久の歴史を持つ自己であればこそ、

山水に現れた本来の自己は、

心境不二の透徹した姿を示しているのである。

心境不二の山水が持つもろもろの功徳は高峻かつ広大であるから、

雲に乗り風に順じるような真の自己のすばらしい道徳も

山水より通脱して現れるのである。

また真の自己の妙用・功徳も、必ず山水から透脱して発現するのである。



第1文段の解説とコメント:

山水経は道元が禅の悟りの究極と考える「心境不二の悟り」の立場に立って論述した一巻である。

道元にとって、山水は単なる自然としての山水ではない。

「心境不二の悟り」の立場に立つ道元にとっては、山水は本来の自己(真の自己)である。

道元においては、山水=本来の自己(真の自己)という等式が成立していると考えれば良い。

即ち、以降の議論に於いても、


山水本来の自己(真の自己)     (1)


が常に成立しているのである。

この等式は、「心境不二の悟り」がどのようなのであるかが分れば分かり易い。

心境不二の悟りを参照 )。

この文段は古来より山水経の大意をまとめたものと言われている。

心境不二の悟り」がどのようなのであるかが分れば分かり易い。

心境不二の悟りを参照 )。

この文段は古来より山水経の大意をまとめたものと言われている。



2bundan

 第2文段



原文

大陽山(たいようざん)楷和尚示衆に云く、「 青山常運歩、石女夜生児」。

山は、そなはるべき功徳のきけつすることなし。

このゆゑに常安住なり、常運歩なり。

その運歩の功徳、まさに審細に参学すべし。



注:

大陽山楷和尚: 芙蓉道楷(ふようどうかい)禅師(1143〜1118)。


法系:六祖慧能→青原行思→石頭希遷→薬山惟儼→雲巌曇晟→洞山良价

→雲居道膺・・・→大陽警玄→投子義青→芙蓉道楷

投子義青禅師の法嗣。折州の人、俗姓は崔氏。

投子義青禅師の法嗣で、大陽山等において真理を宣揚した。

紫衣並びに定照禅師の号を賜かったが、固辞して受けず、刑に逢って浙州に流された。

後許されて芙蓉山に庵を作り、古人の遺風を慕った。

定照禅師という。語要一巻がある。


青山常運歩(せいざんじょううんぽ): 青山は樹木が青々と茂っている山。

青山常運歩とは樹木の青々と茂っている山も絶えず歩いている。

一般には不動のものと考えられている山も、常に成長し、

春には花が咲き、秋には実がなり紅葉する。

山中では鳥や虫類、菌類も生存し活動している。

山中の樹木も最後には枯れ死し、腐敗分解し、絶えず変化している。

すなわち山は不動ではなく絶えず変化し、

生成発展し、枯死しながらも常に変化し、我々に情報を発信しているのである。

それを芙蓉道楷は「 青山常運歩」と表現している。

因みに、山霧が山に懸って動いている情景を見て、

中国では「 山が動き、歩いている」と表現することもあるとのこと。


石女夜生児(せきにょやしょうに):石女(せきじょ、うまずめ)は一般的には子供を産まない女のこと。

子供を産むことができない石女(うまずめ)が夜子供を産むこと。


青山常連歩、石女夜生児青山常連歩は

子供を産むはずもない石女が夜子供を生むような常識を超えた不思議なことだ

と言う意味に理解すると分かり易い。


このゆゑに常安住なり、常運歩なり:この故に常に安住し、常に運歩しているのである。



 現代語訳:

大陽山の芙蓉道楷和尚は示衆において、

青山常連歩は、子供を生むはずもない石女が夜子供を生むような常識を超えた不思議なことだ

と言われた。

本来の自己である山(=心・境不二の自己)は、具わるべき諸々の功徳に欠けることがない。

この故に常に安住し、常に運歩しているのである。

その運歩の功徳をまさに詳細に参学し参究すべきである。



第2文段の解説とコメント:

この文段も心境不二の悟りの立場に立って論述している。

ここでも、山は自己の対象(=境)としての山ではない。

(1)式で表される、心・境不二の自己の立場から本来の自己である「山」について

述べていることが分かれば理解し易い。

(1)式で表される、心・境不二の自己とは我々の常識的な自己とは異なる。

十八界を含む拡大した自己観に立っていることに注意すべきである。

「心とは山河大地、日月星辰である」を参照 )。



3bundan

 第3文段



原文3

山の運歩は、人の運歩のごとくなるべきがゆゑに、

人間の行歩におなじくみえざればとて、山の運歩をうたがふことなかれ。

いま仏祖の説道、すでに運歩を指示す。これその得本なり。

常運歩の示衆を究弁すべし、運歩のゆゑに常なり。青山の連歩は其疾如風より

もすみやかなれども、山中人は不覚不知なり。

山中とは世界裏の華開なり。山外人は不覚不知なり。

山をみる眼目あらざる人は、不覚、不知、不見、不間、這箇(しゃこ)道理なり。

もし山の巡歩を疑著するは、自己の蓮歩をもいまだしらざるなり。



注:

仏祖の説道:仏祖とはここでは芙蓉道楷禅師を指している。 芙蓉道楷禅師の示衆。


得本なり: 本家本元である。根本である。

究弁: 参究し弁別すること。

其疾如風(ごしつにょふう):  その疾きこと風の如しの意味。

世界裏の華開(けかい): 我々の心の華(悟りの華)の世界が花開くこと。

山中人(さんちゅうにん):青山常連歩を大悟徹底した人。

山中人は不覚不知なり。:青山常連歩を大悟徹底した人は悟りが自己と一体化しているので

悟りらしいものが意識に昇らず不覚不知のように見える。

山外人(さんげにん):青山常連歩が分からない凡夫。無眼子。

山外人は不覚不知なり。:山外人は文字通り青山常連歩が分からない凡夫である。



 現代語訳:

山の運歩は、人の運歩と同じのようであるはずと考えるかも知れない。しかし、

人間の行歩と同じようには見えないからといって、山の運歩を疑ってはならないのだ。

芙蓉道楷禅師の示衆は青山常連歩の世界を説示しており、

その根本とでも言える。我々は青山常連歩の世界を参究しなければならない。

青山常運歩の世界は常にあり、その運歩は風よりも速い。

しかし、それを大悟徹底した人(山中人)は悟りが自己と一体化しているため、

その悟りが意識に昇らず不覚不知のように見える。

山中とは青山常運歩という心の華(悟りの華)が開発することである。

これに対し、青山常運歩の世界に住んでいるが悟りの眼がない山外人には

文字通り青山常連歩が分からないので彼等は単なる(不覚不知の)凡夫に過ぎないのだ。

青山常運歩の世界をみる眼が開いていない人(無眼子)には、

不覚不知、不見不聞が、これ当然の道理であると言うしかない。

もし、山が運歩していることを疑う人は、自己が運歩していることすらも未だ分かっていないのだ。



解説とコメント:

この文段も心境不二の悟りの立場に立って、山の運歩は、

人間の行歩と同じようには見えないからといって、疑ってはならないし、

その功徳を詳細に参学し参究すべきであると言っている。

芙蓉道楷禅師の示衆は「青山常連歩」の世界を説示しており、

その根本とでも言えるとしている。

我々は芙蓉道楷禅師の「青山常連歩の世界」を参究しなければならないと言っている。

ここでも、山が自然の存在(=境=対象)としての山ではなく、

心・境不二の自己の立場から「山=真の自己」について述べていることが分かれば理解できる。

「心とは山河大地、日月星辰である」を参照 )。



4bundan

 第4文段



原文4

自己の運歩なきにはあらず、自己の運歩いまだしらざるなり、あきらめざるなり。

自己の運歩をしらんがごとき、まさに青山の運歩をもしるべきなり。

青山すでに有情にあらず、非情にあらず。自己すでに有情にあらず、非情にあらず。

いま青山の運歩を疑著せんことうべからず。

いく法界を量局として、青山を照鑑すべしとしらず。

青山の運歩、および自己の運歩、あきらかに検点すべきなり、退歩歩退ともに検点あるべし。



注:

いく法界:無尽法界。無限の法界。

有情にあらず、非情にあらず。:有情(生物)、非情(無生物)の分別差別が起こる以前の

絶対の真実である。

量局(りょうこく):範囲。くぎり。

照鑑:参究。

退歩歩退ともに検点あるべし。:進歩だけではなく退歩も点検しなければならない。



 現代語訳:

自己の運歩はないわけではない。自己が運歩していることを未だ知らず、究明しないだけに過ぎない。

自己の運歩を知ろうとするならば、まさに青山の運歩をも知るべきである。

青山は有情(生物)、非情(無生物)と分別意識で分別する以前の絶対の真実である。

それと同じように、本来の自己は分別意識で分別する以前の絶対の真実である。

いま青山が運歩していることを疑ってはならない。それは明らかであり、疑う余地はない。 

無限なる法界を範囲にして山を参究すべきということ知らない。

そのような狭量な了見ではだめである。

青山の運歩と自己の運歩を、あきらかに参究すべきである。

進歩だけではなく退歩も点検しなければならない。



解説とコメント:


この文段では「青山常連歩」とともに自己の運歩をも知るべきだと強調している。

ここで注目すべきは「青山や本来の自己は分別差別が起こる以前の絶対の真実である」

と言っていることである。

分別差別は理知脳の働きだと考えると、分別差別が起こった時とは人間の大脳の発達による

理知脳が生まれた時を指していると考えられる。

そうだとすれば、「青山」や「本来の自己」は

それ以前の、分別意識(理性や知性)が生まれる以前の

下層脳中心の時代(=古い動物脳時代)の自己だ

と言っていることになる。

禅と脳科学その1を参照 )。

ここでも、山が対象(=境)としての山ではなく、

心・境不二の自己の立場から「山」について述べていることが分かれば理解できる。

「心とは山河大地、日月星辰である」を参照 )。



5bundan

 第5文段



原文5

未朕兆(みちんちょう)の正当時(しょうとうじ)、

および空王那畔(くうおうなはん)より、進歩退歩に、運歩しばらくもやまざること検点すべし。

運歩もし休することあらば、仏祖不出現なり。

運歩もし究極あらば、「仏法は今日に到らず」ならん。

進歩いまだやまず、退歩いまだやまず。

進歩のとき退歩に乖向(けこう)せず、退歩のとき進歩を乖向せず。

この功徳を山流とし、流山とす。

青山も運歩を参究し、東山も水上行を参学するがゆゑに、

この参学は山の参学なり。

山の身心をあらためず、山の面目ながら廻途(えと)参学しきたれり。

青山は運歩不得なり、東山水上行不得なると山を誹膀することなかれ。



注:

未朕兆(みちんちょう)の正当時(しょうとうじ):朕も兆もきざす。

未朕兆の正当時とは宇宙の萌芽すらなかった悠久の過去をいう。


空王那畔(くうおうなはん):空王は威音王如来のこと。那畔とはそのほとり、近辺の意。

したがって空王那畔は威音王如来の生きていた悠久の過去を指し、

父母未生已前や空劫已前とかと同じ意味。


威音王如来(いおんのうにょらい):法華経 第七巻の "常不軽菩薩品第二十" で

説かれる仏(如来)。響き渡る声を持った王の意。

その昔、離衰(りすい)という時代の大成(だいじょう)という国にいた仏とされる。

最初の威音王が亡くなった後、二万億の仏が現われ、

それらはみな同じく威音王を名乗ったとされる。

いずれにせよ、威音王は歴史的な根拠や実態はない空想上の過去仏。


 乖向(けこう): 乖はそむく。乖向は反対方向に進むこと。


進歩のとき退歩に乖向(けこう)せず:進歩のときは進歩するばかりで

退歩に向かいようもない。

進歩のときは進歩するばかりである。


退歩のとき進歩を乖向せず:退歩のときは退歩するばかりで

進歩に向かいようもない。退歩のときは退歩するばかりである。


この参学は山の参学なり。:この参学は山(=真の自己)の参学なのである。


廻途(えと):まわり道して、わざわざ。廻光返照。

心(意識)の集中方向を外から内に転回させて、

気づきの光で心を照り返すようにすること。

迴光返照して自分の本性を観察すること。


青山は運歩不得なり:私にはとても青山常運歩は理解できない。


東山水上行(とうざんすいじょうこう):

一人の修行僧が「三世の諸仏の悟りの境地とはどういうものですか?」

と聞いた。それに対して雲門文堰(ぶんえん)禅師(864〜948)は

東山水上行」と答えた。「東山水上行」は雲門文堰のこの言葉に基づいている。

これについては後述する。


東山水上行不得なる:私にはとても「東山水上行」は理解できない。


低下:低級下等。


 見処:見方、見解。


小聞: 見聞の狭いこと。聞法することが少ないこと。




 現代語訳:

宇宙創造は勿論のこと、威音王如来出現以前の悠久の過去より

生命と自己の進化は止まなかったのである。

もしその進化がなければ仏祖は出現しなかったであろう。

もしその進歩進化に究極の終わりがあれば「仏法は今日に到らなかった」であろう。

進歩・進化がしばらくも止まなかった功徳を山流とし、流山とするのである。

青山常運歩を参究し、東山水上行を参学するが故に、

この参学は山(=真の自己)の参学なのである。

古来の仏祖も自己の心身を改めず、

自己の面目そのままに廻光返照し、参学してきたのである。

私にはとても青山常運歩は理解できないとか、

私にはとても「東山水上行」は分からない

とか言って真の自己(山)を卑下し誹膀してはならない。



解説とコメント:


この文段では、威音王如来出現以前の悠久の過去より生命と自己の進化は止むことがなかった

と述べ、もしその進歩と進化がなければ仏法や仏祖は出現しなかったと言っている。

これを現代の科学的考え方で言い替えると

生命発生以来の進化の歴史がなければ仏法や仏祖は出現しなかったと

言っていることにほかならない。

勿論、道元が生きた時代には生命発生に関する生物学や進化に関する知識は無かった。

しかし、そのように読解できる道元の考えは現代の合理的な(科学的)考え方に通じる。

ここでも、山が対象(=境)としての山ではなく、心・境不二の自己の立場

から「山」=真の自己について述べていることが分かれば理解できる。

「心とは山河大地、日月星辰である」を参照 )。



6bundan

 第6文段



原文6

低下の見処のいやしきゆゑに、青山運歩の句をあやしむなり。

小聞のつたなきによりて、流山の語をおどろくなり。

いま流水の言も、七通八達せずといへども、小見小聞に沈溺せるのみなり。

しかあれば所積の功徳を挙せるを、形名とし、命脈とせり。

運歩あり流行あり、山の山児を生ずる時節あり。

山の仏祖となる道理によりて、仏祖かくのごとく出現せるなり。



注:

低下:低級下等。


 見処:見方、見解。


小聞: 見聞の狭いこと。聞法することが少ないこと。


小見小聞:凡見凡聞。


流水の言:水が流れるという普通の言葉。


七通八達せずといへども:縦横無尽に分かっている訳ではなく、


小見小聞に沈溺せるのみなり。:狭小な見聞の境涯に沈溺しているに過ぎない。


命脈(めいみゃく):本質


形名(ぎょうみょう)とし、命脈(めいみゃく)とせり。:山の形態(様子)、名称を与え、本質とする。


運歩あり:青山常運歩があり


流行あり:東山水上行がある


運歩あり流行あり:青山常運歩があり東山水上行があって


山の山児(さんに)を生ずる時節あり。:自己本来の面目を悟る時節がある。



 現代語訳:

低級下等な卑しい見解を持つため、「青山常運歩」の句を疑うのだ。

狭量な見聞のため流山(「東山水上行」)の語に驚いているのだ。

いま水が流れるという普通の言葉にも、七通八達して良く分かっている気になっているが、

本当は良く分かっていず、ただ小見小聞(凡見凡聞)の境涯に沈溺しているだけである。

そうであるから、山のあらゆる功徳を挙げて、その形態(様子)、名称、本質とするのである。

山には、「青山常運歩」があり、「東山水上行」があるので、本来の面目を悟る時節があるのである。

  このような山の功徳と悟りを生む道理があるからこそ仏祖が出現しているのである。



解説とコメント:


この文段では、低級下等な卑しい見解や狭量な見聞のため「青山常運歩」」や、

東山水上行」の真実を疑い、凡見凡情に沈溺していると言う。

しかし、道元は「青山常運歩」や、「東山水上行」の真実があるからこそ、

本来の面目を悟る時節があり、

仏祖が出現していると主張している。

現代の我々から見ると「青山常運歩」や、「東山水上行」の禅思想を理解することは

そんなに難しいことではない。

しかし、鎌倉時代(中世)に生きた道元達にとって

これらの言葉は奇異に響き、何を言っているのか理解困難な言葉だったと思われる。



7bundan

 第7文段



原文7

たとひ草木・土石・牆壁の現成する眼晴あらんときも、

疑著にあらず、動著にあらず、全現成にあらず。

たとひ七宝荘厳なりと見取せらるる時節現成すとも、実帰にあらず。

たとひ諸仏行道の境界と見現成あるも、あながちの愛処にあらず。



注:


疑著:おかしいと疑うこと。


動著:心を動かすこと。


草木・土石・牆壁:山とみなされる草木・土石・牆壁。


たとひ草木・土石・牆壁の現成する眼晴(がんぜい)あらんときも、:

たとえ草木・土石・牆壁がみな仏事をなすという高い見識がある時でも、


全現成にあらず。:真の自己の全体が現成しているのではない。


疑著(ぎじゃく)にあらず、動著にあらず、全現成にあらず:未だ徹底的に疑い、

心を動かしているのではないから、自己の真実の全現成ではない。


たとひ七宝荘厳なりと見取せらるる時節現成すとも、:たとえこの世界が七宝で荘厳された

仏国土であると見取するような時節が現成しても、


実帰にあらず。:自己の真実の帰着点ではない。悟りが現成しているのではない。


たとひ諸仏行道の境界と見現成あるも、:たとえ日常生活が諸仏行道の境涯と同じである

というという高い境涯が実現しても、


あながちの愛処にあらず。:あながちそれを愛処として執着してはならない。



 現代語訳:

山とみなされる草木・土石・牆壁がみな仏事をなすという高い見識がある時でも、

未だ徹底的に疑い、心を動かしているのではないから、真の自己の全体が現成しているのではない。

たとえこの世界が七宝で荘厳された仏国土であると見取するような時節が現成しても、

未だ徹底的に疑い、心を動かしているのではないから、

真の自己の全体が現成しているのではない。

たとえこの世界が七宝で荘厳された仏国土であると見取するような時節が現成しても、

仏道の実帰としての悟りが現成しているのではない。

たとえ日常生活が諸仏行道の境涯と同じであるというという見地が現成しても、

あながちそれを愛処として執着してはならないのだ。



解説とコメント:


ここでは、山とみなされる草木・土石・牆壁がみな仏事をなすという高い見識や

この世界が七宝で荘厳された仏国土であるという高い見識を持っていても、

真の自己の全体が現成しているのではないとしている。

たとえ日常生活が諸仏行道の境涯と同じであるというという見地が現成しても、

あながちそれを愛処として執着してはならない。

このように、道元は「真の自己と禅の悟り」に対し、高度で困難なレベルを要求していることが分かる。



8bundan

 第8文段



原文8

たとひ諸仏不思議の功徳と見現成の頂ネイをうとも、如実これのみにあらず、

各各の見成は各各の依正なり。これらを仏祖の道業とするにあらず、一隅の管見なり。

転境転心は大聖の所呵なり、説心説性は仏祖の所不肯なり、

見心見性は外道の活計なり、滞言滞句は解脱の道著にあらず。

かくのごとくの境界を透脱せるあり、いはゆる青山常運歩なり、東山水上行なり。

審細に参究すべし。



注:


頂ネイ(ちょうねい):頭のいただき、ここでは最高のものという意味。

頂もいただき。ネイもいただき。


如実:現実、真理そのまま。


依正(えしょう):依報正報の略。依報とは因果関係の結果として現にある客観世界。

正報とは因果関係の結果として現に生きて活躍しつつある主体。環境と主体。


管見(かんけん):管の穴から豹を見ると、その皮の一つのまだらしか

見えないように見識の狭いことをいう。


 転境転心 : 転はころがす、うごかす、転換するの意。

境は客観世界。心は主観。

転境転心は客観世界である外境(環境)が主観(心)を動かし支配すると考えること。 


大聖: 偉大な聖者。釈尊(ゴータマ・ブッダ)を指す。


所呵: 呵はしかる。所呵はしかる対象。


転境転心は大聖の所呵なり:客観世界が主観(心)を動かし支配していると考えることは

釈尊が叱るところである。


説心説性: 心はこころ、主観。性は本性、本質。心(主観)とその本体を立てて論じること。 


所不肯:肯定しない所。了承しないところ。


説心説性は仏祖の所不肯なり:主客分離の立場からの議論(分別智)は仏祖が肯定しないところ。 


見心見性:心とかその本質とか言って自己の正体を見きわめようとすること。


見心見性は外道の活計なり:心とかその本質とか言って、

自己の正体を見きわめようとすることは外道の活計である。


滞言滞句(たいごんたいく):言葉にとどこおり、字句にとどこおること。


滞言滞句は解脱の道著にあらず。:言句にこだわり滞るのは解脱への道ではない。


透脱:透過離脱。 


参究:参学究明。




 現代語訳:

たとえ諸仏の不思議な功徳と見識が現成した最高の境涯を得ても、

事実それだけが仏道の全てではない。

各各の高い見識の現成は業報(因果関係)の結果に過ぎない。

これらは仏祖の道業と見ることはできない。

管の穴から見えるような狭い見識に過ぎない。

客観世界が主観と対立し心を動かし支配していると考えるのは釈尊が叱るところであり、

主客分離した立場からの議論(分別智)は仏祖が肯定しないところである。

  心とかその本質とか言って自己の正体を見きわめようとすることは外道の活計である。

  言句にこだわり執着するのは真の解脱への道ではない。

このような境界をはるかに透脱しているものがある。

それが、いわゆる「青山常運歩」であり、「東山水上行」である。

審細に参究すべきである。



解説とコメント:


諸仏の不思議な功徳と高い見識が現成しても、それは業報(因果関係)の結果に過ぎない。

それは、仏祖の道業ではなく、管の穴から見えるような狭い見識に過ぎない。

主客分離した立場に立った議論(分別智)は仏祖が肯定しないところで、

言句にこだわり執着するのは真の解脱への道ではない。

  「青山常運歩」や「東山水上行」はそのような境界をはるかに透脱しており、

審細に参究するようにと説いている。

ここでは、心とかその本質とか言って自己の正体を見きわめようとすることは

外道の活計であるとしている。

しかし、皮肉なことに、心とかその本質である脳とか言って自己の正体を

見究めようとすることは、科学的なアプローチである。

仏教から見ると、科学はまさに外道である

科学は主客分離した立場(分別智)に立った議論を否定しない。

科学は、主客分離した立場に立つ「分別智」の本源である理知脳(大脳新皮質)に立脚している。

理知脳(大脳新皮質)に立脚するとストレスが多く、苦しみを生むが、

科学文明を生んだのである。

「ブッダが説く識別作用と苦の原因」を参照)。

外道である科学が現代文明の主流となったことは歴史の皮肉と言える。

天才道元もこれを予見できなかったのは仏教と科学のアプローチの違いから来ていると言えるだろう。

理知脳(大脳新皮質)は人間に進化した時に動物脳に付け加わって生れた。

脳の三層構造と進化の歴史を参照)。

理知脳(大脳新皮質)はストレスが多く苦しみを生むが

科学文明を生んだことは西欧の歴史が示している。

「仏とは何か?」を参照)。



9bundan

 第9文段



原文9

石女夜生兒は石女の生兒するときを夜といふ。

おほよそ男石女石あり、非男女石あり。

これよく天を補し、地を補す。天石あり、地石あり。

俗のいふところなりといへども、人のしるところまれなるなり。

生兒の道理しるべし。生兒のときは親子並化するか。

兒の親となるを生兒現成と參學するのみならんや、

親の兒となるときを生兒現成の修證なりと參學すべし、究徹すべし。



9bundan-1

注:

石女夜生児:「石女夜生児」という言葉は「青山常連歩」とともに芙蓉道楷禅師の示衆の言葉である。

第2文段を参照)。

 石女(せきじょ、うまずめ)は一般的には子供を産まない女のこと。

  「宝鏡三昧」には石女(せきじょ)が<無心や無所得の心>の象徴として出ている。

「宝鏡三昧」を参照)。

「山水経」に於いて、道元は「石女夜生児」を「石女の生児するを夜といふ」

と読み下している。

筆者は、道元と違い、「石女夜生児」を「石女は夜に生児する」と素直に

読み下して考える方が良いと考えている。

そう読み下すと、芙蓉道楷禅師の示衆の言葉は「「青山常連歩」は

子供を産めないはずの石女が夜子供を生むような

不思議なことだ」という意味になる。

筆者には「石女は夜に生児する」と読む方が「石女の生児するを夜といふ」

と読む道元の読み方より素直な読み方に思える。

この問題については、後述の「解釈とコメント」で議論する。


夜:真っ暗な正位の世界(下層脳、無意識脳 )を象徴していると考えられる。

正位については「洞山五位」を参照)。


男石女石:本来性別がないはずの石に男石や女石という性別を付けるのは

古代からの思想のようである。

陰陽石は日本各地で祀られている。

陰陽石という考え方は男石や女石という考え方と同じである。

宮崎県小林市の岩瀬川の支流浜の瀬川にある陰陽石は、

霧島火山帯の火山活動による溶岩が川の流れ等によって出来たものと言われている。

(自然造化説)

陽石(男石)高さ17.5m、頭廻り19m。

陰石(女石)縦割り9m、潤いの舌3mの岩。

このように対になって男女の性器をかたどっている岩である。

近くには陰陽石神社がある。


陰陽石

図1 宮崎県小林市の岩瀬川の支流浜の瀬川にある陰陽石


鎌倉市の葛原岡神社には縁結び石として男石・女石が祀られている。


生児:自己本来の面目」を見性し悟ること。

直示人心見性成仏」を児(仏)を生むこと(出産)に喩えている。


夜生児:夜のような正位の世界(下層脳=無意識脳 )を通して見性成仏すること。

ここでは夜を正位の世界(下層脳、無意識脳 )を象徴していると考える。


生兒のとき:参禅修行者が見性成仏する時。

親子並化する:参禅修行者は本来仏であるが、それに気付き悟らないだけである。

本来仏である参禅修行者が親となって仏(子)

となる(成仏する)のは親子並化することである。 


兒の親となる:参禅修行者が修行の結果、見性成仏することは

参禅修行者が仏(子)の親となることと同じである。


参究:参学究明。



 現代語訳:

「石女夜生児」とはは石女が児を生むときを夜という。

総じて石には男石と称する石や女石と称する石がある。

また男女ではない石もある。石はよく天を補い、地を補っている。

また天の石もあれば、地の石もある。

これらは俗世間で言われるところであるけれども、人がこのことを知ることは極めて稀である。

我々は「生児の道理(子供を産む)」を知るべきである。

子供を産む時は親も子も同時に変化すると理解したらよいのだろうか?

子供が親となることを現実に子供を産んだというふうに学ぶだけでよいだろうか?

親が子供となる時を現実に子供として生まれたことの実践であり体験であると学び

参究すべきである。



解説とコメント:


「石女夜生児」に対する道元の解説は難解である。

ここでは「生児の道理(子供を産む)」は借事問だと考えれば

次のように解釈できるだろう。

「生児(子供を産む)」とは参禅修行の結果、悟って仏になる(見性成仏する)

ことを喩えている借事問だと考えるのである。

借事問については「無門関」第15則を参照)。

ここでは、仏を子供に譬え、「生児(お産)」を(見性成仏)に喩えていると考える。

そう考えれば、「生児の道理(子供を産む)」とは「直示人心見性成仏」という禅の根本原理を

坐禅修行を通して参究し知るべきだと言っていることになる。

「子供が親となることを現実に子供を産んだというふうに学ぶだけでよいだろうか?」とは

参禅修行の結果開悟して仏になった時、本来仏であるはずの禅修行者(=親)のことを

現実に「直示人心見性成仏」し仏になっただけだというふうに学ぶだけでよいだろうか?

と言っていると解釈できるだろう。

「子供を産む時は親も子も同時に変化すると理解したらよいのだろうか?」とは

禅修行者(=親)が参禅修行の結果、開悟して仏になった時、禅修行者(=親)も仏になる。

これは「親も子も同時に仏に変化すると理解したらよいのだろうか?」と言っていることになる。

「親が子供となる時を現実に子供として生まれたことの実践であり体験であると学び参究すべきである」とは、

「禅修行者(=親)が参禅修行の結果、開悟して仏になったことは、

本来仏の子供である禅修行者(=親)が目覚めて仏になる

ことの実践であり体験であると学び参究すべきである」

と言っていることになるだろう。

しかし、これは道元の一つの解釈であり、「石女夜生児」について道元の説明は難解である。

道元が実際はどのように考えていたかはっきりしないところもある。


「石女夜生児」に対する異なる解釈



芙蓉道楷禅師の示衆の言葉「石女夜生児」に対し、筆者は道元の解釈とは異なる考えを持っている。

道元は「石女夜生児」を「石女の生児するを夜といふ」と読み下している。

そのように読み下したためこの文段のような難しいことを考え議論しているのである。

筆者は「石女夜生児」を「石女は夜に生児する」と読み下して考える方が素直で良いと考えている。

そう読み下すと、芙蓉道楷禅師の示衆の言葉「 青山常連歩、石女夜生児」は

青山常連歩は子供を産めないはずの石女が夜子供を生むような不思議なことだ」

という意味になる。

第9文段の注を参照)。

芙蓉道楷禅師の示衆の言葉「 青山常連歩、石女夜生児」は

青山常連歩は子供を産めないはずの石女が夜子供を生むような

常識を超えた不思議な不立文字の世界だ。」

と感嘆しているに過ぎない。

こう考えると道元のように、「石女の生児するを夜といふ」と読み下して

第9文段のような複雑な議論をする必要はなくなるのである。

しかし、正法眼蔵「山水経」に於いて、道元は「石女夜生児」を「石女の生児するを夜といふ」

と読み下している。

残念だが、「山水経」を研究している立場にある筆者もそれに従わざるを得ない。



10bundan

 第10文段



原文10

雲門匡眞大師いはく、東山水上行。

この道現成の宗旨は、 山は東山なり、一切の東山は水上行なり。

このゆゑに、九山迷盧等現成せり、修證せり。これを東山といふ。

しかあれども、雲門いかでか東山の皮肉骨髓、修證活計に透 ならん。



注:


雲門匡眞(うんもんきょうしん)大師:雲門文偃禅師(864〜949)。雲門宗の開祖。

法系:六祖慧能→青原行思→石頭希遷 →天皇道悟→龍潭崇信→徳山宣鑑→

雪峯義存→ 雲門文偃


九山迷盧:古代インドの須弥山説では須弥山を中心に7金山があり、外海がある。

この周囲には鉄囲山が取り囲んでいるとする。これを九山としている。

迷盧とは須弥山のこと。

古代インドの須弥山説を参照)。



touzan

「東山水上行」の考察



「東山水上行」という言葉は「雲門広録」上巻に次のように出ているとのこと。

僧雲門に問う、「如何なるかこれ諸仏出身の処?」

師云く、「東山水上行」。

上の問答は現代語に訳すと次のようになる。

ある僧が雲門に質問した、「諸仏が生まれ出る大本の処は何処でしょうか?」

雲門は云った、「東山が水の上を歩いている(東山水上行)」。

雲門の言葉「東山が水の上を歩いている」は

「東山が水の上に映って動いている」のを「東山が水の上を歩いている(東山水上行)」

と単純化して言っていると考えることができる。

東山が水の上を歩いていることはありえないが、

水の上に映った東山が水の上を歩いているように見えるのはありうる。

雲門の言葉「東山水上行」を「東山が水の上に映って動いている」と考えると、

雲門は湖(or池)か河の辺にいて東山が水の上に映っているのを

見ていたと考えることができる。

その時にこの問答が起きたと考えることができる。

恐らく、東山に懸っていた雲が早く動いていたため、

雲門の眼には水の上に映っている東山が歩いているように見えたのではないだろうか?

そのため、雲門は、「東山水上行(東山が水の上を歩いている)」と答えたのではないだろうか? 

もう一つの可能性は、雲門達は、河などの流水の辺にいたと考えることである。

この時、僧の質問に答えて「東山水上行(東山が水の上を歩いている」と言ったと考えることができる。

一般的には山は不動で水が動くものと考えられている。

しかし、流れている川の水に眼を集中すると、

水が不動で山が動いているように見える。

それを雲門は、「東山が水の上を歩いている(東山水上行)」と表現したと考えられる。 

そのような状景を想定すると、雲門の「東山水上行」という返答の言葉が

どうして出て来たかが良く分かるのである。

このように考えると、雲門広録上巻の「東山水上行」の問答を以下のように、

合理的に説明し、理解することができる。

僧の質問「諸仏が生まれ出る大本の処は何処でしょうか?」は

「諸仏が生まれ出る場所は何処か?」と諸仏が生まれ出る場所について聞いているのである。

それに対する雲門の答「東山水上行(東山が水の上を歩いている)」は

「東山が水の上を歩いているように見える。

それを見ているもの(本体=脳)こそが

諸仏が生まれ出る大本の処(場所)だ。」と答えていることが分かる。

このように、「東山水上行」という言葉は東山という山ではなく、

それを見ている主体(視覚センターである脳)が諸仏出身の処だと答えていることが分かる。

雲門は外境としての東山ではなくそれを見ている主体(視覚センターである脳)こそが重要で

それが諸仏出身の処だと言いたかったのである。

勿論、雲門が生きていた時代の中国において

脳科学は無かったので、視覚の中心が脳であることは分かっていなかったが・・・。

雲門の「東山水上行」は以上のように考えると合理的に説明することができる。



 原文10の現代語訳:

雲門匡眞大師は言った、「東山水上行」。

この言葉の意味は「現実の 山は東山と名付ける。

これら一切の東山が水の上を歩いている。

このことがあるからこそ、須弥山を中心とする九山が現に存在し

われわれの修行の成果も証明できるのである。

これを「東山水上行」という言葉で表しているのである。

そうではあるが、雲門大師はどうして「東山水上行」の

究極の真理に透徹しているのだろうか。



解説とコメント:


雲門広録上巻の「東山水上行」の問答において、

「東山水上行」という言葉は諸仏出身の処を示唆する言葉である。

「東山水上行」の考察を参照)。

ここでも「東山水上行」という言葉は「青山常運歩」と同じく、

朕兆未萌の本来の自己を表していることが分かる。

芙蓉道楷禅師の「青山常連歩」という言葉が雲門大師の「東山水上行」という

言葉に置き換わっているだけで言っている内容は同じことである。



11bundan

 第11文段



原文11

いま現在大宋國に、杜撰のやから一類あり、いまは群をなせり。

小實の撃不能なるところなり。かれらいはく、いまの東山水上行話、

および南泉の鎌子話(けんすわ)のごときは、無理會話(むりえわ)なり。

その意旨は、もろもろの念慮にかかはれる語話は佛 の禪話にあらず。

無理會話、これ佛 の語話なり。かるがゆゑに、黄檗の行棒および臨濟の擧喝、

これら理會およびがたく、念慮にかかはれず、

これを朕兆未萌已前の大悟とするなり。

先 の方便、おほく葛藤斷句をもちゐるといふは無理會なり。

かくのごとくいふやから、かつていまだ正師をみず、

參學眼なし。いふにたらざる小ガイ子なり。



注:


杜撰(ずさん):まちがいだらけ。でたらめ。


小實(しょうじつ)の撃不能(げきふのう)なるところなり:多虚は小實の撃不能なる

ところなりと言う意味。

大声で嘘を多く言うとそれが真実だと受け取られるようになる。

小さい声で真実(小実)の言葉を言ってもでは立ち向かうことができないという意味。

嘘でも多数回言うとそれが真実になってしまい、

少ないけれど小さい真実(小実)の言葉では立ち向かうことができないという意味。


南泉の鎌子話(けんすわ):南泉普願禅師の鎌についての次のような問答である。

南泉普願禅師が南泉山の麓で作業をしていた。

作業中の人が南泉普願禅師だと知らずに1人の修行僧が尋ねた、

南泉山へ登るにはどの道を行ったら良いのでしょうか?」

すると南泉は答えた、「この鎌は30文で買ったのだ」。

そこで僧は言った、「鎌のことを聞いているのではない。南泉山へ登る道を聞いているのだ」。

すると南泉は言った。「この鎌は良く切れるよ」。



南泉の鎌子話(けんすわ)の解釈:



修行僧の質問、「南泉山へ登るにはどの道を行ったら良いのでしょうか?」

に対する南泉の答え、「この鎌は30文で買ったのだ」は

馬祖禅の日用即妙用の禅的世界を言っている。

即ち、「鎌を30文で買った」という行為は馬祖禅の<日用即妙用>の禅的世界を言っている。

馬祖禅の日用即妙用の思想を参照)。

しかし、南泉が何を言っているか分からない修行僧は

鎌のことを聞いているのではない。南泉山へ登る道を聞いているのだ」と言う。

これに対し、南泉は、「この鎌は良く切れるよ」と答える。

南泉は鎌の切れ味が良いと言うことで<作用即性>の禅的世界を言っている。

馬祖禅の作用即性の思想を参照)。

南泉は修行僧の質問、「南泉山へ登るにはどの道を行ったら良いのでしょうか?」

を単なる場所や道に関する地理的質問ではなく,

南泉禅師の禅の境地はどのようなものでしょうか

その境地に達するにはどう修行すれば良いでしょうか?」

という禅的質問に置き換えて解釈し、答えているのである。

南泉禅師は「俺はここにいて、南泉の禅とその世界を直示しているではないか

南泉山へ登るにはどの道を行ったら良いのでしょうか

とかいうつまらない地理的質問にいつまで拘るのか

何故南泉の禅の本質を求めようとしないのか」と言っていることが分かる。

禅を修行しているならそのことに素早く気付く必要がある。

しかし、質問僧はそのことに全く気付かないので南泉の答

この鎌は30文で買ったのだ」がチンプンカンプンで何を言っているのか全く分からない。

鎌のことを聞いているのではない。南泉山へ登る道を聞いているのだ

と再び聞く質問僧に対し、南泉は「この鎌は良く切れるよ

と南泉の禅的境地である<作用即性>の禅的境地で答えている。

しかし、僧は南泉が何を言おうとしているの全く分からない。

質問僧の禅的素養と修行が浅いので南泉の返答と全くかみあわない問答になっている。

しかも修行僧はそのことに全く気付かないといううかつさである。

この問答は「無門関」第31則の老婆と僧の問答に似たところががある。

「無門関」第31則を参照)。



理会(りえ):理解・会得の意味。


無理会話(むりえわ):理性や知性では理解できない話。


葛藤(かっとう):葛(くず)や藤(ふじ)の蔓が複雑に絡みあうように、

思惟が複雑に絡み合って錯綜し、解決しようもない状態を言う。ここでは公案のこと。


葛藤断句(かっとうだんく):複雑に絡み合って錯綜した思惟や難問を

一言の下に立ち切り解決してしまうことができる威力ある言葉。 


朕兆未萌已前の大悟:生命の歴史が始まる以前の太古に遡る「真の自己」の悟り。


小ガイ子(しょうがいす):馬鹿者。幼稚な愚か者。



原文11の現代語訳:

いま現在大宋国には、でたらめを言う一群の輩がいる。

彼等はいまは群をなしている。彼等は多数派を形成し、多数回でたらめを言っている。

大声で嘘を何度も言われるとそれが真実だと受け取られるようになってしまう。

 彼等のでたらめな言葉に対しては、小さい声で真実(小実)の言葉

を言っても立ち向かうことができない。

彼等は言う、

いまの東山水上行の話や南泉の鎌子話のようなもの理性や知性では理解できない会話である」。

その意味するところは様々な想念・思慮で理解できるような話は仏祖の禅話ではない。

理性や知性では理解できない話こそが仏祖の語話である。そうであるからこそ、

黄檗が棒で打った話や臨済の喝の話は理性や知性では理解できない会話である。

悟りの体験と分析2 4.19「徳山の棒と臨済の喝」を参照)。

これを「朕兆未萌已前の大悟」とするのである。

先徳が多くの場合方便として葛藤断句を用いるがこれらは理知で理解できない内容のものである。

彼等は言う、

いまの東山水上行の話や南泉の鎌子話のようなもの理性や知性では理解できない会話である」と。

このように言う輩は未だかって正師に会ったことがないし、

参学の眼もない。言う価値もない幼稚な愚か者と言うしかないのだ。



解説とコメント:


宋の禅界では「黄檗が棒で打った話や臨済の喝の話や

「東山水上行」の話や南泉の鎌子話のようなものは理知で理解できない内容の話である。

理性や知性では理解できない話こそが仏祖の語話である」と言って、

その真の意味を参禅修行を通して理解しようとしない者達がはびこっている。

このように言う輩は未だかって正師に会ったことがないし、参学の眼もない。

言う価値もない愚か者だと言ってなげき、批判している。



12bundan

 第12文段



原文12

宋土ちかく二三百年よりこのかた、かくのごとくの魔子六群禿子おほし。

あはれむべし、佛 の大道の癈するなり。

これらが所解、なほ小乘聲聞におよばず、外道よりもおろかなり。

俗にあらず にあらず、人にあらず天にあらず、學佛道の畜生よりもおろかなり。

禿子がいふ無理會話、なんぢのみ無理會なり、佛 はしかあらず。

なんぢに理會せられざればとて、佛 の理會路を參學せざるべからず。

たとひ畢竟じて無理會なるべくは、なんぢがいまいふ理會もあたるべからず。

しかのごときのたぐひ、宋朝の 方におほし。まのあたり見聞せしところなり。

あはれむべし、かれら念慮の語句なることをしらず、語句の念慮を透 することをしらず。



注:

魔子:悪魔の弟子。


六群禿子:ブッダ在世の時、6人の悪比丘がいて徒党を組み、

教団の規律を乱したと言う。その6人の悪比丘のこと。


所解(しょげ):理解するところ。


声聞(しょうもん):声を聞く者のことで,元来は釈尊の直接の弟子をさす。

また,みずから悟りを求めるとともに他を救済することを目的とする

大乗仏教の求道者 (菩薩 ) に対し,

釈尊の教えを忠実に実行はするが,自己の悟りのみを追求する出家修行者,

すなわち部派仏教の修行をする者をいう。


禿子(とくし):頭を剃って外見が僧侶に見える者。


畢竟(ひっきょう)じて:究極のところ。


念慮:想念や思惟。


透脱:透過し超越していること。



原文12の現代語訳:

宋の国ではこの二三百年、このような悪魔の子供や、六群比丘のような者が多い。

あわれなことに、仏祖が説かれた真理の大道は無くなろうとしているのである。

これらの人達理解するところは、小乗仏教徒にも及ばず、外道よりも愚かである。

外見は僧のようであっても俗人でもないし、僧でもない。人や天人でもない。

仏道を学んでいる畜生より愚かである。

たとえ、外見は僧のようであってもこれらの禿子が言う無理会話は、

汝達だけが理解できないだけである。仏祖はそうではない。

汝達が理解できないからといって、

仏祖が理解している真理を参学しなくても良いと言うことにはならないのだ。

たとえ、畢竟のところ理解不可能だとするならば、

汝がいま「理解不可能だと判断している」ことも全く妥当ではないではないか。

このように主張する連中が今や宋の国の諸地方に多い。

その実情は自分が直接見聞してきたところである。

あわれなことに、彼らは想念や思惟が語句であることを知らず、

語句が想念や思惟を透過し超越していることを知らないのである。



解説とコメント:


宋の禅界では「理性や知性では理解できない話(=無理会話)こそが仏祖の語話である

と言ってその真の意味を参禅修行を通して理解しようとしない愚か者達がはびこっている。

このような者達は外見は僧のようであっても畜生より愚かである。

あわれなことに、彼らは念慮がそのまま語句であることを知らず、

語句が念慮や思想を超越していることを知らないと言っている。

仏祖の言葉は一見無理会話のように見えるかも知れないが仏祖の悟りの心から

そのまま飛び出た活句であることを知るべきであると言っている。



13bundan

 第13文段



原文13

在宋のとき、かれらをわらふに、かれら所陳なし、無語なりしのみなり。

かれらがいまの無理會の邪計なるのみなり。

たれかなんぢにをしふる、天眞の師範なしといへども、自然の外道見なり。

しるべし、この東山水上行は佛 の骨髓なり。

水は東山の脚下に現成せり。このゆゑに、 山くもにのり、天をあゆむ。

水の頂 は 山なり、向上直下の行歩、ともに水上なり。

諸山の脚尖よく 諸水を行歩し、 諸水を躍出 せしむるゆゑに、

運歩七縱八横なり、修證即不無なり。



注:


師範:師匠。


所陳:述べるところ。所見。


自然の外道見:自然の外道の見解。


躍出(やくしゅつ):躍り出ること。


七縱八横:縦横自由自在であること。

修証即不無:修証が無い訳ではない。


これは六祖慧能と彼の高弟南岳懐譲の以下の会話から来ている。



修証即不無について



「修証即不無」という言葉は南岳懐譲(677〜744)と六祖慧能(638-713)

の問答に由来する言葉である。

「六祖檀経」には南岳懐譲と六祖慧能の次のような問答が出ている。

慧能「どこからきたのか?」

懐譲「嵩山から来ました。」

慧能「こうして来るものは何だ?何者がこのように来たのか?」

と南嶽懐譲に聞いた。

この慧能の問いはあなたの本来の自己とは何かということを聞いている。

しかし、懐譲はこの問いに答えることができなかった。

その後懐譲は8年の修行によって慧能の問いの意味が分かった。

そこで慧能に再び会いに行った。

懐譲「私は以前和尚(慧能)の問いに答えることができませんでしたが

その後の修行で悟るところがありました。」

慧能「何が分かったというのだ?」

懐譲「説似一物即不中(説似すれども一物として中(あた)らず。

何かと言えばもう的を外れているという意味)」

慧能「それには修行による証明が必要なのか?」

懐譲「修行による証明が必要ないとはいいません(修証即不無)。

しかし、心が汚染されていてはこのように答えることはできません。」

慧能「ただこの不汚染の境地は諸仏が護念する所である

お前はこの不汚染の境地に居る。私もそれと同じだ」と懐譲の境地を褒めた。

懐譲はこの慧能の言葉を聞いて豁然と契会した。

懐譲はその後慧能の下で15年間修行し、大悟した。

懐譲は修行が終わった後慧能の下を辞して南嶽山に入り禅宗を大いに盛んにした。

上の問答に見られる

懐譲の言葉「修行による証明が必要ないとはいいません(修証即不無)」が

修証即不無」という言葉の由来である。



原文13の現代語訳:

私が宋国にいた時、彼らの主張を笑ったが、彼らは反論することもなく、黙ったままだった。

これは彼らが言う<理解不可能説>が間違っているからである。

誰がお前たちにそのような考え方を教えたのか、

真の師匠がいないとはいいながら、これは明らかに外道の考え方である。

はっきり知るべきである、雲門の「東山水上行」は仏祖の教えの真髄である。

諸水は東山の麓に流水としてその姿を現している。

それ故にこそ、諸山は雲に乗って動き、天空を歩んでいるのだ。

諸水の頂点こそ諸山である。

諸山が、向上直下して歩むのは諸水の上である。

諸山の脚尖がよく諸水の上を行歩し、諸水を躍り出させるからからこそ、

諸山の歩みは自由自在であり、

修行による証明が必要がない訳ではないのである(修証即不無)。



解説とコメント:


道元が宋に居た時、禅界にはびこる

理性や知性では理解できない話(=無理会話)こそが仏祖の語話である

という輩の主張を笑ったが、彼らは反論することもなく、黙ったままだった。

彼らが反論できないのは、彼らが言う<禅=無理会話>が間違っているからである。

宋の禅界には禅の真の師匠がいないため、外道の考え方がはびこっている。

雲門の「東山水上行」は仏祖の教えの真髄である。

諸水は東山の麓に流水としてその姿を現しているのだ。



14bundan

 第14文段



原文14

水は強弱にあらず、濕乾にあらず、動靜にあらず、冷煖にあらず、有無にあらず、

迷悟にあらざるなり。

こりては金剛よりもかたし、たれかこれをやぶらん。融しては乳水よりもやはらかなり、

たれかこれをやぶらん。

しかあればすなはち、現成所有の功 をあやしむことあたはず。

しばらく十方の水を十方にして著眼看すべき時節を參學すべし。

人天の水をみるときのみの參學にあらず、水の水をみる參學あり、水の水を修證するがゆゑに。

水の水を道著する參究あり、自己の自己に相逢する通路を現成せしむべし。

他己の他己を參徹する活路を進退すべし、跳出すべし。



注:


金剛:ダイヤモンド。


著眼看すべき時節:著眼して看る時節。


人天:人間と天人。


道著する:語る。


自己の自己に相逢する通路:自己が真の自己に会うための方法。


参徹:参究しその教えに徹底すること。


跳出:超越。



原文14の現代語訳:

水は強くもなければ弱くもない。濡れてもいなければ、乾いてもいない。

動でもなければ靜でもない。冷たくもなければ煖かくもない。

有でもなければ無でもない。迷いでもなければ悟りでもない。

硬い場合にはダイヤモンドよりも硬い。誰がこれを打ち破ることができよう。

やわらかい時には乳よりもやわらかい。誰がこれを打ち破ることができよう。

そのようであるから、誰も、水が現成し持っているあらゆる功徳はそうあるべくして

現れているのだからこれを疑うことはできない。

しばらく十方に存在する水を十方に存在するとして著眼して看る時節を学ぶべきである。

人間や天人が水を見る時節だけを参学すればよいというものではない。

水が水を見るという参学の仕方もある。水が水を修証するのであるから。

水が水について語ると言う参究の仕方もある。

自己が真の自己に会うための方法を実現させるべきである。

他己が他己を参究し徹底するための活路を進退したり、超越すべきである。



解説とコメント:


ここでは「水は有でもなければ無でもない。

迷いでもなければ悟りでもない。

硬い場合にはダイヤモンドよりも硬い」とか「水が水を見るという参学の仕方もある。

水が水を修証するのであるから、水が水について語ると言う参究の仕方もある」

とか現代の我々にとって理解しがたいことが述べてある。

ここでも「水」や「山」は心境不二の立場に立って、

朕兆未萌の本来の自己=真の自己>を比喩的に表しているのである。

「水」や「山」という言葉を<朕兆未萌の本来の自己=真の自己>に置き換えれば

その真意が分かる。

これは「東山水上行」や「青山常運歩」の場合と同じである。

従って、

「水は有でもなければ無でもない。迷いでもなければ悟りでもない。

硬い場合にはダイヤモンドよりも硬い」とは

「真の自己は有でもなければ無でもない。迷いでもなければ悟りでもない。

硬い場合にはダイヤモンドよりも硬い」と真の自己について言っているのである。

「水が水を見るという参学の仕方もある。

水が水を修証するのであるから、水が水について語ると言う参究の仕方もある」とは

「真の自己が真の自己を見るという参学(=己事究明という参学)の仕方もある。

真の自己が真の自己を修証するのであるから、

真の自己が真の自己について語ると言う参究の仕方もある」と

水を「真の自己」になぞらえて述べていると考えれば分かり易い。



15bundan

 第15文段



原文15

おほよそ山水をみること、種類にしたがひて不同あり。

いはゆる水をみるに瓔珞とみるものあり。

しかあれども瓔珞を水とみるにはあらず。

われらがなにとみるかたちを、かれが水とすらん。

かれが瓔珞はわれ水とみる。水を妙華とみるあり。

しかあれど、花を水ともちゐるにあらず。

鬼は水をもて猛火とみる、膿血とみる。龍魚は宮殿とみる、樓臺とみる。

あるいは七寶摩尼珠とみる、あるいは樹林牆壁とみる、

あるいは 淨解 の法性とみる、あるいは眞實人體とみる。

あるいは身相心性とみる。人間これを水とみる、殺活の因 なり。

すでに隨類の所見不同なり、しばらくこれを疑著すべし。



注:


瓔珞(ようらく):宝玉をつづって作られた装身具、

または仏堂・仏壇の荘厳具のひとつ。

古代インドの貴族の装身具として用いられていたものが、

仏教に取り入れられたもので、菩薩以下の仏像に首飾り、

胸飾りとしてもちいられている。

菩薩像に用いられる瓔珞は通常の装身具としての瓔珞が多いが、

一部の像には髑髏や蛇などが用いられることがある。

また、瓔珞は寺院や仏壇など天蓋などの荘厳具として用いられることがある。


瓔珞

図2 瓔珞


妙華:美しい花。


膿血(のうけつ):血の混じった膿(うみ)。


龍魚:龍やこれに類する魚。


楼台(ろうだい):高い建物。また、あずまやなど、屋根のある建物。


七宝:七つの宝物。経典によって説が分かれるが,

「無量寿経」では,金・銀・瑠璃(るり)・玻璃(はり)・しやこ・瑪瑙(めのう)・珊瑚(さんご)をいう。

「法華経」では,玻璃・珊瑚を除き真珠・まいかいを入れる。七珍。


摩尼珠:宝玉。神秘的な力をもつ玉。摩尼珠。摩尼宝珠。


七宝摩尼珠:七宝でできた如意珠。


牆壁(しょうへき):石・煉瓦(れんが)・土などで築いた塀。垣根。


法性:仏法の本性。万有の本体。真如。実相。法界。


真実人体:人間の身体そのもの。


身相:身体の外形。


心性:心の本質。精神。


殺活の因縁:人を活かしたり殺したりする原因や理由。


隨類の所見不同なり:物を見る主体の違いに従って見られるものが同じでない。


疑著すべし:疑問を持ってみるべきである。



一水四見(いっすいしけん)とは



一水4見と言われる見方:一水四見(いっすいしけん)とは、

唯識学のものの見方。認識の主体が変われば認識の対象も変化することの例え。

人間にとっての河(=水)は、

天人にとっては瓔珞、

魚にとっては己の住みか

餓鬼にとっては炎の燃え上がる膿の流れ

というように、見る者によって全く違ったものとして見えるという。

一水四見(いっすいしけん)を読みこんだ歌としては、

手を打てば鳥は飛び立つ鯉は寄る 女中茶を持つ猿沢の池」が知られている。

手を打って出した単なる音を鳥は何か危険を知らせる音だと聞いて逃げる。

鯉にとっては、餌を呉れる時に呼ぶ音だと聞いて寄ってくる。

女中にとっては客が茶を要求している音に聞こえる。

このように、同じ音でも、識が作り出したものであるため、

認識の主体が変われば認識の対象も変化することを言う。

この例えを一水四見(いっすいしけん)という。



原文15の現代語訳:

およそ山水をみる時、見る主体の種類によってさまざまな違いがある。

いわゆる一水4見と言われる見方では、天人には水は瓔珞だと見える。

しかし、天人は瓔珞を水だとみている訳ではない。

我々人間が何だと見ているものを、天人は水とするのだろうか。

  天人が瓔珞と見るものを我々人間は水と見るのである。

また水を美しい花とみる天人もいる。しかし、花を水として用いる訳ではない。

鬼は水を猛火とみたり、膿血の混じった膿と見たりする。

龍魚は水を宮殿とみたり、楼台とみる。あるいは七宝摩尼珠と見たりする。

あるいは樹林と見たり牆壁と見る。

あるいは清浄な解脱の法性とみる。あるいは人間の身体と見る。

あるいは身体と見、精神とみる。

しかし、人間これを水とみるのであり、人を活かしたり殺したりする因 となるのである。

このように、物を見る主体の違いに従って見るところが同じでない。

とりあえず上のように疑問を持ってみるべきだろう。



解説とコメント:


ここでは唯識論で説く一水四見(いっすいしけん)のものの見方が述べられている。

山水をみる時、一水四見の見方に見られるように、

見る主体の種類と立場によってさまざまな違いがあると述べている。


   

   

正法眼蔵「山水経」の参考文献


   

1.安谷白雲著、春秋社正法眼蔵参究 山水経、1968年

2..西嶋和夫訳、仏教社、現代語訳正法眼蔵、第二巻、山水経、

3.道元著、水野弥穂子校註、岩波書店、岩波文庫 正法眼蔵、(二)2004年

4.第二十九山水經

   

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